127 / 162
最終章
最終章-9 神の武器、愛
しおりを挟む分厚い雲に太陽が隠されたまま、気が付けば日が暮れていた。
外からガッ!ゴキッ!グシャッ!などの異音が聞こえてくるが、それを気にする暇はない。
子供達にとってはお待ちかねで待望の夕食の時間だからだ。
フォローをすれば初めてではないから、と言っておこう。
大体、年に一度は行われる行事なのだ。
だから街の人達も獅子の咆哮が響き渡ろうとも「またか」「やってるねぇ」と生暖かく見守ってくれている。
本来慌てるべきは領主であるオーウェンだ。
他国の王と自領の司祭がステゴロを演じている上に、今回は明らかに雲行きが異なる。
だが止める事は出来ない。
ここまでくればレオンパルドが何をしているのかも理解出来る。
オリハのただ行き場の無い感情をその身で受け止めているのだと。
少なくともエインリッヒがそれを是としたのなら、それが最適な答えなのだろうと思い至る。
それを羨ましいと感じながらも、国交情勢に墨を落とす事が無いように無事を祈るのだった。
だだぶりの雨の中、その雨を押し返すように血飛沫が舞う。
拳と拳が鈍い音を立て重ねられた。
膂力の差もあれば体格差もある筈だ。
だが拮抗する。
複雑に入り混じるオリハの感情がそれを後押しする。
「・・・っ!」
重なる拳を引き、反動を利用してレオンパルドに身体ごと拳を叩きつける。
そのまま一撃、二撃、三撃と連撃を浴びせる。
怒りを纏った拳は威力を増し技のキレを奪った。
嘆きを纏った拳は速さを増し技の冴えを奪った。
それを防御もせずに、煩わしいと言わんばかりの拳をオリハに返す。
振り抜かれた拳はオリハの頬を穿ち、大きく体勢を崩させる。
「何だ?!その腑抜けた拳はっ!やる気あんのかっ!?」
「・・・あああああっ!!!」
効いていない筈がない。
同等の力の拳が、蹴りが幾度もその身体に抉り込んだのだから。
効いていない筈がない。
幾度も骨が軋み、幾度も乾いた様な音が鳴り響いたのだから。
レオンパルドはただ拳を打ち返し、ただ煽った。
経を説くつもりはない。
これはただのお節介なのだ。
オリハとて理解して納得している。
ナツとフユからそう言われれば、心の底から前途を祝福しただろう。
心の底から見送っただろう。
そして心の底からの笑顔と、心の底から嘘を吐くのだ。
「行ってらっしゃい」と。
だからこれはただの我儘だ。
だからこれはただの八つ当たりだ。
容赦無く振り抜いた右拳が肋骨を砕く。
返しざまに振り抜いた左拳が顎を砕いた。
その打撃に蹌踉めく。
だがレオンパルドは倒れない。
「・・・再生・・・」
幾度目かのスキルの酷使。
そして嘲笑う。
「足りねえなぁ・・・負けたいのか?!そんなに儂のベッドの上が恋しいのか?!ああっ!?」
子供の将来を想い、そして見送る。
その時に異なる感情があろうとも、笑い話になる筈だ。
将来、思い出話になる筈だ。
だが誰にも告げられないオリハの秘密がそれを否定する。
拳をその身で受けるレオンパルドは、それを当然知る由もない。
エイン、オーウェン、子供達もだ。
だからこれはただのお節介。
見送るオリハの顔に僅かな影すらも射さないで済むように。
心の底から「行ってらっしゃい」と、そう言えるように。
オリハの入り混じる感情の中に「馬鹿者」という単語が含まれ始める。
こんな事は無駄なのだ。
どうしようもない、ただのありふれた「親離れ」という事象に過ぎない。
その感傷を和らげる為だけに、その身を犠牲にし、命までかけている。
月日が経つ毎に弱くなっていく。
闘う為の力ではない。
只人として、だ。
時の訪れに後悔しないように生きようと決めた。
なのに過ごす日々に比例するように、失くしたくないモノが増えていく。
己の我儘に付き従っててくれる友に、己は何を返せるというのだろうか?
