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最終章
最終章-16 神の武器、想い
しおりを挟む競争という名の指導理念がある。
これは子供だけではなく、大人も含めてだ。
指針があり、数字があり、そこに向けて邁進する。
互いに競い切磋琢磨する。
それをオリハは悪だとは思わない。
寧ろ肯定する。
だが毅然とした前提があった上での話だ。
聖オリハ学園がそうだと言える。
現在では生徒の自主性の上でのみ競っている。
なので、成績を張り出すような事はしていない。
いずれは取り入れるつもりではあるが、それは決して今ではない。
スタートラインが異なるのに、競う事に何の意義があるというのだろうか?
事前に家庭教師や自習により学習をしておく。
それは褒められるべき事柄ではある。
だが誇るものではない。
決して驕るものでもない。
社会においてもそうだ。
5年勤め上げた者と1年目の者を比べる必要はない。
まして「あいつを見習え」などという必要などない筈だ。
家においても兄弟を比べる必要はない。
それを糧にする者がいれば、それを苦にする者もいる。
基礎が成り立った同士で、始めて競い合う事が出来るのだから。
この半年で思った事を報告書へまとめる。
オリハが必要性を感じたのは、さらに低年齢層の学習だった。
簡単な文字や言葉だけで良い。
容易な数字の足し算や引き算だけで良い。
そういった場所を作る事の提案であった。
それこそオリハが当初求めた、森の中のあばら屋でも良い。
負担はあるだろうが、教会などで行うのも良いかも知れない。
その書類をまとめ上げ、判を手にとり魔力を通せば底に文字が浮かび上がる。
廊下からパタパタと足音が響く。
騒ぐ子供達の声が聞こえる。
タンと判を押してから書類の束を封筒へと仕舞う。
「おかーさーん、帰ろー」
開くが早くハルが声を出す。
「はしたないわよ、ノックくらいしなさい」
「えー?」
「えー?じゃないの!」
エリーが先に注意をしたので、オリハがする必要がなくなった。
「まだ仕事?」
「いや、丁度終わったところだ」
オスカーに笑顔で答える。
定番ともいえる「ここでは理事長、先生と呼べ」などと言う事はない。
どちらかと言えば、全生徒から「母」と呼ばれたいのだ。
来週からサテライトの街では収穫祭が行われる。
領主であるオーウェンの案で、生徒達も巻き込む事にしたのだ。
とはいえ荒事ではなく、1週間の休みと小遣い稼ぎである。
生徒達の食事は、例え学園が休みであっても寮で作られる。
なので食いっぱぐれる事はない。
尚、その金額は低価格だが奨学金としての項目に計算されて上乗せされ、制度を使用している生徒のいる学園へと毎月振り込まれている。
返金は早くても3年後になるが、心配したオリハがエインに尋ねると、嬉々として年間支払総額と資本金額を告げられた。
それを聞き、10年後からの返金でも全く問題なさそうだとオリハは思ったという。
生徒達の環境としては、申し分のないように取り計らわれている。
だがちょっとしたお小遣いなどを奨学金から回す訳にはいかない。
中には裕福な家庭の生徒もいるが、皆がそうである訳でもないのだ。
だからこの1週間、自習するも良し、実家に帰るも良し、祭りの手伝いという形でお小遣いを作るも良し、となったのだ。
オリハやエインではこうはいかなかっただろう。
場合によっては祭りで遊ぶ費用を「支払いは我に」「私めに付けておいて下さい」と全生徒分支払いかねない。
そしてそれを見通したオーウェンの策でもあった。
3人で手を繋ぎ歩き帰る。
これは子供達の希望ではなく、オリハの希望である。
気恥ずかしい年頃ではあるが、母親の望みなので仕方がないと諦めている。
「お前達はどうするのだ?」
「うち次第、かなー」
「何か手伝う事ある?」
ハルの言う「うち」とは教会、孤児院を指す。
「いや、例年と変わらん」
変わらない役割とは、教会を解放しての馬車の待機所、救護所、迷子の待合所などだ。
後は精々飲み物を無料で提供するくらいだろう。
別段、これといってやる事もない。
「じゃあオレは楽そうなお手伝いでも見つけて来るよ」
面倒だけど、と付け加えたのはオスカー。
お小遣いには困らせてはいない筈だが「それとは別」と言って憚らない。
「私はクラスの友達と一緒のお手伝いに行くと思う」
姉貴肌で面倒見の良い、元お嬢様のエリーがそう答える。
あの事件の後、引き取り手がない訳ではなかったが、本人の強い希望でオリハの元に残ることにした。
「わたしはうちの手伝いするよー」
削られた触れ合いの時間が得られるなら、オリハとしても文句はない。
「祭りの日は出掛けるけどねー」
仕方ない、と少し残念に思う。
「ふーん、ねえ、誰と行くの?」
「んー?アルがねー、一緒に見ようって」
「へえ」
目を細めてニヤニヤとするオスカー。
「またアキが荒れるわね」
「・・・なんで?」
鈍くはない子の筈である。
普段の様子からも気が付かない訳がないのだが、心の底から頭の上に疑問符を浮かべている。
「な、なんでって・・・」
「え、えぇ?」
アレは分かるだろう、と顔に浮かべる。
「だってアキは弟だもん」
「ああ、そういう疑問か・・・」
「アキだってお姉ちゃんとして好きなだけだよー」
エリーとオスカーは顔を見合わせてから、首を振り否定する。
ハルの笑う横顔を見て、やはり聡い子なのだと思った。
だから、もう問題に辿り着いた。
きっと、その答えを出しているのだ。
オリハはその質問をグッと飲み込む事にした。
(ハルが一番、我に似ているのかも知れんな)
そんな事を思いながら。
街中は落ち着きのない騒動しさに包まれる。
4日をかけて準備を進め、2日間のお祭り騒ぎ。
そして撤去という片付けに丸1日をかけ、計7日という日数で行われる。
聖オリハ学園の生徒達も、所狭しと駆けずり回る姿が街中至る所で見かけられる。
寒村から出て来たような子供らは、自分で稼ぎ、そしてそのお金を自分の為に使うような経験はこれまで皆無であった。
だからこそ、見かけられる顔は笑顔が多かった。
オリハも祭りの日まで、久方振りの母としての時間を過ごせた。
ただ無難に過ごした。
そして有意義に。
何事にも憂うべきもなく。
祭りの初日、エリーとオスカーは友人と出掛けた。
ハルが全員のお小遣いを握り、イリナ、アルト、ワルン、ウォルター、ユグルドが手を振り出掛ける。
こういう時のハルは遠慮がない。
ただオヨヨと品を作り、我が子らに手を振り返すのみである。
「いってらっしゃいませ!」
そして口髭を乗せた丸いお盆が笑顔で手を振る。
「ところで何故ここに居るのだ?」
「今日でしたら二人きりになれるかと、オーウェンめも忙しいだろうと思いまして」
糸目が線になりニコニコとご機嫌を隠そうとしない。
確かにオーウェンは広場で各方面からの挨拶に追われている。
街が栄えれば栄える程、その業務は忙しくなる。
今日は恐らく出突っ張りになる筈だ。
毎年の事だが、オリハは責任者として教会にいるだけなのだ。
馬車の整理は領兵が、休憩処や救護所などはアルベルト子爵家の家令や侍女が請け負っている。
つまり暇なのであった。
「・・・そこにマリアがいるではないか」
「マリアは出来た侍女で御座いますれば、決して数には含みません」
そして存在感を影のように薄くし、何故か眼鏡だけを光らせるのであった。
それこそが恐らく侍女クオリティというものなのだろう。
収穫祭とは翌年の豊穣を願う為の祭事だ。
そして今年の御礼として供物を捧げる儀だ。
本来であれば司祭は忙しい日である。
オリハがサボっているという訳でもない。
祭壇は街の広場に組み立てられている。
オリハがいる教会でそれをしないのは、十二柱全てを祀る教会であるからだ。
その中には豊穣に関わりのない柱とている。
美の柱に願っても何も叶わないだろう。
司祭は広場の祭壇の横に貼り付き、寄進や布施を促すのが役目でもある。
だが教会府には司祭の役職を受けた時に、街名義でそれ相応の額をオリハが収めている。
変に口を挟ませない為でもあった。
司祭として冠婚葬祭を頻り、説法も説いた。
だがそれは神の信者としてであり、布施を集める為ではないので、布施を受け取った事がなかった。
そして説法の中で告げる。
「司祭とは神の代弁者でも、柱との仲介者でもない」「金に困っている教会ならともかく、困ってもいない教会に布施を施すくらいなら、街中を走り回る子供に飴玉をくれてやった方が神々は喜ぶだろう」と。
なので街の人達は祭壇の横に司祭がいなくとも、それを不審がる事はない。
収穫祭の日に、日がな昼間から酒を飲んでいたとしても、それを気にする事もないのだ。
寧ろそれを見かけられたら相伴に預かられるか、精々、生暖かい目で見守られるくらいだろう。
目の前には酒の空き瓶がある。
あれから様々な果実を利用した「神の雫」が生み出されていた。
オリハはロックを好み、エインとマリアは炭酸水で割って飲んだ。
交代になる領兵にも振る舞った。
収穫祭を覗きに来た旅人や商人にもだ。
救護所として飲み物を無料で提供しているのだから、その飲み物が酒だったとしても問題はないだろう、と生臭司祭は言う。
「あの・・・オリハさん、ですよね?」
酒を飲ませようとしていた青年が帽子を脱ぎ、そう問いかける。
「ああ、全くお変わりないですね」
「・・・すまん、失礼だが?」
「ご無沙汰してます!昔、虐められてた所を助けてもらって、魔法を教わったマインです!」
差し出された手を反射で握り返しながら、思い出そうと唸る。
「あはは、10年以上も前になりますからね・・・」
その言葉に思い至り、頭の上に電球が浮かぶ。
「思い出した!ああ、大きくなったな!」
当時十歳の少年であったマインは大きく成長していた。
肩を叩けば、しっかりと肉が付いているのが分かる。
人当たりの良い気が弱そうな顔は変わらないが。
「お陰様で、あれからも訓練はかかしてませんよ」
そう言い「Color」を唱え、色の付いた人形を宙に浮かべて見せた。
「うむ、しっかりとした術式だ・・・ところで今日は祭りの見学か?」
「いえ、こちらの領主様から仕事の依頼を受けまして」
その言葉にエインの耳がピクリと動く。
「オーウェンから?何の仕事だ?」
「はは、恐縮ですが内緒にさせて下さい、明日のお楽しみなんで」
他国から態々魔導師を呼び寄せたのだ。
何らかの演出なのだろう。
「そうか、ならば楽しみにしているぞ」
誇らしげなマインの笑みを前に、心からそう告げる。
纏う感情の香りがその期待を高めさせた。
「失礼します」と去るマインに手を振る。
横で今度はエインがうんうんと唸り、ポンと手を叩いた。
「・・・ああ、彼の方がマイン様に御座いますか」
「知っておるのか?」
「ええ、何でも新しい魔法を編み出されたとかで・・・オリハ様こそ何処でお知り合いに?」
「うむ、昔、少しだけ魔法の手習いを、な」
思い返せば数日だったとはいえ、オリハにとっての初めての教え子ともいえた。
感慨深くも懐かしく思う。
「昔・・・で御座いますか・・・」
そう独りごち考え込むエイン。
「全く・・・そういう間柄ではない」
溜息を吐きながら、エインが考えていそうな間柄を否定する。
少しでも接点のある男が近寄ると、頬を膨らませてむくれる辺り、アキとそっくりであった。
この場合はアキがエインと似ているというべきなのか、血筋というべきなのか。
「いえ、そうでは・・・なくて、ですね・・・つかぬ事を伺いますが・・・」
「何だ?」
「オリハ様は・・・何処にも行かれませんよね?」
ふいに飲んでいた酒を気管に詰めてしまい咳き込む。
「・・・っ!・・・グッ、ゴホッゴホッ、な、何なんだ?いきなり」
「ハル様や他のお子様方、学園の生徒達をおいて・・・まして私めをおいて、何処かに行ったりはなさりませんよね?」
エインの真剣さに気圧されたのもあるが「行く訳がない」の言葉を吐き出す事が出来なかった。
己の安易な嘘などエインなら簡単に見破るだろう。
これまでの付き合いを思えば、想像するに容易い。
「全く、何を言いだすかと思えば・・・その様な事があれば必ず告げる、我から頼りにされている自覚はあるか?」
だから嘘をつかずに、笑いながらそう答えた。
その時が訪れれば、エインに子供達の事を頼まなければならない。
己が何者であるのかも。
「・・・申し訳ありません、おかしな事を聞きました」
「飲み過ぎたのではないか?」
「そうですね、少しお水を・・・ああ、マリアすみません」
そして冷たい水の入ったコップをひっくり返し、頭から水をかけた。
「なっ!ち、違います!やるのでしたら水を勢い良く顔にぶつけるようにして下さいっ!」
「失礼しました、もう一杯いきますね?」
「やめろ、食堂が水浸しになるだろうが!」
「では、お湯でやりましょう」
「熱湯でお願いします」
「やめろ!」
失笑しながら二人のやり取りを止める。
止めなければ本気でやりかねないのは重々承知の上だ。
長い付き合いがそれを確信させてくれる。
変わらない。
当時と相も変わらず全幅の信頼を寄せてくれる。
出会った頃から何も変わらない。
だから信用出来る。
そして信頼出来る。
エインなら受け入れてくれるだろう。
例え己が神の武器だと告げたとしても。
・・・変態なのだから。
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