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第7章 ノーセスト王国編
7-1 神の武器、再会
しおりを挟むただ静かな夜だった。
何百年、何千年、何万年と変わらぬ夜があった。
月の灯りと星の瞬きだけが闇を照らす。
変わらぬ筈の風景に違和感が現れる。
その夜にひとひらの闇が舞っていた。
月の灯りを避けるように。
万が一にも見つからないように羽毛の如くふわふわと・・・
誰も知る事はない。
誰にも知られる事はない。
理の外の存在だとて油断はしない。
決して管理者たる神々に悟られないように。
幾年そうして来ただろうか?
気が付けば闇は自分を捜し集めていた。
何の思考もなく渦巻く狂気という感情だけを携えて。
そんな闇に自分が失われた感覚が伝わった。
だが動じる事はない。
思考すらしていないのだから。
それが二度、三度と続いた。
だが慌てる事はない。
ただ次の狂気を迎えに行くだけだ。
踵を返し自分を捜す。
夜の闇に紛れてゆっくりとゆったりと。
今度は渦巻く狂気が晴らされる事なく解放された。
企んでいた悪戯が形を成す前に解き放たれた。
それが何度か続いていた。
だが闇に不満は無い。
予定が少し前倒しになっただけだ。
・・・もうすぐだ・・・
闇は時と共に意識を生じていた。
それでも自分の欠片を慌てる事なく集めていく。
ただ自分の望みを叶える為に。
オリハ達は獣王国の王都を出る際に馬と馬車を借りた。
各町々に支店があるそうだ。
前金で支払えばどの町でも返せる仕組みになっているらしい。
紛失や盗難はあまり気にしないようだ。
馬や馬車に被害があった場合だけ返却時に追加金を払えば良いらしい。
正直者な獣人らしい商売だとオリハは納得する。
馬車はガタガタと進む。
オリハの重い足取りを他所にパカパカと馬は歩く。
道中に襲って来た魔物はナツとフユの実戦経験になった。
武闘大会で一皮剥けたのか危なげなく魔物を狩っていく。
打倒獣王は二人の胸に残ったままなのだろう。
宿屋も利用したが夜営をする時はオリハ一人だ。
子供達にさせるような真似はしない。
睡眠が大事だとは[侍女の心得]からの知識だ。
気が付けば警戒しながら寝る術もオリハは身につけていた。
少し雪がチラつき出した頃、魔人国との国境へと辿り着いた。
子供達には事前に話してあった。
アキの父親であるエインに会う事を。
「我の夫ではない」としっかりと付け加えて。
ハルは首を傾げていた。
何せ当時2歳だ。
だが顔を見れば恐らく思い出すだろう。
何せ丸盆だ。
アキは当然覚えてはいない。
オリハは実の父という存在は話していない。
エインが父に足る者だと信じているからだ。
ナツとフユは「「ふーん」」と言いながらも尻尾を揺らしていたので興味はあるようだ。
そして少し変わった者だと説明した。
それ以上は口にするのは何故か憚れた。
オリハは公爵領の者達がそう言い留めた事が理解出来た。
エインの人と柄は悪くないからだ。
あくまでも変態なだけで。
国境の町へ着いたのは日が落ちる前だった。
3年ぶりに見る町の様子が少し異なっていた。
まず商店が増えた。
そして露天も立ち並んでいる。
それに応じて獣人の数が増えていた。
流石に王都と比べるとまだまだだが前との差は歴然だ。
間違いなく変態の影を感じる。
国境を越えるのに日数がかかる為、宿より先に橋の手前の検問所を訪れた。
夕刻前だからか人はまばらだった。
「すまぬ、橋を渡りたいのだが」
そうオリハは犬人の警備の者に声をかけた。
書類を渡され身分証の提示を求められる。
ギルドカードを手渡すと書類を書こうとする手を止められた。
「魔人国側から直ぐに渡れるよう手続きが済んでいます、このまま渡って下さって結構ですよ」
間違いなく変態の手練だ。
そして荷物の検査をされなかった辺り、魔素の対策も終わらせているのだろうと察する。
オリハは呆れを通り越して感心した。
やはり大した者だと。
橋の中程で微かに声が聞こえた。
ピクっと反応したのはオリハとナツとフユだ。
オリハは二人の背中を叩いた。
「・・・しっかり挨拶しておけ」
そう告げると尻尾を嬉しそうに振りながら頷いた。
離れていても忘れるわけがない。
フェンリルは立派な母なのだから。
「「わおおおおーんっ!!!」」
元気だ、頑張る、大好きだ。
そう遠吠えで返した。
今回の別れは前とは違い二人とも笑顔だった。
先程まで海の匂いと景色にキョロキョロとしていた。
だが二人は鼻息荒く橋の上を歩いた。
きっといつも見てくれている母に恥じぬように。
別れの後には出会いが待つ。
オリハは橋向こうから匂いを感じた。
宿屋の老人、グレイズがオリハに向けたような親愛の匂いと、芳醇な熟成肉を思わせる感情の匂いだ。
特に親愛の匂いがより濃く感じられた事をオリハは素直に喜んだ。
エインを覚えていないアキに対して向けられたその感情に思わず頬が緩む。
そして遠目にも分かる丸い物体に手を振った。
恐らく頭を下げたのだろう。
やや楕円形だったのが真円に近づいた。
(・・・いつからああしておるのだ?)
考えてみれば今日来るとは知らない筈だ。
そして夜間は閉鎖されるとはいえ時間も不明だ。
オリハは手紙の中身を思い出した。
(まさかエインの奴・・・この1ヶ月の間ずっと待っておったのか?)
そう思うとその執着に底しえぬ恐怖を感じると共に笑いが込み上げる。
(・・・クックックッ・・・変わらぬな)
また始まる腐れ縁との関係に気を引き締めながら近づいて行く。
その間も丸い物体は頭を上げることはない。
そして横にいるマリアも。
オリハはハルとアキを抱き上げ気持ち早足で歩いた。
再開を待ち侘びてくれた友への返礼として。
近づいて分かった事がある。
エインから僅かな恐怖と怯えを感じた。
だが上げた表情からそれを思わせる事はない。
それを見て全てを受け止めるつもりなのだろうとオリハは感じた。
アキから罵られるかも知れない。
嫌われるかも知れない。
捨てられたと思っているのかも知れない。
その感情をアキの父親として。
「ナツ様とフユ様で宜しかったでしょうか?」
「「は、はい」にゃ」
「初めまして、私めエインと申します、オリハ様に鍛えられたのでしょうか?お二方共、大変お強そうで!」
そう言いニコニコと手を差し出す。
「お強そう」の褒め言葉に尻尾を反応させ二人は照れながら手を握り返した。
相変わらずの手管だとオリハは苦笑いを浮かべた。
次に膝をついた。
「ハル様、お久しゅう御座います・・・エインめをお忘れで御座いますか?」
オリハの後ろに隠れて首を横に振った。
恐らく顔を見て思い出したのだろう。
チラチラと隠れながらニコっと笑顔を見せた。
エインもそれを見て優しげに微笑んだ。
立ち上がり胸に手を当てこうべを垂れた。
「オリハ様もお久しゅう御座います・・・後ほど獣王国のお話などゆっっっくりと聞かせて頂きとう御座います」
「・・・断るっ」
魔王でも発動しているかのようなドス黒い物を感じてオリハは顔をプイっと背けた。
肉汁がネットリとしたような感覚を覚えた。
そしてハルの反対側からチラッと顔を覗かせるアキに向き直る。
オリハはやはり変わらないなと眉を顰めた。
本当は1番に声をかけたかったのだろう?と。
「・・・初めまして、と言うべきでしょうか?」
そう真面目な顔でアキを見た。
ビクっとし隠した体をオリハがソッと前へ促した。
エインは胸に手を当て深々とこうべを垂れた。
「私はエインリッヒ・フォン・ドゥエムル、アキ・・・貴方の父です」
胸からは手を離さずにまだ3歳のアキを見た。
王族として我が子に相応しい態度で。
返礼などオリハは教えた事はなかった。
だがその見つめられた視線に戸惑いながらもアキは返した。
鏡に映したように。
懸命に「父」と名乗った者の真似をした。
「あ、あき・ふぉん・どぅえむるです・・・」
まだ辿々しさの残る仕草だった。
だが初めて会った父からの教えに懸命に応えようとした。
その姿にエインは膝をつき手を広げた。
そして顔に憂いを、謝罪を込め願いを請う。
「アキ・・・抱きしめても良いでしょうか?」
アキは後ろのオリハを不安そうに見上げた。
そのアキに強く頷いた。
大丈夫だ。
それは立派なアキの父親だと。
恐る恐るエインに触れるように抱きついた。
何と言えば良いのかも分からなかっただろう。
オリハからは「仕方なく」そう聞かされていた。
だが子供心に何度も自問した筈だ。
ほんとうはきらわれたんじゃないの?
そんなアキをエインはギュッと抱きしめた。
大きくなった姿を確認するように強く。
「・・・大きく・・・なりましたね」
その声に身を震わせ服にしがみついた。
顔は見せない。
幼子ながら自尊心の高い子だ。
自分が泣いている所を兄や姉に見せたくなかったのだろう。
11月の秋の夕焼けが辺りを照らす。
重なる金色の髪がより輝くように。
魔人国の暖かく優しい風が辺りを包んだ。
父と子の再開を祝福するように。
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