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看板娘をわからせたい(1)
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「ねえ、この状況でボクが悲鳴を上げたらどうなるでしょう?」
女はまるで悪戯が成功したように微笑んだ。
従業員用の休憩室で男と女が二人だけ。しかも女は亀甲縛りをされた上で椅子に拘束されている。状況証拠と女の証言だけでアルベルトの罪は確定する。一見客の弁明に聞く耳など持ってはくれないだろう。
大きく息を吸って部屋の外に向けて甲高い悲鳴を上げる。
「これでチェックメイト。元からキミは詰んでいたんだよ」
不敵に笑う女の顔からは先程までの人懐っこさは消えていた。
「あれ……?」
部屋に誰も入って来ようとしないことに、これまで崩れなかった余裕の表情が困惑に変わっていく。
「一体どうして……店が騒がしかったとしても、壁の薄さから聞こえないわけがないのに」
「結果から逆算すれば分かることだ」
「……まさか他に仲間を連れて来てたの」
「いいや、俺は一人で行動している」
「誰も来られない状況ではないなら……まさか、こんな至近距離で誰もボクの悲鳴が聞こえなかったということ?」
アルベルトは正解に辿り着いた女に、意趣返しで不敵に笑い返した。
性技魔法【完全蜜室】は術者と性的対象の音や振動を完全に遮断して外部から隔離する。成人作品で明らかに周囲に気付かれそうなのに気付かれないというシチュエーションを概念付与された結界術だ。
「それでは話を聞かせてもらおうか」
外に音が漏れなくても、時間の流れは変わらない。誰かが不審に思い様子を見に来る前に尋問を済ませなくてはならなかった。
「お前が素直に吐いてくれるまで、この世の極楽というものを味わわせてあげよう」
「そんなことでボクの口を割れると思ってるの?」
「一つ質問をしよう。満腹の状態でそれでも高級料理を押し込まれるのはご褒美かな?」
怯える女を前に、アルベルトは腰に下げた木の棒を手に取った。
「ボクは快楽にも暴力にも屈しない!」
「好きなだけ強がるといい。さて、まずは手始めに感度十倍から試してみようか」
アルベルトは新たに習得した性技魔法を発動する。
手に持った無骨な木の棒が魔力を帯びて光り輝いた。そして光が消えると【性棒エロスカリバー】という実にパチモン臭が漂う装備へと姿を変える。その見た目はこの世界には存在しない電動マッサージ器だった。
***
「セーンパイ」
アルベルトは呼び掛けに振り返ろうとすると腕に衝撃が襲った。
「どうした後輩」
からかいと親しみ、そして甘い響きを混在させた声の主は、依頼で尊敬を勝ち取り、マッサージによって距離が縮まった後輩様だ。
「いいえー、ただセンパイを見付けたので声を掛けただけだよっ」
シトロンは腕に抱き着いてぐいぐいと身体を押し付けてくる。これまで隠していた大きな胸をがんがんに主張させてきた。
「アルベルトさん……シトロンに何をしたんですか?」
ミソラが仏頂面で詰問してくる。腰に下げた刀に手が掛けられていた。
「いやーなにもしてないよー。なあ、後輩!」
「そ、そそそうですよね、センパイ!」
ミソラは「そうですか」と一言で引き下がった。先輩後輩の完璧な連携によって誤魔化せたわけもなく、足早にエクレールところに行ってアルベルトとシトロンを交互に指差して何かを伝え出した。
今日は命日になるかもしれない。
アルベルトはどんな危険な冒険よりも死を覚悟した。
「――アルベルトさん、少々お時間をよろしいでしょうか」
「はいっ! すぐに参ります!」
応接室に連行されるアルベルトをシトロンは心配そうに見送ってくれた。ミソラは蔑む視線を隠そうともしなかった。ガレットとグレアムは未だに状況について来れず呆然としたままだった。
「シトロンさんと随分と距離が縮まりしたね。良いことです」
「ええ、良いことですよね」
「…………」
「あのー?」
「慕っているのは確かのようなので、生意気なところもありますが、これからもシトロンさんのことをよろしくお願い致しますね」
「もちろんです」
どうやら死刑宣告ではなかったようで一先ず胸を撫で下ろす。
シトロンが可愛い後輩なのは変わりない。何故そんなに慕ってくれるのか理解できていないが、尊敬や信頼は素直な気持ちで受け止めている。そうでなくては生意気メスガキムーブを決められるたびに、性技魔法によるわからせ教室を開いているところだ。
しかし、あの時は危なかった。
マッサージの範囲――とは言い切れないけど手だけしか使わなかった――でなんとかイかせることができたお陰で、最後まで行かずとも性技魔法の発動を止めることができた。
あのマッサージでは性技魔法による性感マッサージを行っていた。だからシトロンの理性を愛撫だけで飛ばすことができたのだ。そうでなければ幾ら尊敬する相手とはいえ、服を脱いだり、胸や女性器を簡単に触らせようとはしないだろう。
今でも手の平に汗で吸い付いた乳房の感触が忘れられない。ふわふわもちもち。うーん、テイスティ。洞窟で助け出した時はシリアスに徹していたので、目隠しを外した後はまじまじと見てしまった。大きな乳房に反して乳輪は小さく、綺麗なピンクの乳首は興奮が抜け切らずまだ固く立っていた。性技魔法による他人の視界越しではAVを見ている感覚に近いので、やはり生で見ると迫力もエロさも段違いだった。リップサービスのつもりで言われた次のマッサージの予定まで立てそうになってしまった。でも合意の上でなら良かったのではないだろうか。待て待て、催淫効果で正常な判断をくだせる状態ではなかった。自分の紳士的な決断を褒め称えよう。
「――聞いていますか」
「あれは夢どころか真理が詰まってると思います」
「何を仰っているのですか?」
アルベルトはエクレールの冷たい視線で、妄想の世界から現実に戻ってきた。
「ああ、すみません。それでなんでしょうか」
「聞いていませんでしたね」エクレールは溜息をついた。「本題ですが、ギルドマスターがアルベルトさんと内密にお話をしたいそうです。なので、先程はミソラさんからの件で呼び出したように振る舞いました」
「ギルドマスターが、しかも内密に?」
「はい」
応接室で紅茶を飲みながら待っていると、エクレールに連れられて中年の男性が入ってきた。
ギルドマスターのエルネストだ。
何度か顔を見たことはあるが、直接言葉を交わしたのは数えるほどしかない。
鍛え抜かれた筋肉に包まれた巨躯の威容は、テーブルを挟んで向き合った状態でも圧迫感があった。元上級冒険者で怪我がなければまだ現役だったことだろう。肉体は衰えていないが、無理矢理の魔力生成で魔法器官が再生不可能なレベルで傷付いてしまったので引退したと聞いている。
「それでは失礼致します」
いつもよりエクレールの表情が固いのは、ギルドマスターの前で緊張しているからだろうか。すぐに退室していったので声を掛けるタイミングを逃してしまった。
「待たせてしまってすまないね」
「いいえ、お気になさらず」
素行不良の件で説教という雰囲気ではないが、そうだとするとまるで用件が思い浮かばなかった。
「内密の話というのは穏やかではないですね」
「無駄話は嫌いのようだな」
エルネストはエクレールの用意した紅茶を一口で飲み干した。
「きみが捕らえてくれた男の話だ。ディアスと名乗っている……本人の自己紹介なので個体識別以上の意味はないが、説明する上で呼び名はあった方が便利だからな、一先ずディアスと呼んでいる」
サンライトの引率依頼で遭遇した男――ディアスは、冒険者ギルドからロマエルカ領主に身柄を引き渡されてこれまで尋問が行われていた。しかしアルベルトの見立ては正しく、一切口を割らなかったようだ。
