135 / 162
最終章
最終章-17 神の武器、収穫祭2日目
しおりを挟むその日の夕刻には王都への帰路に向かった。
陽が沈んだ頃には屋敷へと着いていた。
どうしても外せない商談があり、翌早朝には港へと向かわなければならなかった。
そのエインは、一心不乱に机に噛り付いている。
先程まで資料の如く目を通していたのは、オリハと子供達による合作の絵本の数々。
そしてオリハによって埋められた歴史とされた真新しい歴史書の数々。
そして今はまるで殴るかのように、一枚の紙に書き込みをしている。
言うまでもなく、エインが持っている絵本は各一冊ではない。
読書用、観賞用、布教用、保管用、抱いて眠る用の五冊である。
歴史書は監修のみなので、その対象ではない。
読書用と保管用の二冊のみである。
疑問があればエインとて筆は取る。
疑問を書き並べ、推論を重ね、結論を導き出す。
頭の中だけで考えるよりは、きっと答えに近付きやすいのだろう。
そして書き慣れたであろうクエスチョンマークからイコールを書いたところで筆が止まった。
あの時、ふと思い付いた質問を強引に捻じ曲げた。
エインは唐突に襲いかかる嫌な予感から逃げ出したのだ。
だから敢えて逃げ道を作った。
オリハがその問いに答えられない場合、質問の中に自分への回答を含めればそちらに乗って来ると予想して。
だが、推論はあくまでも予想に過ぎない。
如何に論拠が成り立ったとしても証拠がなければ成り立たない。
心証が如何に黒かろうとも、流石に現実離れし過ぎている。
何より、その答えを認める訳にはいかない。
その結末は全ての絵本に詰まっているのだから。
溜息を吐いてから紙を手に取り、勢い良く丸める。
「はぁ・・・馬鹿馬鹿しい」
その考察ごと、ゴミ箱に向かって紙屑を放り投げた。
収穫祭の2日目を迎えた。
例年に比べて国外含め、かなりの訪問者が訪れているようだ。
初日を堪能し、もう人混みには懲りたと、子供達も今日は留守番をしてくれるようだ。
なので今日はお酒も休みである。
無料で配っている飲み物も、果実酒から果実水へとグレードを下げた。
昼を過ぎた頃、約束通りハルをアルが迎えに来た。
「兄上ぇっ!そこを退いて下さいっ!」
訓練用の木剣と木剣が激しく叩きつけ合う。
魔法で身体能力を向上させている筈のオスカーを、その身の力だけで押し飛ばす。
「くっ、面倒だが、ここはオレに任せろ!アル、早く行くんだ!土産は絶対に忘れるなよっ!」
「オスカー・・・ここは頼んだっ!」
「絶対だぞ!山盛りだからなっ!」
「じゃあいってきまーす」
その寸劇を気に留める事なく、アルに手を引かれながらハルが手を振る。
防戦一方のオスカーを眺め「脇が甘い」などと呟きながらオリハも笑顔で手を振り返す。
「・・・っ!」
「げっ!」
カエルが潰れたような声を出したのはオスカーであった。
拉致が明かない剣劇に終止符を打つ為に、アキが魔力を練り出したのだ。
だが、その行為は許されてはいない。
その魔力に逸早く反応したオリハの拳骨が、アキの頭を軽く小突く。
「やり過ぎだ」
アキの魔力不感症は魂の傷が原因だ。
それは決して治るものではない。
そして込める魔力の多寡も分からずに扱う魔法は、制御出来ずに高確率で暴走してしまう。
それ故にオリハに禁止されていた。
「だっ、だって!」
「無理やりでも、誘拐された訳でもあるまい」
それは分かっている。
分かった上で駄々を捏ねているのだ。
「懐が狭い男は嫌われるぞ?」
そして頬を膨らませながらオリハの腰にしがみ付く。
そしてヨシヨシと頭を撫でてやる。
都合の良い二番目の女のような扱いでも、拗ねるアキが可愛いくて仕方ないオリハは気にする事はない。
「・・・それとオスカー」
「なっ、なに?」
「構えが無駄に力み過ぎていた、だから体格差のあるアキにも押されるのだ」
「・・・きそがなってない」
「げ」
「そうだなアキの言う通りだ、では素振りから始めるとするか」
「ぐっ・・・ちくしょう、これじゃ割りに合わねえ・・・」
他の子供達もそれを聞いて参加の意思を示して、自分の木剣を部屋に取りに戻った。
教会の裏手の邪魔にならなそうな場所で、素振り大会が始まる。
その光景を見慣れた街の人や領兵らは微笑ましそうに。
一部、驚嘆していたのは護衛依頼か何かで、初めてこの街を訪れた冒険者だろうか。
何故かそれを見かけた生徒達も混ざり始めた。
急遽開かれる事になったオリハ塾は夕方前まで盛況だったとか。
尚、ひっつき虫という名のアキは「おかまいなく・・・」と最後までオリハから離れようとはしなかった。
夕飯の支度はしていない。
これも毎年の事だが、アルベルト邸へお呼ばれされている。
名目は孤児院の子供達への慰問。
その中身は収穫祭で売れ残った食品をオーウェンが買い上げる。
そして買い上げた食品の消費である。
それは領主としての配慮と貢献である。
孤児院が出来る前までは、大部分は廃棄に回っていたそうな。
だが今は違う。
食に飢えた猛獣、底なしの胃袋を持つ子供達がいる。
本来であればオーウェンからのテイク&テイクな形なのだろうが、ギヴ&テイクが成立しているのだった。
ハルはまだ帰って来てはいない。
街にいるのは魔力探査で確認しており、その身に危険はなさそうだ。
アルがハルに不埒な真似をする、などとは露にも思わない。
何せアルが五歳の頃から知っているのだ。
漂わせる感情の意味も知っている。
偶に来る他所の子ではあるが、付き合いとしてはこの街に来てからずっとなのだ。
その程度の信頼はオリハから勝ち得ていた。
オーウェンも仕事を終えて帰宅している。
祭りも終盤に差し掛かり、もう顔見せも済んだとの事だ。
そして子供達はアルベルト邸の庭園で、余り物の晩餐会に馳せ参じている。
かなりの量はあるので奪い合いはない。
そしてテーブルマナーもない。
「あっ、僕もそれ食べたい」
「んっ」
「元を、元を取るんだっ!」
「これも美味しいよ」
「むぐっ」
特に運動をした後だからだろう。
いつにも増して食欲が溢れている様子だ。
高等部に通うミシェルも卓を共にする。
串焼きから肉をフォークとナイフで抜き取り、丁寧に食しているが、周りを気にする事も、咎める事もない。
孤児院でも見られる何時もの風景だからだ。
「・・・今年もなくなりそうだな」
皮肉ではなく嬉しそうにオーウェンが呟く。
だがオリハは別の事を気にしていた。
例年であれば、アルベルト邸の大きな食卓を利用していた。
初めてなのだ。
屋外、それもこの庭園で。
雨が降る事を気にしている訳でもない。
子供達の為なら、雨雲を散らす事すら厭う事はないのだから。
この庭園はミシェルの大好きな場所であり、オーウェンが決して近寄らなかった場所。
当然、オリハはその理由を知っている。
「良いのか?」
聞く必要はなかった。
この場にいる事、この場を利用する事に、オーウェンから悲観的な匂いはしていないのだから。
思わず聞いてしまったのは、オリハの感傷からだったのかも知れない。
主語の抜けた問いかけではあったが、オリハの表情から違う事なく、オーウェンはその単語を埋めた。
「前から考えてはいたんですよ」
少し恥ずかしそうにはにかむ。
「ミシェルも子供が好きでしたから」
決して忘れた訳ではない。
ただ飲み込めた。
悲しみも憂いも、そして嬉しかった、楽しかった事も全て。
「・・・そうか」
辿々しくはあるが、何とか微笑み返す。
少しそう思われる事を羨ましく思えた。
ある日、ふと自分が消え去った後で、己はそう思ってもらえるのだろうか?
子供達の記憶として生き続けられるのだろうか?
誰も害する事なく、ただ、その心の中に。
「それにこの庭園で、この風景を、貴女と見たかったのです」
それも同じように覚え続けてくれるのだろうか?
「それだけで良いのか?」
悲しみに暮れる事なく、無邪気なその微笑みの中で。
「困らせるつもりはありませんよ・・・私は喜ばせたいだけですから」
どうすれば、嘆く事なくその境地に導いてやれるだろうか?
「なら大丈夫だ、これ以上ない程に感謝している」
忘れて欲しい、なのに忘れて欲しいとは微塵にも思えない。
何と我儘で、何と傲慢な考えなのだろうか?
「ははっ、でもこれからなんですよ、お楽しみは」
「これから?」
辺りは薄暗さを増している。
庭園には魔道具の灯火が既に点けられていて、食事を取るに充分な仄かな明るさを保つ。
オーウェンが懐の懐中時計を取り出し、一人頷く。
「ええ、そろそろ・・・始まるようですね」
そして空へと手で視線を誘う。
ひゅうーん
どん!
「うおっ!何だあれ?!」
子供達から声が上がる。
ひゅうーん、ひゅうーん
どんどん!
「なんかきれいだねー」
「うん、おはなみたい!」
次々と放たれる魔法を前に、食事の手も止めて空を見上げた。
「・・・いかがです?」
放たれた魔力の持ち主がマインだとは直ぐに気が付いた。
「ああ、これは何とも・・・面白いな!」
敵意も感じず、危険なものではないと判断した。
なので色取り取りに空に咲く光る花のような魔法を解析し始める。
「基本は「Color」だな、瞬間的に魔力を放出させ切る事で光を強調させているのか・・・音はわざと付与している、うむ、目を惹かせる為だな?」
「・・・オリハさん?」
「術式は・・・違うな・・・ああ、こうか」
そして手元にミニチュアの花火をポンポンと作り上げる。
「お母さん、何それ!」
「すごーい、空のと同じやつー?!」
「ああ、後で教えてやる、今は大きいのを見ておけ」
「「「はーい」」」
予想外の反応ではあった。
だが苦労して呼び寄せた甲斐はあったかな。
そう苦笑いするオーウェンだった。
魔法による花火が終わり、食事が再び始められた頃、ハルとアルは孤児院の前にいた。
離れた所に護衛が付き従っているのは当然の事であり、致し方ない事だ。
「アル、今日はありがとう」
「・・・ああ」
「じゃ、また明後日、学園でねー」
「・・・あ、ああ」
奥歯に物が挟まった様子を隠せずに、アルが戸惑う。
何事も無かったかのようにハルは手を振り扉を閉めた。
「・・・はあ」
遠ざかる足音を扉越しに確認してから、零すように溜息を吐いた。
まだ誰も帰って来ていないのは知っている。
お腹も空いてはいない。
少しだけ、一人になりたかった。
「まいったなー、もー」
だから何も気にせずに声を張り上げる。
「これからもオレと一緒にいて欲しい、キリッ、だってー」
上手く真似れたと一人笑う。
だからハルは「当たり前でしょ?友達なんだから」と答えた。
「はー、いれる訳がないのにねー」
身分の差がある。
友人としても学園内までだろう。
ベッドにボフンと倒れこむ。
「・・・いれる訳がないのにね」
種族の差がある。
それは寿命の差でもある。
ゴロンと仰向けになる。
「・・・まいったなー」
悪からず思っている相手から、分かりやすく情を向けられ続ければ絆されもする。
その情が想いに変わるのに、そう時間はかからない。
分かっていた。
この気持ちを素直に返す事はない。
この想いが報われる事はない。
だから友人止まりの関係でいい筈だ。
母がそうしているように。
「・・・ほんと強いよねえ」
誰が、何が、とは言わずに、そう独りごちた。
0
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
水定ゆう
ファンタジー
村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる