あしたの恋

つづき綴

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星月夜

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 朝陽さんを追いかけて図書館へ到着すると、明日嘉くんの足元にしゃがみ込む紅さんと、二人を遠巻きに見つめる朝陽さんの姿があった。

 私は戸惑いながら立ち止まる。紅さんが涙をぬぐう。何があったのだろう。

「紅……」

 最初に口を開いたのは朝陽さんだった。

「明日嘉……何してるんだよ……」

 朝陽さんは震える声で言いながら、明日嘉くんに詰め寄る。

「何もしてないさ」

 平然と言い返す明日嘉くんに、朝陽さんは不満をあらわににらみつける。しかし明日嘉くんは全く気にも留めない様子で、私に気付くとこちらへ来ようとする。

「待てよ」

 とっさに朝陽さんは明日嘉くんの左腕をつかむ。途端、ハッとして彼は手を離す。明日嘉くんはそれを見て、奇妙に唇を歪める。

「朝陽はいちいち人を傷つけるよな」
「悪い、そういうつもりじゃ」

 朝陽さんは怒りをひそめ、素直に謝罪する。その姿を見た明日嘉くんからも挑戦的な眼差しが消える。

「で、俺に何か用か? さっきは話なんてなさそうだったけどな」
「日菜詩ちゃんと話してるだけじゃ解決しないと思ったんだ。おまえが何でもはぐらかすから、今日ははっきりさせたい」

 朝陽さんはまっすぐな目でそう言う。

「はっきり? それを言うなら朝陽もだろ? 何で紅が泣くのか、考えたことあるのかよ」
「明日嘉、やめて」

 紅さんはとっさに立ち上がると、明日嘉くんと朝陽さんの間に割り込む。

「俺は関係ないからな。話があるなら自分で話せよ」

 明日嘉くんが紅さんに突き放すように言うと、朝陽さんは二人を交互に見ていぶかしむ。しかしすぐに明日嘉くんが去ろうとするから、朝陽さんはまた彼を引き止める。

「俺の話は済んでないよ、明日嘉」
「朝陽は誤解してる。俺から話すことはあっても、朝陽が話すことはないよ」
「あるよ、俺にも。日菜詩ちゃんのこと、ちゃんと考えてやれって思ってる」

 私は胸に手を当てる。不安だ。朝陽さんの言葉が、今の私たちの関係を崩してしまうかもしれない。明日嘉くんが離れていってしまうかもしれない。

「そういうのさ、おせっかいっていうんだぜ? すぐに答えが出せないことだってあるだろ」
「だから? だからって彼女に希望持たせるようなことするなよ。おまえが離せば、新しいものに目も向けられる」
「新しいものって、おまえ? それはないだろ? 希望持ってるのは朝陽だろ?」
「俺はもう諦めたよ。すっぱり諦めることにしたんだ」
「へえ。諦めのいい男だよな。本気じゃなかったんだろう」

 明日嘉くんは小バカにするように唇の端をあげて笑う。

「本気……、本気だったさ。おまえが思わせぶりなことばっかりするから彼女がはっきり出来ないんだ」
「まるで俺がはっきりしてたら、日菜詩ちゃんが自分のものになったとでも言いたげだな」
「……ああ、そうさ。そうだよ。おまえが希望持たせるから、彼女は今のままでいいなんて思うんだ。それはいつかおまえが振り向いてくれるかもしれないって思うからだろ?」
「朝陽はさ、正義心で言うのかもしれないけどさ、そうやって日菜詩ちゃんを傷つけてるって気づかないわけ?」
「俺は本当のことを言ってるんだ」
「本当か……。日菜詩ちゃんは俺を好きだなんて言ったことはないよ。彼女が言わないものをなんで朝陽が言える?」
「え……」

 息を飲む朝陽さんを見て、明日嘉くんはため息を吐き出す。

「それにさ、希望がないなんて誰が言ったんだよ。人の心ん中……勝手にわかったふりするなよ」
「明日嘉……」
「おまえは見えないものを見えてるなんて誤解してる。見えてるものを見えないふりしてる。俺は別におまえの言葉に傷ついたことも、怒ったこともないよ。この二年離れ離れでいたのは、なんとなく離れたからだ。必要がなかったから、一緒にいなかった。それだけだよ」
「必要がないなんて言うなよ……、俺はずっとおまえに負担かけたこと後悔してた」
「負担? そんなことないさ。負担に感じてたのは、俺が弱かったからだ。朝陽のうざいぐらいしつこい励ましは、負担じゃなかったよ」
「明日嘉……」
「朝陽が言ってくれたんだぜ。生きてて良かったなって。生きててくれて俺は嬉しいって。……俺は礼も言えないような人間だっただけだ」
「……あの時はそんな心境じゃなかったのはわかってる」
「二年ぶりに再会してさ、朝陽は俺をわざと明日嘉って呼んだだろ? もうそれだけで良かったんだ。あした、なんて呼んだら俺が昔を思い出して辛い思いをする。そう思ったんだってわかっただけで、俺には十分だった。もう全部解決してたのに、これ以上複雑にする必要はないよ。朝陽はこの二年、ずっと側にいて支えてくれた女のことを考えたらいいんだ」
「どういう……」
「それは本人に聞けよ。紅には正直、迷惑してる。おまえがなんとかしてくれたらいいとは思うよ」
「迷惑っておまえ……」
「言っただろ。おまえは見えるものに知らないふりしてるんだよ」

 明日嘉くんは紅さんに視線を向ける。

「俺は言ったからな。もう日菜詩ちゃんのこと、あれこれ言うのはやめておけよ」

 言葉のない紅さんと朝陽さんに明日嘉くんは背を向けると、私の方に向かって歩いてくる。

 苦しげな表情で私を見つめる彼に胸が痛む。朝陽さんへ向けた言葉の中に嘘もあっただろう。傷ついたことを傷ついてないというのは優しさだ。明日嘉くんの気持ちが朝陽さんに伝わればいい。

 そう思う私の前で立ち止まる明日嘉くんは、まるで助けを請うように私の方へ手を伸ばす。

「朝陽との話は終わったよ。もう俺が話すことはないから。……行こうか、日菜詩ちゃん」

 私は小さくうなずいて、彼の右手に触れる。そのまま重なり、握り合う手の優しさに私の胸はホッとする。

「明日嘉くんの気持ち、私には伝わってきたよ。ありがとう」

 そう言うと、明日嘉くんはくすりと悲しげに笑う。何を思ったかは言わない。だけど私の手をますます強く握るから、まるで「ありがとう」と言ってくれてるみたいだった。
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