「衣服を脱がして確認したところ、背中に五芒星の入れ墨が入っていたことから『デカラビア』の所属員だと分かった」
「確か悪魔崇拝をしてるとかいう?」
「そうだな、世間で知られているところだとそうだろう」
「彼らが脅威として認識されているのは例外なく魔族だからだ」
魔族――魔物や人族に敵対する意思を持った人間の総称。悪魔や知性を持つ魔物と繋がりを持っている。クレスト王国では亜人種などもまとめて括られることもあり、そのせいで王国は亜人に対して排他的だ。
「情報を聞き出すのは諦めたほうが良さそうですね」
「隠すのを得意とする者が居れば、その逆もまた居るものさ。今この街には、商会や各ギルドの定期査察で王都から審問官が来ているのだ」
審問官――王直属の審問機関に所属する捜査員兼執行者である。
組織や個人を取り調べて適切な刑を執行する。その過程のすべてを一任されており、審問官が黒と判断すれば一方的に死刑にしたとしても、王と他の審問官以外は異議すらも唱えられない強権を有している。豊富な知識、公平と正義の心、揺るぎなき忠誠心、高い戦闘能力――すべてを兼ね揃えたエリート中のエリートである。
「口を割らない男に困っていたところ、報告を聞いた審問官が代わりに尋問を担当してくれた」
「それは幸運でしたね」
審問官には人の心を読み取り事実関係を正確に整理する能力を持つ者しかなれない。王国の司法が絶対的な権力を持っているのは間違わないからだ。
「ああ、その結果、幾つか重大な情報が判明した」
アルベルトはそこまで聞いて首を傾げた。
依頼中にたまたま陰謀に遭遇してしまっただけの相手に、どうしてその後の経過を事細かく説明してくれるのだろう。
疑問が顔に出ていたのか、エルネストは頷いた。
「疑問は最もだが、まずは聞いてくれたまえ」
「はぁ……分かりました」
「奴が運んでいたマジカルスライムだが、どうやらただの金稼ぎが目的ではなかったらしい。念のために周辺の貴族や大商人に裏取りをしているところだが間違いないだろう」
金持ちの道楽に使われるのではなく、何かの企みに利用する――そこまでは聞き出せたが、どうやらディアス本人も計画の全容を知らないようだった。背後に潜む『デカラビア』は恐ろしく統制の取れた組織のようだ。
「それで奴隷運搬ではなくコストの掛かる魔導具を使って運んだということですか。しかも予備の魔導具まであったので資金面は潤沢のようですね」
「マジカルスライムと魔導具の入手経路についても調査を進めている。しかし、それよりも重要なのは何に使おうとしていたのかだ」
エルネストの膝の上で組んでいた手に力が籠もる。
「ロマエルカに再び魔の手が迫っている」
数年前、まだアルベルトが訪れるより前に、魔族の一斉攻撃でロマエルカは甚大な被害を受けている。その時にエクレールとシフォンの幼馴染――二人のということは、ガレットやシトロンも繋がりがあったのかもしれない――が犠牲になりながらも撃退に成功した。
それ以降、街は巨大な退魔結界によって覆われて、魔物が忍び込むことのできない鉄壁の守りを誇っている。
「……もしかして、魔導具を使ったのは結界を回避するため?」
マジカルスライムを封じ込める魔導具ならば、退魔結界の感知を回避できてしまう。
「ふむ、きみもその結論に至ったか」
「ただ持ち歩くためだけにしては、不自然なほど高級な魔導具でしたからね」
「マジカルスライムであれば結界を突破はできるかもしれないが、必ず結界に接触したことが感知される。そうなれば検問所をやり過ごす方法も、壁を越えて忍び込むのも不可能だ」
「でも内側に入ってしまえば……そしてマジカルスライムなら、どんな魔法的防壁も破壊できる可能性があります」
「それが最も危惧するべき事態だ。結界の破壊が計画的なものだとしたら、魔物の大群がロマエルカに押し寄せる」
都市存亡の危機が現実味を帯びてきて、アルベルトの手に汗が浮かび上がった。
「マジカルスライムの受け渡しを行う場所は聞き出せている。ナクル通りにある『踊る三毛猫亭』という酒場で取引が行われる予定だったようだ。取引相手との合言葉も掴んでいる。手掛かりを探るのにきみの手を借りたい」
風俗店などが並ぶ繁華街の更に奥、『ナクル通り』に表立っては商売できない怪しい店が集まっている。性技魔法の探究の参考にしたり、持て余した性欲を解消するのにお世話になっている。確かに常連客のアルベルトがナクル通りに居ても不自然ではない。冒険者として顔も売れていないので悪目立ちはしないだろう。
しかし、情報秘匿のためとはいえ実力も素性も明らかにしていないアルベルトに極秘依頼を出すのはリスクが大き過ぎるように思える。
「教えてください。何を根拠を俺を信用するのですか」
「道理だな」
「やはり俺自身が知らなくても、俺を信用できるだけの情報をお持ちなのですね」
エルネストは深く頷いた。
「ディアスを捕らえた冒険者について、審問官から幾つか質問をされた。隠し立てする理由もないのでね、冒険者ギルドが把握している限りの情報を提供させてもらったよ」
一度言葉を区切り、感情の読めない表情で信用する理由を口にした。
「――審問官はきみになら任せられると口にしたんだ」
「えっ……?」
「ふっふっふっ、これまで遠回しにきみの秘密を探ろうと考えていたが、それも控えた方が良いのだろうね」
「いや、いやいやいや! 流石に何かの間違いではないですか!? 審問官なんてエリートコースまっしぐらの奴にコネなんて持ってないですよ!」
「そういうことにしておこう」
演技だと思ったのか、ギルドマスターはまるで信じていないようだ。
「その審問官の名前は……なんて、分かるわけないですね」
エルネストは苦笑した。
「彼らは敵が多いからな。決して名は明かさない。審問官としての名は『オヒュカス』と名乗っていたよ」
いつの間にか大きな流れの中に取り込まれていることに戸惑いを覚えた。
アルベルトは考え抜いた末にギルドマスターからの極秘依頼を引き受けることにした。
女はまるで悪戯が成功したように微笑んだ。
従業員用の休憩室で男と女が二人だけ。しかも女は亀甲縛りをされた上で椅子に拘束されている。状況証拠と女の証言だけでアルベルトの罪は確定する。一見客の弁明に聞く耳など持ってはくれないだろう。
大きく息を吸って部屋の外に向けて甲高い悲鳴を上げる。
「これでチェックメイト。元からキミは詰んでいたんだよ」
不敵に笑う女の顔からは先程までの人懐っこさは消えていた。
「あれ……?」
部屋に誰も入って来ようとしないことに、これまで崩れなかった余裕の表情が困惑に変わっていく。
「一体どうして……店が騒がしかったとしても、壁の薄さから聞こえないわけがないのに」
「結果から逆算すれば分かることだ」
「……まさか他に仲間を連れて来てたの」
「いいや、俺は一人で行動している」
「誰も来られない状況ではないなら……まさか、こんな至近距離で誰もボクの悲鳴が聞こえなかったということ?」
アルベルトは正解に辿り着いた女に、意趣返しで不敵に笑い返した。
性技魔法【完全蜜室】は術者と性的対象の音や振動を完全に遮断して外部から隔離する。成人作品で明らかに周囲に気付かれそうなのに気付かれないというシチュエーションを概念付与された結界術だ。
「それでは話を聞かせてもらおうか」
外に音が漏れなくても、時間の流れは変わらない。誰かが不審に思い様子を見に来る前に尋問を済ませなくてはならなかった。
「お前が素直に吐いてくれるまで、この世の極楽というものを味わわせてあげよう」
「そんなことでボクの口を割れると思ってるの?」
「一つ質問をしよう。満腹の状態でそれでも高級料理を押し込まれるのはご褒美かな?」
怯える女を前に、アルベルトは腰に下げた木の棒を手に取った。
「ボクは快楽にも暴力にも屈しない!」
「好きなだけ強がるといい。さて、まずは手始めに感度十倍から試してみようか」
アルベルトは新たに習得した性技魔法を発動する。
手に持った無骨な木の棒が魔力を帯びて光り輝いた。そして光が消えると【性棒エロスカリバー】という実にパチモン臭が漂う装備へと姿を変える。その見た目はこの世界には存在しない電動マッサージ器だった。
***
「セーンパイ」
アルベルトは呼び掛けに振り返ろうとすると腕に衝撃が襲った。
「どうした後輩」
からかいと親しみ、そして甘い響きを混在させた声の主は、依頼で尊敬を勝ち取り、マッサージによって距離が縮まった後輩様だ。
「いいえー、ただセンパイを見付けたので声を掛けただけだよっ」
シトロンは腕に抱き着いてぐいぐいと身体を押し付けてくる。これまで隠していた大きな胸をがんがんに主張させてきた。
「アルベルトさん……シトロンに何をしたんですか?」
ミソラが仏頂面で詰問してくる。腰に下げた刀に手が掛けられていた。
「いやーなにもしてないよー。なあ、後輩!」
「そ、そそそうですよね、センパイ!」
ミソラは「そうですか」と一言で引き下がった。先輩後輩の完璧な連携によって誤魔化せたわけもなく、足早にエクレールところに行ってアルベルトとシトロンを交互に指差して何かを伝え出した。
今日は命日になるかもしれない。
アルベルトはどんな危険な冒険よりも死を覚悟した。
「――アルベルトさん、少々お時間をよろしいでしょうか」
「はいっ! すぐに参ります!」
応接室に連行されるアルベルトをシトロンは心配そうに見送ってくれた。ミソラは蔑む視線を隠そうともしなかった。ガレットとグレアムは未だに状況について来れず呆然としたままだった。
「シトロンさんと随分と距離が縮まりしたね。良いことです」
「ええ、良いことですよね」
「…………」
「あのー?」
「慕っているのは確かのようなので、生意気なところもありますが、これからもシトロンさんのことをよろしくお願い致しますね」
「もちろんです」
どうやら死刑宣告ではなかったようで一先ず胸を撫で下ろす。
シトロンが可愛い後輩なのは変わりない。何故そんなに慕ってくれるのか理解できていないが、尊敬や信頼は素直な気持ちで受け止めている。そうでなくては生意気メスガキムーブを決められるたびに、性技魔法によるわからせ教室を開いているところだ。
しかし、あの時は危なかった。
マッサージの範囲――とは言い切れないけど手だけしか使わなかった――でなんとかイかせることができたお陰で、最後まで行かずとも性技魔法の発動を止めることができた。
あのマッサージでは性技魔法による性感マッサージを行っていた。だからシトロンの理性を愛撫だけで飛ばすことができたのだ。そうでなければ幾ら尊敬する相手とはいえ、服を脱いだり、胸や女性器を簡単に触らせようとはしないだろう。
今でも手の平に汗で吸い付いた乳房の感触が忘れられない。ふわふわもちもち。うーん、テイスティ。洞窟で助け出した時はシリアスに徹していたので、目隠しを外した後はまじまじと見てしまった。大きな乳房に反して乳輪は小さく、綺麗なピンクの乳首は興奮が抜け切らずまだ固く立っていた。性技魔法による他人の視界越しではAVを見ている感覚に近いので、やはり生で見ると迫力もエロさも段違いだった。リップサービスのつもりで言われた次のマッサージの予定まで立てそうになってしまった。でも合意の上でなら良かったのではないだろうか。待て待て、催淫効果で正常な判断をくだせる状態ではなかった。自分の紳士的な決断を褒め称えよう。
「――聞いていますか」
「あれは夢どころか真理が詰まってると思います」
「何を仰っているのですか?」
アルベルトはエクレールの冷たい視線で、妄想の世界から現実に戻ってきた。
「ああ、すみません。それでなんでしょうか」
「聞いていませんでしたね」エクレールは溜息をついた。「本題ですが、ギルドマスターがアルベルトさんと内密にお話をしたいそうです。なので、先程はミソラさんからの件で呼び出したように振る舞いました」
「ギルドマスターが、しかも内密に?」
「はい」
応接室で紅茶を飲みながら待っていると、エクレールに連れられて中年の男性が入ってきた。
ギルドマスターのエルネストだ。
何度か顔を見たことはあるが、直接言葉を交わしたのは数えるほどしかない。
鍛え抜かれた筋肉に包まれた巨躯の威容は、テーブルを挟んで向き合った状態でも圧迫感があった。元上級冒険者で怪我がなければまだ現役だったことだろう。肉体は衰えていないが、無理矢理の魔力生成で魔法器官が再生不可能なレベルで傷付いてしまったので引退したと聞いている。
「それでは失礼致します」
いつもよりエクレールの表情が固いのは、ギルドマスターの前で緊張しているからだろうか。すぐに退室していったので声を掛けるタイミングを逃してしまった。
「待たせてしまってすまないね」
「いいえ、お気になさらず」
素行不良の件で説教という雰囲気ではないが、そうだとするとまるで用件が思い浮かばなかった。
「内密の話というのは穏やかではないですね」
「無駄話は嫌いのようだな」
エルネストはエクレールの用意した紅茶を一口で飲み干した。
「きみが捕らえてくれた男の話だ。ディアスと名乗っている……本人の自己紹介なので個体識別以上の意味はないが、説明する上で呼び名はあった方が便利だからな、一先ずディアスと呼んでいる」
サンライトの引率依頼で遭遇した男――ディアスは、冒険者ギルドからロマエルカ領主に身柄を引き渡されてこれまで尋問が行われていた。しかしアルベルトの見立ては正しく、一切口を割らなかったようだ。
「衣服を脱がして確認したところ、背中に五芒星の入れ墨が入っていたことから『デカラビア』の所属員だと分かった」
「確か悪魔崇拝をしてるとかいう?」
「そうだな、世間で知られているところだとそうだろう」
「彼らが脅威として認識されているのは例外なく魔族だからだ」
魔族――魔物や人族に敵対する意思を持った人間の総称。悪魔や知性を持つ魔物と繋がりを持っている。クレスト王国では亜人種などもまとめて括られることもあり、そのせいで王国は亜人に対して排他的だ。
「情報を聞き出すのは諦めたほうが良さそうですね」
「隠すのを得意とする者が居れば、その逆もまた居るものさ。今この街には、商会や各ギルドの定期査察で王都から審問官が来ているのだ」
審問官――王直属の審問機関に所属する捜査員兼執行者である。
組織や個人を取り調べて適切な刑を執行する。その過程のすべてを一任されており、審問官が黒と判断すれば一方的に死刑にしたとしても、王と他の審問官以外は異議すらも唱えられない強権を有している。豊富な知識、公平と正義の心、揺るぎなき忠誠心、高い戦闘能力――すべてを兼ね揃えたエリート中のエリートである。
「口を割らない男に困っていたところ、報告を聞いた審問官が代わりに尋問を担当してくれた」
「それは幸運でしたね」
審問官には人の心を読み取り事実関係を正確に整理する能力を持つ者しかなれない。王国の司法が絶対的な権力を持っているのは間違わないからだ。
「ああ、その結果、幾つか重大な情報が判明した」
アルベルトはそこまで聞いて首を傾げた。
依頼中にたまたま陰謀に遭遇してしまっただけの相手に、どうしてその後の経過を事細かく説明してくれるのだろう。
疑問が顔に出ていたのか、エルネストは頷いた。
「疑問は最もだが、まずは聞いてくれたまえ」
「はぁ……分かりました」
「奴が運んでいたマジカルスライムだが、どうやらただの金稼ぎが目的ではなかったらしい。念のために周辺の貴族や大商人に裏取りをしているところだが間違いないだろう」
金持ちの道楽に使われるのではなく、何かの企みに利用する――そこまでは聞き出せたが、どうやらディアス本人も計画の全容を知らないようだった。背後に潜む『デカラビア』は恐ろしく統制の取れた組織のようだ。
「それで奴隷運搬ではなくコストの掛かる魔導具を使って運んだということですか。しかも予備の魔導具まであったので資金面は潤沢のようですね」
「マジカルスライムと魔導具の入手経路についても調査を進めている。しかし、それよりも重要なのは何に使おうとしていたのかだ」
エルネストの膝の上で組んでいた手に力が籠もる。
「ロマエルカに再び魔の手が迫っている」
数年前、まだアルベルトが訪れるより前に、魔族の一斉攻撃でロマエルカは甚大な被害を受けている。その時にエクレールとシフォンの幼馴染――二人のということは、ガレットやシトロンも繋がりがあったのかもしれない――が犠牲になりながらも撃退に成功した。
それ以降、街は巨大な退魔結界によって覆われて、魔物が忍び込むことのできない鉄壁の守りを誇っている。
「……もしかして、魔導具を使ったのは結界を回避するため?」
マジカルスライムを封じ込める魔導具ならば、退魔結界の感知を回避できてしまう。
「ふむ、きみもその結論に至ったか」
「ただ持ち歩くためだけにしては、不自然なほど高級な魔導具でしたからね」
「マジカルスライムであれば結界を突破はできるかもしれないが、必ず結界に接触したことが感知される。そうなれば検問所をやり過ごす方法も、壁を越えて忍び込むのも不可能だ」
「でも内側に入ってしまえば……そしてマジカルスライムなら、どんな魔法的防壁も破壊できる可能性があります」
「それが最も危惧するべき事態だ。結界の破壊が計画的なものだとしたら、魔物の大群がロマエルカに押し寄せる」
都市存亡の危機が現実味を帯びてきて、アルベルトの手に汗が浮かび上がった。
「マジカルスライムの受け渡しを行う場所は聞き出せている。ナクル通りにある『踊る三毛猫亭』という酒場で取引が行われる予定だったようだ。取引相手との合言葉も掴んでいる。手掛かりを探るのにきみの手を借りたい」
風俗店などが並ぶ繁華街の更に奥、『ナクル通り』に表立っては商売できない怪しい店が集まっている。性技魔法の探究の参考にしたり、持て余した性欲を解消するのにお世話になっている。確かに常連客のアルベルトがナクル通りに居ても不自然ではない。冒険者として顔も売れていないので悪目立ちはしないだろう。
しかし、情報秘匿のためとはいえ実力も素性も明らかにしていないアルベルトに極秘依頼を出すのはリスクが大き過ぎるように思える。
「教えてください。何を根拠を俺を信用するのですか」
「道理だな」
「やはり俺自身が知らなくても、俺を信用できるだけの情報をお持ちなのですね」
エルネストは深く頷いた。
「ディアスを捕らえた冒険者について、審問官から幾つか質問をされた。隠し立てする理由もないのでね、冒険者ギルドが把握している限りの情報を提供させてもらったよ」
一度言葉を区切り、感情の読めない表情で信用する理由を口にした。
「――審問官はきみになら任せられると口にしたんだ」
「えっ……?」
「ふっふっふっ、これまで遠回しにきみの秘密を探ろうと考えていたが、それも控えた方が良いのだろうね」
「いや、いやいやいや! 流石に何かの間違いではないですか!? 審問官なんてエリートコースまっしぐらの奴にコネなんて持ってないですよ!」
「そういうことにしておこう」
演技だと思ったのか、ギルドマスターはまるで信じていないようだ。
「その審問官の名前は……なんて、分かるわけないですね」
エルネストは苦笑した。
「彼らは敵が多いからな。決して名は明かさない。審問官としての名は『オヒュカス』と名乗っていたよ」
いつの間にか大きな流れの中に取り込まれていることに戸惑いを覚えた。
アルベルトは考え抜いた末にギルドマスターからの極秘依頼を引き受けることにした。
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