アプロディーテの大殺界

佐藤ののり

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今度は私が質問する。
「レオンハルト殿下はアダルベルト様と恋仲ではない、で合ってますか?」
私の読みが間違っている場合は今後の話の組み立てが変わってくる。
「ああ、その通りだ。」
殿下は淡々と答えたがどこか不愉快そうで気まずい。
「申し訳ございませんでした。」
「何が?」
「色々と余計な想像をしてしまって・・・。」
最初はめちゃくちゃキュンってしてた。リアルで美男×美男のカップルがいて、近くで観察できることに喜びを感じていたのよね。でも殿下への気持ちを自覚してからは二人のことを考えると悶々として苦しかった。
「アダルベルトを近衛に配置するためにあいつと恋仲であるという噂を流したんだ。」
今の人事院長官のゴマ摺り特性を利用したということね。本当は私に気を使ってくれたことに気がついたことは黙っておくことにした。
「バルテノクス侯爵家のことを調べているんですか?」
「正解だけれどもそれが全てではない。」
殿下の反応は冷静だ。私がバルテノクスにたどり着くのは織り込み済みだったということね。
「マクレガー家がバルテノクス家の二の舞いになる可能性があるんですね。」
「そうだ。」
「婚約者を決めないのはアマニール家を近くで監視したいからですか?」
「まぁそれはついでだな。マリカ嬢は口が軽くて聞けば色々答えてくれるから助かってる。アークトゥルス宮の侍女募集にもあんなに送り込んで来るとはね。」
「伯父は・・・」
皇太子の宮にアマニール侯爵家配下の貴族の令嬢たちを侍女として送り込んだのは間者としての情報収集の他に将来マリカ様が妃になったときのために用意しておいたのだろう。
マリカ様は妃候補としては末席だがあの侯爵なら他の3人の令嬢のスキャンダルをでっち上げて引きずり下ろすくらいのこともしかねない。
「大丈夫だ。シェーカーヒルもウィローブロックもサイワノーレもアマニール侯爵に何かされても揺るがない。アークトゥルス宮に来ている侯爵配下の侍女にも見張り役の侍女をつけているし。」
アークトゥルス宮に潜入している間者には、皇家に忠誠を誓っている密偵達が監視しており時々偽情報を与えて泳がせているそうだ。
殿下の侍女3人は間者で4人は密偵。

「今の4人の妃候補からは誰も選ばれない可能性もある。」
予想外の言葉に私は疑問を持った。
「・・・アマニール侯爵家は罷免されるとして、他の三家も関係を構築しなければいけない家門ではないですか?」
「バルテノクス家の縁者は現在の侯爵から家門と権利を取り戻し、フィリーナとアダルベルトの母君達の名誉を取り戻したいんだ。フィリーは散っていった叔父叔母のためにもバルテノクス家の当主になりたいそうだ。皇太子がその後ろ盾になる約束をしている。」
「サイワノーレとシェーカーヒルの両家とも同派閥として良好な関係を作ってきた。両家ともにバルテノクス侯爵家の事もアマニールが企んでいる事も共有してある。ちなみにサラ・シェーカーヒルは秘密裏に別の人と婚約しているんだ。」
サラ様のゆとりある雰囲気はそんな事情も関係しているのかも。
しかし、シェーカーヒルは事業で関係することがあるのでわかるが、メディア大手のサイワノーレに情報を共有してしまっていいのだろうか。
「サイワノーレ家にもですか?情報操作でもしてるんですか?」
「サイワノーレの信念は“メディアは国民の幸福の為の知る権利を提供する“だ。悪事を暴く邪魔をするようなタイミングでは報道はしない。まぁ、リンドが黎の崩壊を狙って麻薬を手に入れようなんてスクープを知ったら現場を黙らせるのに苦労しそうだけど。」
この人・・・それっぽく言っているけど、つまり情報操作してるってことね。
「そうなんですね・・・」

バルテノクス重工業の手がけている事業は宇宙・航空事業、発電プラント事業、造船だ。
これに軍事産業が加わると極めて危険で、だからこそ世界各国で財閥が禁止されてて・・・。
(ああ、そうか)
話しながら私の頭は整理されていく。
「将来的に人工衛星から他国を攻撃できるシステムを作る国がでてくるかもしれないから、我が国でもすぐに対抗できるように研究は進めなくてはいけない。でも、皇室主導で研究をすすめたら国内外で非難されるから研究をしていたのはあくまでアマニールとその取り巻きであるとしたい、ということですか?」
レオンハルト殿下は口の端をあげた。
「昨日、俺が言ったことを覚えているか?」
「覚悟を決めてから質問しろ、ですよね。」
「そうだ、正解だ。アマニール達の悪事を利用してリスクヘッジするんだ。彼らを罷免してもこの事実は有事の際まで秘匿する。」
「有事の際に隠していたことがわかってしまったらリスクヘッジも何も無いではありませんか。」
「公開も実装も最終手段だ。アルーノ東北部のエトリスチューナ帝国ではもうすでに研究をしている可能性があると情報を掴んでいるんだ。」
エトリスチューナ帝国やチリマは自国優先主義だ。チリマの現王朝であるれいはグレート・ビリア帝国の属国なので今のところ心配はないが、エトリスチューナは確かに国際批判を浴びても研究を進めて実装してしまう可能性がある。
「それでも経済制裁などで対抗すべきです。」
「サルニア帝国は核弾頭を積んだ人工衛星を実装するつもりはないけど、倫理を共有できない国と交渉するときに武器を持っているか持っていないかで随分変わってくるだろう。」
はぁ、とレオンハルト殿下はため息をついた。私の考え方は理想論なのだろうけど、軍事に関する倫理は安易に妥協したくない。
「今、そのことを議論しても仕方ない。考えは青臭いが君の理解力は素晴らしい。」
「レオンハルト殿下のような聡明な策士が頭になるのですからサルニア帝国は安泰ですね。」
売り言葉に買い言葉。可愛げがないなと思いながらも嫌味を言ってしまった。
「策士の考えてる事を言わなくても理解してくれる人が味方であって欲しい。」
「時に意見が違う者であってもですか?」
「信用できる者の諫言かんげんにはいつだって耳を傾ける。どんなに正しいと思っても否定の意見をぶつけても揺るぎのない決断をしなくてはいけないから。」
クリティカルシンキングってやつね。
「しかし、君は人と真っ向対決にならない言い回しを学ぶべきだな。」
「・・・無礼にも意見してしまい申し訳ありませんでした。」
相手の矜持を傷つけずに温厚に意見を言う技術が足りないのは相変わらずだ。私は12歳の頃からあまり成長していない。

「殿下・・・」
私はレオンハルト殿下に伝えなくてはいけないことがある。意を決してフゥと息を小さく吐いて目線を落とした。
「リリーシア・マクレガーはレオンハルト・ブルマン・サルニア様に恭順の意を表明します。マクレガー家門を保護していただいたこと恐悦至極でございますが、サルニア帝国と国民のためにわたくしも公僕になり殿下を支えたいと存じます。」
彼に忠誠を誓うのに今ほど適したタイミングは無い。私はワイマール家の嫁になるにあたって皇家への忠誠を意思表示したいと思った。
「やめてくれ。君には俺の近くにいて欲しい。俺が望んでいるのは主従関係ではなくもっと対等な関係だ。」
「身分制度がある以上、対等になどなり得ません。私達は友人になって側にいるにはタイミングが遅すぎます。それに、アマニールが大罪を犯しているのならばその一門である我が家の人間が殿下のお側にいることを快く思わない人達もいるでしょう。」
レオンハルト殿下は首を垂れる私の頬に当て上を向かせた。
今まで見たことのない苦しそうな表情をしていた。彼がこんなに感情を出しているのを初めて見たような気がする。
「正義のために告発した者の勇気を無下にするようなことは絶対にさせない。」
レオンハルト殿下は私の頬を指でなぞる。私はいつの間にか泣いていたようだ。溢れた涙を彼は拭ってくれていた。
「これ以上、私の心を乱さないでください。」
涙が出た理由は分からなかった。色々な理由がごちゃまぜになっているのだろうけど、理由の一つは間違いなく私がまだレオンハルト殿下の側にいられるからだ。
そこまで考えて思い直す。
(いや、もう事態は動き出した。)
「私がブルマン家とワイマール家の架け橋になります。私とシオンは、」
レオンハルト殿下は私の両肩を手で掴んで「やめろ」と言った。
「それ以上言うなら、口を塞ぐ」
ワイマール公子から結婚の打診を承諾したことを言おうとしたがレオンハルト殿下は私の言葉を遮った。少し苛立った悲壮の表情でどこか懇願しているような複雑な顔。初めて見る彼の素の顔だった。
「それ以上は・・・聞きたくない。勢いで決断するなと言っただろう。」
私は引き寄せられて強く抱きしめられた。ベルガモットと彼の香りがする。
ドクッドクッドクッと、私の心臓は今までの人生で最も激しく脈打つ。

私は溢れ出す想いをつい伝えてしまいそうになって言葉を飲み込む。
(あなたのことが好きです。すべてを捨てて2人で逃げたいほど。)

ふと、耳を澄ませるとそこかしこでレオンハルト殿下を呼ぶ声が聴こえることに気付く。
「・・・そろそろ離れないと誰かが来てしまいそうです。」
「・・・」
別の意味でドキドキし始めた私をレオンハルト殿下はさらに強く私を抱きしめる。ガチャッとドアが開く音がした。
「レオンハルト殿下、陛下がお呼びです。」
「・・・」
私たちのところに最初に来たのはアダルベルト様だった。私もレオンハルト殿下を離そうと少し押した。
「レオ、いい加減にしろよ。可及的速やかに来るようにとのことだ。」
「“可及的”に、だろ。」
「屁理屈を言うな。それに俺だったから良かったものの今の状況を他の人に見られたらリリーシア嬢の不利益になるんだぞ。」
レオンハルト殿下は不服そうに私から離れる。
「すぐに護衛を呼ぶからここで待ってて。」
一度、陛下の元に向かおうとしたレオンハルト殿下は立ち止まって振り返った。
「この間、”私と浮気するつもりですか”って聞かれて”浮気するつもりはないって”言っただろ?その意味をもう一度考えてみてよ。」
レオンハルト殿下とアダルベルト様が去って行ってから私はしゃがんで長いため息をついた。
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