セイギの魔法使い

喜多朱里

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新米パーティをわからせたい(後編)

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「んっ……あんっ……わざとじゃないよね、先輩?」
「当たり前だろう」
「目を見て言ってほしいんだけど」

 君のような勘のいい後輩は嫌いだよ。
 アルベルトの手が身体に接触するたびにシトロンは堪え切れず嬌声を漏らす。マジカルスライムの催淫効果で感度が抜群になっているため、性感帯ではなくても感じてしまうようだ。

「アルベルトさん、集中してくださいね」

 ジト目を向けてくるシトロンと、いつの間にかに首元に刃を添えてきているミソラに見守られながら、マジカルスライムの引き剥がし作業を続ける。恐怖で手元が震えそうになるのを堪えた。

「一体どういう仕組みなのですか?」
「魔力制御の応用だよ」
「……基礎魔法の範疇ということですね」

 ミソラは納得が行かない様子だ。
 性技魔法による魔力の自動調整によって、マジカルスライムを完全に制御化に置いているのが真実だが、技術的には基礎魔法であることは嘘ではない。ただ調整を人間の脳で実現するのが高難易度であるだけだ。
 アルベルトは性技魔法を隠すために、基礎魔法を追求した魔法使いという設定を外向けにアピールしている。基礎魔法という言葉だけ抜き出して『サンライト』のような新米パーティから舐められるのは必要経費であると受け入れていた。

 あと少しで完全に引き剥がせるので、今の内にシトロンの巨乳を堪能しておかなくては――と気を抜いたせいで反応が遅れた。
 物音に気付いて顔をあげると、何者かが木の上からアルベルトの頭を目掛けて短剣を投擲した。

「何者ですか」

 ミソラの刃が上から飛来する短剣を弾き返す。

「おっと、この距離で弾かれるとは、やるねえ、刀使いのお嬢ちゃん」

 下手人が木の上から飛び降りてきた。
 声や顔立ちから二十代前半ぐらいの男に見える。森に溶け込むように緑の迷彩色の装備に身を包んでいるが、斥候や探索技能に優れたスカウトというより暗部に属する人間の気配があった。

 アルベルトは作業を中断して身動きを取れないシトロンを背中に庇う。
 更にアルベルトとシトロンを守るようにミソラが前に出た。

「こっちも長時間の睨み合いは遠慮したいのでね、交渉と行こうじゃないか。僕の目的はそのスライムだ。それが回収できればきみ達には手出しをしない。だからきみ達もここで見たことを綺麗さっぱり忘れてほしい」

 アルベルトはいざとなれば性技魔法で対処することを視野に入れた。相手の男は空中での体捌きや、着地の瞬間にも隙を見せないところからかなりの手練だ。

「短剣は挨拶代わりかい?」
「そうとも、その程度で死んでくれるなら交渉する必要もないからね」
「――手を出すな!」

 アルベルトは大声で呼び止めたが手遅れだった。
 男の背後からガレットが奇襲を仕掛ける。接近に気付いていた男は振り返らずその場で伏せると、素早く足払いでガレットを転ばせた。
 一瞬の攻防を隙を突いて、グレアムが火炎魔法を発動しようとするが、詠唱は悲鳴に変わった。グレアムの右肩に短剣が突き刺さっていた。男はガレットに対処するのと同時にグレアムに向けて投擲していたのだ。
 男はガレットの頭を掴んで地面に叩き付けて気絶させた。

「これで交渉が続けられるね」

 アルベルトは息を呑む。
 やはり戦闘技術も一流だ。少しでも油断をしていい相手ではない。

「……分かった。こちらからは手出しをしない。だがマジカルスライムを引き剥がす手段はあるのか?」
「ああ、そうだった。確かにここから運ぶのは面倒だ。それでは、そちらのお嬢さんは一緒に連れて行くことにしよう。用が済めばきちんとお返しするよ」
「ふざけたことを言わないでください! そんな条件をのめる筈がないでしょう!」
「そうかい? 別に僕は全員を始末しても構わないんだよ」

 男はガレットの頭に短剣を突き付けた。

「分かった。交渉は成立だ。俺達は仲間とはぐれてしまった。仕方なく四人で帰ることになった……これでいいな?」
「素晴らしい。物分かりが良い方が居て助かるよ」

 アルベルトはミソラを押さえ付けて、男にスライムを回収するように促した。

「せん……ぱい?」

 絶望に沈むシトロンの表情に胸を締め付けられた。
 男はスライムに触れないようにシトロンを抱え上げる。シトロンは泣き叫んで激しく抵抗するがマジカルスライムの粘体が口元まで覆い声は聞こえなくなった。
 前衛職の力には敵わずアルベルトはミソラに振り解かれてしまう。

「はは、素晴らしい腕だが気を付けないと仲間まで斬ってしまうよ」

 ミソラは男に斬り掛かるが、シトロンの身体――そこに纏わり付いたスライムを盾代わりに防がれてしまう。アルベルトの眼は刀身を覆っていた魔力が急速に吸収されていくのを捉えた。
 ミソラも体感で理解したのかすぐさま刃を引いた。ほんの少しでも遅れていれば、一目で業物と分かる刀も容赦無くスライムの餌になっていたことだろう。

「それじゃあ退散させてもらうよ」

 男はシトロンを抱えながらも軽い身の熟し森の中へと消えていった。
 ミソラは追いかけようとするが、すぐに見失ってしまい、その場に崩れ落ちた。




「どうして見捨てたんですかっ!!」

 涙を流しながら掴み掛かってくるミソラをアルベルトは振り払う。性技魔法の発動で身体能力が高められており、前衛職に匹敵する筋力を発揮していた。

「遊んでいる場合じゃない。すぐにグレアムの治療に取り掛かれ」

 アルベルトはガレットがただ気絶しただけなのを確認すると、すぐにグレアムのもとに駆け寄った。

「連れ去られたシトロンが優先です!」
「よく見ろ、短剣が一本刺さっただけで諦める男じゃないだろ、こいつは」
「えっ……?」
「あの短剣に毒が塗られていたんだ」
「――ッッ!?」

 ミソラは涙を拭ってアルベルトの元に駆け寄ってきた。

「私は何をすれば良いでしょうか?」
「俺のバッグを置いていく。毒消しが何種類か入ってるから、様子を見ながら使ってくれ。よく分からないなら全部使っても問題ない」
「貴方は何を?」
「シトロンの救出に決まってるだろ」
「追えるのですか?」

 驚愕に目を見開くミソラに、アルベルトは頷いた。

「野生のマジカルスライムなんて変だと思っていたんだ。あれは元々、あの男の荷物だったんだろうな。裏社会だと高値で取引されると聞いているし、闇ギルドの運び屋ってのが一番候補だ」
「……運んでいる途中で逃げられたということですか?」
「恐らくは。マジカルスライムの運搬方法で最も安上がりなのは、常に誰かを襲わせておくことだ。なんでもかんでも溶かし尽くすあいつを封じ込める魔導具を用意するよりも、使い捨ての奴隷を何人か集めた方が安上がりになる。途中で奴隷が尽きたのかもしれないな」

 漏れなくみんな腹上死。奴隷にしては幸せな最期かもしれない。
 ミソラは光景を想像したのか嫌悪感を露わにする。

「……奴隷を連れていたとしたら、何か移動手段を使っている筈ですね」
「ああ、スライム纏ってお手々繋いで仲良く旅しましょうとはならない。外部から隠しながら移動する必要がある。それにあの男は軽装だった。戻るべきポイントが決まっているのは確かだ」
「肝心のそれを突き止める方法はどうするんですか」

 アルベルトは会話をしながら性技魔法でマジカルスライムとの感覚同調を行っていた。
 魔法式性感マッサージで既に魔力を同調済みだったため、短い時間で感覚器官の同調に繋げることができた。人間レベルに抑え込んで、視覚と聴覚、ついでに触覚も得る。完全に発動すれば魂を入れ替えて身体を入れ替えることもできる。アルベルトは前世で憑依系ジャンルも嗜んでいた。
 他に使い手が居ないので、この技術を【インサート・エロリンク】と勝手に名付けて呼んでいた。

「魔力制御の応用だ。ミソラも自分の魔力を刀に宿らせた時、自分の身体の延長線にあるように感じ取れるだろう?」
「……まさかマジカルスライムと同調を?」
「ああ、さっきの引き剥がし作業で魔力同調をしているから、魔力探知と感覚同調で位置を探り当てられる。難易度は高いが基礎魔法の応用だよ」
「……とりあえず今は疑問を置いておきます」

 まるで信じられていない。確かに理論上は可能という程度の暴論を言っている自覚はあった。
 アルベルトはマジカルスライムの視界から洞窟に入るのを確認した。そこまでの道順は把握できている。

「こっちは任せていいな?」
「はい。シトロンをよろしくお願い致します」


    ***


 感覚同調によって二人の状況を確認しながら、アルベルトは森の中を駆け抜けていく。
 洞窟に隠れたようだが、道順が見えているので通った道を後追いするだけだ。足跡や移動の痕跡がほとんど残っていない。逃げた方向が分かるからこそ気付ける僅かな情報があるだけだ。相手は凄腕のスカウトなのだろう。性技魔法に集中しているため感知できないが、もしかしたら固有魔法も併用しているかもしれない。

『誰も追っては来れないよ。五人パーティでスカウト二人体制なんてバランスが悪いからね。装備からも本職は少なくともきみだけだった』

 随分と頭も回るようで、厄介なことこの上ない。

『ここなら叫ばれても外まで届かない。だけど、これから逃げるのにずっと騒がられるのも困りものだ』

 男が怪しく笑う。

『立場を分からせてやる。こっちも仕事漬けで溜まってるんでね』

 ぼろん……そんなSEが合うだろうか。

「おえぇぇぇぇ」

 アルベルトは吐き気を堪えた。
 間近で男根を見せ付けられたせいで萎えてしまい、性技魔法の効果が切れるところだった。スライムの粘体は全方位をカバーしているので、男が見えない向きに切り替えてシトロンの胸元に集中する。素晴らしいおっぱいだ。
 心も息子も上向きになり、身体能力が更に強化された。

「とにかく急がないとな!」

 男は洞窟の岩陰に隠していた鞄から四角い箱を取り出してきた。箱の大きさは男の頭と同じぐらいだ。金属製で全面に細かく魔法陣が描かれている。
 箱の蓋を開いてシトロンに纏わり付いていたマジカルスライムに押し付けると、スライムの粘体が箱の中に吸い込まれていった。どうやら運搬に奴隷を使っていたという予想は外れていたようだ。

 瞬時に感覚同調をスライムからシトロンに切り替えて難を逃れる。こんなこともあろうかと、魔力を宿した手でシトロンの胸に触れておいたのだ――とアルベルトは渾身の言い訳でセクハラを自己正当化した。
 スライムから解放されたシトロンだが、既に粘液の催淫効果によって息も絶え絶えになっている。魔力や体力まで吸われて身体を起こすこともできないようだ。

『そこまでできあがっていれば、誰のモノだろうと悦べるさ』
『イヤッ……近付か、ないでっ』
『ふん、すぐに欲しがるようになるよ』

 男の手がシトロンの頬に触れる。嫌悪感に横に顔を背けるが、その横顔を男が舐め上げた。触覚も連動させたことを後悔した。
 次に男の手が伸びたのは、シトロンの豊満な胸だった。両胸を乱暴に揉みしだいた。まだ年若い乳房をあんなに雑に扱えば痛む筈だが、催淫効果によって快感ばかりが強調されて伝わってきた。これが女性の胸を揉まれる感覚なのか。触覚を連動しておいて良かった。

 シトロンは快感に悶えた。
 男はショートパンツを下着ごと強引に脱がす。
 陰毛の生えていないつるつるの恥丘が見える。シトロン視点なので股の間までは見えなかった。

『ああっ……』

 シトロンが恐怖に震えて顔を覆い隠した。

『とろとろになってるじゃないか。身体は正直だな』

 男の指がシトロンの秘部を撫で上げた。快楽が脳天を打つ――慌てて感覚同調率を下げる。危うくイかされるところだった。

『ほら、まんこがひくひくと僕のモノを欲しがってるよ。素直に気持ち良いって言ってみな。そうすれば心も楽になれるさ』

 シトロンは恐怖と嫌悪感に涙を流すと同時に、抗いがたい快楽に涎が垂れ流しになっていた。




 アルベルトは強姦モノだって嗜んできた。いつもより濃い精液を吐き出すことに罪悪感を抱いてずーんと沈むのだ。エクレールへの悪戯や、これまで重ねてきた性技魔法の罪はあの男よりもきっと重い。
 だけどそれとこれとは別だ。
 アルベルトは性欲の高まりを身体能力の向上に変換して加速した。

 ――竿役は俺だけでいいんだよ、このクズ野郎!

 理不尽な怒りを胸に洞窟に辿り着く。
 最悪の瞬間を阻止するのには間に合った。
 男がシトロンの両足を広げさせて、いきり立つ男根をシトロンの濡れた陰部に挿入しようとしていた。

「持っていきな、こいつが俺の三日分の稼ぎだ!」

 ポケットから取り出した魔石を放り投げる。叫び声に反応して振り向いた男に目掛けて、空中の魔石を殴り飛ばした。
 魔力を帯びた拳との強烈な接触で、魔石に宿った魔素が激しく活性化する。魔力を固めた魔弾とは比べ物にならない威力となって、男の身体を弾き飛ばした。

 魔石砲マナ・キャノン
 性技魔法のために魔石を持っているが、それを誤魔化すために編み出した切り札の一つだ。威力はずば抜けて高いが、一回で中級冒険者の依頼報酬分の金額が吹き飛ぶ非効率的な魔法だ。

「お陰でタダ働きだ」

 男はやはり強い。あの一撃を受けても意識を保って、こちらに驚愕の眼差しを向けてきていた。

「馬鹿な、どうしてここが」
「都市まで無事に送り届ける。それがギルドからの依頼だ」
「何を言ってやがるっ」
「仕事だってことだよ」

 拳を振り下ろして男を気絶させた。

「遅くなったな」

 アルベルトはローブを脱いでシトロンに着せた。

「せんぱいっ、せんぱいっ!」

 縋り付くシトロンの頭を優しく撫でた。胸元にしがみついて大声を上げて泣き出した。アルベルトは泣き止むまで頭を撫で続けた。


    ***


 サンライトの素材回収依頼は失敗に終わった。
 あの後、ハイオークの生息地まで行くわけには行かなくなり、捕縛した男と魔導具に封じられたマジカルスライムを持って都市に帰還した。

 疲労困憊の新米パーティは先に休ませて、アルベルトは代理で依頼報告を行った。事情が事情なのでサンライトにマイナス査定が入ることはないだろう。
 医務室から出てきたエクレールを、アルベルトは呼び止めた。

「シトロンの様子はどうですか?」
「マジカルスライムの効果は完全に抜けました。元気な様子を見せていますが空元気でしょうね」
「……そうですか」
「アルベルトさんは依頼を達成しました。考えられる中で最善の選択を取ったといえます」
「えっ?」
「何かを失敗したということではありません。つまり責任を取る必要もないということです」

 アルベルトは遅れて理解した。
 エクレールなりに慰めてくれているのだ。

「あはは、ありがとうございます、エクレールさん。元気が出ましたよ」




 引率依頼完了後から数日後。

「セーンパイ」

 アルベルトは冒険者ギルドで、シトロンに呼び掛けられて振り返ろうとして腕に衝撃が襲った。シトロンが腕に抱きついてぐいぐいと胸を押し付けてくる。これまで隠していた大きな胸ががんがんに主張していた。

「どうした後輩」
「いいえー、ただセンパイを見付けたので声を掛けただけだよっ」

 生意気なクソガキ感があるのは変わらないが、シトロンの声の響きにはからかいはあれど親しみに満ちていた。
 アルベルトは指導にかこつけてちょっとからかってやろうと考えていたのだが、その逆に貞操の危機を救ったことで素直な尊敬を勝ち取った。性技魔法様々である。

 シトロンの後ろにサンライトの面々が並んでいた。ミソラは仏頂面で、ガレットとグレアムは目を見開いてシトロンの変わりように驚いている。
 再びのわからせ失敗ではあるが、新米パーティの指導は達成したし、サンライトからは見直されたのでこれでいいのだろう。
 ただ何故だかエクレールからの扱いがより厳しくなった。
 アルベルトにとっては謎が深まるばかりである。
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