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風薫る
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***
はぁ、っとアイスコーヒーを一口飲んだ麻那香が小さなため息をつく。珍しい。それに最近上の空だったりすることもあって、何かあったのかもしれないと心配もする。
「今日サークル行くのやめようかなぁー」
麻那香はそう言って、はぁ、ともう一つため息を吐き出す。
「どうして?」
「だって最近ずっと紅先輩来ないんだもん」
「そうなの? ……そっか」
私もしょう然と手元に視線を落とす。手作りのお弁当に伸びていた箸を戻す。
最近明日嘉くんに会いに行っていない。朝陽さんに会った日も、結局行かなかった。紅さんがいるかもしれない。そう思ったら行けなかった。
行かなくて良かったのだと、麻那香の話を聞いて思う。紅さんはずっとサークルを休んで明日嘉くんに会いに行っているのだ。
「日菜詩は? 日菜詩は今日用事ある?」
麻那香の言葉に現実に引き戻される。
「あ、ううん。大丈夫だよ」
「じゃあカフェでも行こうよ」
「いいけど、本当にサークル休むの?」
「もちろん。紅先輩のいないサークルなんて楽しみ半減」
「麻那香って本当に紅さんにしか興味ないんだね」
少し胸は痛むけど、くすくすと笑う。麻那香が惚れている紅さんだから、明日嘉くんにお似合いなのだと思えば納得もできる。
「だってほんとにいい人なんだよ? 聡明だし、話してて楽しいの」
「素敵な人だね」
「そう。ほんとにそう。あー、でもほんとにどうしたんだろう。彼氏とデートでもしてるのかなぁ」
「彼氏いるの?」
「うーん、どうかなぁ。最初は朝陽先輩……、あ、会長ね。会長と付き合ってるのかなぁって思ってたけど、会長と副会長が付き合うことはないって聞いたし、朝陽先輩は好きな人いないって言ってたから。紅先輩ははぐらかす感じ? 好きな人はいるけど、彼氏はいないって感じかなぁ」
やはり紅さんは明日嘉くんに毎日会いに行っているのだ。そう直感する。紅さんはずっと明日嘉くんに会える日を待っていたのだ。
「はやくサークルに復帰してくれるといいね」
それは私の願いであり祈りだったりする。ほんの少しでいいから、明日嘉くんの側にいたいと願う私の本当の気持ちだった。
*
「近くにね、新しく出来たカフェがあるの。まだ混んでるかもしれないけど、少し待ってでも入ろう」
「うん、いいよ。麻那香と帰るの久しぶりだね」
「ほんとだねー。日菜詩も早くサークルに入ったらいいのに。そうしたら毎日一緒だよ」
「うん……、そのうちね」
曖昧な笑みを浮かべながら、右手に見えてきた建物にふと視線を横に向ける。クセだろうか。つい図書館を見てしまう。
このまま、明日嘉くんに会える日はなくなるんだろうか。勇気を出して彼に近づいた日々は紅さんの存在によってあっけなく終わるのだ。
私の恋なんて、ちっぽけなものだ。
「日菜詩、どうかした?」
図書館の方を見て足を止めた私の顔を、不思議そうに麻那香が覗き込む。
「あ、ううん。なんでもないよ。行こう」
そう言って歩き出した時、「あれ?」と後ろから声がかかった。
「あっ、朝陽先輩っ」
すぐに麻那香が叫ぶ。声の聞こえてきた方を見ると、にこにこと優しく微笑む朝陽さんが立っていた。
「朝陽先輩、どうしたんですか?」
麻那香は朝陽さんに駆け寄る。
「麻那香ちゃんこそ。今日は帰るの?」
「あ……すみません。ちょっと」
「別に謝らなくていいよ。来れる人だけでやるからさ。でも残念だな。今日は紅も来るって言ってたから。帰りにサークルメンバーでカフェにも行きたいって言ってたよ」
「えっ! 本当ですか?」
「みんなには心配かけたけどさ、紅もいろいろ落ち着いたみたいだから。まあでも、またサークルはあるし、カフェもいつでも行けるからさ、大丈夫だよ」
「えぇー……」
麻那香はあからさまに残念そうだ。
「麻那香、私はいいよ。サークル行ってきて」
「日菜詩……」
「私となら、それこそいつでも行けるから。気にしないで」
麻那香は申し訳なさそうに私をじっと見ていたが、しばらくすると顔の前で両手を合わせた。
「ごめん、日菜詩。週末、週末必ずカフェ行こうね!」
「うん、うんうん」
うなずくと、朝陽さんが心配そうに私と麻那香を交互に見る。
「本当にいいの? もし良かったら、見学に来る?」
朝陽さんは私にそう声をかける。麻那香も「そうだ、日菜詩もおいで」と言うが、私は首を横に振った。
「また今度にします。麻那香、またね」
手を振ると、二人はすぐに諦めたのか、顔を見合わせて同時に肩をすくめる。
「じゃあ日菜詩、ほんとにごめんね。また明日ね」
麻那香は朝陽さんと肩を並べて歩き出す。するとすぐに朝陽さんは振り返り、「またね」と口パクで言うと、私に小さく手を振った。
はぁ、っとアイスコーヒーを一口飲んだ麻那香が小さなため息をつく。珍しい。それに最近上の空だったりすることもあって、何かあったのかもしれないと心配もする。
「今日サークル行くのやめようかなぁー」
麻那香はそう言って、はぁ、ともう一つため息を吐き出す。
「どうして?」
「だって最近ずっと紅先輩来ないんだもん」
「そうなの? ……そっか」
私もしょう然と手元に視線を落とす。手作りのお弁当に伸びていた箸を戻す。
最近明日嘉くんに会いに行っていない。朝陽さんに会った日も、結局行かなかった。紅さんがいるかもしれない。そう思ったら行けなかった。
行かなくて良かったのだと、麻那香の話を聞いて思う。紅さんはずっとサークルを休んで明日嘉くんに会いに行っているのだ。
「日菜詩は? 日菜詩は今日用事ある?」
麻那香の言葉に現実に引き戻される。
「あ、ううん。大丈夫だよ」
「じゃあカフェでも行こうよ」
「いいけど、本当にサークル休むの?」
「もちろん。紅先輩のいないサークルなんて楽しみ半減」
「麻那香って本当に紅さんにしか興味ないんだね」
少し胸は痛むけど、くすくすと笑う。麻那香が惚れている紅さんだから、明日嘉くんにお似合いなのだと思えば納得もできる。
「だってほんとにいい人なんだよ? 聡明だし、話してて楽しいの」
「素敵な人だね」
「そう。ほんとにそう。あー、でもほんとにどうしたんだろう。彼氏とデートでもしてるのかなぁ」
「彼氏いるの?」
「うーん、どうかなぁ。最初は朝陽先輩……、あ、会長ね。会長と付き合ってるのかなぁって思ってたけど、会長と副会長が付き合うことはないって聞いたし、朝陽先輩は好きな人いないって言ってたから。紅先輩ははぐらかす感じ? 好きな人はいるけど、彼氏はいないって感じかなぁ」
やはり紅さんは明日嘉くんに毎日会いに行っているのだ。そう直感する。紅さんはずっと明日嘉くんに会える日を待っていたのだ。
「はやくサークルに復帰してくれるといいね」
それは私の願いであり祈りだったりする。ほんの少しでいいから、明日嘉くんの側にいたいと願う私の本当の気持ちだった。
*
「近くにね、新しく出来たカフェがあるの。まだ混んでるかもしれないけど、少し待ってでも入ろう」
「うん、いいよ。麻那香と帰るの久しぶりだね」
「ほんとだねー。日菜詩も早くサークルに入ったらいいのに。そうしたら毎日一緒だよ」
「うん……、そのうちね」
曖昧な笑みを浮かべながら、右手に見えてきた建物にふと視線を横に向ける。クセだろうか。つい図書館を見てしまう。
このまま、明日嘉くんに会える日はなくなるんだろうか。勇気を出して彼に近づいた日々は紅さんの存在によってあっけなく終わるのだ。
私の恋なんて、ちっぽけなものだ。
「日菜詩、どうかした?」
図書館の方を見て足を止めた私の顔を、不思議そうに麻那香が覗き込む。
「あ、ううん。なんでもないよ。行こう」
そう言って歩き出した時、「あれ?」と後ろから声がかかった。
「あっ、朝陽先輩っ」
すぐに麻那香が叫ぶ。声の聞こえてきた方を見ると、にこにこと優しく微笑む朝陽さんが立っていた。
「朝陽先輩、どうしたんですか?」
麻那香は朝陽さんに駆け寄る。
「麻那香ちゃんこそ。今日は帰るの?」
「あ……すみません。ちょっと」
「別に謝らなくていいよ。来れる人だけでやるからさ。でも残念だな。今日は紅も来るって言ってたから。帰りにサークルメンバーでカフェにも行きたいって言ってたよ」
「えっ! 本当ですか?」
「みんなには心配かけたけどさ、紅もいろいろ落ち着いたみたいだから。まあでも、またサークルはあるし、カフェもいつでも行けるからさ、大丈夫だよ」
「えぇー……」
麻那香はあからさまに残念そうだ。
「麻那香、私はいいよ。サークル行ってきて」
「日菜詩……」
「私となら、それこそいつでも行けるから。気にしないで」
麻那香は申し訳なさそうに私をじっと見ていたが、しばらくすると顔の前で両手を合わせた。
「ごめん、日菜詩。週末、週末必ずカフェ行こうね!」
「うん、うんうん」
うなずくと、朝陽さんが心配そうに私と麻那香を交互に見る。
「本当にいいの? もし良かったら、見学に来る?」
朝陽さんは私にそう声をかける。麻那香も「そうだ、日菜詩もおいで」と言うが、私は首を横に振った。
「また今度にします。麻那香、またね」
手を振ると、二人はすぐに諦めたのか、顔を見合わせて同時に肩をすくめる。
「じゃあ日菜詩、ほんとにごめんね。また明日ね」
麻那香は朝陽さんと肩を並べて歩き出す。するとすぐに朝陽さんは振り返り、「またね」と口パクで言うと、私に小さく手を振った。
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