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白蛇は尊き陽を望む
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非常に残念な事に私は存在していた。
そう簡単に消えることができない事に嘆き、また鬱々した気分になったが人が入ってこないこの場所は私の安息地となった。人里に下りた時は人の感情に左右される事が多くとても不安定だったが今はそれはない。しかし孤独な事だけは変わりなかった。
四季は三度巡り新しい春がやって来た。
その頃の私はボケた老人の様に心には何もなく。ただ日々が過ぎて行く流れを感じていた。このまま何もしないままで良い。そう思っていたのに私の心を乱す存在はまたしてもやって来た。
最近何度か人が訪れたとは思っていたがてっきり迷い込んだ登山客かと勘違いして捨て置いたばかりにこんな事になってしまった。作業服の男たちが十人程やってきて忙しなく動いている。手にはハンマーやらチェンソーを担いでいる。ここを取り壊す気なのか。深くため息をつく。どうしたものかと思ったが最近この軒下に巣くっているタヌキの親子の事を思い出した。生まれた仔タヌキたちは怖いもの知らずで私の周りを駆け回りひどい時など私の横で昼寝している時もあった。今は人の気配を感じて離れた場所からこちらを伺っている。私は重たい体を久々に持ち上げた。どうしたものかと考えあぐねていると一番下っ端なのだろう荷車を何度も往復させていた男が私の身体に躓き大きく転倒した。しかもその憐れな男は岩にぶつかりダラダラと血を流したのだ。実に不快な臭いである。怪我をした男に皆が慌てて駆け寄り応急処置をしている。臭いと雑踏から逃れたい一心で身体をズルズルと引きずるとその場にいた三人の男が顔を上げて周囲を見回していた。
「何か今聞こえなかったか?」
「そんな場合じゃないだろう。大丈夫かこれで押さえろ!」
「いや・・・俺にも聞こえた何かズルズル引きずるような音が・・・」
もう一人の男は顔を真っ青にして首を上下に振っていた。波長があったのか。こういう人間は偶にいるが三人も固まっているとは珍しい。男達はすぐに帰り支度を整えると下山して行った。
仔タヌキたちは喜び私の前でぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。特別何かした訳ではなかったが安息の地は守られ私も一息ついた。このまま、また忘れてくれれば良いのだがと思いながら定位置に戻った。
そんなに甘い話はなかった。
一週間も経たない間に神職を伴い男たちは再び姿を見せた。・・・懐かしい匂いだった。知らぬ存ぜぬで貫こうと思ったが、一際大きな力を感じて私はそちらを見ずにはいられなかった。優しく包み込むようなその気配は私には毒だ。呻きながら隅に身体を寄せる。
「疲れは取れたかの?」
男は何もかも知っているそんな風に私に尋ねた。
「ここは良い土地だったじゃろ?静かで生き物たちは生き生きとしていてわしもここが好きじゃ」
落ち着いた声は耳心地がとても良く私を不安にさせる全てを拭いさるようだった。それでも体を揺らし威嚇する。
「墨渦。君は沢山の人を悲しませてしまったのぉ」
「・・・悲しませる?それはこちらの台詞だ」
「やっと声が聞けた」
優しく微笑む男は年老いているがしっかりと肉付きの良い身体で立派な髭、白く長い髪はライオンの鬣のようだ。そして一番に目を引くのは頭部生えているであろう大きく長い、鹿の様な角だ。もちろんこれは人間ではない。初めて話したがわかる、神だ。
「白萩様」
老人の後ろに控えていた短髪の無骨な男が言う。白萩という名には聞き覚えがあった。龍神だ。
「人を呪い殺したモノに温情など不要です。何よりあなたの領域で沢山の氏子たちに害を与えた。こんなもの生かす価値はない。今すぐに消し去りましょう。貴方様は忙しい。時間の無駄でしかない」
腰に付けた刀にはずっと手がかけられ、釣り目の鋭い視線が刺さる。その隣には線の細い物腰柔らかそうな淡い色のおかっぱの男が錫杖を持ち立つ。両者は主人の言葉を大人しく待っている。
「わしと一緒においで。黒渦。ここは療養には良い所じゃが酷く寂しい。ここより暖かい場所へ行こう」
「そんな所はない。反吐が出る」
口を大きく開けシャーと威嚇したまま白萩に向けて飛び掛る。さぁその剣で私を斬れ、やっとこれで終わるのだ。苦しいもう考えずに済む。そう思ったのに無情にも私を叩き落としたものはおかっぱの男の錫杖であった。
「やめなさい、右近止めるんじゃ左近」
白萩が止めるまで男は私を殴り続けた。ボロボロになった私の身体を白萩が手のひらに乗せる。いつの間にか身体は小さくなっていた。白萩は告げる。
「もう1度人を愛し、慈しみなさい。そうすればまた神として成就することもあるじゃろう。さぁ一緒に行こう」
愛す事ってなんだろう?呪う事?慈しむ?された事がないから分からない。私は神になどなりたくない。
ぽろぽろと涙が零れ落ちた。今わかる事は白萩の手が凄く暖かい事だけだった。
そう簡単に消えることができない事に嘆き、また鬱々した気分になったが人が入ってこないこの場所は私の安息地となった。人里に下りた時は人の感情に左右される事が多くとても不安定だったが今はそれはない。しかし孤独な事だけは変わりなかった。
四季は三度巡り新しい春がやって来た。
その頃の私はボケた老人の様に心には何もなく。ただ日々が過ぎて行く流れを感じていた。このまま何もしないままで良い。そう思っていたのに私の心を乱す存在はまたしてもやって来た。
最近何度か人が訪れたとは思っていたがてっきり迷い込んだ登山客かと勘違いして捨て置いたばかりにこんな事になってしまった。作業服の男たちが十人程やってきて忙しなく動いている。手にはハンマーやらチェンソーを担いでいる。ここを取り壊す気なのか。深くため息をつく。どうしたものかと思ったが最近この軒下に巣くっているタヌキの親子の事を思い出した。生まれた仔タヌキたちは怖いもの知らずで私の周りを駆け回りひどい時など私の横で昼寝している時もあった。今は人の気配を感じて離れた場所からこちらを伺っている。私は重たい体を久々に持ち上げた。どうしたものかと考えあぐねていると一番下っ端なのだろう荷車を何度も往復させていた男が私の身体に躓き大きく転倒した。しかもその憐れな男は岩にぶつかりダラダラと血を流したのだ。実に不快な臭いである。怪我をした男に皆が慌てて駆け寄り応急処置をしている。臭いと雑踏から逃れたい一心で身体をズルズルと引きずるとその場にいた三人の男が顔を上げて周囲を見回していた。
「何か今聞こえなかったか?」
「そんな場合じゃないだろう。大丈夫かこれで押さえろ!」
「いや・・・俺にも聞こえた何かズルズル引きずるような音が・・・」
もう一人の男は顔を真っ青にして首を上下に振っていた。波長があったのか。こういう人間は偶にいるが三人も固まっているとは珍しい。男達はすぐに帰り支度を整えると下山して行った。
仔タヌキたちは喜び私の前でぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。特別何かした訳ではなかったが安息の地は守られ私も一息ついた。このまま、また忘れてくれれば良いのだがと思いながら定位置に戻った。
そんなに甘い話はなかった。
一週間も経たない間に神職を伴い男たちは再び姿を見せた。・・・懐かしい匂いだった。知らぬ存ぜぬで貫こうと思ったが、一際大きな力を感じて私はそちらを見ずにはいられなかった。優しく包み込むようなその気配は私には毒だ。呻きながら隅に身体を寄せる。
「疲れは取れたかの?」
男は何もかも知っているそんな風に私に尋ねた。
「ここは良い土地だったじゃろ?静かで生き物たちは生き生きとしていてわしもここが好きじゃ」
落ち着いた声は耳心地がとても良く私を不安にさせる全てを拭いさるようだった。それでも体を揺らし威嚇する。
「墨渦。君は沢山の人を悲しませてしまったのぉ」
「・・・悲しませる?それはこちらの台詞だ」
「やっと声が聞けた」
優しく微笑む男は年老いているがしっかりと肉付きの良い身体で立派な髭、白く長い髪はライオンの鬣のようだ。そして一番に目を引くのは頭部生えているであろう大きく長い、鹿の様な角だ。もちろんこれは人間ではない。初めて話したがわかる、神だ。
「白萩様」
老人の後ろに控えていた短髪の無骨な男が言う。白萩という名には聞き覚えがあった。龍神だ。
「人を呪い殺したモノに温情など不要です。何よりあなたの領域で沢山の氏子たちに害を与えた。こんなもの生かす価値はない。今すぐに消し去りましょう。貴方様は忙しい。時間の無駄でしかない」
腰に付けた刀にはずっと手がかけられ、釣り目の鋭い視線が刺さる。その隣には線の細い物腰柔らかそうな淡い色のおかっぱの男が錫杖を持ち立つ。両者は主人の言葉を大人しく待っている。
「わしと一緒においで。黒渦。ここは療養には良い所じゃが酷く寂しい。ここより暖かい場所へ行こう」
「そんな所はない。反吐が出る」
口を大きく開けシャーと威嚇したまま白萩に向けて飛び掛る。さぁその剣で私を斬れ、やっとこれで終わるのだ。苦しいもう考えずに済む。そう思ったのに無情にも私を叩き落としたものはおかっぱの男の錫杖であった。
「やめなさい、右近止めるんじゃ左近」
白萩が止めるまで男は私を殴り続けた。ボロボロになった私の身体を白萩が手のひらに乗せる。いつの間にか身体は小さくなっていた。白萩は告げる。
「もう1度人を愛し、慈しみなさい。そうすればまた神として成就することもあるじゃろう。さぁ一緒に行こう」
愛す事ってなんだろう?呪う事?慈しむ?された事がないから分からない。私は神になどなりたくない。
ぽろぽろと涙が零れ落ちた。今わかる事は白萩の手が凄く暖かい事だけだった。
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