溺愛王子と髪結プリンセス

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チタとアイ

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「じゃあ、アルマンはお母さんに会ったことがあったのね? チタ様がお母さんとは別人だと気づかなかったの?」

 アルマンを責めるわけではない。そう思いながらも、真凛は過ぎたことを蒸し返す。

 誰か、チタが嫁ぐ前に、タンザが一目惚れした少女がアイであると気づけていたら未来は変わっていた。

 孤独なまま死んだ母を思うと悔しい。離れていても相手を想えるだけで幸せだなんて、セオを想う真凛にはやはり幻想でしかない。

「ほんの一瞬では見分けがつかないほどおふたりは似ておられた。タンザ様もあの時の娘がチタ様だと、あの日までは信じていたでしょう」
「あの日……?」
「はい。結婚されてすぐにチタ様はアウイ陛下をご懐妊された。その祝賀パーティーである噂が持ち上がったのです」

 アルマンは小さく息をついて、ふたたび歩き始める。その背中が珍しく小さく見える。

「アルマン、何があったの?」
「王子妃によく似た娘がチタ様の生家にいる。これはどういうことかと」
「お母さんの存在が知られたのね?」
「誰もが思うでしょう。この世にふたりといないだろうと思わせる美女がふたりいるのですから、騒ぎになるのは当然です」

 生まれた時から身体が弱く、両親にとってはセドニーの気候でしか生きられない娘が生きていてくれるだけで良かっただろう。

 アイの結婚など望むはずもない。だがその美しさが明るみになれば、必ず貴族は宝石を好むようにアイを欲しがる。だからこそ、彼女の存在はひた隠しにされてきた。

「タンザ様もその時はまだ、半信半疑のご様子でした。似ているといっても、瓜二つとは思わなかったのでしょう」
「それで、タンザ様は?」
「もちろんチタ様にお尋ねになりました。あの日のネックレスはあるかと」
「チタ様はなんて?」

 アルマンは悲しげに目尻を下げる。

「最初は意味がわからなかったようですが、チタ様なりに考えたのでしょう。あの日のネックレスをタンザ様に見せて、大切な人に頂いたものだと答えたのです」

 チタは嘘をつかなかった。その代わり、真実も伝えなかった。タンザの愛がなくなる日を恐れたのか、アウイを守りたかったからか、それともアイを愛してしまうだろうタンザを引き止めたかったからか。

 チタの思いは推測でしかない。いまだにチタはアイの存在を認めていない。アルマンはそう話す。

「ご両親は藍様の存在は知られてはいけないものと考えておられた。藍様が誰かに見初められて結婚するようなことがあれば、藍様の命は儚く散ったでしょう。それほどご病状は優れなかった」
「だから噂を認めなかった?」
「はい。娘はひとりと、なくなるその日まで訴えておられた」
「祖父母は亡くなってるのね」

 真凛は悲しげに息をつく。身寄りのない真凛にとって、もしかしたら祖父母が一番身近な存在だったかもしれない。チタは王母だ。アウイやベリルと同様に、いやそれ以上に尊い方で。

「屋敷はまだ残っています。当時のまま、タンザ様の計らいで保存されています。いつ、藍様が戻られてもいいようにと」
「でもその思いは届かなかったのね」
「日本への転移はタンザ様がセドニーの気候に近いからと配慮されてのこと。医術もずいぶんと発展していましたから、藍様は日本に行かれてからずいぶんと元気になられた。いつ戻ってきてもいいとタンザ様は思っておられたようですが、藍様はなかなか強情なお方で」

 アルマンは思い出し笑いをするようにくすりと笑う。

「藍様は強情で、チタ様のためにもセドニーには戻らないと、タンザ様を困らせることもありました」
「じゃあ、命が狙われたから日本へ行ったわけではないのね? お母さんの身体のために……」
「両方でしょう。たしかに真凛様の命は狙われました。ブルードラゴンの刻印を持つのですから、ベリル王子を国王にと望む一派には煙たい存在です」

 アルマンはスッと笑みを消すと、目の前の扉に手をかける。

「これから先の話はお部屋でしましょうか」

 内密な話なのだと、真凛も神妙にうなずいた。



 アルマンの部屋にはサンがいた。真凛の姿を見つけると安堵の笑みを見せる。不安なのはサンも同じだ。真凛と同様、いまだに赤い髪結ドレスを脱げないサンの心情は察するに余りある。

「サン、体調はいかがですか?」

 椅子から立ち上がろうとするサンを制して、アルマンは温かな紅茶を用意する。

「ずいぶんと良くなりました」
「あなたも気疲れが過ぎますね」

 アルマンが微笑むと、サンのほおも自然とほころぶ。

「ベリル王子はまだインカ様の館に?」

 真凛もサンの隣へ腰を下ろし、缶に入ったクッキーをお皿に並べながらアルマンにそう問う。

「ええ。真凛様が陛下のお側にいる限り、何の手出しもできません。あるいは、ベリル王子がインカ様を監視されているのか」
「ベリル王子は何をしようとしてるの?」
「さあ、わかりません。ただ争いを好むような方ではありませんから、インカ様の支えになっているだけかもしれませんね」

 紅茶とクッキーを並べ終えると、アルマンはサンに食すよう促す。真凛はティーカップをあげて香りを楽しむ。

「ああ、いい香り。ねぇ、アルマン、さっきの話の続きを教えて。お母さんの存在に気づいたタンザ様はどうしたの?」

 サンは何の話? と首を傾げるが、黙って真凛とアルマンの話に耳を傾ける。

「もちろん確かめに行かれました。タンザ様は時空を操る能力がありましたので、藍様の居場所さえわかれば、会いに行くことは容易かったのです」
「アウイ陛下の瞬間移動みたいなもの?」
「そうですね。どちらかというと、移動するというよりは、時空を歪めて扉の向こうに行きたい場所をつなげてしまう力です」
「想像もつかないわ」

 驚嘆すれば、アルマンはくすくすと笑う。

「藍様もそのように驚かれたそうですよ。そして、もう二度とそんな力を使って会いに来てはいけないと諭された」

 そう言い終わる頃にはアルマンの笑みは消え、瞳には悲しみが浮かぶ。

「それからですね、タンザ様は荒れるようになられた。藍様に裏切られたと思われたのでしょう。ですから同じ顔を持つチタ様も敬遠するようになられた」
「それでインカ様を王妃に迎えられたの?」
「なりゆきもあったかもしれません。やるせない思いを吐き出すには、インカ様の情熱は好都合でしたでしょう」

 まるでタンザとインカの仲は割り切ったものであったかのようにアルマンは言う。

「それでベリル王子が生まれて、タンザ様は?」
「インカ様の産んだお子は赤髪でした。タンザ様の失望は激しく、インカ様をも遠ざけるようになりました。そんな折、タンザ様は藍様との再会を果たされたのです」

 その再会は導かれたもののように自然だったという。まるで初めて出会った時のように。
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