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5 マリー
しおりを挟む昨晩ベッドから窓の外を眺めていた。
空が見える事から2階以上なのだろう。
朝日が射す頃には外から声と音が聞こえてきた。
体を動かすとまだ痛みがあるが、それよりも好奇心の方が勝ってしまった。
鉄球は50kg程度だろうか?
持てなくはないが腕が少し痛む。
鉄球を持ち上げながら窓から下を覗いてみた。
この部屋は2階ではなく3階だったか。
より街並みが見えて良い。
遊んでいる子供達が見える。
商人達や買い物客らしき者達も見える。
馬車も混み合う事なく行き交っている。
その景色に疑問を感じてしまう。
「どこが・・・蛮族の街だ」
おっと、思わず声にしてしまった。
横で私の様子を監視する様に伺っていた兎の侍女がジロッと睨んだ。
・・・窓から落ちたら良いのに、とか思われていそうだな。
「ここは王都か?」
そう質問をすると嫌そうに答えてくれた。
「はい、チューバッカ王国、王都シュノープールです」
「そうか、ありがとう」
返事もせずに顔を背けた。
この侍女もそうだ。
わざとノックをせずに入室してくる。
質問されたら不愉快だと言わんばかりの顔をするが丁寧に教えてくれる。
仕方なくここにいるんだ、そういう雰囲気と仕草をしてくれる。
そんな蛮族がいる筈がない。
ドアがコンと3回鳴ってから開けられた。
入ってきたのは、昨日お風呂で寝てしまった侯爵殿だ。
手に真紅の薔薇の花束を携え、私を見て口をパクパクとしている。
窓から吹く風が清涼感のある香りを届けた。
恐らく侯爵殿が香水をつけたのだろうと察する。
「侯爵殿、昨日は嘘がつけないとはいえ無体な事を言ってしまった、誠に申し訳ない」
先に言っておこう。
気が楽になる。
「そ、そんな事はない、儂こそ無骨者故、失礼した・・・体は大丈夫なのか?」
「・・・っ」
手で頭を抑えながら首を振った。
私は嘘つきだと思い知らされている気がする。
大丈夫だ、この言葉が出てこない。
「はぁ・・・なんとか動ける」
出来るだけ言葉を選んでみた。
また泣かれても面倒だ。
「そ、そうか、まだ痛むだろう?ゆっくり休め、その鉄球を持とうか?」
「私の事は気にしないでくれ、自分で持てる」
「そうか・・・そうだっ、其方に似合う花を買ってきた」
正直に嫌いな花だと言えば不興を買うだろう。
また泣き出すかも知れない。
「・・・っ」
鉄球を両手で抱えながら微笑むに留めた。
私の笑みに満面の笑みで返してくれた。
ありがとう、その言葉すら出ない。
有難迷惑とさえ感じているからか。
侍女に花束を渡し花瓶に生けてくれと指示を出した。
受け取り侯・・・もう熊で良いか。
熊から見えない角度で私を睨みつけている。
私の態度が不満なのだろう。
これでも努力しているつもりなんだがな。
ベッドの上に腰掛け鉄球を足元に置いた。
外傷は全くない。
回復魔法で処置してくれたのが解る。
とはいえ万能な物ではない。
筋肉や骨がまだ軋む様に痛む。
「失礼する・・・名前を聞いても良いだろうか?」
「・・・ローズマリー・ドラグノフだ」
椅子に腰掛け名を問われた。
爵位は名乗らなかった。
問題ないだろう事は熊の様子から伝わった。
寧ろ満点を貰ってしまったようだ。
考えている事がなんとなく解る。
また琴線に触れられても敵わない。
先手は打っておこう。
「拙い長い名だ、呼ぶならマリーと呼んでくれ」
「え?いや、どうせなら「マリーと」
「わ、判った・・・マリーだな・・・ああマリーと呼ばせてもらおう」
この呼び名も満更でもない様子だ。
ご満悦な様子で何よりだ。
ローズの呼び名はあの頃を思い出す。
薔薇もだ。
だから嫌いなんだ。
「儂はハッグ・ベアラー、この国の将軍などをやっておる」
そうか、将軍か・・・将軍っ!?
この泣き虫の熊が血塗れの灰色熊?!
帝国に幾度となく煮え湯を飲ませた?!
てっきり親族か何かくらいと思っていたが本人だったのか。
今度は私が口をパクパクとさせてしまった。
これまで戦場で合間見えた事はなかった。
私の隊はこれまで陽動か伏兵の役割が主だったからな。
珍しく本隊の守護に回されて殿を任されたのが運の尽きだったという訳か。
熊が私の様子に目尻まで細めている。
自分の事を知っていた事がそれ程嬉しいのだろうか?
部隊長が敵国の将軍を知らない筈がないだろうに。
「わ、儂の事はハッグと呼んでくれないか?」
「わかったハッグ将軍と呼ばせて頂く」
「出来れば・・・その将軍も外して・・・」
「私は帝国の将だ、敵国の将軍を呼び捨てになど出来る訳がない」
剣が折れたとはいえその思いは嘘ではない。
これからの処遇も決まってはいない。
そう断言したが今回はまだ縋ってきた。
「だ、だがマリーは儂の番だ、ならば呼び捨てにしたとしても問題はない」
と家紋のように番という言葉を出してきた。
丁度良い、ハッキリと伝えておこう。
「ハッグ将軍の番である前に私は帝国の将だ・・・昨日の返事だが、私は番として何ら特別な感情は感じていない」
「な?・・・そ、そうなのか?だ、だが儂にはマリーが番だと・・・」
「私が獣人ではないからなのか理由は判らないが・・・私にはコレが付いているだろう?」
と脚を上げて枷を指差した。
「もう一度言う、私はハッグ将軍に番として特別な感情は一切持ち合わせていない」
そう告げるとハッグ将軍は金槌で頭を殴られたかのように、フラフラと立ち上がって出て行った。
後から食事として味気もない粥が届き、伝言として登城してくる旨を伝えられた。
これからは厚遇ではなく普通の捕虜として扱われるかも知れない。
私はそれを・・・望んでいるのかも知れない。
兎の侍女が私の機微を察してか、薔薇を生けた花瓶を目の届きにくい所に飾ってくれた。
有能な侍女に心からのお礼を告げた。
頬を膨らませ目を逸らされた。
窓は開けたままにしてもらっている。
外から優しい国の住民が奏でる音がする。
その音に耳を澄ませる。
その届く音に罪悪感を積み重ねながら。
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