囚われた姫騎士は熊将軍に愛される

ウサギ卿

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8 マリー

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「ま、待て、尻とはなんだ?何故呼び捨てなのだ?」

「っ!ち、違いますよ、ただの揶揄、だよなっ?」

「一度噛んだではないか」

「ほう?」

「ド、ドラグノフッ!冗談だよな、なっ?」

戦場で互いに名乗り合い剣を幾度となく交わした。
コーザンには私の隊の副官を討たれた。
私も彼の副官を討った。
気がつけば背後を取られる謀策を前に、帝国では死神の異名が与えられた。
そのコーザンがヘラヘラと慌てる姿に思わず噴き出してしまった。

「クスッ・・・私は嘘はつけないんだ、ほら」

とコーザンに足枷を見せた。
足枷を見て顔を引きつらせる。

「・・・ちょっと表に出るか?コーザン」

「ま、待ってくれ、噛んだ事を俺はちゃんと報告したぞ?な、ヒードル!」

「・・・確か2年くらい前でしたか?あの女狐の尻を噛んでやった、とか言ってましたね」

メガネを掛けた豹人はヒードルと言うのか。
戦場で見た事はないから幕僚の者だろうか?
・・・それにしても狐人に女狐呼ばわりとはな。

「ハッグ将軍もあの時笑ってたじゃないっすか・・・てか将軍こいつ誰だか判ってます?」

「儂の愛しのマリーだ」

・・・だそうだ。
嬉し過ぎて思わず溜息が出る。
ただこういう時に私をつがいと呼ばなくなった事は評価してもいい。
あの言葉はあまり好きではない。

「ほ、ほら半年前のワングの隊が手酷くやられた伏兵部隊の隊長っすよ!」

熊は顎に手を当て首を傾げている。
そしてポンっと手を叩いた。
思い当たったようだ。
私は・・・あまり思い出したくないな。
アレは奇襲が

「・・・帝国では激しく誹りを受けたがな」

遠い目で思わず呟いてしまった。
この呟きにコーザンもヒードルも目を見開いた。

「はぁ?何でだ?」

「・・・副将のワングを見逃したからだそうだ」

あそこで追撃をかけていれば・・・
だがそれも可能性の話だ。
ワング率いた小隊の足は速かった。
だから退路の確保を優先したのだ。
あの時は軍議で散々叩かれた。
「私の隊なら仕留められた」「これだからお飾りの隊は」「だから女は」と。
それで今回から本隊の守護に回されたという訳だ。

熊が私を見てワナワナとしている。
そうだ・・・私が殺したのだ。

「あれは陽動だったのですよ」

そうヒードルが言った。

「陽動?」

「本隊の退路を潰す為のね、もし貴方が追いかけていたらコーザンの隊があそこに栓をする予定でした」

「そうか・・・そこまでは読めていなかった」

確かにあの時退路を断たれていたら本隊は必死だった。
・・・しかし自国より敵国の方が私の評価が高いとはな。

「・・・マ、マリィー!」

「っ!?」

熊が詰め寄ってきた。
ベッドに腰掛けていた私が跳ね上がるほど強く。
鼻息がかかる。
目が怒っている事を伝える。
・・・少しは夢が覚めただろうか?
魔女と誹り火炙りでも考えてくれただろうか。

「な、何故コーザンやワングが呼び捨てで儂には将軍を付けるのだっ!」

「「「・・・は?」」」

「なら儂もハッグと!ハッグと呼んでくれっ!」

この目は変わる事なく私を見つめるのか。
何があろうとも揺るぐ事なく。

・・・たまったものではないな。

熊越しに窓際のマリーゴールドが見える。
私にだけその思いを遠慮なくぶつける熊に少し苛立ちを覚える。

・・・良い意趣返しを思いついた。
私の男装?に感涙したのだから少しは効果がある気がする。

「・・・何故 は怒った顔をしているんだい?」

今しがた目を通した小説の冒頭の内容を思い返す。
舞踏会で令嬢に囲まれその相手をしていたが、奥手な1人の令嬢が声をかけられずむくれてしまうシーンだ。

そのシーンの男装令嬢の様に儚げに悲しげな微笑を浮かべる。
・・・上手く出来てるだろうか?
熊は鼻息すらなく固まっている。
問題はなさそうだ。
そして下顎を片手でクイっと持ち上げる。

「そんな顔は君には似合わない・・・あの花の様に笑ってくれないか?」

私の中の熊のイメージは泣いている所か笑っている所なので嘘ではない。
本当は「可憐に笑って」なのだが、そこは制約に引っかかりそうだったので割愛した。

可憐な血塗れの灰色熊ブラッディグリズリーなど想像も出来ん。

しかし間近で見ると・・・黒目が大きくて可愛いな。
円らな瞳というのだろうか?
やや茶色がかった灰色の毛がより黒目を引き立たせる。
遠目で見ると厳ついのに不思議なものだ。

そう思い目を覗き込んでいると下顎を支える指にプルプルと振動が伝わった。
目から顔全体に視線を移す。
・・・口を横一文字に結んで震わせている。
鼻の頭と眉間に皺を寄せている。
これは恥らいか?照れているのか?
その顔に思わず笑いを噴きこぼしてしまった。

「わ、わ、儂は執務室におる、ま、マリー、何かあれば声を上げろ、飛んで参るから」

熊は立ち上がりそう述べ、そそくさと立ち去って行った。
どうせなら感想を聞きたかったのだが・・・まあ成功と言って良いだろう。

そう溜飲を下げて鼻息を荒くする私に、頭を掻き溜息をつきながらコーザンが口を開いた。

「はぁ・・・取り敢えず・・・ぼちぼちと始めようかね」

姿勢を正し、ペンと紙を並べるヒードルと戦場では見た事のない表情をするコーザンを前にして尋問が始まった。


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