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有村さんを覗きたい(3)
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お互いの作るメニューを隠すために、夕食の買い出しは別行動になった。
クソ映画でテンションを上げた有村さんは、駅ビル地下一階の食品街に意気揚々と突撃していく。
有村さんが果物と野菜の売り場から順路通りに進むようなので、人の流れに逆らってしまうが、レジ前の通路を抜けて惣菜コーナーに回り込んだ。
得意料理は幾つかあるが、基本的にはカロリー爆弾であったり丼ものだったり、有村さんにご馳走するのには気が引ける。もしかしたらクソ映画愛好家の顔を隠していたように、実はジロラーだったりスタミナ飯を掻き込むタイプだったりするかもしれないけど、美容や体型に気を使っているので食事の好みは健康志向だと信じよう。
手料理前提なので惣菜はスルーして、乳製品や飲み物の冷蔵棚で立ち止まる。
卵が切れていたのでついでに買っておこう。
「弁当で作り慣れた卵焼きとかありか?」
一緒に昼食を食べた時、有村さんの弁当箱にも卵焼きは入っていた。
ただ卵焼きほど家庭の個性が出る料理はない。甘い系か塩っぱい系、この二択を外した時点で有村さんの口に合わない可能性がある。
とりあえず保留して次に行こう。
精肉・鮮魚コーナーでは夕方市で安売りをしていた。
歴戦の主婦によって本当にお得な商品はほとんど買い尽くされている。残っているのは重ね張りされたシールで安く見せ掛けただけの商品ばかりだった。
やはりメインディッシュとなれば肉だな。
牛肉、豚肉、鶏肉――捻って羊肉なんてのもあるけれど、どれがいいだろうか。
賞味期限が迫った挽き肉に安売りのシールが貼られているのを見付けた。
「あっ」
挽き肉を取ろうとして横から伸びてきた手とぶつかってしまう。
「佐藤くん!」
「有村さん!」
定番シチュエーションなのに、安売り商品の取り合いという所帯染みた雰囲気でロマンチックの欠片もなかった。
有村さんは自分の背中に買い物かごを隠した。
「メニュー被りしちゃうかな」
「それはそれでいいんじゃない。味付けとかで違いは出るだろうか」
「それもそっか!」
僕は豚肉の挽き肉を手に取り、有村さんはその隣に並んだ牛肉と豚肉の合い挽き肉を買い物かごに入れた。
「買い物を終わったらエレベーター前に集合しよう」
「りょーかい!」
冗談めかした敬礼を交わして、擦れ違い合うように買い物に戻った。
安く調達できた挽き肉を中心にメニューを考えながら食材を選んだ。料理対決とはいえ家事を担うものとして節約は忘れられない。
なんとか食費の許容範囲内で目当ての食材を揃えられた。
夕食市が開かれて混雑する時間帯だったためレジに行列ができていた。
順番を待ちながら有村さんの姿を探したがまだ買い物中のようだった。同じ列に並んでいたご近所の奥様と話をしながら時間を潰す。ここら辺に住んでいる家庭は大体この食品街に来るので知り合いによく遭遇するのだ。
「一緒に居た女の子は彼女さん?」
「学校の友達です」
「あら、そうなの。随分と楽しそうだったから」
敬礼なんてしてたから目立っていたのだろう。
「とっても可愛い子じゃない」
「クラスの人気者ですよ」
「お家の買い物も手伝って良い子みたいだし、ああいう子は手放しちゃだめよ、良いお嫁さんになるわ」
「旦那さんになれる人は幸せでしょうね」
「他人事みたいに言っちゃって」
奥様の肘打ち攻撃に苦笑を浮かべる。
「逆に考えてください、僕みたいな奴にあんな子がなびくと思いますか」
「それもそうね」
「フォローしてくださいよ!」
思わず笑い声を上げる奥様と一緒に僕も笑った。
袖口を掴まれて振り返る。
「……そういうの禁止」
俯いた有村さんがすぐ後ろに並んでいた。表情は見えないが耳まで真っ赤になっていた。
奥様は僕たちの様子を笑いながら、レジの順番が回ってきたので先に行ってしまう。
二人残されて気不味い状況だ。
どこから聞いていたのかと思ったけど、この様子だと最初から聞かれていたようだ。もしかしたら、あの奥様は後ろに有村さんが並んでいるのを分かってて仕掛けてきたのかもしれない。
「有村さん」
「な、なにかな……佐藤くん?」
「家庭的な女の子って良いよね」
「追い打ちーっ!?」
恥ずかしいなら絨毯爆撃で耕してしまえばいいのだ。
*
コインロッカーに保管していたゲームセンターの戦利品を回収して帰路に着いた。
羞恥心の臨界点を突破した有村さんは、とりあえずレジ前での出来事をなかったことにしたらしい。
学校で使ういつもの笑顔を浮かべているので、逆に本当の感情を隠しているのが分かりやすかった。
「カルガモくんはどこに飾ろうかな」
「兎みたく抱き枕にするじゃないの?」
「なんで知ってるの……!?」
「枕脇に置いてたからそうなのかなって」
「ああ、なんだ、そうだよね、そういうことだよね! 部屋を映した時に……部屋を、あわわ」
「その節はお世話になりました」
「喜んでもらえて嬉しいけどそうじゃないよー!」
覗きプレイしたのを思い出して顔を赤くした有村さんが睨み付けてくるが、それは可愛いだけなので脅し効果は薄い。
「もうもうっ!」
「それも逆効果なんだけどね」
「むむむーっ!」
「それもね」
「……それならこうだよ!」
有村さんが僕の左手から手提げ袋を奪い取る。少し重そうだが元から持っていた荷物と一緒に左腕に抱え込んだ。
空いて左手に右手を重ねてきた。
逃さないようにぎゅっと掴んでくる。
「…………」
「…………」
「……あの、佐藤くん、何も言われないのも恥ずかしい」
「そういう有村さんも何か言ってよ」
「……手を繋げられて、嬉しいな……えへへ」
「ぐふぅっ!!」
やっぱり素直が一番強いのかもしれない。
僕たちはそのまま家に着くまで手を繋ぎ続けた。恥ずかしくてお互いに言葉数は減ってしまったけれど、居心地は悪くなかった。
玄関前で有村さんから荷物を受け取り、代わりに鍵を開けてもらった。
扉を背中で支えて開いたままにしてもらい荷物を運び込んだ。
「ただいま」
いつもの習慣で誰も居ない家内に向けて言った。
有村さんがくるりと振り返る。
「おかえりなさい」
その一言で不意に涙が込み上げてきた。
デート中に浮かび続けていた感情と有村さんに求める関係について、ずっと見えなかった答えに辿り着けたような気がする――だがはっきりとした形を取る前に曖昧なまま消えてしまった。
*
我が家の台所は標準的な一般家庭と同じく一人用なので、二人がそれぞれの料理を自由に作るだけの広さはない。
そのため譲り合いと協力で同時並行に作るしかなかった。
「匂いとか食材で推測もできるだろうし、完成前に気付いたらその時はその時で仕方ない」
「そうだね、大事なのは味だから!」
二人分の米を炊飯器にセットして、いざそれぞれの料理に取り掛かる。
副菜ぐらいは余った食材や冷蔵庫の中身を漁ればどうとでもなるので、まずは対決に提出する主食に全力を注いだ。
ふと有村さんの方を見ると古びたノートを広げていた。紙が焼けて茶色く変色してしまっている。
僕と目が合うと申し訳無さそうに微笑んだ。
「ごめんね、得意料理をごちそうって実は嘘だったの」
「どういうことかな」
「美味しいの保証するけど、作るのは初めてだから……これはね、ママの得意料理だよ」
ページを広げて僕に見せてくれた。
一番上の行に料理名として『トマト・ロールキャベツ』と書かれている。
食材や調味料の分量や手順が事細かく記されていた。初心者殺しである適量とか焼き目が付いたらとか曖昧な部分が一切無い。まるで軍事用語のように一つの意味しか読み取れないようにされていた。
「ママの部屋を片付けている時に見付けたの。わたしの大好物でね、小さい頃から何度も作ってもらって……やっとあの味をまた食べられると思うとすごく嬉しい」
「それで今日作ろうと?」
「うん、特別な日に食べるって決まりだったから」
ロールキャベツにそこまで特別感を感じないけど、有村家では何か深い意味があったのだろうか。
疑問が顔に出ていのか有村さんが説明してくれた。
「食育に厳しかったのかな、ママからは『好きな食べ物は特別な時だけ食べるようにしないといつでも食べようとする』って教えられてたの。だからお客さんが来た時とか、お誕生日の時に作ってもらってたよ」
「大切な思い出の味なんだね」
「だから佐藤くんと一緒に食べたいなって」
僕は曖昧な返事しかできなかった。
気恥ずかしさではなく思考が疑問に支配されており、有村さんからの嬉しい言葉を意識する余裕がなかったのだ。
クソ映画でテンションを上げた有村さんは、駅ビル地下一階の食品街に意気揚々と突撃していく。
有村さんが果物と野菜の売り場から順路通りに進むようなので、人の流れに逆らってしまうが、レジ前の通路を抜けて惣菜コーナーに回り込んだ。
得意料理は幾つかあるが、基本的にはカロリー爆弾であったり丼ものだったり、有村さんにご馳走するのには気が引ける。もしかしたらクソ映画愛好家の顔を隠していたように、実はジロラーだったりスタミナ飯を掻き込むタイプだったりするかもしれないけど、美容や体型に気を使っているので食事の好みは健康志向だと信じよう。
手料理前提なので惣菜はスルーして、乳製品や飲み物の冷蔵棚で立ち止まる。
卵が切れていたのでついでに買っておこう。
「弁当で作り慣れた卵焼きとかありか?」
一緒に昼食を食べた時、有村さんの弁当箱にも卵焼きは入っていた。
ただ卵焼きほど家庭の個性が出る料理はない。甘い系か塩っぱい系、この二択を外した時点で有村さんの口に合わない可能性がある。
とりあえず保留して次に行こう。
精肉・鮮魚コーナーでは夕方市で安売りをしていた。
歴戦の主婦によって本当にお得な商品はほとんど買い尽くされている。残っているのは重ね張りされたシールで安く見せ掛けただけの商品ばかりだった。
やはりメインディッシュとなれば肉だな。
牛肉、豚肉、鶏肉――捻って羊肉なんてのもあるけれど、どれがいいだろうか。
賞味期限が迫った挽き肉に安売りのシールが貼られているのを見付けた。
「あっ」
挽き肉を取ろうとして横から伸びてきた手とぶつかってしまう。
「佐藤くん!」
「有村さん!」
定番シチュエーションなのに、安売り商品の取り合いという所帯染みた雰囲気でロマンチックの欠片もなかった。
有村さんは自分の背中に買い物かごを隠した。
「メニュー被りしちゃうかな」
「それはそれでいいんじゃない。味付けとかで違いは出るだろうか」
「それもそっか!」
僕は豚肉の挽き肉を手に取り、有村さんはその隣に並んだ牛肉と豚肉の合い挽き肉を買い物かごに入れた。
「買い物を終わったらエレベーター前に集合しよう」
「りょーかい!」
冗談めかした敬礼を交わして、擦れ違い合うように買い物に戻った。
安く調達できた挽き肉を中心にメニューを考えながら食材を選んだ。料理対決とはいえ家事を担うものとして節約は忘れられない。
なんとか食費の許容範囲内で目当ての食材を揃えられた。
夕食市が開かれて混雑する時間帯だったためレジに行列ができていた。
順番を待ちながら有村さんの姿を探したがまだ買い物中のようだった。同じ列に並んでいたご近所の奥様と話をしながら時間を潰す。ここら辺に住んでいる家庭は大体この食品街に来るので知り合いによく遭遇するのだ。
「一緒に居た女の子は彼女さん?」
「学校の友達です」
「あら、そうなの。随分と楽しそうだったから」
敬礼なんてしてたから目立っていたのだろう。
「とっても可愛い子じゃない」
「クラスの人気者ですよ」
「お家の買い物も手伝って良い子みたいだし、ああいう子は手放しちゃだめよ、良いお嫁さんになるわ」
「旦那さんになれる人は幸せでしょうね」
「他人事みたいに言っちゃって」
奥様の肘打ち攻撃に苦笑を浮かべる。
「逆に考えてください、僕みたいな奴にあんな子がなびくと思いますか」
「それもそうね」
「フォローしてくださいよ!」
思わず笑い声を上げる奥様と一緒に僕も笑った。
袖口を掴まれて振り返る。
「……そういうの禁止」
俯いた有村さんがすぐ後ろに並んでいた。表情は見えないが耳まで真っ赤になっていた。
奥様は僕たちの様子を笑いながら、レジの順番が回ってきたので先に行ってしまう。
二人残されて気不味い状況だ。
どこから聞いていたのかと思ったけど、この様子だと最初から聞かれていたようだ。もしかしたら、あの奥様は後ろに有村さんが並んでいるのを分かってて仕掛けてきたのかもしれない。
「有村さん」
「な、なにかな……佐藤くん?」
「家庭的な女の子って良いよね」
「追い打ちーっ!?」
恥ずかしいなら絨毯爆撃で耕してしまえばいいのだ。
*
コインロッカーに保管していたゲームセンターの戦利品を回収して帰路に着いた。
羞恥心の臨界点を突破した有村さんは、とりあえずレジ前での出来事をなかったことにしたらしい。
学校で使ういつもの笑顔を浮かべているので、逆に本当の感情を隠しているのが分かりやすかった。
「カルガモくんはどこに飾ろうかな」
「兎みたく抱き枕にするじゃないの?」
「なんで知ってるの……!?」
「枕脇に置いてたからそうなのかなって」
「ああ、なんだ、そうだよね、そういうことだよね! 部屋を映した時に……部屋を、あわわ」
「その節はお世話になりました」
「喜んでもらえて嬉しいけどそうじゃないよー!」
覗きプレイしたのを思い出して顔を赤くした有村さんが睨み付けてくるが、それは可愛いだけなので脅し効果は薄い。
「もうもうっ!」
「それも逆効果なんだけどね」
「むむむーっ!」
「それもね」
「……それならこうだよ!」
有村さんが僕の左手から手提げ袋を奪い取る。少し重そうだが元から持っていた荷物と一緒に左腕に抱え込んだ。
空いて左手に右手を重ねてきた。
逃さないようにぎゅっと掴んでくる。
「…………」
「…………」
「……あの、佐藤くん、何も言われないのも恥ずかしい」
「そういう有村さんも何か言ってよ」
「……手を繋げられて、嬉しいな……えへへ」
「ぐふぅっ!!」
やっぱり素直が一番強いのかもしれない。
僕たちはそのまま家に着くまで手を繋ぎ続けた。恥ずかしくてお互いに言葉数は減ってしまったけれど、居心地は悪くなかった。
玄関前で有村さんから荷物を受け取り、代わりに鍵を開けてもらった。
扉を背中で支えて開いたままにしてもらい荷物を運び込んだ。
「ただいま」
いつもの習慣で誰も居ない家内に向けて言った。
有村さんがくるりと振り返る。
「おかえりなさい」
その一言で不意に涙が込み上げてきた。
デート中に浮かび続けていた感情と有村さんに求める関係について、ずっと見えなかった答えに辿り着けたような気がする――だがはっきりとした形を取る前に曖昧なまま消えてしまった。
*
我が家の台所は標準的な一般家庭と同じく一人用なので、二人がそれぞれの料理を自由に作るだけの広さはない。
そのため譲り合いと協力で同時並行に作るしかなかった。
「匂いとか食材で推測もできるだろうし、完成前に気付いたらその時はその時で仕方ない」
「そうだね、大事なのは味だから!」
二人分の米を炊飯器にセットして、いざそれぞれの料理に取り掛かる。
副菜ぐらいは余った食材や冷蔵庫の中身を漁ればどうとでもなるので、まずは対決に提出する主食に全力を注いだ。
ふと有村さんの方を見ると古びたノートを広げていた。紙が焼けて茶色く変色してしまっている。
僕と目が合うと申し訳無さそうに微笑んだ。
「ごめんね、得意料理をごちそうって実は嘘だったの」
「どういうことかな」
「美味しいの保証するけど、作るのは初めてだから……これはね、ママの得意料理だよ」
ページを広げて僕に見せてくれた。
一番上の行に料理名として『トマト・ロールキャベツ』と書かれている。
食材や調味料の分量や手順が事細かく記されていた。初心者殺しである適量とか焼き目が付いたらとか曖昧な部分が一切無い。まるで軍事用語のように一つの意味しか読み取れないようにされていた。
「ママの部屋を片付けている時に見付けたの。わたしの大好物でね、小さい頃から何度も作ってもらって……やっとあの味をまた食べられると思うとすごく嬉しい」
「それで今日作ろうと?」
「うん、特別な日に食べるって決まりだったから」
ロールキャベツにそこまで特別感を感じないけど、有村家では何か深い意味があったのだろうか。
疑問が顔に出ていのか有村さんが説明してくれた。
「食育に厳しかったのかな、ママからは『好きな食べ物は特別な時だけ食べるようにしないといつでも食べようとする』って教えられてたの。だからお客さんが来た時とか、お誕生日の時に作ってもらってたよ」
「大切な思い出の味なんだね」
「だから佐藤くんと一緒に食べたいなって」
僕は曖昧な返事しかできなかった。
気恥ずかしさではなく思考が疑問に支配されており、有村さんからの嬉しい言葉を意識する余裕がなかったのだ。
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