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最終章
最終章-10 神の武器、ソーマ
しおりを挟むオリハは二人にホットミルクを入れてあげた。
気持ちを落ち着かせるには良い筈だ。
慌てる事はない。
少しずつ自分の言葉で話せば良い。
夜は長いのだから。
逆にオリハは少し気持ちを高揚させたかった。
珍しくアルコールを手に持つ。
子供達の前で一人飲んだ事は今までなかった。
他の子供達は各々の部屋にいるようだ。
まだ楽しげな声が聞こえてくる。
それでもここにいないのは・・・そういう事だ。
年令は関係ない。
自分達で考え、そして自分なりに理解し、ここにいない事を選択したのだ。
二人は交互に零すように話し出した。
「強く、なりたかったの」
フユは語尾に「にゃ」も付けずに喋り出した。
だからオリハは「うん」とだけ微笑みながら答えた。
あの時に覚醒した能力の弊害ともいえよう。
それは謂わば前借りだった。
この先数十年に渡り鍛錬を積み重ねて、漸く至るべき境地。
その力をあの一瞬で手にしてしまった。
だからこそ感覚で理解してしまった。
これ以上、強くなれないのではないか?と。
オリハは口を挟まなかった。
経験という余白がなくはなかった。
だがそれは一月前に壊せなかった大岩にヒビが入るような、三ヶ月前に壊せなかった大岩が粉々に壊せるようになった。
その快楽を知っている二人には物足りない代物だ。
そして経験だけでは、二人の望む強さは手に入らないだろう。
だから静かに微笑み相槌を打った。
それでも二人は足掻いた。
どうしようもない、その時にオークキングが現れてティダに会った。
そして先にある力を身に付けていた。
だから相談した。
そして得たのは否定し難い現実。
シャルも同様だったのだ。
術式、魔力操作の伸び代はあれども、魔力の最大値はあの時から全く変わっていない。
二人と同じだったからだ。
そこで話された内容で、原因はオリハが有する何らかのスキルではないか?という所まで及んだが、その内容については割愛した。
結果はどうであれ、あの時に覚醒しなければ自分達は助からなかった。
それに自分達が悩む理由がオリハにある、となれば形はどうであれ、凄く気にするのでは?とティダ達と話し合ったからだ。
その情報交換の結果、ハッキリとしたのはこれ以上強くなれない、という現実だ。
じゃあ仕方ない、で済ませる教育をオリハは施していない。
その結果が異なる強さを身に付けよう、だった。
ここでオリハは頷くのを一瞬戸惑った。
参考にしたのがエインだと口にしたからだ。
他に参考にすべき立派な大人が・・・いないな、と結局頷いた。
更に言えば、昔見た魔人国の風景だと言う。
それから冒険者ギルドを伝手に、自分達で調べられる範囲で各国の情報を集めた。
経済格差や魔物による被害件数に始まり、エンゲル係数まで及んだという。
そして自分達の目で見た通り、獣王国は他国に比べて後進国だと言わざるを得ない、という結論に達した。
オリハ自身からも二人に言って聞かせたように、産みの親は恐らく魔物の被害で亡くなっている。
母大狼と違い記憶にすらない親だったとしても、やはり思う所はある。
新しく孤児院にやって来たワルンとウォルターは、獣王国ではなかったが親が魔物の被害に合った同士であった。
そしておよそ3年前のオリハが樹立したエルフ族の独裁政権。
参画はしなかったが、二人は雑務として手を貸していた。
三ヶ月という短い期間で民主政権という基盤を作り上げたのを見て来たのだ。
国の成り立ちをその目で見て、国政というものを学んだ。
そしてエインが扱う力を正しく理解したのだと言う。
母国である獣王国を自分達の力でどうにか出来ないだろうか?
そもそも他国に住む自分達でどうにかなる権利はあるのだろうか?
そして仕方なく獣王に相談した。
最初は反対されたと言う。
政治は単純なモノではない。
それが例え正しい事であっても、利益が無ければ黒になるのだと。
それでも、とお願いしたところ、獣王国の王都にある学園で国政について一から学んでみせろ、と言われた。
高学部への編入試験は文句無しの成績で合格した。
そしてその事を告げられないまま、今日に至ってしまった。
「・・・一つだけ聞いて良いか?」
ここまでを聞いてオリハは質問を投げかけた。
「何故エインには相談しなかったのだ?」
純粋な疑問からだった。
二人も認めるように、その分野においてはスペシャリストなのだから。
「「エイン(さん)だとママにチクるから」」
「・・・ははは、確かにそうだな」
その結末は想像に容易かった。
下手したら二人の為と、獣王国の影の支配まで始めかねない。
「二人は・・・行くと決めたのだな?」
無言で強く頷いた。
「条件がある・・・学費、生活費、食費から雑費に至る全ての金は母が出す、学業を疎かにしないよう冒険者稼業は引退する事」
恐らくそのお金も貯めていた筈だ。
足りなければ向こうで稼ぐ方法だってある。
だがそれは認められない。
その時間をかなぐり捨てた連中が、現在国政に携わっているのだ。
二人がその先を求めるのならば、余所見をしている暇はないのだから。
「・・・良いの?」
「正直に言えば母は反対だ」
その答えに二人は俯く。
強くなれないから、と諦めた事で見限られるのではないだろうか?
才能が無いと呆れられはしないだろうか?
ずっとその事が怖かった。
「勘違いするな、国政に関わる仕事を選んだからではない・・・二人が側にいないのが寂しいからだ」
そして立ち上がり後ろから二人を抱きしめた。
「だが離れていても我は母だ、二人の母なのだ・・・金くらい出させてくれ」
「「・・・うん」」
「悩み事があればいつでも相談しろ」
「「・・・うん」」
「もし母の名が利用出来るなら構わない、好きなだけ利用すれば良い」
「「・・・うん」」
「いつ如何なる時でも側にいる、何があっても二人の味方だ・・・分かったな?」
「「・・・ゔん」」
「ナツ、フユ、愛しているぞ」
「「ゔん」」
そして泣き疲れて眠るまで二人を撫で、抱きしめた。
自分より少し高めの体温を懐かしく思いながら。
もう少しだけ小さく、まだ幼かった頃を思い出しながら。
泣き疲れたのか、眠りについた二人を抱きかかえ往復してベッドへと連れて行った。
何時もならオリハも就寝する時間。
今日は色々あった所為か、どうも眠気が襲ってこない。
もう少し飲むか、と酒をグラスに注いだ。
動き出した気配に首を傾げる。
まだいるとは思っていなかったからだ。
「・・・っ!オリハさん、起きてらしたのですね」
「ああ、寝付けなくてな」
「すみません、ミシェルの寝顔を見てたらこんな時間にになってしまいました」
動く気配がなかったので今まで気が付かなかった。
その言葉通り、ずっとミシェルの側にいたのだろう。
「オーウェン・・・少し付き合わないか?」
既にグラスを取りに向かっている。
「お供させて頂きます」
笑みを添えて返した。
「そういえばお土産に新酒があるんですよ」
「・・・気が付かなかったな」
「それどころじゃありませんでしたからね」
確かに、そして苦笑いを浮かべた。
オーウェンは台所にその新酒を取りに行ったようだ。
どうせなら、と注いだ酒を飲み干してから新しいグラスを用意した。
その判断は正解だったようだ。
チンと鳴らして現れたオーウェンの手元には4本の瓶があった。
オリハから思わず笑みが溢れる。
「柑橘系の果実酒だそうですよ」
「ほう、珍しいな、オーウェンもまだ飲んでいないのか?」
「・・・少し変な事を言ってもいいです?」
「何だ?」
「最初の一口をどうしても貴女と味わいたかった」
「ははっ、ではその権利をくれてやる」
「有り難く受け賜わります」
そして瓶のコルク蓋を開けグラスへと注ぐ。
すぐ様に香り立つ酒精と、澄み切った柑橘系の香りが嫌にでも期待を煽った。
瓶を受け取りオーウェンのグラスにも注ぐ。
ラベルも付いていない瓶を手に持つと、冷やしていたのかひんやりとしていた。
チンっと高い音を鳴らしクイっと軽く呷る。
「・・・っ!これは冷やして正解だな」
「ええ、噂には聞いていましたが、これは噂以上ですよ」
「仄かな甘味と酸味が良い」
互いに二口目を呷る。
味覚を味わいながら合いそうなアテを想像する。
「名前は[神のひとしずく]と名付けるそうです」
「まるで伝承の神の酒だな」
「何でも悦楽と酒の柱が夢枕に現れたとか?」
「ならば柱に感謝せねばな」
またグラスを合わせた。
そしてアテには何が良さそうか?などの話をした。
「そういえば・・・」
「ん?」
「ナツくんとフユちゃんです」
「・・・ああ」
「再来年です、ミシェルの成人は」
「・・・あっという間だな」
「本当にそうですね」
そしてその都度、今回のように親として悩む事になるのか。
それが楽しみであり・・・寂しくもある。
互いに思う所があるのか、やや沈黙が続いた。
「・・・我はもう少し考えておけば良かった」
心の中を吐露した。
「ずっと・・・側にいるものだと思っていた」
その時が来るまで。
その言葉は飲み込んだ。
「・・・私もです・・・そう思うと離れ難くなりまして」
あの時間までいた理由はそういう事だった。
「自分が平凡な男なのだと思い知らされました」
「馬鹿を言うな、お主が平凡なら誰が非凡だと言うのだ?」
「・・・」
比べるべきではない。
比較にすらならない。
その思いを知らないオリハは、きっとミシェルの事だろうと思った。
「誰がなんと言おうと、我は声高く言うぞ?お主は平凡ではない、立派な男だ」
元々狐の王に見出された宰相候補の一人だ。
決して能力が低いわけではない。
でなければオリハについて独裁政権に参画し、新しい政権を興す事など出来た筈がないのだから。
「・・・有難う御座います」
オリハからそう言われれば、横にいても良いのだと言われた気がした。
「もし、だ・・・もしもミシェルが彼氏を連れて来たらどうする?」
「・・・相手の男を殺します」
「うむ、その時は我も手伝おう」
そしてグラスを重ねる。
ここに恐ろしい同盟が成立した。
長い夜はまだ続く。
「なあ、オーウェン?」
三瓶目が空きそうになった頃には、オリハも珍しく一周回って酔っていた。
一周とは「少し酔った」「酔っていない」の後の「少し酔った」である。
つまり「かなり酔った」状態ともいえる。
「はい?」
「前から思っていたのだが・・・口髭は剃らないのか?」
「・・・似合いませんか?」
童顔な事を気にしていた。
「そうではない、そうではないが・・・我はどうしても変態を連想してしまうのだ」
「では剃ります」
「うむ、折角の男前が台無しだからな」
オーウェンが少し驚いた顔をする。
そして嬉しそうに微笑んだ。
「む?」
「いえ、オリハさんから顔を褒められたのは初めてでしたから」
「・・・美味い酒の所為だ」
「なら私はこの酒に感謝しなければなりませんね」
そう言って無邪気に笑う顔を見て・・・オリハは不味いと思った。
「いかん、酔い過ぎだ」
「・・・ではお開きにしますか、私が片付けておきますよ」
「悪いな、ああ、泊まって行くだろう?」
雨もまだ降っているしベッドの空きはある。
「・・・今日はやめておきます、小雨になったようですし」
「そうか、気をつけてな」
「はい、オリハさんも・・・お休みなさい」
自覚してしまった感情にただ戸惑う。
そして頭を抱え、熱くなった顔を冷ますように溜息を吐いた。
誰かに選ばせるつもりはない。
誰かを選ぶつもりもない。
酒と悦楽の柱が知れば、手を叩いて喜ぶだろう。
だが同様の感情を複数抱えてしまった事に、オリハは深い罪悪感を覚えていた。
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