129 / 162
最終章
最終章-11 神の武器、旅立ち
しおりを挟むその日は朝から特別な日だった。
ナツとフユは獣王国にいた日々を思い出す。
横で見ていたハルとアキがいない事を除けば、繰り返されるあの時と同じ時間。
強くなるのだと懸命に、ただひたすらに基礎を重ねた。
オリハにとってもそれは変わらない。
初歩の型から始めた。
あの時は終わる頃には息を切らせていたのに、今では一頻り行い「懐かしい」と笑顔で休憩をする子供達。
それはスキルで得た力ではない。
努力の結晶、これまで怠る事なく積み重ねて来た結果なのだと伝えたかった。
様子を見る限り、まだ伝わってはいないようだ。
だがいつか気付けば良い。
そして懐かしく思い、この母を思い出してくれればそれで良い。
そういえば組手をするのも数年ぶりだった。
二人の放つ遠慮のない殺気が、心地よくオリハの肌を斬りつけた。
ナツは知っている。
「死ね」と口にし急所を狙う一撃を放ったとしても、そこに的確な意思がなければそれは組手なのだ。
獣王とオリハがそうなのだから。
フユは知っている。
的確な意思を込めて急所を抉ったとしても、オリハならば死ぬ事はない。
恐らく首を刎ねても生きている気がする。
だからこれは組手なのだ。
そんな物騒な子供達を見てオリハは嬉しく思う。
確かに経験不足は否めない。
成長不足によるリーチの短さもある。
それでも鍛え切ったと確信するに至る。
オリハの魔力による威圧に対して反応すらしない胆力。
小技や連携の引き出しの多さ、応酬の駆け引き。
細かくあげればキリがない。
だから最後に本気をみせる事にした。
・・・決して死んでくれるなよ?
「さ、三回・・・三回は死んだと、思ったにゃ・・・」
背中の毛を立てフユは三角座りでボソボソと呟く。
「ママ!ね、ねえ!ハゲてない?ココ!ねえ!」
ナツは涙目で頭部を掠った剣戟の跡を気にしている。
「あ、慌てるな、薄皮ごと斬れておるから回復魔法で・・・ほら」
首筋を狙った斬撃を前に踏み込み薄皮一枚で凌ぎ、打撃を打ち込んで来たナツ。
陽動を担ったフユの負担は大きかっただろうが、それでも致命傷になる攻撃は悉く回避した。
二人は見事に半刻の間、オリハの攻撃を凌ぎ切った。
頭の毛が生えてる事を確認して安堵の表情を浮かべるナツの頭を撫でてやる。
「もう教える事はない、お前達は立派な戦士だ」
その言葉に三角座りのまま振り返るフユ。
「最後にひとつだけ言っておく、戦いとは全ての物事の縮図だ」
その言葉に二人共首を傾げる。
「間合いを読む事も、相手の呼吸を崩す事も、把握する事も、全ての道理は万物に通ずる」
一芸に秀でる、という言葉もある。
「例え舌戦だとてこの道理は変わらん、迷ったら戦場に身を置いたつもりになれ、悩んだら相手をどう殺すか考えろ」
頷いた二人に告げる。
「・・・以上だ!」
「「ありがとうございましたっ!」」
そしてお馴染みの飴玉を口に放り込んだ。
この味はいつもオリハと共にあった。
二人はこれからも飴玉を見る度に思い出し、飴玉を口にする度に懐かしく思うだろう。
記憶と共にある味の事を母の味と呼ぶのかも知れない。
午後からは下の弟妹達に二人を譲った。
丸一日、母として独占していたかったが、そうもいかない理由がある。
孤児院として初の卒院児になるからだ。
自分達の未来の姿。
その話し相手としては申し分ない。
それが15歳になるのか?
または18歳になるのか?
オリハとしては幾つになっても居てくれて構わない。
だが・・・オリハ自身がいつかは消え去る身。
一期一会、出会いと別れが世の常とはいえ、慣れるべき、知っておくべきだと考えた。
ある日、ふと消え去った自分をどう思うだろうか?
恨むだろうか?悲しむのだろうか?
いずれは院の今後を含め、エインに相談すべきなのかも知れない。
金銭面において、子供達ら誰一人として苦労をさせたくはないから。
だが・・・まだ大丈夫だ。
質問攻めに合うナツとフユを微笑み眺めながら、確認するようにその手を握りしめていた。
翌朝、朝餉の刻。
この孤児院において、いや恐らくどの孤児院でもそうだろう。
朝の支度の時間は戦争である。
一番上の兄と姉が巣立つ日であってもそれは変わらない。
昨晩、先触れで朝に迎えに来ると連絡があった。
その約束に違う事なく、複数の馬の鳴き声が耳に届く。
入って来る気配は無い。
柄にもなく気を使っているのだろう。
荷物はもう用意してある。
背負い鞄一つに着替えを詰めて。
メンテナンス済みのいつもの装備は身に付けて。
「・・・じゃあ、行ってきます!」
「行ってきますにゃ!」
「ああ、母大狼に宜しくな」
「・・・覚えてるかな?」
「何を言う、お前達を赤子の頃から育てた母が忘れる訳がないだろう?・・・同じように我も忘れぬ、絶対だ」
例え天へ還ったとしても忘れない。
肉体が失われ、玉鋼へと身を写したとしても忘れてたまるものか。
オリハにはただ一つだけ懸念がある。
それは己の存在。
そして価値と意義。
最初は柱によって魂が象られたと思っていた。
得た結論は、起こるべくして起きた不可避な現象。
偶発的な奇跡。
バグやエラーと言い表しても差し支えはない。
では不要な機能を有した神の武器はどうなるのだろう?
廃棄、抹消、消滅。
一度、狂気を纏い暴走した過去もある。
そんな存在を遺してくれるだろうか?
柱は決して無慈悲ではない。
過去の功績を軽んじられる方ではない。
だがこの世界の管理者なのだ。
理の外の同格の力を有する危険なモノを放置してくれるだろうか?
だがハルを通して精一杯生きろ、そう言ってくれた。
あの白い部屋でモノとして存在するくらいはきっと許してくれる筈だ。
そして・・・存在が消し去られたとしても、意地でも忘れない。
かつての相棒がそれを教えてくれた。
出来る出来ないではない。
やるのだ!
己の背中を押すように、二人の門出を祝いながらその背中を押した。
外ではレオンパルド自身が馬車から降りて待っていた。
いつものような軽口も叩かず、神妙な面持ちで口を開いた。
「もういいのか?」
「ああ」
母大狼もこんな気持ちだったのだろうか?
「じゃあママ、行くね?」
「ああ!行ってこい!」
「手紙書くにゃ!」
いつものように、狩りに出掛ける時のように、変わらぬ笑みで馬車に乗り込んだ。
「レオ・・・二人を頼んだ」
「ああ、だがテメエのガキでも特別扱いはしねえぞ」
「ふん、不要だ・・・誰の子だと思っておる」
子供達が声を上げる。
ハルもアキも声を上げて手を振る。
ずっと共に生きてきた兄と姉だ。
悲しくない訳がない。
目尻に溜まった涙を零さないよう堪えているのが分かる。
そして馬車は動き出す。
馬の嘶く声と共に。
これが今生の別れではない。
また会える。
また会う。
・・・きっと・・・きっと。
その頃、馬車の中では・・・
「・・・何だ、ピーピー泣かねえんだな?」
あからさまに揶揄う声でレオンパルドが声をかける。
「もうガキじゃな・・・ありませんから」
その口調にフユも驚きを隠せない。
レオンパルドは面白そうに目と口の片側を上げた。
「あっ、アタシは空気呼んでするにゃ」
「えー?ずるいっ!」
その掛け合いに声を上げて笑う。
「はっはっはっ・・・構わんのだぞ?それで通しても・・・オマエが自分の価値を示しせればな」
その目は如実に語る。
オリハの娘としてではなく、フユとしての価値を見せろと。
「そうだ、テメエら正確な年令は分からないんだったな?」
悠久を生きるフェンリルでは正確な年数は分からなかったからだ。
二人は素直に頷いた。
「オリハからは15だと聞いたが・・・ついでだ、16歳って事にしておいた」
レオンパルドの顔が悪戯小僧の様相を成す。
「くっくっくっ、編入するのはピカピカの1年生じゃなく2年生ってこった」
「「はいっ?!」」
「オマエらが見せた価値、編入試験の結果だ、基礎学は文句無しの満点だとよ・・・なら態々3年間も学校に通う必要はねえよな?2年で充分だろ」
「そ、それってズル・・・じゃないんですか?!」
「あ?言っとくが大変なのはオマエらだぞ?政治学も経済学も法学も・・・当然2年からなんだからな」
甘やかせる気はない。
愛した女の子供だからと特別扱いはしない。
ただ千尋の谷から突き落としただけだ。
「それが今のテメエらの価値だ・・・王宮で舵を取りたいなら主席で卒業してみせろ!フユは王宮でもその「にゃ」ってのを使いたいなら・・・精々気張れよ?」
「「はい!」にゃ!」
そして馬車は獣王国王都へと向かう。
多頭引きの馬車とはいえそれなりに時間がかかった。
その上で予定より一日遅れたらしい。
護衛責任者の報告書にはこう記されている。
「国境の橋を越えたところで、車輪に異常が見つかり・・・」
車輪にどのような異常が見つかったのかは記されていない。
「国境線の町で急遽、王の指示で宿を取る事にした」
そして別の所にはこう記されている。
「何処からかフェンリルと思われる遠吠えが聞こえた、何故か警護対象の少年と少女が吠え返していた」と。
0
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
水定ゆう
ファンタジー
村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる