赤子に拾われた神の武器

ウサギ卿

文字の大きさ
144 / 162
最終章

最終章-26 神の武器、誰が為の

しおりを挟む


あの後のハルの怒りは中々に尾を引いた。
正確には拗ねていたともいう。
アルとまともに口を聞くのに1ヶ月を要した。
その間に何度もアルが理事長室を訪ねたものだ。
羞恥心からこれまでは遠慮していたのだろうが、一度聞いてしまえば後は惰性だ。

その事に勘弁して欲しい、とオリハは思った。

答えるのが億劫な訳ではない。
ただハルの「ほら、他所の子に甘い」という視線が辛いのだ。
それでも相談に乗る事自体には異存はない。
言われる通り、やはり「他所の子に」甘いのだろう。

その後の流れをを見守る限り、互いに好意を認め、所謂お付き合いなる状態へ突入した模様だ。
とはいっても別段変わった事はない。
しっかりとした線引きを怠らないのはハルらしいともいえる。
精々、二人でいる時間が少しだけ増えた程度で、後はアキが拗ねたくらいなものだ。

これで恋愛経験というもので、娘と大きく水を開けられたオリハである。
だが悔しいと思うよりは素直に参考にした。
仮に誰かと付き合ったとしよう。
何が変わるのだろうか?

表立ってイチャつく?
そんな己は想像出来ない。
抱えている業務もあれば、母親業もある。
それを放り出してまで恋愛に勤しむ趣味はオリハにはない。

そも誰を選ぶというのか?
酒と悦楽の柱であれば「全員」と答えるのだろう。
そんな甲斐性と余裕はオリハにはない。
誰を選んだとしても角が立つ。

それに説明する責任がある。
己がヒトではなく神の武器なのだと。
ヒトではないと知った時の反応、それが何よりも恐ろしい。

大丈夫だとは思っている。
信頼も信用もしている。
それでも怖いものは怖いのだ。

不思議とエインは何も言わずに受け入れてくれる気がした。
逆に喜ぶのではないか?
だが「鞭になって私めを打って下さい!」などと宣われては100年の恋も冷めかねない。

そんな馬鹿げた想像をし思わず失笑する。

いずれ至る日を、笑い話にして思う日が来るとは思わなかった。
未だに恐怖心はある。
伝えられる想いを返す事も出来てはいない。
未練もあれば後悔もある。

それでも、今、オリハは幸せだった。

だから恐怖に苛まれ、そして怯え泣き暮らす。
そんな真似だけはしたくはなかった。
子供達からも、エインやレオ、オーウェンからも、学び舎の子供達や同じ志で働く同志達、街の人々や冒険者ギルドの仲間達。
数え切れない人々がオリハに愛をくれた。
伝えなければいけない。
それが果たせる義務であり責任、そして返せる気持ちなのだと思った。

我は幸せ者だ。

その至る日まで、出来るだけ笑って過ごそう。
演技をする必要はない。
多幸感は滲み溢れ出ている。
その日まで惜しみない感謝を続けよう。

少しでも、我が子らが、愛した者達が生きていく世界が平和であるように、そう祈りながら。


変わらない日々の中、充実したと言える日を過ごす。
馬鹿をやり、くだらない話で笑い合い、酒を酌み交わせば新年も迎えてしまうというものだ。

この時代の王族がどうかは分からない。
アルを知っているので大丈夫だとは思うものの、ハルの先々に不安を感じない訳ではない。
礼儀作法については何ら問題はない。
アルのお墨付きもある。
オリハを含め、やらないだけで仕込んではあるのだ。
そこは愛読書である「侍女の心得」全30巻に抜かりはない。
おままごとの中にしっかりと組み込んで教育済みだ。

近所でもレベルの高いおままごとだと評判であった。

風呂上がりに髪を梳いてやる。
ハルはいつもの様にオリハのストレートの髪を羨ましがった。
そしてオリハはハルの髪が好きだと微笑む。
変わらない遣り取りの中に質問をひと匙加える。

「なあ、ハル」

「なーにー?」

選択するのはハルだ。
余計な世話なのは理解している。
それでも気にかかるのは親心だろう。

「ハルは将来どうするのだ?アルに嫁ぎたいのか?」

「んー・・・お母さんはどう思う?」

「正直にいえば反対だ、苦労するのが目に見えている」

「・・・だよねー」

それが本音だ。
本来ならば玉の輿だと喜ぶのかも知れない。
だが、自由になるお金、という意味なら王家の資産よりもオリハの方が多いだろう。
ならば好き好んで娘に苦労させたいと思う親はいない。

