赤子に拾われた神の武器

ウサギ卿

文字の大きさ
145 / 162
最終章

最終章-27 神の武器、至る日

しおりを挟む


唐突に見覚えのある白い世界が眼前に広がる。
その場に連なるのは誉れであった。
物言わぬ、意思を示さぬ物質であった己の誇りであった筈だ。

その身を侵す感情は恐怖。

何もしていない。
何も伝えられていない。

先刻まで我は何をしていた?

夕餉の支度をしていた。
秋の日差しが落ち着き、夜になると肌寒くなってきたから温かいシチューを作ろうと、子供達と一緒に台所に立っていた。

・・・まさか我は子供達の目の前で消失したのか?

襲い掛かる懺悔と未練。

年は越せない。
それは分かっていた。
ハルの晴れ姿を見る事は叶わない。
それも分かっていた。

準備は粗方整っていた。
後は王家側の問題だ。

違う、そうではない。

何もしていない。
何も返せていない。
何も伝えられてはいない。

座する覚悟は出来ていた。
存在の消滅さえ逃れられれば、それで良いと考えていた。
幸せな日々の記憶さえあれば、それで構わない、そう思っていた。

・・・嘘だ。

欲が内から沸々と湧き起こる。

最後の晩餐すらこの身には許されないというのか?
座する場からではなく、もう一度この手で我が子を抱きしめ、瞳を通して記憶に焼き付ける事すら許されないというのか?

この燻る想いを・・・伝える事すら叶わない、のか・・・


愕然とした瞬間、純白な世界が更に白く染まった。
ハルから「お母さん!」と呼び掛けられる声が現実へと引き戻してくれた。

そして白昼夢の如き夢でありながらも、決して夢ではなかったと知る。

握っていた筈の包丁は、手を擦り抜け床に刺さっていた。
縋るハルの顔は酷く蒼褪め、青い瞳に涙を溜めている。
それだけではない。
他の子らの顔も、飄々としたオスカーでさえも同様であった。

間違いなく消失したのだ。
この世界から、この身体が。
時間にして数秒。
恐らくオリハが座する場で嘆きを憂いていた時間と同じ時間だけ。

魂のえにしで繋がった我が子らだからこそ、その事態に気がついたのかも知れない。

教えてくれたのだ。
オリハはそう思った。
この魔物の魂が。
オリハが許された時間を、少しでも後悔せず過ごせるようにと。

なくなる訳ではない。
満たされる筈がない。
それでも一つ願いが叶った。

己の瞳に我が子らを焼き付け、肉を宿す己が身で我が子らを抱きしめられたのだから。

何を聞かれても説明は出来ない。
交わす言葉はただ一言だけ、心からの愛を告げた。
一番幼いユグルドを抱き抱え、頬擦りをする。
縋るユグルドを下ろすのには時間がかかった。

「すまないが母はこれから出ねばならん、ミシェル、頼めるか?」

来年から正式に聖オリハ学園の教員として勤務が決まっているミシェルに問いかける。
オーウェンが年々拡大する収穫祭の後始末に追われて忙しい身の上なので、孤児院の手伝いを兼ねてこちらに顔を出していた。

「は、はい、いってらっ・・・」

「ミシェル」

「えっ、やっ、違うんです、ま、間違ったというか・・・」

周りの状況にやや置いていかれていた。
止ん事無き事があったのは空気で理解する。
故に余計に戸惑ってしまった。
だから、つい、口から出てしまった。
恥ずかしげに言葉を詰まらせたミシェルを笑顔で抱きしめる。

ああ、今日は何と良き日なのだろうか。

そう思いながら。


部屋に戻り着慣れた司祭服を脱ぐ。
取り出したのは久方振りの修道服の方だ。
これから王都まで急ぎ早に行かなくてはいけない。
ならば飾りが少ない動き易い服の方が良いと考えた。
先程のような、あの様な後悔だけは・・・もうしたくはなかったから。

後は錬金魔法の施された印鑑。
それだけを懐に仕舞い込み部屋を出る。

「お母さん・・・」

「ハル」

確かめるようにもう一度抱きしめる。

「帰って・・・来るよね?」

嘘が下手なのは知っている。
特にハルに通じた事など一度もない。



ただ一言に渾身の願いを込めた。
自然と言えた筈だ。
当然の様な笑みを浮かべられた筈だ。
それくらい出来なくてどうする。
母としての最後の役目なのだから。

だからこそ伝わってしまう。
きっと、恐らく、どうしようもないのだろうと。

「いってらっしゃい」

「ああ」

腹芸ならオリハの比ではない。
ハルはそう言って母を見送った。
買い物に出掛ける、その程度の見送り具合で。

何度となく聞いてきた。
幾度となく口にした。

「大丈夫だ」「問題ない」

その言葉を口にしなかった。
つまりはそういう事なのだ。
ハルはそう感じ取った。

何も出来ない。
何もしてあげられない。
ただ口を真一文字に結び見送る事しか、母にしてあげられなかった。


太陽が沈む前に王都へと駆けつけた。
オリハが速かったのか、沈みゆく太陽が気を利かせてくれたのか。
残念ながら前者である。

迫る刻は平等であり無慈悲なのだから。

王都にある魔人国の外交邸に着く。
さも当たり前のように門を潜る。
誰もそれを咎めない辺り、やはりオリハの周りは少しおかしいのかも知れない。

だが今回ばかりは助かったといえる。
時間が惜しいのだ。
未練は消えない。
そして間違いなく残る。

ティダにも会いたかった。
シャルにも会いたかった。
ナツにも、フユにも。
フユからの手紙で聞いた。
最近レオンパルドの元気がないのだとか。
気にならない訳ではない。
返すべき気持ちを抱える相手でもあるのだから。
何か出来る事はあるのだろうか?

考え出せばキリが無い。

手の届く範囲で、出来る事をやるしかない。
その時間が残されただけでも感謝したい。
そう思えるのは、狼狽し後悔し終えたからだろう。
神の武器に宿るこの魔物の魂は、最後の刻までオリハの味方なのだから。

出迎えた執事に面会の意思を伝える。
入れ替わりで出迎えたのは眼鏡を光らせるマリアだ。
オリハの数少ない友人の一人なのだから、思わず抱きついたのは仕方のない事であった。
だから巻き込む事にした。

エインもマリアも変態なのだから、きっと天罰とかも喜ぶに違いない。

任せられるヒトが多いに越した事はない。
事後処理だけでもかなりの手を煩わせてしまう。
手助けする人員は必要になるだろう。
エインの口からマリアにその理由を、ことわりを告げるよりは、オリハから伝えた方が良い。
万が一の場合は座して後、柱に助命を嘆願すれば良いだろう。
そう考えたのもあった。

「オ、オリハ様?どうせ抱きしめるならもう少しきつく・・・」

「エインとマリアに話がある」

「分かりました、人払いは?」

「頼む」

付き合いの長さもある。
声色一つでそう判断したマリアに深く感謝する。
やはりこの二人しかいない。
無条件に信頼出来るのは。
我が子らを託せるのは。

そう思えるからなのだろうか。
全く躊躇を感じないのは。
恐怖心もなく、万が一にも拒絶されるとは考えていない。

「・・・もう一度伺っても?」

聞き直すエインに告げる。

「ああ、我は神の武器、オリハルコンだ」

頭を抱えながらもエインは嫌悪感を漂わせない。
中々に狡い。
薄まる罪悪感を前にオリハはそう感じた。

初めて告げた告白で心が軽くなった気がしたのだから。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

処理中です...