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見せられないカラダと刻印
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寝静まるベリルの腕からすり抜けて、約束の場所へ向かう。
いくら内緒にしていても、すぐにバレてしまうことはわかっていた。それでも不可思議な情念に突き動かされて、セオの元へ向かう。その情念の名を、真凛はまだ知らなかった。
「真凛……」
噴水の側に立つセオに駆け寄る。本当に来るとは思っていなかったのか、彼はひどく驚いた表情で真凛を迎えた。
「今日はルベはいないの?」
セオの背後を覗き見る。先日はぴたりと寄り添っていたのに、全く気配がない。
「ルベを知ってるのか?」
質問に質問で返すセオに、真凛は頷きかける。
「名前だけ。セオ王子の髪結はルベしかいないって聞いてる」
「そう、俺にはルベしかいないよ。王宮から出ることもないから他は必要がないんだ」
「王宮から出ない?」
「俺の話し相手はルベだけだ。横笛はひまつぶし。退屈な毎日にすることといったら、書物を読むことぐらい」
噴水のふちに腰かけるセオの隣へ真凛も座る。
「ベリル王子も王宮にいることが多いけれど、王子ってひまなの?」
そう問うと、セオがくすりと笑う。
「そんな風に尋ねるのは真凛だけだ。兄上は忙しくしてる。ただ動かなくても周囲の声がよく聞こえるから要領よく仕事しているだけだろう」
「セオ王子は違うの?」
「質問が多いね」
そっと笑って、セオは真凛の髪に触れる。下ろした髪をゆっくりと優しく撫でるさまは、ベリルと同じでも同じではなく。
「くすぐったい……」
「今朝の束ねた髪も美しかった。真凛はセンスがいいと聞く。あなたのような髪結を手に入れた兄上は幸せだろう」
「セオの髪もとっても綺麗よ。でも、短い方が似合うんじゃないかしら?」
腰まで伸びる輝く髪を眺める真凛の言葉に、セオは薄く自嘲気味に笑う。
「兄上への憧れが強かった。何を真似しても、この髪の色では得られるものなどなかったのに……」
「髪の色はそんなに重要なの? ベリル王子も赤髪の王は誕生したことがないって言ってたけど」
「真凛は異国の者だから、セドニー王国の成り立ちを知らないのだろう。それを知れば、髪の色にこだわる民の気持ちも理解できる。だが俺は違う。俺のこの髪を父上が嫌うのは、祖父と同じ色だからだ」
「タンザ国王が嫌う?」
「祖父の名はカルと言う。カル前国王は白銀の王だった。清廉潔白で、歪んだことを嫌う。だから許せなかったんだろう。父上は少しばかり遊び人だったから」
遊び人?
全く予期せぬ言葉にきょとんとしてしまう。
「真凛はアウイ王子に会ったんだろう? あの人は父上に似てるらしい。自由奔放で、いつだってわがままだ。それでも父上はアウイ王子ばかり可愛がっていた。俺には目もくれない。王城への出入りも許されず、父上の憐れみだけで下された横笛を吹くしかできない」
「髪の色だけで我が子への愛情度が変わるもの?」
「セドニーの民は異国の者にはわからない心の傷がある。髪や瞳の色に、そのわだかまりが形あるものとして現れやすい。それだけだが、それだけが呪いだ」
苦渋に満ちた横顔に、若き王子の苦悩が見えて、真凛は言わずにはいられない。
「私は好きよ、セオ王子の髪の色。何色だっていいの。でもあなたには銀が似合う。そしてあなたらしい髪型で生きて欲しいと思うわ」
「真凛、あなたは見知らぬ国へ来たばかりなのに強いね。そうでなければ、窓から飛び降りるなんて無謀なことはしないのかもしれないが」
「あ、あれは、ほら……」
初めてセオに出会った日を思い出してほおが赤らむ。
「わかってる。あの時より、あなたが幸せなのはわかってる。次はあなたの番。何があなたを悲しませるのか、俺は知りたい」
ほおに当てていた手を離すと、すぐにセオの指が滑り込んでくる。彼の温かい手のひらに包まれたほおはますます赤らんで。
「兄上の側にいるのは、まだ嫌だ?」
「……嫌、ではないけれど」
「そう……」
さみしげにセオの指が離れていく。
ベリルにサンがいるように、セオにはルベがいて、真凛の居場所はどこにもないような気もするのに、彼のつらそうな目を見つめていると、セオの側にいたいような気もしてくる。
「セオ王子は第二王妃の子なのよね? どんな人?」
「母上? ……さあ。会ったことがないんだ。ただ赤い髪の美しい人だと聞く」
セオの返答は意外なものだった。
「会ったことがないの? じゃあ、私と同じ」
「真凛も?」
「ずっと母だと信じていた人が母ではなかったの。何十年と騙されてたの。それでも今でも、あの人が母だとしか思えなくて」
「本当の母は?」
本当の母は第一王妃チタだ。父であるタンザ国王よりも、もしかしたらもっと遠い存在。
「考えたこともないわ。会いたいとも思わない。母とアルマンと過ごしてきた時間がどれほど幸せなものだったかなんて、私にしかわからない」
「その幸せな時間は取り戻せる?」
「セオ王子……」
「俺の髪結になっても、真凛が王宮から出られないことに変わりはないけど、真凛の見たい世界を俺は見ることができる。その景色を笛の音で伝えることはできる」
想像もつかない話に、真凛は首をかしげる。
「不思議なことを言うのね」
「真凛の幸せのためならなんだってするよ。だから、毎夜会える? 兄上と過ごす夜は出来るだけ短い方が嬉しい」
「あ、別に私はベリル王子とは……」
「髪結は求められたら拒めないよ。そんな言い訳はいらないから、毎夜会いに来てほしい」
セオは真凛の腰に腕を回して優しく抱き寄せる。
毎晩ベリルの腕の中で眠るのに、それ以上に安心できる居心地の良さに戸惑う。
あなたの姉だと告白したら、と真凛は思う。
それを言ったら、この腕の中も居心地の悪いものになってしまうのかもしれないと。
寝静まるベリルの腕からすり抜けて、約束の場所へ向かう。
いくら内緒にしていても、すぐにバレてしまうことはわかっていた。それでも不可思議な情念に突き動かされて、セオの元へ向かう。その情念の名を、真凛はまだ知らなかった。
「真凛……」
噴水の側に立つセオに駆け寄る。本当に来るとは思っていなかったのか、彼はひどく驚いた表情で真凛を迎えた。
「今日はルベはいないの?」
セオの背後を覗き見る。先日はぴたりと寄り添っていたのに、全く気配がない。
「ルベを知ってるのか?」
質問に質問で返すセオに、真凛は頷きかける。
「名前だけ。セオ王子の髪結はルベしかいないって聞いてる」
「そう、俺にはルベしかいないよ。王宮から出ることもないから他は必要がないんだ」
「王宮から出ない?」
「俺の話し相手はルベだけだ。横笛はひまつぶし。退屈な毎日にすることといったら、書物を読むことぐらい」
噴水のふちに腰かけるセオの隣へ真凛も座る。
「ベリル王子も王宮にいることが多いけれど、王子ってひまなの?」
そう問うと、セオがくすりと笑う。
「そんな風に尋ねるのは真凛だけだ。兄上は忙しくしてる。ただ動かなくても周囲の声がよく聞こえるから要領よく仕事しているだけだろう」
「セオ王子は違うの?」
「質問が多いね」
そっと笑って、セオは真凛の髪に触れる。下ろした髪をゆっくりと優しく撫でるさまは、ベリルと同じでも同じではなく。
「くすぐったい……」
「今朝の束ねた髪も美しかった。真凛はセンスがいいと聞く。あなたのような髪結を手に入れた兄上は幸せだろう」
「セオの髪もとっても綺麗よ。でも、短い方が似合うんじゃないかしら?」
腰まで伸びる輝く髪を眺める真凛の言葉に、セオは薄く自嘲気味に笑う。
「兄上への憧れが強かった。何を真似しても、この髪の色では得られるものなどなかったのに……」
「髪の色はそんなに重要なの? ベリル王子も赤髪の王は誕生したことがないって言ってたけど」
「真凛は異国の者だから、セドニー王国の成り立ちを知らないのだろう。それを知れば、髪の色にこだわる民の気持ちも理解できる。だが俺は違う。俺のこの髪を父上が嫌うのは、祖父と同じ色だからだ」
「タンザ国王が嫌う?」
「祖父の名はカルと言う。カル前国王は白銀の王だった。清廉潔白で、歪んだことを嫌う。だから許せなかったんだろう。父上は少しばかり遊び人だったから」
遊び人?
