セイギの魔法使い

喜多朱里

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受付嬢姉をわからせたい(後編)

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 夜も深まりつつあり、冒険者ギルドは喧騒に包まれていた。
 シフォンが下手に密会するよりも、この場を選んだのは秘密の会話をしても他の誰にも聞かれることはないからだろう。

「冒険者には秘密主義の方も多くいらっしゃいます。ギルドとしても魔法や技能の共有を推奨はしていますが、強制しないのは悪用される可能性を排除できていないからです。特にこの都市では……過去に事件があったので」

 ギルド側は何かに気付いている。
 アルベルトはシフォンの遠回しな口振りに察した。現在進行系でエクレールを辱めているので、もはや尋問されている気分だ。
 しかし、そんなシチュエーションに興奮を覚えてしまっているのだから救いようがない。前世からバレたら不味いシチュエーション好きだったなとろくでもない思い出が蘇った。ロッカーの中でとか、寝ている恋人の横でとか、こたつの中でこっそりとか……日本のHENTAI文化の偉大さに思いを馳せる。ただの現実逃避だった。

「これから話すことは秘密にしてくださいね」

 アルベルトはシフォンの提案にとりあえず頷く。その前にどんな話をしていたのか半分も聞き取れていなかった。
 一先ず指を無理に動かすのはやめた。下手に刺激を与えれば寧ろ逆効果だと気付いた。寧ろ話に集中して萎える方向に切り替えた。性技魔法はその特性上、性欲を損なえば発動も止まる。
 でも妹と真面目な話をしながら、その裏で姉を弄ぶシチュエーション――そんなの興奮しないなんて嘘だ。
 反応する股間に合わせて指先がピクリと動く。エクレールのくぐもった喘ぎ声が耳朶を打つ。その反応にまた興奮する。終わることなき性のスパイラルの完成だった。

「過去の事件についてお姉ちゃんと私は関係者です」
「関係者?」
「……私とお姉ちゃんの幼馴染が冒険者として活動していました。あの人は強力な固有魔法を使えたのですが、その固有魔法は術者本人に大きな負担が掛かるものだったのです」

 固有魔法は一人につき一つ。似たような魔法はあってもまったく同じものは存在しない。人間の個性そのものだ。後天的に変わることもあるが、基本的には先天的で魂に由来すると言われている。
 性技魔法のように、極大のデメリットが存在する魔法は他にもは幾らでもあるだろう。

「事件とは何があったんですか」
「都市に大規模な魔族の襲撃があったんです。その時、この都市には撃退できるだけの戦力が居ませんでした。でも、撃退できるだけの手段を持った人は居たんです。それがあの人でした」
「固有魔法……恐らく発動に使う魔力が大きければ大きいほど反動が大きくなる種類。強力な敵を討つために自己犠牲を選んだ」

 アルベルトの出した答えにシフォンは俯いた。

「ギルドがあの人の固有魔法を把握していなければ、『英雄』なんて押し付けられなかったっ」

 シフォンの目は赤くなっており声は震えていた。
 冒険者ギルドは死ぬことが分かっていて指名依頼を出したのだ。
 このギルドの登録名簿を確認すれば、冒険者等級に特別枠で用意されている『英雄』として名が刻まれていることだろう。英雄等級のほとんどが故人だ。

 シフォンは受付の奥で仕事をするエクレールの方を見詰めた。平静を装っているので気付かれないと思うが、緊張に手が震えてしまう。それに合わせてエクレールのが身体が不自然に揺れた。

「それで俺もギルドに利用されるかもしれないと?」

 アルベルトはシフォンの注意を引くため大きめに声を出した。

「は、はい……お姉ちゃんがアルベルトさんに厳しくなったのは、中級に上がってからではないですか?」
「言われてみれば、そうだったと思います。いや、そうか。そういうことだったのか」

 ようやく自分が英雄となった幼馴染と重ね合わせられた理由に気付く。
 アルベルトは初級から上がるつもりはなかったので、簡単な依頼しか受けていなかった。しかし、ある時に上級パーティが依頼で捕獲した魔物が街中で暴れ出してしまい、その対処にアルベルトは動かざるを得なかった。近くに居たエクレールが魔物に襲われそうだったため、性技魔法を無理矢理に発動して救ったのだ。

 性技魔法は性欲を無視して発動すると強烈な反動を起こす。何故ならばそれは世界の摂理に反する行為だからだ。
 エクレールを魔の手から救った後は魔物の攻撃で重傷を負った。その怪我のお陰で代償を隠せたと思っていたが、目の前で見ていたエクレールは違和感を抱いたのだろう。恐らく他のギルド関係者も何かやったと考えて、基礎魔法しか使わない魔法使いを中級へと昇格させたのだ。

「お姉ちゃんが書類に厳しく指導したり、初心者パーティの指導依頼を回すのは、ギルドからの印象を良くするためだと思うんです。切り捨てるには勿体ない人だって。他の人に注目を浴びるところでアルベルトさんを目立たさせるのは、逆にアルベルトさんからギルドへの心象を悪くするためじゃないかと思うんです。命を懸けさせないために……自分なんかのために、この都市なんかのために」




 気付けば萎えていた。
 性技魔法の発動が止まり指を包む感触が消える。右手が粘液塗れになっているのでこっそりとハンカチで拭っておいた。
 息も絶え絶えになったエクレールに今すぐ土下座したいぐらいの罪悪感に苛まれた。ちょっと恥をかかせてやろうとか、生意気なあいつをわからせたるみたいなテンションだったのだが、『不器用で冷たく見えてしまい誤解されがちな女性』という二次元的な存在を現実で突き付けられて劣情とか何もかも消し飛んだ。
 目の前でぼろぼろになってまで命を救ってくれたアルベルトに、過去のトラウマが蘇ってしまったのだろう。

「ふっ……そういう意味なら心配は要らないですよ。俺は自分が一番大切な人間ですから」
「そういうことにしておきます」

 シフォンはまるで信じていない様子だった。

「お姉ちゃんが隠していたことに気付いちゃったので、私が知っていることは全部お伝えしました。でも最初から私がお願いしたいのは、一つだけなんです」
「なんですか?」
「お姉ちゃんの前で絶対に死なないでください」

 今度こそ心が折れてしまうから、そう言外に伝えるのが分かった。

「約束しますよ」
「はい、約束ですからね」

 笑顔のシフォンを怖いと思ったのは初めてのことだった。エクレールも笑う時は念押しする時なので、やはり姉妹なのだと強く思わされる。
 立ち去るシフォンの背中を見送って、アルベルトはビールを一気に呷った。
 性技魔法から解放された後、どこかに行っていたエクレールが自席に戻っていた。机に広げていた書類を片付けており、今日の業務は終わりのようだった。
 アルベルトは受付越しに呼び掛けた。

「報告書のお詫びに奢らせてください」
「結構です」

 エクレールはいつもどおりに冷めた声音で断ると、すたすた早足で去っていった。
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