「・・・わたしね、お母さんみたいになりたかったの」

「母か?」

「うん・・・わたしがこうしていられるのもお母さんが助けてくれたから・・・」

洞窟にいた赤子だったハル。
そこに遣わされた説明は未だにないが、今なら想像は出来る。
ハルを、ギュストだった魂を救う為だ。

「アキにナツ兄にフユ姉も、お母さんがいなかったら会えなかった」

「・・・ハル」

「オスカーにもエリーにも会えなかっただろうし、アルトやイリナ、ワルンにウォルター、ユグルドにお姉ちゃんって呼ばれなかった」

黙って頷いた。
そうじゃない。
その思いを飲み込んで。

「ミシェルお姉ちゃんがいてー、オーウェンさんとも知り合えたし・・・ティダ兄、シャル姉・・・エインとマリアも!・・・それに学園のみんな、うん、アルもだよね」

そう言って恥ずかしそうに笑う。
違う、そうじゃない。
ハルがいたからだ。

「まー、わたしは強くないけどね、誰かを助けられる人になりたかったの」

ハルが母を望んだからオリハはヒトになれた。
そう望まなければ今のオリハはない。
幸せなのだと、言い切れる己はいないのだ。

「それで色んなとこに行ってー、お母さんみたいに助けて回るの」

物言わぬ物質に過ぎなかった己を救ったのは、救ってくれたのは間違いなくハルだ。
母と呼ばれる事もなく、愛を知る事も出来なかった。

告げられぬ感謝の代わりに、背後からハルを強く抱きしめる。
こうやって大切な娘を両の手で抱きしめられるのも、ハルが望んでくれたから。

「やっ、お、お母さん、苦しいよー」

「ああ、すまない」

それでも離してやれない。
離したくはないのだ。
許して欲しい。
説明もせずに姿を消してしまう母を。

大丈夫だとは思う。
それでも世界の理に触れる事柄を、柱に確認する事なく告げる事は出来ない。

・・・エインは仕方ない。
天罰も自分で何とかするだろう、大丈夫だ。

「もう、仕方ないなー」

そう言ってハルは諦めて笑う。
オリハが感激しているのだと勘違いしている。
それで良い。
涙組む顔は見られたくはないから。

「・・・だから・・・残りの半分はそうしようって・・・もう半分は、うん、アルにあげても、いいかなーって・・・」

「・・・もう決めたのだな?」

顔を背中に埋めたまま問うた。
タンポポのようなハルの匂いの中に、覚悟の匂いを感じた。

「・・・うん」

「そうか、ならば母は何も言わん、ハルの人生だ」

「それでね・・・アルが初等部の卒業に合わせて、その、正式に婚約したいって」

「・・・その準備と打ち合わせに王城に行って欲しい、という事だな?」

「・・・うん」

「最初から、今日言うつもりだったな?」

「・・・はい」

抱き抱えたままハルの脇腹を擽る。
声を引きつらせながら大きな声で笑う。
何かは知らないが「漏れる!」と笑い声に混ざる。
それも未来の皇太子妃の、女王の試練だと、オリハは手を止めなかった。

心ゆくまで、満足するまで擽ったオリハの心に「来年」という単語だけが重くのしかかった。


春を迎え、新たな学生達がやって来た。
それによりようやく聖オリハ学園は、初等部から高等部の全学年、全クラスを埋めるに至る。
足りていない教職員も補充した。
学年責任者と統括学長も任命した。
これによりオリハの業務は最終決裁権と学園に於ける対外的な交渉のみとなった。

つまりはその手を離れたとも言える。

顔を出せない訳ではない。
関われない訳ではない。
指示を出せない訳でもない。
それでも全てを任せる必要がどうしてもあった。

立つ鳥跡を濁さず。

突然いなくなったからとて、業務を滞らせて良い理由にはならない。
それで迷惑を被るのは子供達なのだから。

来年を思うと心苦しく思う。

オリバー、現国王はとうとう引退を決めた。
それに伴い現王太子である息子が王となり、アルは正式に王太子となる事が決まったのだ。
つまりハルは王太子の婚約者として、将来の王太子妃としてお目見えする事になった。

それに向けての障害が全くない訳ではない。

どうやら王家はハルをオリハの実子だと押し切るつもりのようだ。
問題はないだろう。
見た目も同じダークエルフであり、髪も同様に銀髪なのだから。
もし問われれば、オリハは実の娘だと断じるだろう。
ちなみに獣人であるナツやフユも実の息子であり、実の娘だ。
オリハの前では腹を痛めたかどうかなど些事に過ぎない。

後は亡国の王女(3ヶ月)では押しが弱いのと、アルの懸念であった「英雄の娘ハル」の争奪戦に風体を変えつつあるらしい。
だがその辺りはハルを望んだ王家側の問題だ。
丸投げしておけば良い。
オリバーが何とでもするだろう。

問題はただ一つ。
それをオリハの肉体が訴える。

天へ還る。
その時は今年なのだと。



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...