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セオの髪結になるということ
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アウイの王宮からはセドニーの城下町が見渡せる。街の中心には豪壮な王城。その奥には赤い宮殿。インカの暮らす館だ。
真凛はそこでベリルに襲われた。あれから3日経つ今も恐怖はない。あのときベリルは泣いていた。どんな選択も彼にとっては苦しいものでしかなかったのかもしれない。
ベリルは真凛を殺し、アウイは真凛を凌辱し、セオとの仲を引き裂こうとした。形は違うけれど、ふたりの思いは同じだった。
セオのことは忘れた方がいい。ふたりの兄が望むなら、それが正しい道だと真凛は納得しようとするが、いまだにセオのことばかり考えている。
「真凛様、またベリル王子の王宮をご覧になっているのですか」
「アルマン! きょ、今日は違うわ」
「今日は、ですか。では何を?」
「あー、インカ様の宮殿では不思議な力は働かないのよね。陛下はどうやって助けに来てくれたのかしらと思って眺めていたの」
窓際から離れ、紅茶を用意するアルマンの前へ移動する。
「インカ様のお力は年々弱まっているそうですし、陛下ならば無遠慮に館へ入り込むことなど容易くなさるでしょう」
「それはそうね。聞くだけ無駄だったわ」
「ご無事で何よりでした。これからは陛下のお側に」
「……アルマンは陛下の側がいいと思うの?」
そう問うと、アルマンは困り顔をする。
「藍様は命がけで真凛様をお産みになった。それだけは知っていてください」
やすやすと命を落とすような恋に溺れてはいけないと言われたようだった。
「陛下だっていずれは結婚するわ。そうなったら私はどこで生きていくの? セドニーの民として、セオ様と生きたいって思ってもいいでしょう?」
「そのことですが、すでに真凛様には養子縁組の話が持ち上がっています。サンとともに、陛下の髪結としてこの王宮で暮らすことになります」
「養子縁組? それに、サンって……」
驚いて声を上げると、部屋の扉がゆっくりと開き、赤い髪結ドレスを身につけたサンが現れる。
「なかなか強情な方で、赤いドレスは脱ぎたくないと。真凛様にはサンの気持ちがわかるのではないかと、陛下も猶予を与えられています」
「サンっ!」
サンは少しやつれていた。しかし真凛の顔を見つけると、少しばかり安堵の表情を見せる。
「マリン、すごく懐かしいみたい……」
「本当に。でもどうしてここに?」
サンは悲しげに目を伏せる。
「ベリル王子はインカ様の宮殿で暮らしています。サンの帰る場所はなくなったんですよ」
アルマンがサンの代わりに答える。
「どうして? インカ様のところだって、サンを連れていけばいいんだわ」
「インカ様はフィンの民でなければ宮殿への出入りを許していません。サンはティリの民ですから」
「そんな……」
「インカ様の四国嫌いは有名ですから」
四国とはギル、ティリ、バーン、ケルドのことだ。インカは赤い民にしか心を許さない人なのだろう。だからだろうか。セオを手元に置かないのは。
「セオ様はあの王宮でひとりなの?」
「ルベと変わらぬ生活をしています。ベリル王子がいらっしゃらないのはさみしいかもしれませんね」
「私、セオ様の側にいたいわ。セオ様ならサンだって受け入れてくれる。それができるなら、養子縁組を受け入れるわ」
「真凛様に選択はできません。もしこの王宮から出ることがあるなら、結婚が決まった時でしょう」
やんわりと答えるアルマンの言葉は、真凛にとって救いはなかった。
「結婚なんて出来ないわ……」
胸元に手を当てる。誰にも見せてはいけない刻印は消えることなく胸にいまだ刻まれている。
「承知の上での縁談です。結婚が決まれば、名実共に貴族の娘として生きていけます」
「アルマンはそれが私の幸せだっていうのね」
「厳しいようですが、そうです。陛下の心遣いを無駄にされませんよう」
アルマンはアウイの髪結なのだ、と思い知らされる。
「わかったわ。陛下に従います」
「マリン……」
心配そうに駆け寄ってきたサンは、真凛の肩を抱く。真凛は凛として、アルマンを正面から見つめる。
「でもひとつだけお願いがあるの。もう一度だけ、セオ様に会わせて」
アウイの王宮からはセドニーの城下町が見渡せる。街の中心には豪壮な王城。その奥には赤い宮殿。インカの暮らす館だ。
真凛はそこでベリルに襲われた。あれから3日経つ今も恐怖はない。あのときベリルは泣いていた。どんな選択も彼にとっては苦しいものでしかなかったのかもしれない。
ベリルは真凛を殺し、アウイは真凛を凌辱し、セオとの仲を引き裂こうとした。形は違うけれど、ふたりの思いは同じだった。
セオのことは忘れた方がいい。ふたりの兄が望むなら、それが正しい道だと真凛は納得しようとするが、いまだにセオのことばかり考えている。
「真凛様、またベリル王子の王宮をご覧になっているのですか」
「アルマン! きょ、今日は違うわ」
「今日は、ですか。では何を?」
「あー、インカ様の宮殿では不思議な力は働かないのよね。陛下はどうやって助けに来てくれたのかしらと思って眺めていたの」
窓際から離れ、紅茶を用意するアルマンの前へ移動する。
「インカ様のお力は年々弱まっているそうですし、陛下ならば無遠慮に館へ入り込むことなど容易くなさるでしょう」
「それはそうね。聞くだけ無駄だったわ」
「ご無事で何よりでした。これからは陛下のお側に」
「……アルマンは陛下の側がいいと思うの?」
そう問うと、アルマンは困り顔をする。
「藍様は命がけで真凛様をお産みになった。それだけは知っていてください」
やすやすと命を落とすような恋に溺れてはいけないと言われたようだった。
「陛下だっていずれは結婚するわ。そうなったら私はどこで生きていくの? セドニーの民として、セオ様と生きたいって思ってもいいでしょう?」
「そのことですが、すでに真凛様には養子縁組の話が持ち上がっています。サンとともに、陛下の髪結としてこの王宮で暮らすことになります」
「養子縁組? それに、サンって……」
驚いて声を上げると、部屋の扉がゆっくりと開き、赤い髪結ドレスを身につけたサンが現れる。
「なかなか強情な方で、赤いドレスは脱ぎたくないと。真凛様にはサンの気持ちがわかるのではないかと、陛下も猶予を与えられています」
「サンっ!」
サンは少しやつれていた。しかし真凛の顔を見つけると、少しばかり安堵の表情を見せる。
「マリン、すごく懐かしいみたい……」
「本当に。でもどうしてここに?」
サンは悲しげに目を伏せる。
「ベリル王子はインカ様の宮殿で暮らしています。サンの帰る場所はなくなったんですよ」
アルマンがサンの代わりに答える。
「どうして? インカ様のところだって、サンを連れていけばいいんだわ」
「インカ様はフィンの民でなければ宮殿への出入りを許していません。サンはティリの民ですから」
「そんな……」
「インカ様の四国嫌いは有名ですから」
四国とはギル、ティリ、バーン、ケルドのことだ。インカは赤い民にしか心を許さない人なのだろう。だからだろうか。セオを手元に置かないのは。
「セオ様はあの王宮でひとりなの?」
「ルベと変わらぬ生活をしています。ベリル王子がいらっしゃらないのはさみしいかもしれませんね」
「私、セオ様の側にいたいわ。セオ様ならサンだって受け入れてくれる。それができるなら、養子縁組を受け入れるわ」
「真凛様に選択はできません。もしこの王宮から出ることがあるなら、結婚が決まった時でしょう」
やんわりと答えるアルマンの言葉は、真凛にとって救いはなかった。
「結婚なんて出来ないわ……」
胸元に手を当てる。誰にも見せてはいけない刻印は消えることなく胸にいまだ刻まれている。
「承知の上での縁談です。結婚が決まれば、名実共に貴族の娘として生きていけます」
「アルマンはそれが私の幸せだっていうのね」
「厳しいようですが、そうです。陛下の心遣いを無駄にされませんよう」
アルマンはアウイの髪結なのだ、と思い知らされる。
「わかったわ。陛下に従います」
「マリン……」
心配そうに駆け寄ってきたサンは、真凛の肩を抱く。真凛は凛として、アルマンを正面から見つめる。
「でもひとつだけお願いがあるの。もう一度だけ、セオ様に会わせて」
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