欲望の望むままに、この身体が欲しいというのならば喜んでくれてやろう。
だがその最後を看取ってやる事は叶わない。
鞭で打ち、脚で踏み付け、蔑んだ視線が欲しいのならば喜んでくれてやろう。
だが共に並び、共に未来を見てやる事は叶わない。
亡き妻の代わりにもなれない。
共に生き、愛を育む事も叶わない。
彼女と同じように置き去りにしてしまうのだから。
激しく降りつける雨がオリハの顔を叩き濡らす。
それを厭わず、駄々を捏ねる子供のように拳を叩きつける。
雨が目尻を辿り、目から雨が雫となり流れ落ちるのも厭わず、ただ、ただ、その想いを叩きつけた。
そんな背景の食事風景の中、ナツとフユは外の様子をソワソワと気にかける。
何せ自分達の事だ。
決して獣王の身を案じてではない。
悪戯がバレた後の子供のようなものだ。
前以て話しておく事が出来なかったのだから。
オリハが意図的にその状況を避けた所為でもある。
だからそれを察するエインが声をかけた。
「何も心配いりません、オリハ様が落ち着いたらしっかり話を聞かせて差し上げて下さい」
「・・・」
「悪いのはお二方ではありません、大人になれない大人の所為なのです・・・それにあれは怒っているのではありませんよ?」
「・・・ほんと?」
「・・・怒ってない?」
「オリハ様が・・・お母様がやりたい事をしたいと言うお二方を・・・叱ると思いますか?」
二人は黙ったまま首を横に振った。
「獣王のアレはただのお節介です、気にする必要はありません・・・何ならトドメを刺しても良いのですよ?」
「いや、それは駄目だ、エインリッヒ殿!自分の願望を無垢な子供に植え付けないで下さい!」
オーウェンがそれをすかさず止めた。
舌打ちをするエインを視線で咎め、咳払いを一つ。
「ナツくん、フユちゃん、言葉を飾る必要はない、思ったままを口にすれば良い・・・ね?」
「「・・・はい」」
外の雨はただ音を増していった。
鈍い音を非和声音にして。
・・・ウジウジと何を悩んでいたのだろうか?
そう悟る頃には腕を上げるのも億劫になっていた。
何て事はない。
あの母大狼が選んだ道と違いはないではないか。
側にいて欲しいという気持ちに変わりはない。
だが天秤にかけるまでもない。
それが我が子の為になれば良いのだ。
何かあれば駆けつけてやるだけなのだから。
木の上に立ち見守るだけが親ではない。
例え隔てる棒があり、離れ離れになったとしても母なのだから。
そんな自嘲に合わせて辺りの空気が弛緩する。
限界を迎えたのはオリハだけではない。
仰向けの姿勢でレオンパルドは地に伏した。
倒れる際に泥がオリハに跳ねたが、今更で気にする所ではない。
オリハも力無くその場に腰を落とした。
「・・・おい、少しはスッキリしたか?」
「・・・ああ」
謝罪をすれば良いのか。
感謝を告げれば良いのか。
・・・ただどちらも違う気がした。
「なら良い・・・流石に、死ぬかと思った・・・」
「・・・そのまま死んでしまえ」
そしてトドメの拳を振り下ろした。
その拳はポスンと音を立て腹部の上に降ろされた。
だからこれが正解なのだと思う。
レオは礼を言われたくてやったのではない。
だから・・・きっと・・・これで良いのだ。
「へっ・・・どうだ?惚れたか?」
いつもの軽口。
「ああ・・・前からな」
こんな自分には勿体ない。
返したいのに何も返してやれない。
この感情に名前を付けるのなら、きっと「愛」と呼ぶのだろう。
「そうか・・・よっと!」
レオが足を振り上げ上半身を跳ね起こす。
泥が顔に跳ねたが、それこそ今更だ。
「明後日にまた寄る」
「・・・分かった」
それで意味は伝わった。
ぺちゃぺちゃと水音を立て孤児院へと向かう。
「おい、魔王擬きっ!帰るぞっ!」
「・・・お断り致します」
「うるせえ、遠巻きにテメエも一枚噛んでんだろが・・・今日は素直に引っ込んでろ」
胡乱げな視線をレオンパルドに投げかけ溜息を吐く。
エインはそれを望んだのではない。
ただそれがキッカケとなったのは間違いない。
「・・・オリハ様、また参ります」
「すまんな」
それを恨むつもりはない。
その時、オリハも横にいたのだ。
寧ろナツとフユの将来への選択肢を繋いでくれた。
感謝をすれども恨む筋合いはない。
雨降る中を走る馬車を見送る。
子供達の夕食はもう済んだようだ。
「・・・母の分は残ってるか?」
「うん!」
「あるよー」
悩むのをやめた途端に腹が鳴った。
「後片付けは母がする!皆は風呂にはいれ!」
「「「はーい」」」
「ナツ、フユ、後でゆっくりと聞かせてくれ」
静かに頷く二人にいつもと何ら変わらぬ笑顔で答えた。
0
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
水定ゆう
ファンタジー
村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる