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最終章
最終章-14 神の武器、祖父
しおりを挟む澄み渡る春の空の下で、真新しい建物が輝きを魅せる。
明るい赤茶の屋根瓦。
壁は白を基調とし、所々顔を覗かせる柔らかい色の木の質感が、懐かしさと温かささを感じさせる。
誰がこれを突貫工事の代物だと思うだろうか。
工事に関わった者に、オリハは感謝を禁じ得ないでいる。
学園はサウセントの中心部ではなく、街の外れに位置する。
広さに余裕のある都合の良い土地がそこだったというだけで、オリハの住む教会から近い、アルベルト子爵邸から近い、というのは致し方ない偶然だ。
街から外れへと伸びる道。
折れる新しく作られた道を曲がれば学園へと辿り着く。
古煉瓦の壁に鉄の門。
門の横には門兵の待機所がある。
オリハも含めた教職員の出勤、退出記録はこちらでつけられる。
急用にも対応出来るようにする為だ。
門から学び舎までの距離は短い。
古煉瓦の壁との隙間には歩道と花壇にウッドチェア。
まだ花壇に空きスペースが見えるのは急拵え故だ。
門から見て4階建ての学び舎が距離を開け二棟並ぶ。
手前の初等部一階は教職員室、資料室、理事長室、応接室、保健室などがあり、奥の高等部一階には図書室と部活などの為の空室となっている。
今の所、生徒会は考えていない。
それならば全生徒で討論会でもすれば良いとはオリハの論だ。
上が各学年用の教室となる。
その棟には渡廊下があり、間には左右に中庭と食堂がある。
この食堂は昼食と軽食を担当する。
朝食と夕食は寮の食堂の担当になる。
高等部の棟の更に奥に、運動場と結界処理の施された屋内訓練場がある。
高等部の学生は初等部の棟を抜けなければならず、初等部の学生は高等部の棟を抜けなければ運動場に行く事は出来ない。
オリハが目的としたのは死角のない学園。
必ず誰かしらの目が行き届くよう、そして誰かしらの目を意識するように心掛けさせるためである。
その為、学生寮は離れた街中に位置させ、登下校の際に街の人と触れ合わせようというお節介仕様でもある。
水が合わない、という言葉がある。
ヒト同士もそうだ。
学生同士、どうしても好き嫌いが出てしまう。
学園とは小さな世界でもあるのだから。
だがその世界が街の中まで広がれば、もしかしたら合う水もあるかも知れない。
甘い教育論なのかも知れない。
だが目指さない理由はない。
やらなければ後から悔いるだけだ。
失敗すればよいのだ。
駄目なら反省すれば良い。
もっと、もっとより良くする為に。
後世にその決意だけでも伝わるように。
そんな所信演説を心の中でしている間に、何故かいるオリバー国王陛下の大変長いお祝いの言葉が終わった。
いつものようにひょろひょろした感じではなく、終始国王モードを維持していた。
オリハが腑抜けないように脅したのもある。
そしてオリハの出番となる。
さて、どうしたものか、と思考に暮れる。
長い話に興味はない。
オリハの趣味でもない。
(簡潔に済ませるか)
名乗りを受け壇上へと上がる。
やはり名を使った効果なのだろうか?
姿を見せると騒つきが広がった。
見渡せば我が子らが見える。
高等部にはミシェルもいた。
他にも見知った顔がある。
街の子もいる。
偶に来る他所の子、ことアルもいる。
オリバーが来ていた理由の重きは孫のアルだ。
良くぞ寮生活など認めたものだ、と思わなくもない。
当然見知らぬ顔の方が多い。
種族も多岐に渡る。
「我が当学園理事長のオリハだ」
その騒つく空気を押さえつけるように、ゆっくりと重く声を出した。
適度な緊張感が辺りを包む。
「諸君らはこの学園に何を求める?」
問いかけから始めた。
後ろから「何か軍隊みたいだねえ」などと聞こえたが無視だ。
「まあ、長々と語るのは趣味ではない、この学園の理事長として諸君らに求めるのは二つだ」
そして二本の指を立て一つ折る。
「学ぶ事を決して怠るな、ただひたすらに学べ、脳が糖分を欲するほどに頭を使え」
そしてもう一本の指を折った。
「そして学んだ時間と同じ時間だけ遊ぶ事だ、遊び過ぎて吐いても良い、血反吐を吐くまで遊べ」
後ろから「それもう遊びじゃないよねっ?!」などと聞こえるが無視だ。
「さすればこの学園は諸君らの望む物を与えよう!金が欲しいなら金の稼ぎ方を!地位を望むなら出世の仕方を!国が欲しいなら王の倒し方を!」
後ろから「む、無血革命の方向でお願い」などと聞こえるが無視だ。
「些細な事でも構わない!どんな事でも構わない!分からない事があれば聞け!救いの手を取る事を厭う教師はこの学園にはいないっ!」
ハルとの件が引っ掛かっているように思われる。
「もう一度聞く・・・諸君らはこの学園に何を求める?」
その問いに答える声は上がらない。
「それは「夢」だ」
一人一人の顔を見ながら微笑みかける。
「まだ形になっていなくて良い、影すら見えぬ者もいるだろう・・・だがそれで良い、これから探せば良い、教師はその灯火となり、高い所の物を掴む為の踏み台となるのがこの学園の役目だ」
熱が入り過ぎて思わず語り過ぎた、と深く息を吐き反省する。
だが反応は千差万別ながらも悪くはない。
子供達から香る匂いが、見返す目がそれを教えてくれた。
咳払いを一つ入れる。
「諸君らの前途ある未来を期待する・・・以上だ」
振り返り壇上を後にする。
背後から叩く手の音が聞こえた。
一つ、そしてまた一つと音が増えていく。
仕込んだ訳ではないが、最初は我が子らの誰かでは?と疑った。
だが続く音は受け入れられた証のような気がして心地良かった。
「ねえオリハちゃん、ちょっと格好つけ過ぎじゃない?」
台無しにされた。
その後、生徒達は各々の教室へと案内され食堂へ。
食堂で昼食を取り、本日は一旦解散となる。
初日の今日は授業はない。
殆どの生徒は入寮の為、街の案内の後、寮へと向かう事になっている。
オリハも今日はこれでお役御免だ。
国王の接待というお役目など知った事ではない。
応接室ではなく、理事長室という部屋で目の前に座っている狐など目に入らない。
ただ付き添いの侍女の淹れるお茶の御相伴に預かるだけだ。
「いやあ、ホント大したもんだねえ、立派なの作っちゃって」
話しかけられては仕方ない。
「皆が頑張ってくれたお陰だ」
その上、褒めらると悪い気はしない。
「だが良いのか?」
「ん、何が?」
「王子殿下だ、ここでは特別扱いなどする気は毛頭無いぞ」
王都の学園ならばチヤホヤされていただろう事を示唆する。
「仕方ないよ、あの子がそれを希望したんだし・・・理由だって分かってるでしょ?」
「・・・ハルは平民だ」
そもそもくれてやる気はない。
苦労するのは目に見えている。
それにかんらかんらと笑いながら答えた。
「そうだねえ、どうするんだろうねえ」
「自分の大事な孫だろうが」
そして空気が変わる。
「そうだよ、王様が目に入れても痛くない大事な大事なお孫様だ・・・だからこそ筋の通らない半端は許するつもりはない」
「人の娘を試験代わりにさせるつもりか?」
侍女は一歩下がり涙目で震える。
皮膚が切り裂けるようなピリピリとした空気が漂う。
僅か数秒の出来事ではあるが、待機する侍女には長い時間に感じられた。
「・・・否定はしない・・・でもそれこそでしょ?」
空気がフッと弛緩した。
「オリハちゃんを納得させるくらいの、ね?」
「・・・爺馬鹿が」
「ははっ、孫の為だもん、その誹りは喜んで引き受けるよ」
ハルは寧ろ賞品。
試練にはオリハを御指名だ。
挑発の意味は意思の伝達と確認。
王家としてはアルの望み通りにさせるつもりなのだろう。
問題はオリハだ。
二人が望んだ時にそれを許すかどうか。
挑発に乗ってしまった事でもしもの未来の可能性を認めてしまった。
可能性が皆無であれば、端からその挑発を鼻で笑っていただろう。
普通に問われれば「認めん!」で終わらせていただろうオリハを、わざと挑発して意思の確認を取った。
何故そんな事をしたのか?
言うまでもなく孫の為、つまり爺馬鹿だ。
「どちらにしても気が早過ぎる、まだそのような関係ではない」
「・・・まだ、なんだよねえ?」
「いちいち揚げ足を取るな!」
「そこんとこどうなの?うちの子、目がありそう?オリハちゃんから見てさあ」
「知るかっ!」
面白くなさげに臍を曲げた。
反対に愉快である事を隠そうともしないオリバー。
「ちなみにオリハちゃんはどうなの?」
「・・・何がだ?」
「選り取り見取りじゃないの、いい加減、誰にするか決めてあげたら?」
「余計なお世話だ!」
「怒りっぽいなあ・・・あ、もしかして生理?」
残っていたお茶を一気に呷る。
「茶に付き合った!飲み終えた!もう用は済んだだろう、さあ帰れっ!」
「はいはい、そう邪険にしなくても帰りますよお」
よっこいしょ、とソファから腰を上げた。
「アルの事、くれぐれもよろしくね」
オリハは返事もせず追い払う仕草でそれに答えた。
小さな扉が閉まる音に合わせて深い溜息を吐いた。
クラス変えの件でもそうだが、オリハの意思と意見を伝えたとて、最終的に決めたのはハルだ。
ハルがそれを望むのなら、例え茨の道だったとて認めるしかない。
ずっと側にはいてやれない。
近い将来、消えてしまう存在なのだから。
(それにしても・・・)
まるで狐につままれた気分であった。
最初の挑発は読み切れなかった。
席を立つ理由の為だろうとオリハは解釈して、二度目の分かり易い挑発は敢えて乗ってやった。
気持ち悪かったのだ。
立ち昇る感情の臭いと表情が大きく相違していて。
敵意ではないが、それに近しい何か。
怯えは感じられた。
だが歓喜もだ。
唸りながら一人頭を捻らせても、その感情が辿る理由が把握出来なかった。
なら考えても仕方ない。
「良し、我も帰ろう」
膝をポンと叩き席を立つ。
我が子らには申し訳ないが、これからは作り置きをする事があるかも知れない。
出来立てを作れる時間があるなら、出来るだけ作ってやりたいのだ。
例え役職を得ようともオリハは変わらない。
子を煩悩する母である事は。
その頃オリバーは近衛の兵士の肩を借りていた。
「・・・悪いねえ、足が痺れちゃってさ」
「い、いえ、お気遣いなく」
嘘だった。
腰を抜かしていたのだ。
完全に気圧された。
それでも堂々としていたのはただの意地だ。
「・・・全く、可愛い孫の為とはいえ、こんな役目は二度とゴメンだよ」
「何か仰られましたか?」
「んー老兵は死なず、只消え去るのみってねえ、ああ、早く引退したいよ」
そうですね、とも言える訳がない。
否定も出来ない兵士は愛想笑いを浮かべる。
そしてオリバーも思考に暮れる。
久方ぶりにスキルを通してオリハを見たのだ。
新芽は若草となり青々と茂っていた。
成長の後が見て取れる。
そこまでは良かった。
(何なんだろうねえ、あれは・・・)
実っていたのだ。
(オリハちゃん・・・君は一体何を目指しているんだい?)
巨木に相応しい金色の果実が。
(・・・分からない・・・)
それを見た瞬間から、理解し得ない感情に老いたるその身を支配されたように感じられた。
そんなつもりではなかった。
安易に挑発行為を選んでしまった。
留まりたい思いと、この場を去りたい気持ちがそれを選んだ。
深く溜息を吐いた。
「今度アルが帰って来たら、いっぱい肩叩きしてもらおう」
爺馬鹿だった。
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