溺愛王子と髪結プリンセス

水城ひさぎ

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セオの髪結になるということ

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「陛下っ! なぜこちらにっ」

 ベリルの部屋を訪れると、真っ赤な髪結ドレスをまとう茶髪の女性が悲鳴にも似た声をあげた。その姿に失笑してしまう。

「そう、しかめ面することもない。たまには弟の顔ぐらい見たくなるもの。全く歓迎されないことはわかっているがな」

 だからベリルの王宮へ来るのは楽しくない、とアウイはこぼすと、茶の葉を選ぶサンの手元に視線を落とす。

「すぐにベリルは戻るのだな。では待たせてもらおう」

 ベリルのために飾り付けられたのであろうテーブルの前へ腰を下ろし、足を組む。真っ赤な部屋は落ち着かないが、ベリルの髪結には興味がわく。

「おまえはサンだったな」
「……はい」

 サンは警戒心をむき出しにして返事をし、茶の葉を片付ける。たとえ国王であろうとも、仕える王子以外の世話をしない徹底ぶりを見せるサンはますます興味深い。

「ベリルの信頼するサンの淹れる茶なら飲む」
「陛下、冗談でもそのようなことをおっしゃってはいけません」
「最大の敬意をはらったつもりだが。まあいい。一日に二度も毒をもられるあほうな国王では情けない」

 サンは眉をひそめる。主人以外には無感情な髪結が多い中、彼女は髪結らしからぬ優しさがあるようだ。だから話す気にもなる。

「また一人、腹心が死んだ。愚かな国だ。父王は己の過ちでセドニーが滅ぶことを予想していただろうか」
「……」
「独り言だ。ただ悲しく思う。マリンがやたらと幸せそうでね。厳しいセドニーの未来を見せるのは忍びない」
「マリンにお会いに? 幸せそうでしたなら安心です」

 サンは真凛を大切に思うのだろう。安堵の表情を浮かべる。

「いつからセオの髪結になった?」
「今朝、自らの意思でここを出ていきました」
「ベリルは見過ごしたか?」
「ベリル様は驚かれていましたが、しばらく様子を見るようにと」

 ふーん、とアウイは鼻をならし、腕を組む。

「らしくないな」

 そう言ったきり、アウイは口をつぐみ、まぶたを落とす。

 静寂な空間は物足りなさもあるが、周囲の音に敏感なベリルには必要な静けさなのだろうと思える。

 アウイはまた、ふっと目を開く。微動だにしなかったサンも動く。彼女は扉の前へ移動し、こうべを垂れる。ゆっくりと扉が開く。アウイは立ち上がる。そのすべての呼吸が合った時、ベリルが部屋の中へと入ってきた。

「陛下、待たせました」

 アウイが訪れたことは知っていたのだろう。珍しくわずかに息を乱して、アウイの前へ進んでくる。

「待ってはいない。ベリルの気配を追おうとしたが、インカ殿の宮殿にいるのではさすがの俺も近づけぬ。おかげでサンと楽しいひとときを過ごせた」
「私の王宮へも立ち入りは禁止していますが、有事とあれば仕方ありません」
「ふん。仕方ないと言いながら嫌味か。で、インカ殿とどんな話を?」
「母と子のたわいない会話です」

 ベリルは短く答える。探られたくないとばかりの様子に笑ってしまう。冷静なベリルから精細さを欠かせているのは何だろうか。

「荒々しいインカ殿とたわいない話か。おまえも苦労する。赤髪で生まれなければ、苦労せずとも良かったのにな」
「……それはもう終わった話です」
「終わらせることができるのは幸せだ。俺は今でも思う。赤髪で生まれたかったとな」
「陛下……」

 痛ましそうにアウイを見つめるベリルの表情さえ不愉快だった。

「二人きりの時ぐらい、兄と呼べ。そうでないと、いつか俺はおまえを殺すかもしれない」
「甘んじて受け入れます」
「素直だな。未来を諦めるにはまだはやい。身近なものを幸せにできず、セドニーの未来は守れまい」

 アウイはベリルの背後に控えるサンへ視線を移す。サンは不安そうにベリルの背中を見つめている。

 大切にしなければならない女が後ろにいる。そのことに気づいているかと問う気持ちもあるが、アウイは無言でふたたびベリルに視線を戻す。そしてきつい口調でベリルへ命令する。

「マリンがセオに惚れるのは誤算だった。今すぐにでも連れ戻せ。今夜過ちが起きる前にな」
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