全く予期せぬ言葉にきょとんとしてしまう。
「真凛はアウイ王子に会ったんだろう? あの人は父上に似てるらしい。自由奔放で、いつだってわがままだ。それでも父上はアウイ王子ばかり可愛がっていた。俺には目もくれない。王城への出入りも許されず、父上の憐れみだけで下された横笛を吹くしかできない」
「髪の色だけで我が子への愛情度が変わるもの?」
「セドニーの民は異国の者にはわからない心の傷がある。髪や瞳の色に、そのわだかまりが形あるものとして現れやすい。それだけだが、それだけが呪いだ」
苦渋に満ちた横顔に、若き王子の苦悩が見えて、真凛は言わずにはいられない。
「私は好きよ、セオ王子の髪の色。何色だっていいの。でもあなたには銀が似合う。そしてあなたらしい髪型で生きて欲しいと思うわ」
「真凛、あなたは見知らぬ国へ来たばかりなのに強いね。そうでなければ、窓から飛び降りるなんて無謀なことはしないのかもしれないが」
「あ、あれは、ほら……」
初めてセオに出会った日を思い出してほおが赤らむ。
「わかってる。あの時より、あなたが幸せなのはわかってる。次はあなたの番。何があなたを悲しませるのか、俺は知りたい」
ほおに当てていた手を離すと、すぐにセオの指が滑り込んでくる。彼の温かい手のひらに包まれたほおはますます赤らんで。
「兄上の側にいるのは、まだ嫌だ?」
「……嫌、ではないけれど」
「そう……」
さみしげにセオの指が離れていく。
ベリルにサンがいるように、セオにはルベがいて、真凛の居場所はどこにもないような気もするのに、彼のつらそうな目を見つめていると、セオの側にいたいような気もしてくる。
「セオ王子は第二王妃の子なのよね? どんな人?」
「母上? ……さあ。会ったことがないんだ。ただ赤い髪の美しい人だと聞く」
セオの返答は意外なものだった。
「会ったことがないの? じゃあ、私と同じ」
「真凛も?」
「ずっと母だと信じていた人が母ではなかったの。何十年と騙されてたの。それでも今でも、あの人が母だとしか思えなくて」
「本当の母は?」
本当の母は第一王妃チタだ。父であるタンザ国王よりも、もしかしたらもっと遠い存在。
「考えたこともないわ。会いたいとも思わない。母とアルマンと過ごしてきた時間がどれほど幸せなものだったかなんて、私にしかわからない」
「その幸せな時間は取り戻せる?」
「セオ王子……」
「俺の髪結になっても、真凛が王宮から出られないことに変わりはないけど、真凛の見たい世界を俺は見ることができる。その景色を笛の音で伝えることはできる」
想像もつかない話に、真凛は首をかしげる。
「不思議なことを言うのね」
「真凛の幸せのためならなんだってするよ。だから、毎夜会える? 兄上と過ごす夜は出来るだけ短い方が嬉しい」
「あ、別に私はベリル王子とは……」
「髪結は求められたら拒めないよ。そんな言い訳はいらないから、毎夜会いに来てほしい」
セオは真凛の腰に腕を回して優しく抱き寄せる。
毎晩ベリルの腕の中で眠るのに、それ以上に安心できる居心地の良さに戸惑う。
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それを言ったら、この腕の中も居心地の悪いものになってしまうのかもしれないと。
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