106 / 162
第8章 サウセント王国編
8-6 神の武器、見返り
しおりを挟む千を超える避難民の為に宿屋と空家が解放された。
優先は高齢者と子供連れの人だ。
それでも当然賄いきれない。
兵士達によりテントが設営されていた。
物珍しい光景に子供らの目が釘付けになる。
旅の最中に野宿の経験はあるが、オリハの魔法により寝袋のみで済むように、いつも環境は完備されていた。
「邪魔したらダメだぞ」
実家の犬を思い出しナツを撫でながら若い兵士が声を掛けた。
「手伝いますっ!」
「私もにゃ!」
「おっ、えらいな、でも大丈夫だ、これはお兄さん達の仕事だからな」
思わずワシワシと両手で頭を掻くように撫でる。
兵士はフユも撫でてみたかったのだが、女の子なので我慢していた。
セクハラだと訴えられて、兵士の職を失うわけにはいかない。
どの世界においても気を使う点は変わりないのだ。
兵士達がカンカンと槌をテントを固定する為の杭へ打ち立てる。
その様子を子供達は輝く瞳で凝視する。
そうなれば別の意味で気を使うというものだ。
「・・・やってみるか?」
新しいテントに手を掛ける前に声をかけた。
ハルとアキは邪魔になると辞退した。
「最初にこうやって柱を・・・」
懇切丁寧に説明をしてくれる。
ナツとフユもその説明を聞きながら、分からないながらもテントの布を持ったり、支柱を支えたりと手伝った。
何事も懸命に。
母の教えである。
だからこそ見られている目が、4つから6つになっても気が付かなかった。
先程、王都へ帰還したオリハである。
敢えて気配を消していた、が正解かも知れない。
ちょっとした悪戯心と、警戒を怠っている事への窘めからだ。
オリハは何か言いたそうなハルとアキに、唇に人差し指を当てて見せた。
最初に気がついたのはナツの方だ。
犬の獣人らしく鼻をピクピクと動かしだした。
オリハの匂いにようやく気が回ったのだろう。
瞬間の逡巡の後に作業に集中する事にした。
どうせ気を抜いていた事を咎められるなら、諦めて今を楽しもうという短絡的な考えからだ。
そのナツの様子にフユもオリハの気配に気がついた。
・・・のをなかった事にした。
どうせ叱られるなら気付かせなかったオリハを褒めて、誤魔化そうという小狡がしい考えからだ。
二人のその考えは、感情の匂いからオリハに当然のように伝わっている。
だが今回は咎めるつもりも、叱るつもりもない。
二人が頑張ったのをここに来るまでに、そこかしらから聞かされて来たからだ。
それは母として嬉しくもあり誇らしくもあった。
なので今回は多少眼をつぶる事にした。
少なくとも言われた事を二人はやりきったのだから、鞭は今でなくても良い筈だ。
オリハは機嫌良く相好を崩していた。
その後、丁度テントを立て終えたタイミングでオリハが兵士に声をかけた。
「すまない、二人が迷惑を掛けてはいないか?」
「い、いえ、こちらも助かってマスッ!」
慌てふためきながら敬礼の姿勢をとる。
どうやらこの兵士は美人に弱いようだ。
そう判断してオリハは笑顔を返した。
兵士の反応とは異なり、その笑顔を怖いと判断したのは二人の子供達。
その証拠に尻尾が垂れ下がっている。
「ナツ、フユ」
手招きでその二人を呼び寄せる。
そして勘違いして項垂れる二人を強く抱きしめてやった。
毛並が崩れるのも厭わず揉みくしゃみに撫で回してやる。
「聞いたぞ?良く頑張ったな」
疑問符を頭の上に浮かべる二人に説明してやる。
まずはフユに視線を向けた。
「フユ、腰を痛めたお婆さんが揺らさないように運んでくれたと喜んでいたぞ」
次にナツに視線を向ける。
「ナツ、手一杯の荷物を抱えながら子供の手も引いてくれたと、あるお母さんが感謝を述べてくれた」
言い始めればキリがない。
それだけオリハも声を掛けられたのだ。
その分もだと、しっかりと撫で回してやった。
頭の毛を乱したまま、恥ずかしそうに照れ笑う二人。
怒られなかった事など、既に頭の中から消えてしまったようだ。
ナツとフユが叱られると気にかけたのも無理はない。
命に関わる事柄については特に厳しくしているからだ。
戦闘面に関しては格上と戦う事を前提に教えている。
勉強についてもそうだ。
マンツーマンに近い指導と大好きなオリハが教えてくれる事もあり、二人の学力は同世代の貴族の子息達よりも先んじている。
だがこれは母親としての一端でしかない。
オリハはそう考えている。
生みの親から与えられる筈のモノ。
育ての親から与えられる筈のモノ。
そのモノの一端でしかないのだと。
強く育てるのは義務であり責任。
自分より強い魔物と遭遇したとして、逃げ切るだけの、誰かを守る為の実力を備えさせる為。
そしてフェンリルとの約束の為。
「母上っ!僕も姉上を守りましたっ!」
そう言いアキがナツとの間に身を潜ませる。
「そうか、頑張ったな」
同じように金の髪を揉みくちゃにしてやる。
そして視線をハルに向けて促した。
「ありがとう」
何にとは言わない。
他の兄弟達に比べて遠慮がちなハルだ。
年の割にしっかりとして見せている。
だからこそ色々と我慢している事もあるだろう。
「・・・うんっ!」
返事と共に輪に混ざった。
それでも甘えたい盛りなのだ。
ハルもナツもアキもフユも。
オリハが与えられる愛に限りはない。
この身で与えられるだけ与えてやる。
それが母親としての役割なのだから。
そこに疑う感情はない。
見返りの匂いはいつも受け取っている。
心が満ちていくような蜂蜜のような甘い香りを。
だから惜しみなく注げるのだ。
母親として。
「邪魔したな」
二人の相手をしてくれた若い兵士に声を掛けた。
忘れる事なく感謝の微笑みを添えて。
「い、イエ!」
腑抜けた表情で母親の背を見送る兵士。
ゴツンという音で我に返った。
同僚に咎められたようだ。
「何ボーッとしてんだよ」
「いや・・・エルフの嫁さんも良いなぁって」
「良いのはエルフの嫁さんか、それとも・・・巨乳か?」
「・・・セットで」
若い兵士は巨乳派だったようだ。
そして子供達を連れ、報告の為に王城へと足を向けたオリハ一行。
勾引かされた子供達の行方は大凡知れた。
嫌な感覚の強い方角。
それで間違いはない筈だ。
オリハは禁呪を用いた屍軍舞だと当たりを付けた。
その目的は察する事が出来ない。
狂気の考える事など理解出来る筈がないのだから。
ただオリハの知識が先を見通す。
禁呪による軍舞は、これで終わらない。
ならば先行して子供達を救い出す。
そして禁呪の発動を止める。
(・・・我が因縁に終止符を打つ)
あの時とはもう違う。
己は眺めるだけの武器ではない。
物言わぬ物質ではないのだ。
止める為の手も足も口もある。
(惨劇は許さぬ・・・止めるぞ、ギュスト)
ナツが思い出したかのように口を開いた。
「そういえば・・・アイツ来てたよ」
顔の表情は不服。
不満が顔から滲んでいるようだ。
「・・・誰だ?」
ナツがこのような顔をする相手?
オリハはそう考えを巡らせた。
「獣王だにゃ」
その言葉に一瞬足が止まった。
戦力が増えたと喜ぶべきか、厄介ごとが増えたと悲しむべきか。
その答えを導き出す為に。
そして足を進めた。
この先に変態と助平が揃っていたとしても、止まる訳にはいかない。
拐われた子供達を救い出さねばならないのだ。
だからオリハは深く嘆息を吐き出す事にした。
・・・勘弁してくれ、と。
0
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
水定ゆう
ファンタジー
村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる