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第7章 ノーセスト王国編
7-7 神の武器、責任
しおりを挟む月が顔を隠す曇天な夜空の下、王都の広場を歩く闇に溶けた影があった。
街には既に夜の帳が下りている。
その影は隠れる訳でもなく気配を消す事もなく歩いた。
星明かりに慣れれば目に付く程度の存在感を放ちながら。
オリハはワイングラスと瓶を手にフラフラと歩いてみせた。
そしてベンチへと腰掛ける。
傍目には良い仕事をした自分へのご褒美に映るだろう。
だが月が出ていれば表情でそうではない事が分かった筈だ。
襲撃者を待ち侘び腹立たしくも愉悦に浸るその表情が。
エインからは「全員生きたまま捕まえて下さい」と言われている。
宿にはナツもフユもエインもいる。
オリハは子供達に被害が及ぶ事は考えていない。
宿を壊しては店主に申し訳なかろう。
ただそれだけの話だ。
トクトクと音を立てワインがグラスに注がれる。
酒に酔う事はあってもザルなオリハは潰れる事はない。
葡萄の芳醇な香りで嫌な臭いを誤魔化しながらその時を待っていた。
オリハが宿を出た後、エインが教師となり宿の食堂で勉強会が行われていた。
そのつもりはなかったのだが、子供達からの質問攻めを前に自然とそうなってしまっていた。
何故直ぐに捕まえられないのか?
その問いから始まった。
それに証拠が必要なのだとエインは説いた。
組織立った権力を持つ犯罪集団を前にして、命令を下した頂点の者を捕らえなければ、何の意味も無いのだと。
「私めがオリハ様のショーツが欲しいとフユ様にお願いしたとします」
冗談だと顔に浮かべてエインがそう言った。
どの世界においても、どの時代においても下ネタは子供達にとって鉄板ネタだ。
宿から笑い声が外に漏れる。
「それがオリハ様に見つかった時に、私めが知らないと言ったらどうなります?」
「それでもママにエインが打たれるにゃ」
また笑い声が外に漏れた。
「そうですね、それはフユ様とオリハ様に信頼関係があるからです、では金で雇われた見知らぬ人だったらどうでしょう?」
「父上がうたがわれるだけ・・・ですか?」
「その通りです、雇った者が私めが命じたと言っても疑いが深まるだけです・・・ただそれが5人であったり10人であったりした時に漸く事実となるのです、ついでに命令した書類などが出てくれば完璧ですね」
エインは説明の為に一つ嘘をついた。
オリハなら疑うのではなくエインが黒幕だと断定するだろうと知っているからだ。
不満を感じなくも無いが何せ自他共に認める変態だ。
そして確かに欲しいと思っている。
ただそれはオリハから下賜される事が前提だ。
「何であのおじさんこんなことするの?」
ハルが小首を傾げてそう聞いた。
これにはエインも戸惑った。
自分がそこまで説明しても良いものかと。
オリハでさえ明言を避けている節があった。
だからしなかったのではなく、したくなかったのだろうと判断した。
「・・・種族による寿命の差のせいなのです」
ならば自分が、エインはそう思った。
(怒られるかも知れませんね・・・)
自然と笑みがこぼれた。
ドMだからではない。
オリハの代わりに泥を被れるのだと喜んだのだ。
そして首を傾げる子供達に更に言葉を繋いだ。
「・・・エルフ族である王妃の寿命は200歳と言われております」
この言葉にナツやフユは耳をピクッと動かした。
頭に思い描いたのは同じ獣人の鼠人のお爺さんであった。
そして意識だけ一瞬ハルに向けた。
視線はエインに向けたまま次の言葉を逃さないように。
「その子供である皇太子殿下はハーフエルフと呼ばれます、人族と比べればそれでも二倍以上の寿命があります」
そのまま説明を続けた。
エインは二人の反応の意味をおおよそで理解した。
いつの間にか拳を握っていた事に気がついて力を抜いた。
「つまり次の王になる皇太子がいる限り、あのおじさんやその子供達は王になれない・・・ここまでは宜しいですか?」
子供達はコクコクと頷いた。
ハルやアキには今は分からなくて良い。
いつか思い出して欲しい。
そう願い言葉を紡いだ。
「これは私めの考えですが・・・偉い人、というのはずっと同じヒトがしてはいけないと思っています」
「何でですか?」
「・・・私めいつも思っておりますが、ナツ様は毛並みが美しく男前に御座います」
そうエインがニコッと微笑んだ。
「そ、そんな事ないですよ」
「と毎日言ったとしましょう」
ガクッとナツが崩れた。
殊更「にゃはは!」とフユが笑った。
「偉い人というのは毎日それが続くのです、そして勘違いをします・・・自分は偉いのだと、そして特別なのだと」
「それは・・・王妃さまのことですか?」
そう言ったアキに目を丸くした。
自分がこの年の時にここまで察する事が出来ただろうか?
エインはオリハに感謝した。
「可能性の話ですがそういう事です、そして寿命の短い人族から見れば・・・それが恐ろしいのです」
「じゃあどうすればいいにゃ?」
「私めなら王様をやめます、そうすれば妻や子供を守れるでしょう?」
エインからすればこの国の王は無責任であった。
火種になりえる大事な物を抱えたのだ。
ならばどうやって守るのかを考えなければならない。
それを放棄しているようにしか思えなかった。
第一継承者を王弟の子にしても良かったのだ。
我が子に継承権を与えないという方法もある。
事前に弟を排除しても良かった。
「・・・それでも守れない物はあります、分かりますか?アキ」
エインは母親の事を指した。
未だに思う事がある。
噂を耳にした段階で動いていればと。
もっと早く弟と和解していればと。
「アキを守り切れる自信がなかったのです、だからオリハ様に託しました・・・それが父親としての責任だと私は思っています」
唾を飲み込んだ。
そして言葉を吐き出した。
「・・・恨みますか?」
アキは首を横にブンブンと振った。
「おかげで母上にあえました!」
やはりオリハには感謝しかなかった。
そして言葉にはせずにアキに感謝した。
「今理解しろとは申しません、ハル様、アキ、この事を忘れないで下さい」
二人はキョトンとした表情のまま頷いた。
この先の未来、多種族で手を取り合えば起こり得る異種族による婚姻。
その時に思い出して欲しい。
そうエインは願った。
「ナツ様、フユ様・・・お二人はもうお分かりですね?」
母親であるオリハよりも、妹や弟であるハルやアキよりも早く寿命が訪れるという事を。
同じ時の流れで生きられないという意味を。
「すべきと思った事は遠慮なくおやり下さい、やってみたいと思った事は何でもおやり下さい・・・それが母親であるオリハ様の・・・願いです」
責任と言って過言ではないとエインは思う。
だが責任とは言わなかった。
傍目にオリハがそれだけの愛を与えているとこの3ヶ月で見えた。
だからこそ言えなかったのだと思った。
「エインめもご希望があれば何でも叶えましょう・・・例えば女王様とか?」
「・・・大変そうだからやめとくにゃ」
そう言いフユは渋そうな顔で肩を竦めた。
また宿から笑い声が漏れた。
二人は分岐へと立った時にこの日の言葉を思い出す事になる。
そして魔人国の日々の事を。
それはもう少し未来の話であった。
「・・・すげえわかりやすかった」
何処とも知れずそう声がした。
背筋が凍る思いを味わった。
油断は・・・確かにしていた。
それでもエインは警戒を怠らなかったつもりだ。
ナツやフユもいた。
そこには誰もいなかった筈だ。
「マリアッ!」
その言葉に反応してマリアはハルとアキを背に隠した。
エインはナツとフユを。
気配を感じさせなかった事で相手の方が格上だと判断した。
迂闊だったと自分への怒りを露わにする。
いつでも[魔王]を発動出来るように。
そして決意をする。
命を懸けて子供達を守る。
それが己の責任だと。
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