アプロディーテの大殺界

佐藤ののり

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テオナード・マクレガーの憂鬱

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「その袋から異臭がしますね。」
定時退庁して実家に帰る車の中で鼻をつまみながらレオナルドさんは言う。
皇后さまから父に渡すように言われたお土産は何なのか不明なのだけど、微妙な匂いがする・・・。
「何ていうか・・・子供のうん・・」
「ぬぁぁ、皆まで言わないでください!皇后様から父へのお土産なんです。」
ご機嫌なレオナルドさんは私を家まで送ったあと、今夜は直帰するらしくて少しだけ嬉しそうだ。恋人に制服姿を見せるんですって。
レオンハルト殿下は私の家に秘密裏にいらっしゃるので私より少し遅れて来る予定だ。
帰宅するとたくさんの使用人たちが迎えてくれた。やっぱり家は落ち着くわ。みんなと話したいけどレオンハルト殿下も30分後くらいにくるだろうからあまりゆっくりはできない。私が帰ってきてから15分ほどしてお父様も帰宅した。レオンハルト殿下が訪問するので今日は仕事を早めに切り上げてくれた。
お出迎えのためにホールに行くと仕事から帰ってきたままの格好の父をいつもより2割増しで小綺麗にしている母が身の回りを整えていた。
「お父様、お母様、ただいま帰りました。」
「おかえり。自慢の娘はしばらく見ないうちにまた美人になったなぁ。」
「おかえりなさい。リリ、ちょっとその装いはラフすぎるんじゃないの?」
「いいの、いいの。」
そんな話をしているとレオンハルト殿下の来訪が伝えられた。今日はレオンハルト殿下の髪の毛のような淡い金色を思わせる小さなユリを持ってきてくれた。
「綺麗ですね。いつもありがとうございます。」
殿下は黙って微笑んだ。
父はレオンハルト殿下と私を応接室に案内した。
「来週、マクレガー製薬初の新薬申請でコモンテクニカルドキュメントをアルーノ・ユニオンと太陽国に同時提出する予定なのです。現在は薬事部の編纂へんさん担当が最終確認中です。有事の際には戻らなくてはいけないので先に本題を話したいのですがよろしいでしょうか。」
「ああ、忙しいところ時間を作ってくれてありがとう。」
お父様は事情を知っているようで話はスムーズに進んだ。
ハミルお兄様にはアマニール侯爵の件について全て連携しているそうだ。ハミルお兄様も無理のない範囲で内偵しようしていたが、マクレガーからアマニールに居住を移すタイミングで留学させられてしまったらしく、殆ど情報はつかめていないそうだ。
おそらく、伯父様は全てが終わってからハミルお兄様をサルニア帝国に戻す予定なのだろう。とりあえず、お兄様がアマニール侯爵家の悪事に加担していなくて安心した。
お父様はアマニール侯爵家本邸の間取り図を書いて、金庫の場所や宝物庫の場所と開錠方法を教えてくれた。
「重要な書類が保存されている部屋は二つあります。屋敷に勤めている者も知っている宝物庫内の書庫がその一つ。もう一つはアマニール侯爵と後継者のみが入り方を知っている隠し通路からしか入れない部屋です。最重要書類や印章はその部屋に保管されています。念のため確認ですが、今回は差し押さえる証拠の場所の確認なのですよね。」
「もちろんだ。今回関わるメンバーは犯罪行為はご法度だからね。」
「招待客とはいえ、関係のない部屋に入るのは故意ならアウトじゃないですか。」
父は苦笑いする。
「いやいや、故意ではないから。」
そういうことにしておかないとね。

***Theonard. McGregor/*
リリーシアと一緒にレオンハルト殿下が来訪するという知らせを聞いて私は動揺した。
2人で突然、訪問してくると言われてまず思い浮かんだのが妊娠だったからだ。レオンハルト殿下とアダルベルト・マーキュリーが付き合っているというのが嘘であることを知っているし、殿下がリリーシアを好きだということも知っている。レオンハルト殿下は策士だが常識の範囲内で生きる理性的な人だ。だから近くに置いて娘の気持ちを自分に向かせるようにアプローチすることはあっても欲望に溺れて短絡的に部下を組み敷くようなことはしないはずだ。
しかし、娘が望んだら?
ありえない話じゃない。こんな風に下世話な想像をしてしまうのは男がどんな生き物か知っているからだ。
ひとつ屋根の下に若い男女が一緒に暮らしていれば深い中になるのは想像にかたくない。
いやいや、きっとアマニール家の件だ。そうにちがいない。
しかし、リリーシアには解決するまで情報を共有しないと思っていたのに・・・。利発な私の天使は状況と自分の得た情報で察してしまったのだろうか。

私が帰宅すると執事からリリーシアが15分ほど前に戻ったことを聞いた。子供は全員成人してしまって寂しさを禁じ得ない私は、3か月ぶりの娘との再会に心を躍らせていた。
イレーネに身なりを整えてもらいながらホールでレオンハルト殿下の到着を待っているとリリーシアが来た。
娘はクリーム色の飾り襟のついた濃紫のAラインのワンピースを着ている。髪は瑠璃色のリボンと一緒に横に編み下ろしていていてそれにあわせてサファイアのピアスをしている。
イレーネにラフすぎると言われて、娘は軽くこれでよいと伝えていた。皇族の公式な訪問ではないし軽装でも問題にならない。
娘は自分の魅力を良く分かっている。
彼女のように文句なしの美人は派手な装いをすると毳毳けばけばしい印象になる。シンプルにすれば彼女の顔や髪に目が行くし、服は濃い色のほうが肌の美しさを協調できる。
「そのピアス、殿下からいただいたのか?」
目ざとく殿下の瞳の色をつけていることを指摘する。
「ええ、よく分かりましたね。」
若い血気盛んな男がやることを全てやり尽くして青春を謳歌した私に分からないわけないだろう。プレゼント、口説き文句、デートに連れていく場所、相手の興味を引く会話方法・・・時代は違えど全部わかっている。
その熱量が下心から来ていることも。
長女に恋人ができて初めて、娘を守りたい父親の苦悩を知った。
(義父上がなかなか認めてくれなかったのもわかるな。)
私はレオンハルト殿下よりワイマール公子を推している。マクレガーを保護できるだけの財力があるという卑しい狙いもあるが、皇室の重責が無いし、何よりもシオン殿はギラギラしていないところが良い。
レオンハルト殿下は自分と同じ匂いがして不安なのだ。
彼は女遊びはしていないが、心に決めた相手に対して酷く執着しそうなのだ。私もイレーネに執着したが彼女はそれを受け止めてくれたから幸いだった。
同じベクトルで同じ熱量が無いと執着心は熱量が低いほうが苦悩するだけだ。シオン殿は気持ちを伝えつつもリリーシアを苦しめないように配慮してくれる。
しかし、父がどんなに千思万考しても決めるのは娘だ。
私は彼女の足枷をなるべく外してあげることしかできない。

プチルナという衛星アルネをイメージした淡い黄色のスカシユリの花束を持って殿下がいらっしゃった。ちなみに、花の情報は妻イレーネが聞いてもいないのに教えてくれた。
花をいただいたリリーシアはとても嬉しそうで、それを愛おしそうに見つめるレオンハルト殿下も幸せそうだ。二人の距離は3か月の間でかなり近くなったようだ。
妊娠の報告じゃないことを祈りつつ、新薬申請の件を伝えて先に本題を話したい旨を伝え応接室に移動した。
切り出された話は妊娠の報告ではなくアマニール家の件だった。そうか、そうか。やっぱりな。
一瞬ホッとして顔が緩んだのをレオンハルト殿下は見落とさなかったようで、彼の形の良い唇を握った手で隠して、ニヤッとしていた。
(私はやっぱりリリーシアにはシオン・ワイマール殿を推そう。)
「勝手知ったる私の生家アマナール邸なので同行したいのはやまやまなのですが、私は明日から来週にかけてネーダーランドと太陽国に出張するので協力できないのです。お任せしてしまって申し訳ありません。」
CTD(コモン・テクニカルド・キュメント)をアルーノ・ユニオン医薬品庁と太陽国厚生労働省に提出した後、開発や薬事の社員、関連会社やベンダーを呼んでパーティをする予定なのだ。
私がレオンハルト殿下に謝ると彼は首を振った。
「いや、差し押さえのときには協力してもらえるんだし、それだけでもありがたいよ。」
「恐れ多いことです。リリはあまり無茶をしないように。私の可愛い娘は内偵を探偵ぶって張り切りそうだから。」
ウッという顔をした娘とそれを優しく見つめるレオンハルト殿下を見てつい本音が出てしまう。
「大事な娘なのです。ほんの少しでも傷ついてほしくありません。こんな時に仕事を優先して傍にいてあげられないなんて悔しいです。」
「テオナードには守らなければいけない製薬会社の社員も薬を待っている患者もいるだろう。リリーシアの傍にいる役目は任せてほしい。」
堂々と言ったレオンハルト殿下を娘は眩しそうに見つめ、殿下も娘を愛おしそうに見つめた。娘の目に父親が移っていない事実に打ちのめされた。自分の役目が一つ終わってしまったことを認めなくてはいけない。私は何とか気丈に聞こえるように声を絞り出した。
「殿下、リリーシアのことをよろしくお願いします。」
レオンハルト殿下は微笑んだだけで何も言ってこなかった。

夕飯まで時間が少しあるので、薬事関連の本を閲覧したいという殿下の希望に答えてリリーシアが図書館へ連れていくらしい。
図書館・・・人があまりいない場所だが大丈夫だろうか。いやいや、女の子の実家でまさか不埒なまねはしないだろう。

***

私は夕食の間も会社から呼び出されることなく家族とレオンハルト殿下と過ごすことができた。夕食後、シガールームに殿下と行く。シガーは私も殿下も嗜まないがシガールームは男性の場所だから2人で話するためにはちょうど良かった。
「レオンハルト殿下は5年前と気持ちは変わっていないのですか?」
「変わったよ。前より気持ちは強くなっている。」
「そうですか・・・。文書の有効期限は残っていましたが、お断りしてからアクションが無かったので完全に消えた話なのかと思っていました。殿下には新しい候補の方々もいることですしね。」
「5年かけてマクレガー子爵に断られた理由を潰す準備をしてきたんだ。」
「凄い執念ですね。5年間、誰からも奪われないと確信していたのですか?」
「ライバルがワイマールなら他の家門が動くことはないからね。」
そしてワイマール公爵はレオンハルト殿下のをご存じだから動かないだろうと。
「しかし、シオン君はを知らないのでしょう。」
殿下の顔が一瞬歪んだ。
「そのようだな。全てが片付くまで動くつもりはなかったが、昨年の皇后陛下の茶会の様子を見て焦ってしまったのは否定できない。」
件の茶会でエスコートして、巷で流行っているカップルピアスと言われている二人の瞳と髪の色をイメージしたピアスをシオン君がつけていたことで二人は婚約目前と噂されるようになった。
さすがにこの策士の腹黒殿下も焦ったのだな。
というか・・・この人はやっぱり無理やり理由をつけて娘を皇城に住まわせているんだな。
やっぱり、この男の執着はすごい。

「娘にどこまで話すかは殿下にお任せします。ワイマールとは遺恨を残さないでください。・・・未来のサルニア帝国のために。」
ふぅ、とため息をついて「無論だ。」とレオンハルト殿下はおっしゃった。
****
レオンハルト殿下は今晩泊まって、リリと一緒に帰城される予定だ。殿下が滞在していれば我が家の警護が万全なのでリリーシアを守れるだろう、という理屈を述べられていたが、人目のある皇城よりも2人で堂々と一緒にいられることが本当の理由なのではないかと思う。

「テオナード様、飲み過ぎです。3ボトル目。」
妻が呆れたように言う。私は酒が強くて酔いたくても中々酔えないのだ。
「酔いつぶれたいのに、こんな時はこの魔王級に強い肝臓が憎い。」
「何が問題なの?殿下もシオン君もテオナード様みたいに5股かけるような淫らな行為をしない真面目な方々じゃないですか。」
「確かにレネに出会う前は5股かけていたけど、レネに一目惚れしてから他の女性に興味が移ったことは無いだろう。」
「5股かけていたときはテオナード様が18歳でわたくしが15歳でしたね。卒業と同時に結婚してすぐにレイアを妊娠しました。ちょうどリリくらいの頃ですね。」
分かっている。もう「将来はお父様と結婚する」といっていた娘たちが成長して父が一番好きな男性じゃなくなったことを。
娘たちを愛している男たちも自分の若い頃に比べたら遥かに真っ当だ。
でもそれとこれとは違う話だ。
「レネ。哀れな夫を一度だけでもいいからテオって愛称で呼んでくれよ。」
「・・・ごめんなさい、それはできません。テオナード様。」
うっ、もう泣こう。
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