溺愛王子と髪結プリンセス

水城ひさぎ

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見せられないカラダと刻印

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 セオの白銀の髪は月明かりを受けて闇の中に浮かび上がり、輝いていた。

 背後に立つ小柄の中年女性はセオの髪結ルベだろうか。見落としてしまいそうなほど存在感のない女性だ。

 真凛は久しぶりにセオに会えた喜びから、相手が王子であることも忘れたように手を振った。

 セオも真凛に気づき何か言いかけた、その時、不意に後ろから抱き寄せられて、目の前の窓が閉じられてしまう。

「マリン、あまり夜風にあたるのは良くないですよ」
「ベリル王子。今ね、セオ王子が外に……」
「わかっています。マリンに会いに来たのでしょう」
「私に? そうなの? 私もセオの横笛を近くで聞いてみたいわ。次はいつ会えるかしらと心待ちにしてるの」

 そう言って、ベリルの腕に包まれたまま彼を見上げる。髪を撫で下ろしてくる指先の優しさそのままに、真凛を見つめる青い眼差しも情愛に満ちる。

「ベリル王子?」
「休みましょう。夏の夜でも人肌恋しくなることはあるものですね」

 ベリルは軽々と真凛を抱き上げると、ベッドへと連れていく。

 毎晩ともに過ごすベッドの触り心地には馴染んだが、ベリルの腕の中で眠るのはなかなか慣れない。

「今日は触れても?」

 甘えるような流し目で、横たえる真凛の胸元をスッとベリルがなでる。

「あー、よ、よくはないと思うわ。ほら、エスカレートしたら余計につらいでしょ?」

 何がつらいのかもわかってないが、慌てて胸元を隠して自衛すれば、ベリルは残念そうに枕に頭をうずめる。

「マリンの言う通りです。高まる情熱をどこへぶつけたらいいものかと悩むのも心憂えます。羨ましく思う気持ちはすでに行き場をなくして苦しんでいますが……」
「羨ましい?」

 アウイのような栄光ある未来を約束された王子ではないものの、全てと言っても過言ではないほどの豊かさを手中にできるベリルが羨むものとは何であろう。

「キスぐらいはしたいものです」

 それは親愛の、だろうか。兄が妹へ送るキスにも違和感はあるが、ベリルはほんの少し首をあげて、真凛のひたいにキスをする。

「マリンを守れるのは私だけですよ。それだけは覚えていてください」

 切なげにベリルは言うと、腕の中の真凛を優しく包み込むように抱きしめて、まぶたを閉じる。

 真凛はわずかに身じろぎして赤い天蓋を見上げた。

 遠くから笛の音色が聞こえている。ベリルの耳に届かないはずはないのに、彼は微動だにすることなく深い眠りに落ちていくようだった。




 翌朝は晴天で、窓辺で鳴く鳥のさえずりで目が覚めた。いまだ眠るベリルのベッドから抜け出し、サンの部屋へ移動する。サンはすでに朝支度を済ませ、真凛の着替えを手伝う。

 真凛が髪を結い上げて整え終える頃、ガラスの花瓶を手にサンは言う。

「マリン、今朝は中庭にムクゲが咲いていますから、ふた花ほど摘んできてくれる?」

 昨夜用意したジャスミンと取り替えるのだろう。

「すぐに行ってくるわ」

 真凛は切りバサミを胸元へしまい、サンの部屋を出て中庭へ向かう。

 衛兵たちは真凛とすれ違うとほおを赤らめてひそひそ話をする。髪結というのは侍従の中ではかなり高位の職らしい。彼らはうわさ話はしても、決して気安く話しかけてはこなかった。

 穏やかな日々が続いている。王宮から出ること以外は、比較的自由にさせてくれている。

 タンザ国王陛下の葬儀がつつがなく終えられたことは衛兵たちの噂で知った。

 数日前、ベリルは質素な衣服にきらびやかな勲章を身につけ外出した。あの日がタンザ国王との最期の別れだったのだろう。

 ほんの少しだけ、父の顔を見てみたい思いはあった。しかしそれを口にすることはできなかった。

 優しいベリルなら、もしかしたら葬儀に参列することを許したかもしれないと今でも思わないでもないが、きっと何の感慨もなく、父の死を他人事のようにしか受け取れない気もした。それもなんだか怖かった。

 中庭へ到着すると、すぐにムクゲを見つけることができた。夜にはしおれる儚い花だが、その一瞬の美しさをベリルに楽しんでもらおうというサンの気配りを感じる。

 彼女より勝る髪結にはなれないだろう。ベリルの側にいつまでいられるだろうか。そんなことも時々思う。

 ムクゲを二本切り取り、すぐに部屋へ戻ろうとする真凛の前へ青年が現れる。白銀の髪が美しいその青年はセオだ。

「気持ちのいい朝だな、真凛。俺にもそのムクゲを分けてくれるか?」

 セオは1日の始まりにふさわしく爽やかに微笑む。

 時折、彼はあどけない少年のような、そして成熟した大人になろうと背伸びするような話し方をする。

 すぐに大人になってしまうだろう青年に、真凛も笑顔で応える。

「ええ、いくつ?」
「それでは三本」
「三本ね」
「兄上より多い方が気分がいい」

 兄に勝ることができるのはそれぐらいだ、とセオは苦笑いする。

 真凛は三本のムクゲを切り取ると、胸元から取り出したハンカチで束ね、セオに手渡す。

「セオ王子にはセオ王子の良さがあるじゃない。それは数の多さでは測れないものでしょう?」

 セオは少々驚いたようにハッと小さく息を飲む。

「たとえば、どのような?」
「そうねー、たとえば、その横笛、髪の色、あなたが生まれ落ちた地位も、すべて」
「横笛はひまつぶしだ。ご覧の髪の色は誇れるものでもない。……だが、真凛に出会えたのだから、王子として生まれたことは誇れる」
「誇りがあるのはいいことよ。横笛の音色は時々部屋まで聞こえるの。いつか近くで聞いてみたいわ。髪もとても綺麗よ。誇れないなんてことないわ」

 自信をもって、と励ますのは弟への思いというより、純粋にそう感じたからだ。

 自信に満ち溢れたアウイに比べ、ベリルもセオもどこか憂えたところがある。その差がなんなのか真凛にはわからない。

「時間があるならすぐに聞かせよう」

 セオは横笛を見せてそう言う。

「ごめんなさい。すぐに戻らないと」
「いつなら会える?」

 髪結に自由になる時間などないことは知っているはずなのに、セオは会いたいと言う。

「夜……、なら」

 真凛はしばらく悩んでそう答えた。ベリルが寝静まった後なら部屋を抜け出すことも可能だろう。 

「では今夜、ここで」
「必ずと約束はできないけれど」
「毎夜待つ。あなたに会えるまで、雨の日でもここを訪れよう」
「セオ王子……」

 真凛はほんのり胸が熱くなるのを感じた。

「なぜセオ王子の髪結にならなかったのかしら。アウイ王子もベリル王子も私を大切に思ってくれているけれど、少しセオ王子は違う気がするの。うまく言えないけれど」
「兄上は忙しいから真凛の話をゆっくり聞く時間がないのかもしれない」
「……そう。そうね、きっとそれね。アルマンにもまだ会えていないし、少し気弱になってるんだわ。今夜、きっと来るわ。セオ王子に話を聞いてもらいたいの」

 セドニーへ来てから弱音を吐いたことはなかった。恵まれた生活の中に空虚さを感じていた。それに気づかせてくれるのはセオだった。

 悩みを話すのは甘えだ。それでも甘えたいと思う。それがアウイにもベリルにも持てない感情なのだと真凛は知る。

「待ってるから」

 切なげに言うセオの手の中のハンカチに真凛は触れる。

「今夜、ハンカチを取りに来るわ」

 名目があれば会える。そんな風に考えてしまうほど、真凛もまたセオと同様、大人になりきれない子どもで、すぐに大人になれてしまう年頃でもあった。
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