溺愛王子と髪結プリンセス

水城ひさぎ

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見せられないカラダと刻印

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「カル前国王とタンザ国王は仲が良くなかったの?」

 ベリル王子が外出している束の間の時間、サンと真凛はティータイムを楽しんでいた。

 異国から届いたクッキーに、ローズマリーのハーブティー。セドニーでの食事は真凛の口に合う。

「少し違うわ、マリン。カル元国王とタンザ前国王ね。今日はアウイ国王が誕生する日」

 それを聞いて真凛は丸い瞳をますます丸くする。

「アウイ王子が国王に即位するの? だからベリル王子は朝からいないのね」
「ええ、おかえりも遅いでしょう。私は夕刻、王城へ行ってきますから、マリン、あなたは部屋を出てはダメよ」
「もちろんよ。行くところもないもの」

 アルマンもアウイの側から離れないだろう。セオも即位式には呼ばれるだろう。

 サンとともに王城へ行けないなら、退屈な時間をどう過ごそうかと考えるばかりだ。

「そんなこと言って、心配よ。ベリル様が今日は大丈夫だというから私も安心しているけれど」
「今日は大丈夫?」
「ええ、そうおっしゃられたわ」
「ここへ来られるのはアウイ王子とセオ王子だけだからかしら。そうは言っても、身の危険なんて少しも感じたことないの。ほとんどベリル王子の思い過ごしだと思うわ」

 それならいいけれど、とサンは息をついて、ハーブティーを口に運ぶ。

「それで、さっきの話」

 真凛は話を戻す。ティーカップをソーサーに下ろしたサンは、ああ、と言って首をゆるりと振る。

「私は存じ上げません。タンザ前国王が国王に即位したのは30年ほど前。カル元国王の話は母から聞いたことがあるだけで、実際にどのような王だったかは私には」
「サンのお母さんは今どこに?」
「母は亡くなりました、数年前に」

 サンは悲しげにまつげを揺らす。

「サン……、ごめんなさい。つらいことを思い出させるつもりはなかったの」
「いいえ、つらかったのはベリル様の方。ベリル様には私の母のことは聞かないで欲しいわ、マリン」
「サンのお母さんとベリル王子はつながりがあるの?」
「母はベリル様の髪結でした。父と結婚し、一旦は王宮を去りましたが、父が死に、私が14でここへ来た時にベリル様は母も受け入れてくださったのです」

 既婚の髪結が王子に仕えるのは珍しいことだと、サンは言う。それでなくとも、髪結が王子以外の男性と結婚し、再び王宮へ戻るというのは異例中の異例。

「あの頃はたくさんの髪結がいましたから、母も私もベリル様に近づくことすら出来ませんでした。それでも私たちは一生懸命務めました。そうするうちに、髪結はひとりふたりと辞め、いつしか三人になりました」
「三人……。サンとお母さんと……、あとガーネ?」

 サンは息を飲む。なぜその名を知っているのかと驚くようだ。

「ガーネのことはベリル王子から聞いたの。とても美しくて、利発だったと」
「ええ。ガーネはベリル様の妻になるはずでした。私もガーネになら仕えられる。そう思えるほど素晴らしい女性でした」
「ガーネはなぜ王宮を去ったの?」
「去ってはいませんよ、マリン」

 クッキーに伸ばしかけた手を止めて、立ち上がるサンを真凛は目で追いかける。サンは窓辺に立ち、切なそうに窓の外へ視線を落とす。

「ガーネと母は殺されました」
「え……」

 思わぬ告白に驚く。

「数年前、タンザ前国王が体調を崩されたことがありました。青髪の王は短命と言われているから、どうしても期待されるのはタンザ前国王の孫」
「孫? じゃあ、仮にその時にアウイ王子が王位を継承しても短命だから、その次を考えて?」
「そうね。だから狙われたのよ、ガーネは。お腹にベリル様の子を宿していたから」

 だから、というのはすぐには理解しがたかった。

「……そんな。だってベリル様も……、ガーネも赤髪と聞いたわ」

 赤髪の子は王にはなれない。王位とは無関係な子にどんな期待と罪がかけられていたというのか。

「両親が赤髪だからといって、その子まで赤髪とは限らないわ。複雑に入り組んだ血は、予期せぬ子を生まれさせる。セオ王子がそう。前国王にも第二王妃にも似ても似つかない白銀の髪。国民の大半は私やマリンのように、茶色や黒髪。でも貴族のほとんどが白銀。赤や青は極めて珍しいの」
「どうしてそんな?」
「セドニーは5つの国からなる統一国家なの。5つの種族の血が交わり、300年の年月をかけて今のセドニーを形成してる」

 多様な種族と交わり続けた王族の血は今や、どんな毛色の子が生まれるかわからない。

 運悪く赤髪として生まれた子は、赤鷹の刻印を押される。

「青、赤、白銀、茶、黒……」

 と真凛は指を折る。
 色によって受ける差別があるのは、セドニーが誕生した頃の出来事に由来しているのだろうと、真凛ですら漠然と感じることだった。

「ベリル様が留守の間にガーネは襲われた。私をクローゼットに隠し、ガーネを助けようとした母も殺されたわ。あの日からベリル様は私以外を寄せ付けようとしなくなった」

 サンは淡々と話す。傷ついた心がまるで凍りついたままのように静かに。

「でも待って。ガーネが死んで、誰が得をするの? アウイ王子にもしものことがあったら、王位を継ぐのはセオ王子じゃない」
「そうね。セオ様が……、ガーネを殺させる理由はないように思えるわね。だけどもし、ガーネの産んだ子が赤髪でなければ、王位継承順位第2位の座はガーネの子に移るの」

 その言い方に傷ついた。セオにはガーネ殺害の疑いがあるのだろうか。

「犯人は捕まらないの?」
「……いいえ、捕まったわ。でもね、捕まった時には殺されていたの。ガーネを狙った本当の犯人はいまだにわからない」
「サンはどう思うの? セオ王子がガーネを……」

 サンはゆるゆると首を左右にふる。

「私にはわかりません。セオ様のように優しい方があのようなむごいことをなさるなんて信じられない。そうとしか言えません」
「私も信じたくないわ」
「でもね、マリン」

 ゆっくり振り返るサンの目には憂いが浮かぶ。

 大切な人を亡くした者は報われない思いを抱え、こんなにも苦しくて悲しい表情をするのかと、真凛の胸は痛みで押しつぶされそうになる。

「サン……」

 真凛はサンの手を取らずにはいられなかった。大丈夫だからと、重ねた手のひらに力を入れれば、サンは苦しげに吐き出す。

「でもね、マリン、忘れないで。アウイ国王が誕生した今、王位継承順位第1位の座にいるのは、あなたなのよ、マリン。それを誰かに知られたら、あなたもガーネのように襲われるかもしれない。だからこのことは絶対に知られてはいけないの。セオ王子にも、絶対……」
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