アプロディーテの大殺界

佐藤ののり

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ルオンスの配属

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***Luons, Loisir /*
気持ちのいい夏の朝だ。まだ涼しい緑溢れる街をジョギングする。この時期らしいスカイブルーの空は今日の僕の気分を表しているようだ。
(ああ、お腹空いたな・・・)
ロワジール侯爵家の最近の朝ごはんは、流行りものが好きな母上の影響でナッツや謎のフルーツがたくさん入ったサラダとドロドロとした緑色の妙な甘さがあって草みたいな匂いがするスムージーだ。
父も兄も俺も炭水化物が恋しい。
二十歳の男にはかなり物足りない。でも今日の僕は興奮していて食事が物足りないのなんて気にしない。今日は皇城に配属されて初めて登城するのだ。僕は小さい頃から3歳年上のレオンハルト殿下に憧れていた。アダルベルト様と付き合っていると聞いた時は驚いたが、あの美貌なら僕もリナという恋人がいなかったら好きになってしまうかもしれない。訓練中に洞窟等で閉じ込められてたら間違いなく心臓が持たない。
それに今日は僕の恋人の親友で僕の大好きな女友達のリリにも3ヶ月ぶりに会える。つい3ヶ月前までは毎日学校に行ったら会えた友人たちはそれぞれの新天地に行き、くだらないことを言って笑い合ってた時間は社会人になると格段に減った。寂しいけれど大人になっていっていると実感する。
さて、気持ちを切り替えてルーキー刑事のキリッとした顔をリリにも見せてやろう。
母の話ではついにシオンと婚約すると社交界で話題になってるんだって。
友人同士が夫婦になるなんて嬉しいよな。

早めに登庁して警察庁の銀糸の刺繍が入った紺色の制服を着ると気合が入る。
8時10分前にアークトゥルス宮に到着すると直属の上司になるカイル・ルーズベルト警視正と共にレオンハルト殿下に挨拶に行く。皇太子殿下の執務室はアークトゥルス宮の2階にあり、2階には他に宮内庁の皇太子室のオフィスと休憩室、マシンルームそして応接室がある。5階にある殿下の部屋から殿下は8時ちょうどにいらっしゃった。
「帝国の若き光にご挨拶申し上げます。本日より1年間、殿下の側近として配属になりましたルオンス・ロワジールです。」
貴族としてやりなれたボウ・アンド・スクレープではなく、警察官として腰から45度頭を下げたお辞儀をした。
「サルニアに栄光を。期待しているよ。今日からよろしく。」
キラキラとした笑顔でレオンハルト殿下は右手を差し出してきた。僕は感動で泣きそうだ。
レオンハルト殿下はいつも冷静で柔和な雰囲気をお持ちの方だ。彼の笑顔には誰でも見惚れてしまう。さすが皇子様だ。顔だちはシオンも整っているけど、シオンはちょっと冷たい印象を人に与える。女の子たちはクールなシオンにキャーキャー言っているけれど。。
「そなたが来るのをリリーシアが心待ちにしていたんだ。今、色々と不安に感じているから友人として話相手になってあげてほしい。」
「・・・マクレガー令嬢が?ですか。わかりました。」
何だろうな・・・少し違和感を感じる。まるで妻か婚約者をいたわっているような言い回しだ。
午前中は業務内容の説明を受けた。皇太子殿下を含めた皇族の護衛は基本的にエリートコースだ。任期は3~5年で護衛業務は名目でデスクワークが多く、殿下の執務室内に専用のデスクが用意される。レオンハルト殿下が執務室から出る際には護衛として同行するが、1時間交代で持ち場を変える警備兵とは違い立ちっぱなしで殿下についているということはない。そもそも、皇族の近衛は皇族、大臣、議員、上級官僚との縁繋ぎの意味が大きい。近衛についているメンバーは特に問題を起こさなければ、全員が警察庁の幹部になるはずだ。専任の近衛が付くのは成人皇族のみでレオンハルト殿下は帝大を出た後、2年間は軍に所属していたので今のメンバーは全員2年目だ。僕の代わりに異動する先輩は1学年上の帝大法学部から警察庁にトップの成績で入庁した先輩だ。
先輩も今日から異動だ。つまり社会人経験ほぼゼロの僕は今日から前任者の代わりというわけだ。
ドキドキする。
「しばらくは戦力として考えてないから、前半シフトで誰かについてね。」
・・・ですよね。やっぱりまだ戦力外か。
こう見えても一応、キャリア官僚。早く仕事を覚えないとね。
皇太子殿下の執務室は広く、殿下のデスクは執務室の中にさらに作られているガラス張りの部屋にある。その部屋には殿下のデスクと数名が座れる会議机と椅子と休憩用のソファがあった。ガラス張りの部屋は通常は透明でドアは開けっぱなしにするらしいが、スイッチでスモークにできる。
午前中はデスクワークが中心。レオンハルト殿下も書類仕事をこなしていく。来月からは定期議会が開かれるので午前中は議会関連を中心とした執務になる。

午後イチは会議だった。僕は頭の良い部類の人間だと思っていたけれど、会議の内容は正直さっぱりわからなくてめちゃくちゃ凹む。リリは理解しているんだろうか・・・。
とにかくメモを取って議事録をまとめるように言われた。議事録をとると、手っ取り早く仕事を覚えられるらしい。
議事録は会議で話し合った内容の言質であり、記録者側が主導権を握れる。記録者の書いた内容に異議がなければ会議の参加者はそのまま反応しない。そんなわけで、適当に内容を見ないで流していると後で痛い目にあうこともあるらしい。
会議が終わるとまたデスクワークだ。僕は色々な資料と睨めっこしながら議事録を清書する。殿下は来訪者がいると反応し、入室してくる来訪者を見て少し落胆する。注意深く見ないと気付かない程度の落胆なのだけど。
誰かを待ってるのかな?
15時過ぎにリリが書類を持ってやってきた。僕のことを見ると花が綻ぶように笑った。本当に嬉しそうにしている友人に久々のハグをしたいけれど、今は仕事中だから。リリが小さく手を振ったので僕も小さく手を上げた。
彼女はレオンハルト殿下のいるガラスの個室に向かっていった。殿下は他の官僚達がきた時と違って笑顔でリリを迎えていた。
特段、珍しいことではない。おじさん達が訪ねて来るときと違って、リリのような可愛い女の子が休憩という潤いが欲しい時間帯に訪ねてくれば大抵の男なら嬉しくて思わず笑顔になってしまうのだろう。
あれ?でも・・・
殿下はリリをずっと見ている。眩しそうに少し目を細めたり、見守るように微笑んだり。それはシオンがリリを見ている表情とよく似ている。

レオンハルト殿下もリリに恋しているんだな。
2人の様子を見ていると、僕は何故だかわからないが少しだけ気持ちが沈んだ。親友と尊敬する人が同じ女性を好きになってしまう状況は喜ばしいことじゃない。三角関係の末路は最低で1人、最大で3人が気持ちを押し殺さなくてはいけなくなる。僕は3人とも好きだから3人とも幸せになってもらいたい。

殿下を見るリリの目にも熱が籠っている。一秒でも長く見つめていたい、こっちを見てほしい、声を聴きたい・・・そんな恋をしている人のオーラが出ている。
でも2人が手を取り合ってしまったら、彼女は社交界では叩かれ、国民からは好奇の目で見られるだろう。
ワイマール公子を捨てて皇后になるのだから彼女が欲を出したと言われても仕方がない。
社交界ではシオンとの婚約を匂わせておいてレオンハルト殿下に鞍替えすれば嫉妬も相まって批判を受けるだろう。市井では3人が受けている祝福をネタにタブロイド紙が騒いで国民達はあることないこと妄想するはずだ。
神話では、女神のヘラの命でヘパイストスと結婚させられたアプロディーテはアレスと出会い恋に落ちて不倫してしまう。
3人とも祝福を受けている神とは全く正確が違うが神の祝福を受けた王侯貴族達の三角関係を世間は面白がるはずだ。でも、僕の友達の恋は障害が大きいが殿下が本気で対応すれば美談にして世論の支持は得られるかもしれない。社交界も殿下の寵があれば何年かすれば妃殿下に対峙する人はかなり減るはずだ。
じゃあ、何故モヤモヤするのか。
リリとシオンが結婚すれば、僕とリナのカップルとライラとその伴侶でずっと学生の時と同じようにつるんでいられると思っていた。その関係が壊されてしまうのがきっと嫌なんだ。
友達の幸せを願っているのに僕は案外、利己的なのかもしれない。

気が付くとリリが僕の席に来ていた。
「お疲れ様です。お茶を淹れましたので良かったらいかがですか?」
他人行儀に話しかけられたのでこちらも同様に。
「ありがとうございます。」
「勤務が終わったら警察庁に戻るのよね?あとで宮に戻ってきてご飯食べない?ルオンス成分を補給したいわ。」
リリは顔を近づけてきて小さい声で言った。ああ、もう殿下がムッとしているじゃないか。

****

今日はリリも頑張って仕事を終わらせて18時にアークトゥルス宮の彼女が割り当てられている部屋の応接室に招かれた。2人きりにはなれないので彼女についている侍女のウィークスヴィル令嬢も部屋にいた。お互いに近況を話してしばらくすると夕飯の案内が来た。
「別に2人でご飯でも良かったのに」
リリがつぶやく。そんなこと言って本当は殿下といられて嬉しいくせに。
食事の際には人払いをされて、アマニール関係の事件について聞いた。リリの伯父上の悪事が壮大すぎてショックを隠せなかった。
彼はどれだけの人の人生を狂わせれば気が済むんだ。

「レオの護衛のメンバーは全員に情報を連携しているが、この件について話すときには周囲に細心の注意を払ってくれ。口外法度だから家族にも話さないように。」
そう、アダルベルト様に注意された。
「あ、そういえば明日は歓送迎会なんですよね。私は両陛下のところに伺うと申請しておかないと。」
「せっかくだし、リリーシアも来たら?マーカスとはなかなか会えなくなるんだし。」
どうせ殿下の護衛で公安が出動するから、と言われてリリも明日の歓送迎会に紅一点で参加することになった。
(強引だな。)
一秒でも長く一緒に過ごしたいのは殿下も同じらしい。
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