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チタとアイ
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屋敷の二階の窓から望める薔薇園は、アイの知るすべての光景だった。季節ごとに移りゆく庭園の景色のみが、アイの生活に変化を与える。しかし、その変化はループするのみだった。
「あ、もうすぐ咲くかしら」
アイは窓から身を乗り出して、庭園の一角に植えられた赤い薔薇のつぼみを目を細めて見つめる。
毎年冬から春へと移り変わり、暖かくなるこの時期に薔薇は咲く。アイは薔薇のつぼみを見つけるたびに、いつ開花するのかと待ち焦がれる日々を楽しみにしていた。
翌日は雨だった。アイはベッドから起き出せずにいた。昨夜から咳がひどく、朝方ほんの少し眠れたのみで、痛む胸をぎゅっと押さえたまま伏せっていた。
窓に当たる雨が激しい。薔薇のつぼみが落ちてしまわないだろうか。アイは「はっ、は」と小刻みに息を吐き出し、ベッドを抜け出そうとするが身体に力が入らず思うようにいかない。
「お姉ちゃん、どう? お加減は」
突然部屋のドアが開き、妹のチタが顔を出す。
17歳になる妹はまるで映し鏡のようにアイに似ている。アイもまた17歳。見分けがつかないほどにそっくりな双子の姉妹。
それでもアイは、ハツラツとしたチタを目にするたびに辛かった。全く同じ容姿でも、チタは生き生きとしていた。明日もわからない生活をしているアイには、チタのすべてが羨ましかった。
「薔薇を、見たいの……」
手を伸ばすとチタが駆けてきて、身体を起こすのを手伝ってくれる。温かなチタの手を握ると涙が込み上げてくる。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「なんでもないの……」
ただ言えないだけ。お医者さまに赤ちゃんを産むのは無理だろうと宣告された。結婚どころか恋もできないのに突きつけられた現実に震えた。
「なんでもないことないでしょ? なんでも言って。お姉ちゃんの代わりならいくらでもできるんだから」
利発なチタは無邪気に胸を張る。そんなところも羨ましい。人の人生を背負えるような強さはアイにはない。
「チタは好きな人いるの?」
ベッドに腰掛けたままチタを見上げる。チタは目線が合うように、隣へ座る。黒い艶やかな髪がアイのほおに触れるぐらい身を寄せてくる。
チタはさみしがり屋だ。アイが命を落とすようなことがあれば、悲しみから立ち上がれなくなるかもしれない。その日が来る前に、チタには愛する人と出会って欲しいと願う。
「なーに、急に」
「だって私たち、そろそろ結婚してもおかしくない年頃でしょう?」
「それはそうだけど、うーん、……私はダメ」
「どうして?」
自由に外出できるチタですら、結婚は難しいのだろうか。アイは首をかしげる。
「だって、私の好きな人は遠くにいるの」
「遠く? 異国の人?」
天井を見上げるチタの視線を追いかける。そこには白い天井が広がるだけだ。
「そういう遠くじゃないの。とっても尊いお方」
「身分ある方?」
「お姉ちゃん、驚くかも」
「私が知ってる尊い方なんていないもの。驚きようがないわ」
くすりと笑う。笑う元気を与えてくれるのはチタだけだ。アイにとってチタは希望であり、羨望の対象だった。
「お姉ちゃんでも話ぐらいは聞いたことある方よ」
「全然わからないわ」
「先日ね、お見かけしたの。異国のモノを売り出す市場で偶然。あの方も異国には興味があったみたい」
「楽しそうな市場ね」
そう言うと、今度はチタがくすりと笑う。
「お姉ちゃんは男の人より市場が気になるみたい」
「そんなことないわ。何にでも興味あるの」
「お姉ちゃんも会ったら絶対驚くわ。セドニーで青い髪を持つのはあの方だけ。そのぐらい尊くて、素敵な方よ」
青い髪と言えば、ギルの民。本の世界でしか知らないが、セドニーを建国した尊い民だ。
「その方はよく市場に来るの?」
「お忍びで来るみたい」
「そう。また会えるといいわね」
素直にそう言った。チタなら貴族の中で生きていける。その強さがある。好きな人と幸せになってほしい。アイはただそう願っていた。
屋敷の二階の窓から望める薔薇園は、アイの知るすべての光景だった。季節ごとに移りゆく庭園の景色のみが、アイの生活に変化を与える。しかし、その変化はループするのみだった。
「あ、もうすぐ咲くかしら」
アイは窓から身を乗り出して、庭園の一角に植えられた赤い薔薇のつぼみを目を細めて見つめる。
毎年冬から春へと移り変わり、暖かくなるこの時期に薔薇は咲く。アイは薔薇のつぼみを見つけるたびに、いつ開花するのかと待ち焦がれる日々を楽しみにしていた。
翌日は雨だった。アイはベッドから起き出せずにいた。昨夜から咳がひどく、朝方ほんの少し眠れたのみで、痛む胸をぎゅっと押さえたまま伏せっていた。
窓に当たる雨が激しい。薔薇のつぼみが落ちてしまわないだろうか。アイは「はっ、は」と小刻みに息を吐き出し、ベッドを抜け出そうとするが身体に力が入らず思うようにいかない。
「お姉ちゃん、どう? お加減は」
突然部屋のドアが開き、妹のチタが顔を出す。
17歳になる妹はまるで映し鏡のようにアイに似ている。アイもまた17歳。見分けがつかないほどにそっくりな双子の姉妹。
それでもアイは、ハツラツとしたチタを目にするたびに辛かった。全く同じ容姿でも、チタは生き生きとしていた。明日もわからない生活をしているアイには、チタのすべてが羨ましかった。
「薔薇を、見たいの……」
手を伸ばすとチタが駆けてきて、身体を起こすのを手伝ってくれる。温かなチタの手を握ると涙が込み上げてくる。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「なんでもないの……」
ただ言えないだけ。お医者さまに赤ちゃんを産むのは無理だろうと宣告された。結婚どころか恋もできないのに突きつけられた現実に震えた。
「なんでもないことないでしょ? なんでも言って。お姉ちゃんの代わりならいくらでもできるんだから」
利発なチタは無邪気に胸を張る。そんなところも羨ましい。人の人生を背負えるような強さはアイにはない。
「チタは好きな人いるの?」
ベッドに腰掛けたままチタを見上げる。チタは目線が合うように、隣へ座る。黒い艶やかな髪がアイのほおに触れるぐらい身を寄せてくる。
チタはさみしがり屋だ。アイが命を落とすようなことがあれば、悲しみから立ち上がれなくなるかもしれない。その日が来る前に、チタには愛する人と出会って欲しいと願う。
「なーに、急に」
「だって私たち、そろそろ結婚してもおかしくない年頃でしょう?」
「それはそうだけど、うーん、……私はダメ」
「どうして?」
自由に外出できるチタですら、結婚は難しいのだろうか。アイは首をかしげる。
「だって、私の好きな人は遠くにいるの」
「遠く? 異国の人?」
天井を見上げるチタの視線を追いかける。そこには白い天井が広がるだけだ。
「そういう遠くじゃないの。とっても尊いお方」
「身分ある方?」
「お姉ちゃん、驚くかも」
「私が知ってる尊い方なんていないもの。驚きようがないわ」
くすりと笑う。笑う元気を与えてくれるのはチタだけだ。アイにとってチタは希望であり、羨望の対象だった。
「お姉ちゃんでも話ぐらいは聞いたことある方よ」
「全然わからないわ」
「先日ね、お見かけしたの。異国のモノを売り出す市場で偶然。あの方も異国には興味があったみたい」
「楽しそうな市場ね」
そう言うと、今度はチタがくすりと笑う。
「お姉ちゃんは男の人より市場が気になるみたい」
「そんなことないわ。何にでも興味あるの」
「お姉ちゃんも会ったら絶対驚くわ。セドニーで青い髪を持つのはあの方だけ。そのぐらい尊くて、素敵な方よ」
青い髪と言えば、ギルの民。本の世界でしか知らないが、セドニーを建国した尊い民だ。
「その方はよく市場に来るの?」
「お忍びで来るみたい」
「そう。また会えるといいわね」
素直にそう言った。チタなら貴族の中で生きていける。その強さがある。好きな人と幸せになってほしい。アイはただそう願っていた。
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