アプロディーテの大殺界

佐藤ののり

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共闘することにした(3/3)

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レストランを出るとレオンハルト殿下は歩いて帰りたいと言い出した。リオンさんとレオナルドさんはちょっと微妙な顔をしていたけれど、ここは私たちが住んでいるアークトゥルス宮がある東門からは車で移動しなければいけない距離だけど西門までは5分以内の距離なのだそうだ。皇城以外の車の車寄せに歩くのよりもかなり近いらしく、フィリーナ様とアダルベルト様も一緒に西門まで行って皇城の車を出してもらうそうだ。
こうやって街を歩くのは久しぶりだ。
私を取り巻く環境は短い間で劇的に変化した。
今も数ヶ月前も同じ場所を歩いているのに抱えている気持ちは全然別物だ。友達と用事もないのに店を見てまわり、あれが可愛いこれが似合う等と言いながらぶらぶらしていたことが遠い昔のことのようだ。くだらない話で盛り上がって、将来の夢を気心の知れた友人達と話す平穏な日々はもう過去のものとなった。当たり前のように与えられていた時間がかけがえのないものだったと今になって実感する。私のような小娘が関わるには大きすぎる事件が解決したら元の生活に戻れるのだろうか。
(それは無理ね。)
どのみち私も周囲も大学を卒業してそれぞれの道を歩みだした。学生時代の友達は日々を共有する存在から断片的に過去を共有する存在になった。そう考えるときゅうっと切なさと寂しさが襲ってきた。
社会人になった以上、自分が享受する対価に等しい結果を残すために自分の望まないこともしなくてはいけなくなる。大人になるってそういうことなのだもの。ベルガモットの香りとともに暖かさを感じた。レオンハルト殿下が上着を脱いで私に羽織らせてくれていた。
「ありがとうございます。」
「どういたしまして。何か不安があるの?」
私とマクレガー家を守ると言ってくれたこの人は、子供の頃から欲望渦巻く大人の世界で立ち回ってきた。この人もかつては楽しいだけの時間を過ごした時代もあったのだろうか。
「いえ、私は卒業したんだなぁって実感していました。」
大学だけじゃなくて、脳天気に守られていた今までの生活にはもう戻れない。そして、何だかんだいって伯父と敵対するのは精神的にキツイものがある。
「・・・戻りたい?」
戻りたいかと問われれば否だ。生きている以上、良い方向にしろ悪い方向にしろ進まなくてはいけない。今まで守られていた分、自分も誰かを守れる強い人に成長しなければならない。
「いいえ。」
「そっか。」
「前に・・・。選択肢を与えてくれたこと、本当に感謝しています。」
「選択肢?」
「聞く覚悟ができてから質問しろ、っておっしゃったことです。何も知らないで守られているのは嫌ですけど、無理やり今回の件に巻き込まれていたら殿下たちに遺恨が残ったと思うんです。」
殿下は優しく微笑んだ。
「あんまりさ、白黒着けすぎなくてもいいんじゃない?生きていくには曖昧さも必要だよ。」
「?」
「全ての物事にはいい面と悪い面がある。社会人になったら与えられた仕事に責任を持って全うする必要があって、ときには責任を果たすために嫌なことをしなくてはいけないときもある。でも、責任を達成した喜びは特別だし、仕事終わりに飲みに行って上司の悪口を言うのも楽しいだろう。」
上司の悪口と自分から言うとは・・・。
「どんな状況でも自分の環境を最大限楽しむことはできる。日々を楽しむことを学生を卒業したと同時に一緒に止める必要はない。」
「例えば・・・捉えられた捕虜であっても?」
「そうだ、楽しいかどうか、幸せであるかどうかは自分の心持ち次第で変わる。」
彼は断言した。社会に出ると物事の答えの正否がわからないのでこういう断言をしてくれる人がいると妙に安心する。
「確かにどうせやるなら楽しい方がいいですね。あ、何でも楽しむ人だから、パリシナであのダサいパーカーを買って私に内緒で着させたんですね。」
「うっ」っという殿下を見て私も感傷的な気分は消えていった。
(よし。伯父様の断罪劇を楽しんでやりますか!20年後に今日の4人でお酒を飲みながら思い出話ができるくらいにしよう。)
「帰ろう。」
レオンハルト殿下は私に手を差し伸べてきた。
「はい。」
私は差し出された手に手を重ねて、すこし先を歩いているフィリーナ様とアダルベルト様に追いつくように速歩きで歩いた。
西門でフィリーナ様・アダルベルト様とお別れし、皇城に入ってからリオンさんとレオナルドさんも解放した。
私とレオンハルト殿下は夜のとばりが降りて冷んやりした皇城内の静かな夜道を歩く。少し歩いてからレオンハルト殿下が重ねていただけの手を一旦離してから、指を絡めて手を繋いできた。
「殿下、この手の繋ぎ方は、」「子爵はどのようなワインが好きなの?」
「・・・・」
この人、都合の悪いことは言わせないつもりね。
「ドメスティック(国内産)かパレイン産の赤のフルボディを選ぶことが多いです。」
ベガ宮の前を通り過ぎる時にふと目に入った光景に驚いた。陛下の側妃レネー様が男性と寄り添ってベランダにいた。
(えぇぇ・・・不貞の現場?!)
私は見ないようにベガ宮から顔を背ける。遠いし、レネー様じゃないかも。
「ん?」
「えっと・・・なんでもないですよ?」
不思議そうな顔をして首を傾げたもののレオンハルト殿下はそのまま歩き続ける。
「レオ、久しいな。」
暗闇の中で聞き覚えのある甘くて艶やかな壮年男性の声がした。私は慌ててカーテシーの姿勢を取ろうとするも・・・
あれ?手を離してもらえない。とりあえず首を垂れて空いてる手でスカートを摘んで片足を引いて膝を落として頭を下げた。
「いいよ。いいよ。私達しか居ないから挨拶はしなくて。顔を見せてくれ。」
「そうよ、挨拶は結構よ。きちんとお話するのは初めてね。」
皇后様。茶会で母について行って挨拶させてもらったことが何度かある。
「両陛下のご機嫌麗しく幸いです。マクレガー家のリリーシアです。」
挨拶はいらないと言われたが簡略した挨拶をして顔を上げた。
目が合うとお二人はほぅっとため息をついた。
「似てるなぁ。テオドールが娘自慢をウザいくらいするのもわかる。」
「若い頃のイレーネによく似てるわね。テオもあなたのお母様に一目惚れしてね。文通するためにチェスター侯爵のところに100日参りして許可を貰ったのよ。」
「昔は文通をするのですらそんなにハードルが高かったのですか?」
レオンハルト殿下が皇后様に聞く。
「テオはねぇ、すごくモテたし結構遊んでいたのよね。イレーネに出会った時も何人かガールフレンドがいたの。チェスター侯爵は見目麗しい娘を心配して社交デビューも慎重になっていたのに、大学に入ったらいきなり悪い虫につきまとわれちゃったのよね。」
なるほど、それでなかなか近づかせて貰えなかったのか。明日、会ったら揶揄ってしまいそう。
「皇后様は母とも親しいのですか?」
父と皇后様の実弟は親友で皇后様と父も親しかったようだけど、母は皇后様に畏敬の念を抱いていて仲が良いようには見えなかった。
「彼女はいつも恐縮していて仲良しとは言うには違和感があるわね。テオがイレーネ、イレーネってうるさいから私達も親しくもないのにイレーネって呼ぶようになってしまったの。一応、本人の許可を取ってるわ。」
「父の姿が想像できます。ご迷惑をかけてしまって申し訳ありませんでした。」
「全然気にしないで。あ、あなたのことはリリーちゃんって呼んでいいかしら。」
「はい・・・」
陛下は笑いを堪えているようだった。
「ふふ。ところで今日はデートだったのかな?君らが同棲し始めてからレオはシリウス宮で夕食を取りに来なくなってしまったから。」
「同棲・・・」
いやいや、市井の若者じゃないんだもの同棲なんてするわけないのに。手を繋いでいるから付き合っていると思われているのか。私は慌てて否定する。
「アダルベルト・マーキュリー様とフィリーナ・ウィローブロック様と会食をしていました。」
「ダブルデートというやつか?」
「ベル、ダブルデートってもう死語よ。」
「父上達もレネー様達とダブルデートだったんでしょ?」
ダブルデート???と思ってると「後で教える」と耳元で言われた。耳元、ゾクゾクする。
「そうだよ。明日は君達と4人でどうだね?」
「明日は彼女の家を訪れる予定です。」
「えっ‼︎ちゃんと避妊してなかったの?」
「まだしていません。」
ま・・・まだ?
そうか、アダルベルト様が恋人じゃないと知っている人は、私と殿下のことをそういう目で見るわよね・・・。
「何だ、違うの?だったら明後日は?」
できれば遠慮したいのだけど私からは断れないな。察して断ってください、と思いながらレオンハルト殿下を見る。殿下も私を見た。
「何?見つめ合ってるの?」
「え、いや。19時からなら大丈夫かな。」
とレオンハルト殿下は答えてしまった。挨拶をして両陛下と別れようとしたときに
「そういえば」
と皇帝陛下が思い出したように言葉を発した。
「マクレガー子爵と妹のランチェット侯爵夫人は髪の色も瞳の色も顔だちも似ているけど、アマニール侯爵は似ていないよね。」
「え?」
私が反応に困っていると陛下は見惚れるほど美しく笑って
「ふと思っただけ。おやすみ、良い夢を。」
といって皇后陛下の手を取って歩いて行ってしまった。
ふと思った、か。陛下が意味のない言葉を仰るとは思えない。きっと何かを示唆しているんだ。
「怒ってる?」
「殿下に怒るだなんて恐れ多いことです。でも、両陛下と食事だなんて。」
レオンハルト殿下はニッと笑って私の唇を親指と人差指で掴んだ。
「めちゃくちゃ唇を尖らせてますけど。」
しくじったな。殿下に対して唇を尖らせてしゃべっていたとは・・・。
それにしても、く・・・唇を触るなんて。
「アハハ!ごめんごめん。」
私は口を真一文字に結んでみせてから、殿下につられて一緒に笑ってしまった。
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