溺愛王子と髪結プリンセス

水城ひさぎ

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俺の髪結になる?

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「久しぶりのセドニーはどうだ?」
「やはり日本と似ています。私を知らない衛兵には多少戸惑いますが、違和感はそれほど。言語などわずかにイントネーションが違うのみですしね」
「マリンとも普通に話せたな。なるほど、言語が似ているのか。しかし、見知らぬ異国への瞬間移動は骨が折れるな。さて、この疲れを何で癒そうか」

 ぼんやりとする頭に、先程からいくつかの会話が届いていたが、はっきりと会話だと認識したのは『瞬間移動』という男の言葉を聞いた時だった。

 霞みがかっていた視界も次第にはっきりしてくる。金色に見えていたのは豪奢な天井で、そこに描かれた青いドラゴンが真凛を見下ろしている。

「少し休まれては?」
「ん? そうだな。アルマンもいることだしな。さっきはおかしな格好をしていたが、久しぶりの制服もなかなか似合ってるじゃないか」

 青髪の男が上機嫌に阿留間の肩を叩く。

「少々窮屈に感じますが、身も引き締まるようで」

 そう言ってはにかむのは、まるでどこかの国王を守る衛兵服のようなデザインの、白いパンツに青い上着を身にまとう阿留間だ。

「異国の生活は苦労もあっただろうが、生ぬるい生活でもしていたのだろう。ずいぶんとほおの肉も下がっている」
「これは歳のせいですよ、王子。何年ぶりにお会いすると思っているのですか」

 阿留間は朗らかに苦笑する。

「20年は長く短いな。俺はどうだ? おまえの知る子どもだった俺はもういない」

 青髪の男は両手を広げて、くるりと回る。その様子はひどく無邪気で。まるで内面は子どものようだ。阿留間にやたらと気を許しているように見える。

「20年ぶりって……?」

 真凛が思わず声を発すると、青髪の男は驚いたように振り返り、敵意のない笑みを浮かべて颯爽と近づいてくる。

「目覚めたか。手荒な真似をしたつもりもないが、ほんの一瞬で気を失うとはな」

 青髪の男は大げさに肩をすくめる。予想外だった。そう言いたいのだろう。

 男に手を引かれて寝椅子から起き上がるが、すぐに彼の手をはらいのける。

「じゅうぶん手荒だわ。誰だって信じられないものを見たらびっくりします」
「大したものは見てないだろう。どちらにしろ、あのままではマリンの命も危なかった。九死に一生を得たと思えば、容易い移動だ」
「九死に一生って……。私は母と店長と平和に暮らして……、そうよ、ここはどこなの? 店長もどうしてそんなおかしな格好を……」

 あたりを見回す。
 ここがホテルだとしたら、スイートルームなどという言い方ではきかないほどに豪華絢爛な寝室で、男の身なりはコスプレさながらの貴族服。いや、生地の質感を見れば、上質なものとわかる。とてもコスプレとは思えない。その上、阿留間もだ。彼にその趣味があるなんて知らない。

「店長? アルマンのことか? 彼の称号は店長じゃない。王子付きの髪結かみゆいだ」

「王子? ……髪結?」

 聞きなれない言葉にきょとんとする。

「なんだ、全く何も教えてないのか、アルマン?」
「アイ様たっての願いでございましたから」

 阿留間がそう言うと、青髪の男はふぅんと鼻を鳴らす。

「さっきからアルマン、アルマンって少しなまってるわ。店長は阿留間、私は神崎かんざき真凛よ」
「何も知らぬのはマリンの方だ。国王の娘が身の危険さえ知らぬでは笑い話にもならん」
「……は、私が国王の娘っ?」

 青髪の男は寝椅子でぽかんとする真凛の横に腰を下ろす。

「そうだ。おまえはセドニー王国王女マリン」
「私が……王女? ほんとに? セドニーなんて国、知らない……」

 信じられない。これまで裕福ではなかったけれど、小さな幸せに溢れた生活をしていたのだから実感すらない。

 どこかの王国のどこかの王女は、物語の世界の話で。

「何も聞かされずに育ったようだな。愚かなことだ。陛下が不死身だとでも信じていたか」

 男の指が伸ばされて、まるで慰めるように真凛のほおに触れる。厳しいまなざしの中に憐憫を帯びる青い瞳が真凛を見つめる。

「待って……、意味がわからない」

 混乱しながら彼の手のひらをつかむと、優しく指がからまる。

「心配するな。俺なら陛下に代わり、マリンを守れる。多少は窮屈な生活になるだろうが、女としての喜びはいくらでも与えられる。望むならどこへでも連れていってやるぞ」

 意気揚々と男は言うと、マリンをお姫さまだっこする。

「ちょっ、ちょっと……っ」

 足をばたつかせるが、あっけなく空を切る。

「ん? なんだ?」
「どこ行くのっ?」
「疲れたからな。ちょうど癒やしてくれる女が欲しいと思っていたところだ」
「は……っ?」

 視界の隅に阿留間の姿が映る。しかし、彼は何も見ていないかのようにゆっくりと顔を背ける。

「さあ、甘い香りで俺を楽しませてくれよ」
「えっ! あ、阿留間店長っ! 店長、たすけ……っ」

 良い予感はしなくて、阿留間へ向かって両腕を伸ばすが、彼はこほんと咳払いして真凛の前へひざまずく。

「私は王子の家臣でございます。藍様と真凛様をお守りしていたのは陛下並びに王子のため。どうぞ王子の心ゆくままに」
「そんなっ、店長っ!」

 じたばたする真凛を抱き上げたまま、青髪の男は歩き出す。

 どんどん近づいてくるのは天蓋付きベッド。薄い真っ白なレースが引かれ、真凛はベッドの上へそっと寝かせられる。

 不甲斐ない。ぞんざいに扱われたらがむしゃらに抵抗できるのに、いちいち優しいから気を許しそうになる。

「そんな懇願する目で見つめられたら何度もしたくなる」
「つ、疲れなんて取れないからっ」
「なぜ?」
「な、なんでって! あなたみたいな遊び人、満足させられるわけ……っ」
「ほう、楽しませる気はあるのか。それは楽しみだ」

 わずかにベッドが沈む。片ひざをつき、身を乗り出す男が真凛を見下ろす。

「そんな意味じゃ……。ま、待って、私まだ何も聞いてない」

 近づこうとする男の胸をおさえる。

「寝物語にゆるりと話してやろうと思っていたが、聞くまでは気が乗らないというなら教えてやろう」

 男は仕方なさそうにため息をつき、言う。

「この国はいまだ王位継承権争いが絶えない。その戦乱に巻き込まれぬよう、父であるタンザ国王陛下の庇護のもと、アイとアルマンとともにマリンは異国へ飛ばされていたのだ」
「異国へ飛ばすなんて、そんなことが出来るの……」
「陛下の力があればたやすいことだ」

 真凛の後ろ頭に手を置いた男は、一つに束ねた髪留めを指で弾く。はらりと広がる黒髪が、ほおにかかるのをかき上げて、真凛の黒い瞳を覗き込む。

「しかし、美しい瞳だ。男を愚かにする、国を滅ぼすほどの美しさというのは本当に存在するのだな」

 真凛はわずかに上体を起こし、後ろへ下がる。

「逃げるな。我が妹姫ながら、極上の女に育ったようだ。抱かずにはおれまい」

 そう言うと、男は不敵に笑んで、真凛の腕をつかんだ。
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