赤子に拾われた神の武器

ウサギ卿

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最終章

最終章-24 神の武器、敗北

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アルは速い踏み込みから先の先を取りに行く。
疲労やもう二戦する事を踏まえれば、決して悪い選択肢ではない。
元より機先を制する剣技を得意としている。
剣撃によるフェイントではなく、大振りなどで敢えて隙を作り、後の先を狙うなどの戦法を好みとしていた。

だがここは敵地アウェーだ。

ここまでの連戦により、アルの手札は曝け出されている。
いくら次期皇太子、王子殿下とはいえ、他学園の生徒に優勝されるのは誰だって面白くはないだろう。
情報は自然と集められ伝えられた。
汚い行為ではない。
情報とて武器の一つなのだから。

その武器を元に選んだのが、同様の先の先であった。
アルが素早く大きく二歩踏み込み、袈裟で大斬りを狙ったのに対して、相手側は大きく一歩踏み込み上段からの切り落としを選択した。
上背も体格も1学年上の相手は、アルよりも一回り大きい。
膂力の差もあるだろう。

この体勢では狙えても有効打の籠手部分のみだ。
逆にアルは頭部を晒している。

内心で舌打ちをし、脇を締め肘を畳む。
剣撃と剣撃が激しい音を立て重なる。
やや体勢を崩しながら大きく弾かれたのはアル。
相手側は後方に一歩退がるに留まる。
想定通りの結果故だろう。

であれば一呼吸も与えてやる理由はない。

逆に大きく前へ踏み込み、体勢の崩れたアルを狙う。
それを剣で受けずに無理に体を捻り躱す。
腕が強く痺れていた為だ。
だから次の返す刀で放たれた一撃はもう回避する事が出来ない。

それが少し大振りになったのは若さ故か。
黄色い声援の向けられる王子殿下に対しての、少しばかりの嫌がらせであったのかも知れない。

下方向から逆袈裟で剣撃が飛ぶ。
それに対してアルは左手のみで剣を持ち、籠手の有効打すら避けるように右腕を高く上げる。

「・・・馬鹿者が」

その様に来賓室からオリハが苦々しく吐き捨てる。
教えてはいない。
将来において何の役にも立たない戦い方など。
そして弱々しく鐘の音が鳴る。

「有効っ!」

審判が声を上げてそれを伝える。
湧き起こる声援を他所に、オリハが退席を告げ席を立った。
教えてはいない。
避けきれないので防具で覆われていない上腕で剣撃を受け止め、ダメージにもならない籠手に剣を当てるなど。

もう戦いにはならないだろう。
舞台に飛び出て今すぐにでも止めるべきか?
オリハはその思いに首を振る。
岩に齧りついてでも守ろうとした矜持からの行動だ。
行動の結果は甘んじて受けさせなければならない。

その衝突が試合開始より10秒。
そして現在1分に差し掛かるところ。
アルは剣を右手に携え、左腕をただぶら下げている。

ハルとオスカーは審判に試合を止める事を叫ぶ。
アルがそれを視線で制す。
確実に止めるべき場面である。
だが余計なところで、アルの立場が融通を効かしてしまっている。
出血は見られない。
骨は折れていそうだが、命に別状はない。
ならば教員とはいえ、王族に傅くのは致し方ない話だ。

攻める力は残ってはいない。
あと4分間逃げ切るだけだ。
5秒が、10秒すら果てしなく感じる。
まだか?まだ5分立たないのか?
その磨耗する精神がとうとうアルの膝をつかせた。

そして控え目な鐘の音と勝鬨が響き渡る。
残り時間をまだ3分以上残しながら。


「ア、アル・・・」

震えるような声をかけて来たハルから苦々しく視線を外す。

「・・・すまない」

「後にしろ、治療が先だ・・・運ぶぞ?」

そう告げるとオリハは鎧を着たままのアルを、軽々と横抱きにする。
所謂お姫様抱っこである。

「なっ!」

「ち、ちょっと、お母さん!」

「あ、歩ける!歩けるから下ろしてくれ!」

「駄目だ、無様な戦いをした罰だ」

そうオリハは死体蹴りをする。
観客席から耳に届いた歓声とは全く異なる。
勝ちを諦めない?
執念を感じた?
感動した?

否、ヤケクソになっただけだ。

どうしてもというなら籠手で剣を受ければ良かった。
このままでは勝てない。
そう感じたからこそ、アルは一か八かの勝負に出ただけだ。
それを見抜けないオリハ教師ではない。

「諦めろ」

「くっ!」

だからアルは苦々しく頬を染めて視線を逸らす。
今度はハル相手ではなく、顔の横に、身体の上に鎮座するオリハの豊満な胸からだ。
青少年には中々に厳しい罰といえるだろう。
それが友人と惚れた少女の母親であれば尚更である。

「医務室に向かう、さして時はかからんだろう」

その言葉にオスカーもハルも胸を撫で下ろす。
母親オリハの見立てなら間違いない。
ただの骨折程度なら数秒で治療を終えてしまえる母なのだから。

時間がかかるといえば、アルの場合は疲労だろう。
早々に回復させる手段がない訳ではないが、疲労は経験でもある。
簡単に消してやるというのも如何なものか。
持続型の回復魔法を、横抱きのまま微弱にかけてやる事にする。

医務室に着きベッドに下ろす。
アルは自由に動く右腕でずっと顔を覆っている。
単純に気恥ずかしさからだ。
それから左腕を診る。
筋繊維の部分断裂と上腕骨のひびといったところか。
もうオリハからは何も言わずに回復魔法をかけてやる。
説教と罰は済んだ。
これで充分だろう。

「・・・弱いな、俺は・・・」

腕の痛みが多少は和らいで落ち着いたのか、アルが独りごちる。

「・・・約束すら守れない・・・」

それに肯定も否定もしない。
その意図までは分からない。
少なくとも抱えている感情だけは伝わる。
悔しくてたまらないのだと。

少年は自信が欲しかった。

今年に入り、ある言葉を耳にするようになった。
それが「英雄の子供」である。
英雄とはオリハを示し、子供とはティダ、それからナツとフユを指した言葉だ。
ティダは今年S級冒険者に昇格した。
武の分野だけではなくまつりごとという分野において、ナツとフユは才覚を表した。

いずれ世に出てくるだろう、第2世代のハルやオスカー、エリーへの期待は自然と高まっている。

これにより寧ろハードルが上がったのはアルの方であった。
そも身分違いなどはない。
爵位がないだけでオリハは「亡国の女王」であり、ハルは「亡国の姫君」なのだ。
こじつけとはいえ、3ヶ月の短い期間だがエルフ国を統治した結果である。

祖父のようにスキルがある訳ではない。
武においては年下のアキに勝てない。

だからアルは自信が欲しかったのだ。

「なあ、オリハ・・・理事長」

「クスッ、何だ?」

取ってつけた言葉に失笑をこぼす。

「・・・分からない事があれば聞いて良いんだったな?」

去年の入学式の話だ。

「ああ」

「俺はどうしてもハルが欲しい、ずっと側にいて欲しい・・・なあ、どうすれば良い?」

約束すら満足に守れなかった。
それでも諦めたくはない。
自信すら失った少年は縋る思いで問いかけた。

アルから感じる匂いは知っている。
祖父のオリバーとは違い、オリハを利用するつもりもない。
ただ個としてのハルを求めている。

「・・・教えてやっても良い、が我からも一つ問いたい事がある」

「俺で答えられるなら」

ハルの感情も知っている。
苦労を鑑みた上で2人が決めたのならば止める理由はない。

「アルはいずれハルを置いて逝く」

「・・・ああ」

「その事についてはどう考える?」

だからこれはオリハの単純な疑問からだ。
年数は全く異なる。
それでも置いて逝く事に違いはない。
オリハにその答えはない。
どう報いたら良いのか、未だに答えは出ない。

「・・・俺は・・・」

寝そべったまま答える話ではない。
アルは上半身を起こしてオリハに向き合った。


時を同じくして。

「大丈夫か?アイツ結構強いぞ」

「んー、アキよりも?」

「うちの弟君では比較対象にはなりません」

「どっちよ」

「アキ」

「じゃあ大丈夫だよー、

「そっか」

「だからオスカー、後はお願い、ね?」

「・・・分かってるよ、はあ、面倒臭え」

ニヒヒと笑いながらオスカーに手を振る。
何だかんだと友達思いの良い奴なのだ。
ここまでのアルの奮闘を無にするような輩ではない。

オスカーは行商人になりたいと言って憚らない。
色んな国を、風景を見て回りたい。
金は生きれるだけあれば良い。
何の柵のない行商人になりたい。
そう、あの時に襲われて亡くなった両親のような。

オリハの子供というだけで目立ってしまう。
優秀なところを見せてしまえば、それだけで柵が出来てしまう。
だから目立ちたくはないのだ。

面倒くさがりなのは元からだが。

だがそれも天秤に掛ければ容易に傾く。
学園の名誉では決して傾かない。
オリハの誇りだけでは、思う所があっても傾かない。
この男は困っている人を見れば、溜息と悪態を吐きながらも手を伸ばす、貧乏くじを好んで引きたがる、そういう面倒な男なのだ。

だからモテない。

オリハという女性でありながら成功を収めた、それに憧れて聖オリハ学園を選んだような淑女に選ばれるようなタイプでは決してない。
それこそ姉弟のようにして共に育ち、元貴族の息女でありながら腹黒い親戚に引き取られる事を良しとせず、且つ面倒見が良く、オスカーの事を良く知っていて「もう仕方ないんだから」と言い放つ運動音痴なエリーくらいなものなのだ。

だからオスカーはこの学園ではモテる事はない。
アキから毛嫌いされている理由でもある。
知らぬは当人ばかりなり。

同い年にはなるが、頼りになるチイ兄ちゃんが後を請け負ってくれた。
ならばハルに後顧の憂いは無い。

戦さ場と呼ぶには烏滸がましい。
チャンバラの舞台に天真爛漫な華が一輪。
母の如き絢爛な大輪の華ではなくとも、観る者を魅了し得る白銀の剣道小町。
相手は格上、不足無しの待った無し。
勝敗にケチを付けるつもりはない。
敵討ちなどと言うつもりもない。

それでもこの相手だけは譲るつもりは毛頭ない。

「よろしくねー」

ニコニコ笑顔でそう告げてから顔当てを下ろす。
もう勝負は始まっている。

情報は武器だ。
相手はハルを全く知らない。
この状況は強力な武器になる。
それに相手が黄色い声援を贈られるアルを見て、不愉快に顔を顰める様を見ていた。
相手の反応を伺う。
手応えを確認してから兜の中で母譲りの顔をする。

それは下弦の月を思わせる、とてもとても悪そうな微笑みであった。


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