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第7章 ノーセスト王国編
7-2 神の武器、願い
しおりを挟む町は街へと変わり華やぐ。
国境境の町が賑わっていた理由は魔人国側にあった。
変わったのは空気だ。
魔素が魔道具により大気中を漂う事を忘れてしまったようだ。
その空気により魔人国でのナツやフユの滞在が可能となっている。
そして喧騒という空気を変えた者達は獣人という名の温泉目当ての観光客だ。
観光客なのは各々の服装により想像出来た。
その服は前あきのワンピースのようになっており、袖を通して身に巻きつける。
腰帯でそれを縛る。
この服はエインによると[浴衣]というそうだ。
温泉にはコレだと他世界からの迷い人による文献にあったらしい。
浴衣には尻尾用に穴が空いている物と空いていない物がある。
穴が空いている物は当然獣人用だ。
そしてそれを用意する必要がある程賑わっていた。
橋向こうにいた獣人は恐らく予約待ちなのだろう。
その予約待ちの温泉宿の部屋もエインが1ヶ月程貸し切っていたようだ。
オリハも久し振りの温泉に身体を埋めた。
男女別になっておりナツが嫌がるアキを引き連れて行った。
エインもここに泊まっているようで、親子の親交を高めるのに裸の付き合いは丁度良いだろうとアキに手を振った。
「・・・毛がヌルヌルするにゃー」
フユは露天の岩風呂で天を仰ぎプカプカと浮かんでいた。
言葉とは裏腹に表情は満足そうだ。
オリハも久し振りの温泉に肌を嗜ませる。
岩を背に脚と手を宙へ投げ出し大きく伸びをした。
「んーっ・・・あぁっ・・・極楽だ」
ハルがそれを見て5歳児の短い脚を湯の外へ投げ出そうと試みるも、残念ながら頭を湯の中へ撃沈させていた。
「にゃはは!ハルにはまだ早いのにゃ」
それを見たフユが白い毛に覆われた片脚の膝上をプルプルと湯の外に出した。
ドヤ顔を向けるが顔は辛うじて外に出る程度だ。
そんなフユもまだまだこれからの10歳児だ。
むぅっと頬を膨らませたハルがフユの顔にお湯を掛ける。
「やったにゃー」「きゃー」と湯の掛け合いを始めた。
「こら、やめぬか、他の者に迷惑だろう?」
制止するも「「きゃっきゃ」」と止める気配の無い二人をガシっと担ぎオリハ達は水風呂へと突入していった。
「「「ひゃーっ!」」」
これはこれで迷惑だと思う。
その声を隔てる壁の向こう側で聞く男達のテンションは異様に低かった。
「・・・あっちがよかった」
「私めも混ざりたい・・・」
そんな湯の外に飛び出す大小二つの金髪頭を見てナツは「そっくりだ」と呟いたとか。
湯上りのオリハの前に冷やされた日本酒が置かれた。
エイン曰く、穀物の栽培と輸入が安定するようになり国内でも製造が出来るようになったとか。
「さあっ!どうぞ皆様お召し上がり下さい」
そう出された料理の食材も国産で賄えるようになったと丸盆の上にツンと鼻高く言った。
オリハも本職の料理に舌鼓を打つ。
子供達も「おいしいっ」と顔を綻ばせながら食事を楽しんだ。
他の部屋からも同様の声が聞こえてくる。
魔人国の食文化がガラッと変わった事が充分に分かった。
「アキ、美味しいですか?」
「はいっ」
席を隣にし、それ同様に心の距離も縮まった父と子を酒のあてにしながらオリハは日本酒を呷った。
子供達は腹も膨れ騒ぎ疲れた所為か電池が切れたように眠った。
子らを担ぎ布団に放り込んでから、オリハは縁側に腰掛け月を眺めていた。
酒に火照った身体を風が程よく冷ましていくのを感じながら。
他の部屋からは未だ談笑が聞こえる。
一つの気配が近づいて来るがオリハは振り向かなかった。
誰かは分かっているからだ。
「・・・こちらにいらっしゃったのですね」
「ああ」
月から目を離さずにオリハはそう答えた。
変わらずエインに恋愛感情は抱けない。
だが目を見てしまうと漂う匂いと感情に絆されない自信がなかった。
「隣宜しいでしょうか?」
「・・・ああ」
のしのしと音がした。
そして歩き方とは異なり、オリハの横に体重を感じさせない丁寧な座り方をした。
「・・・国内は安定して来ました、後は他国との協議でしょうか」
「大した者だ、尊敬を通り越して呆れてしまう」
「いえいえ、私めなどまだまだです、オリハ様こそレオンパルド様に口添えをして頂いたと聞いております・・・誠に有り難う御座います」
「我の為でもある、礼などいらぬ」
「それでも言わずにはいられません、オリハ様がいて下さるから私めも前に進めるのです」
その言葉に肯定も否定もしなかった。
我はきっかけを与えたに過ぎない。
耳に届く喧騒もこの男の意思と力だ。
オリハはそう思っている。
「3年経ちましたが私めの気持ちは変わりません・・・オリハ様、愛しています・・・貴女の横でこの先の世界を共に見とう御座います」
横から強い視線を感じる。
そして胸に痛みを感じる。
己が共に見られるか分からない存在である事に胸を痛めた。
「我は・・・」
ヒトデハナイ・・・その言葉を飲み込んだ。
この男は恐らくそれを弊害としないだろう。
故に望まないのはオリハの心境でしかない。
だからもう一つの本音を告げる。
月から目を離し満月のような顔に目を向けて。
「我は・・・お主が友でいて欲しいと願っている」
他の願いを言えばそれを叶えるだろう。
「鞭で叩かない」「変態をやめろ」「痩せろ」
間違いなくエインはそれに喜んで応じるだろう。
だがそれはオリハが友として好感を抱くこの男ではない。
それらも全て含めてこの男なのだ。
だからオリハは否定される願いを口にした。
エインの目には女神が映る。
月明かりに照らされた銀の髪がサラサラと靡き輝きを増す。
音を奏でた唇に目を奪われる。
自分に向けられた音に偽りは感じられない。
憂いと憐憫を宿した瞳に思わず飲まれそうになった。
その願いを叶えたい欲求すら沸き起こる。
「・・・有難き幸せに御座います・・・ですが私め、それだけは受け入れる事が出来ません」
「・・・そうか」
分かっていた答えにオリハは目を逸らした。
酒精の含む息を地に向けて「ふぅ」と吐き出した。
その仕草と媚薬のような吐息はエインの心を折るには充分だった。
足が止まるには充分な痛みだった。
その瞬間に全てを投げ出し全てを捨て去り思考の停止すら望んだ。
だがエインは拒絶され揺れる心を飲み込んだ。
オリハの為にも自分の為にも歩みを止める訳にはいかない。
だから願った。
「・・・これまでのご褒美を強請るなど、下僕として端ない行為だとは重々承知しております」
「ん?・・・んっ・・・」
背はオリハの方が高い。
だが座高のあるエインと頭の高さが同じだった。
エインから届いた悲痛な感情を前にオリハは思わず振り向いた。
そのお陰かオリハの唇と寄せたエインの唇が重なるまでに時間はかからなかった。
それが劣情を含む物ならオリハは拒絶出来ただろう。
エインから感じたのは心の中から子供達の感情が途絶えた時の自分に近しいモノだった。
だからどうしても突き放せずにそっと目を閉じた。
受け入れられた事に心が温もりを取り戻すのを感じる。
オリハの唇から伝わる温もりが心に伝わる。
エインは分かっている。
これは同情だと。
だから離れたくないと我儘を言う唇を矜持で離した。
同情ではなく・・・いつか愛情で・・・
重ねた唇が離れて目を開いた女神に誓った。
願いを叶えてくれた御礼に。
「必ず・・・やり遂げてみせます・・・」
スッと立ち上がりのしのしと立ち去った。
その背が消えるまでオリハは視線で見送った。
そして天を仰ぎ酒精を大きく吐き出した。
「・・・絆された・・・」
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