佐藤くんは覗きたい

喜多朱里

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有村さんを覗きたい(2)

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 カルガモを獲って盛り上がった勢いで他のクレーンゲームに挑戦していた。結局はいつもどおり乱獲だ。でも応援したり喜んでくれる有村さんを見ていたら止まれなかった。
 店員さんと目が合うと少し気不味くなる。一人で来た時にレースゲームとかのハイスコアチャレンジで稼いだ分を還元するので許してほしい。
 ちょうどお昼時だったので逃げるようにゲームセンターを立ち去り、戦利品をコインロッカーに預けてフードコートに向かった。

「夕食は佐藤くんの家で作るんだよね」
「うん、その予定だけど」
「メニューも買い物しながら決めるんだよね」
「そうだね、冷蔵庫に大したものが残ってなかったから」
「ふむふむ。それじゃあ、わたしが一つメニューを決めてもいいかな?」
「何か作りたいものがあるの?」
「得意料理をご馳走したいなーって」

 台詞は甲斐甲斐しいが声色は好戦的だった。
 これは家事仲間としての挑戦状だ。

「受けて立つよ」

 台所によく立っていれば自然と得意な料理ができるものだ。
 前回の料理は余り物を活かしたものだったが、それでもお互いの家庭の味を引き出して静かな戦いを繰り広げていた。あの時から既に勝負は始まっていたのだ。

「ふふふふっ」
「くっくっくっ」

 お互いの瞳の中で火花が散っていた。
 フードコートから漂う美味しそうな匂いにお腹を押さえる。
 隣を見ると有村さんも同じようにお腹を擦っていた。

「まあ今はとにかく腹ごしらえをしようか」
「腹が減っては戦ができぬ、だね!」


    *


 昼食を終えた後は上映時間が迫っていたので映画館に向かった。

「ふんふふふーん♪ こんなに早く新作が出るなんてな思わなかったなー」

 服選び中のハイテンションとはベクトルは異なるが、調子外れの鼻歌や弾むようなステップから興奮が伝わってくる。

「その前の作品から二年は空いてたから、まさか一年も間を空けずに新作を拝めるなんて感動だよ」
「熱心なファンなんだね」
「うーん、ファンというより……ウォッチャー?」

 言葉の意味を捉えられず首を傾げる。

「えっとね、この監督の映画っていわゆるZ級……だと言い過ぎだけど、B級は褒め過ぎてるから……C級映画かな」
「なるほど……?」
「つまり端的に言うとクソ映画なの」
「なるほど!」

 ウォッチャーという意味が分かった。
 ヤバい奴を観察する人達をネットではウォッチャーと呼んだりするので、有村さんは純粋に映画を楽しんでいるというよりは、そのヤバさを楽しんでいるからウォッチャーと言い換えたのだろう。

「意外な趣味だね」
「打ち明けたのは佐藤くんが初めてだよ」
「それって地獄への道連れを見付けたってことじゃないかな」
「……そういう側面があるのは否めなくもないような気がしなくもないかもしれない」

「政治家の答弁みたいなのやめようか」
「うっ、隠し事はしないって決めたから早目に伝えたいと思って」
「……ズルいぞ、有村さん。それを言われたら地獄の底まで付き合わなくちゃならないじゃないか」
「Here we go!!(地獄に飛び込もうぜ!)」

 イカれた和訳を幻視した気がする。
 クソ映画にも色々とあるので楽しめるタイプだと信じよう。
 そんな生半可の覚悟で挑んでみた映画は、想像を絶するクソ映画だった。

 タイトルは『アルバイト・リゾート』。
 ジャンルはホラーだ。
 三人組の大学生が冬山で住み込みのアルバイトをすることになったが、そこは過去に変死体が見付かった曰く付きのコテージだった。
 まるで図ったかのように悪天候になり、クローズド・サークルと化したコテージで次々と不可思議な現象に襲われる。遂に死人まで出てしまい、犯人は誰なのかと疑心暗鬼に陥る人々――訪れたのは衝撃の結末だった。
 ネタバレをすれば、怪異はただの悪戯や偶然の結果で、最初の死人は事故であったし、その後は延々と醜い口喧嘩と謎の低クオリティCGを駆使した怪異(見間違いと勘違い)が繰り広げられるだけだった。

 僕たち以外に観客の居ないシアタールームに明かりが灯った瞬間、僕は懲役90分を終えて無事に出所できたことを喜んだ。ちなみに90分の内、60分が口喧嘩で残りの30分はスキーやスノボーを楽しむ日常パートである。

「なかなかに興味深かったね!」

 ほくほく顔の有村さんを目にして全部許した。
 もしかしたら、スクリーンではなくて隣の有村さんを見詰めていれば良かったかもしれない。

「間違いなくクソ映画だったけどね」
「でしょー? でもね穴だらけでくだらない内容だけど、よくよく考えてみると面白い発見があるんだよ」
「例えば?」
「変死体が見付かったって話あったよね?」
「そうだね、結局は本編に何も関係なかったけど」

「でも考えてみて、三人組は曰く付きであるのを知らなかったのに、怪談話を聞かされる前から見間違いを怪異として考えてたよね」
「言われてみたら確かに。管理人から過去の話を聞いたのは終盤になってからだったよね」
「そうそう、何も起きてないのに怪異として考えてたの。普通は行方不明者が出たり誰かが死んじゃったら事故や事件だと思うでしょ? それなのに最初から三人は怪異だと考えたの」

「そうだとして何が面白いの? ただ脚本の整合性が取れてないって話に思えるけど」
「お客さんの一人が死んじゃったのは怪異ではなく事故だったって言われたけど、あれって警察が調べたわけでもなくて、ただ柵が壊れていて、その下にあの人が倒れてたから事故だと決め付けられただけなの。それにあのお客さんって、三人組とコテージに来る前から知り合いだったよね」

 改めて状況を整理されると違和感に対して新しい可能性が見えてきた。

「……ちょっと待ってほしい、つまり主人公たち三人組が実は犯人で、始末したのを怪異のせいにしようとしたってこと?」
「映画本編では語られてないけど、辻褄合わせするとそれでも筋が通っちゃうの。実は三人は最初からあの人を殺害するのを目的にしていて、怪異だと騒ぎ続けた。目的を果たした後はやることなんてないから、場を掻き乱し続けるために言い争いを続けた――そう解釈すると興味深いでしょ?」

 ぞっとした。
 メタ構造として映画の観客は完全犯罪を目撃していたことになる。
 退屈なのは当然だ。完全犯罪というのは気付かなければ何も無かったということなのだから。
 もしかして神映画なのでは、と戦慄を覚える。

 タイトルだって単純にリゾートアルバイトとすればいいところを、アルバイト・リゾートという並び順にしているのも引っ掛かっていた。リゾートでアルバイトをする話ではなくて、アルバイトとしてリゾート地に行く――つまり別の目的があることを暗に示唆していたのではないだろうか。

 有村さんが僕の肩を叩いて、悟った顔で首を横に振った。

「監督の人、そこまで考えてないよ」
「ですよねー」
「そんな感じでね、穴だらけの展開だから解釈の幅があって無理矢理に別の筋を立てられるのがすごく楽しいの」

 何事も見方次第か。
 描かれていないからといって無いわけではない。
 僕がただ映画の内容に苛立っている横で、有村さんは解釈を広げて楽しんでいたのだ。それはとても素敵な考え方ではないだろうか。

「でもどうしてクソ映画が趣味に?」
「今は本当に趣味だけど、最初はね、ぜんぶどうでもよくなれるから……観てるだけで自分の抱えてるものだってくだらないんだって思えて心が楽になれたの。だから薬みたいなものかな?」
「用法用量を守らないとね」
「ふふっ、そうだね!」

 不意打ちで闇をぶちこむのはやめてほしい。
 有村さんが笑ってくれている分ぐらいは、クソ映画に感謝を捧げよう。
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