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19 ハッグ
しおりを挟む馬車の旅は屋敷で朝餉を終えてから始まった。
マリーは瞳の色に似たサファイアの様なジャケットにシャツ、タイトなパンツを履いている。
パンツは鉄球と足枷があっても履けるように、片側がジッパーになっているそうだ。
髪はシンプルに首元で括ってある。
所謂男装令嬢スタイルだ。
ジャケットは昨晩リズが夜なべをして編んでくれた刺繍入りだ。
背中に大きくベアード侯爵家の紋が入っておる。
上生えの月桂冠の中に大きい熊の肉球がドンと突かれた物だ。
「か、可愛過ぎないか?」と不安がっておったが大丈夫だ。
マリーはいつも格好良い。
王都の北側には空が隠れるほどの山脈が並び立つ。
その先が帝国の言う肥沃な土地で儂の産まれ育った地だ。
今日は北に馬車で6時間程進んだ山の麓の町まで行く予定だ。
馬車の中には儂とマリーとウリナ、御者は犬人のワグルだ。
道中で遭遇した数匹の魔獣は儂の咆哮で退けた。
以降の魔獣避けにもなるからな。
マリーは「私も戦いたい」と強請ったが、その都度相手にしているとキリが無いと諦めてもらった。
出来れば戦わせたくはない。
番の雄としても儂としても。
・・・むくれたマリーが可愛かった。
そんな儂らは今、狼の魔獣の群れに囲まれておる。
しかも20匹近い群れだ。
数的優位に立った魔獣の群れには威嚇の咆哮は意味を成さん。
その意味で思わず舌打ちをした。
だがウリナも戦える程度の魔法は嗜んでおる。
ワグルも腕は立つし何ら問題は無い。
我が屋敷の侍従は優秀なのだ。
「ワグ「ハッグ!遊撃を!ワグル!馬の右方をっ!私は左方だっ!」
止める間もなくマリーが飛び出した。
舌打ちの意味を説明しておらんのに正しく理解して、効率の良い指示を出した。
馬車に戻れと言っても素直に戻らんだろう。
鎖を掴み鉄球を振り回し抜剣しておるマリーを止める術が思いつかん。
頭を掻き毟りながら馬車の外に添えつけた槍を持って儂はマリーに続いた。
ウリナは御者席に立ちフォローに回った。
指事通りワグルは馬の右側、マリーは左側に、儂はマリーの前方の魔「ハッグ!いらん世話だ」とお叱りを受けた。
「ぐぬぬっ!」
とはいえ番の本能がそれを拒絶するのだ。
物申したくなり半身の構えでマリーの顔を見て・・・耳と尻尾を垂れ下げ諦めた。
キリっとした眉は更に釣り上がり、サファイアの様な瞳は輝きながら魔獣を見据え、口は楽しそうに笑っておるのだ。
マリーの気質は戦士のソレだ。
やはり窮屈な思いをさせておるのだろう。
伝わる気配は頼るに値する。
何より戦いの意思を示すマリーは美しかった。
儂は指示通り効率良く槍を振るい魔獣を屠る事で番を守る事にした。
ただ視界の端々でついマリーに目を移してしまう。
鉄球で魔獣を殴り、剣で切り裂き、時に脚を振り回し鎖を伸ばして鉄球を操る。
ああ、あれが儂の[王国の女熊]だ。
辺りに動く気配はなくなった。
血に誘われた気配もない事を確認して、槍を振るい血を払った。
儂の耳に揃ったように剣を振り抜いた音が届いた。
マリーも血を払ったのだろう。
残心の間が揃った事に何となしに笑い合った。
これが気が合うという事か。
「お疲れ様、流石だなハッ、グゥッ!こ、こら、離・・・っ!・・・」
マリーに駆け寄り抱きついた。
軽い口付けではなく激しく求めた。
これは仕方あるまい。
戦いとマリーの事で本能が荒ぶっておるのだ。
ウリナとワグルの目を気にして、「止めろ」と儂の胸を叩こうとした。
魔道具の事を忘れておったのだろう。
制約で固まったマリーを遠慮なく頂いた。
言う事を聞いた忠実な番熊へのご褒美だ。
後から物凄く怒られたのは言うまでもない。
そして儂は馬車の中で鉄球を磨かされておる。
先程までハーっと息を吐きキュッキュとしておった。
今はウリナからワックスを借り更にキュッキュとしておる。
マリーから罰だとやらされておるのだ。
だが分かっておらぬ、これはご褒美だ。
儂がマリーの鉄球を磨く事が罰であるはずがない。
マリーもそれに気づいたのだろう。
不機嫌そうな顔をしておる。
何せ儂ずっと笑顔だからな。
だが別の事をやれとは言わない。
言った事を曲げる事はない。
マリーはそういう良い雌だ。
鉄球でする事がなくなり鎖を磨こうとすると「もういい」と声を掛けられた、残念だ。
丁度山の麓の町にも着いたので良しとした。
王都と山脈の向こうの町々と繋がる宿場町なので宿は沢山ある。
領地へ戻る際に何時も世話になる宿を選んだ。
馬小屋も有り馬車も止められる大きい宿屋だ。
そこで3部屋を借りる。
振り分けは儂とマリー、ウリナ、ワグルだ。
悪意がマリーに向けられんとは限らんからな。
そ、そう、決して!決して閨を共にするのが目的ではない。
「マ、マリー?そ、その部屋は、わ、儂と同じで構わんか?」
ち、違うだろっ!儂っ!
さらっと言わなくてはっ!
意識し過ぎてどもりすぎだっ!
「ん?ああ構わんぞ、何ならシングルでも」
そんなさらっと!男前過ぎるだろうっ!
ど、同衾はまだ早いっ!早過ぎるぞっ!
などと慌てふためく儂を他所に荷物が部屋に運ばれて行った。
部屋でウリナが茶を淹れてくれた。
先程の魔獣との戦いを興奮さながらにマリーと話している。
儂は口を開けられなかった。
開けると心臓が飛び出そうな気がしたからだ。
今晩ここでマリーとふ、二人きり・・・
その考えを茶で何度も喉の奥へ流し込んでいた。
「・・・ッグ?おいハッグ聞いているか?」
「あっ、ああすまない考え事をしておった」
「誰も教えてくれないがそろそろ良いだろう?」
「何がだ?」
「領地はどんな所なんだ?」
「ああ・・・マリーには先入観なく見てもらいたいのだ・・・山脈の向こうの帝国の言う肥沃な土地をな」
「荷物を見ればもう大体分かるが・・・それ程なのか?」
「ああ、そして儂の産まれ育った所だ」
「・・・そうか楽しみだ」
そう言い窓の外に視線をやるマリーを見た。
出来る事なら第二の故郷になれば良いが・・・
夕食は宿屋の食堂で頂く事にした。
旅先において雇用主がどうこう言うつもりはない。
なので4人で食卓を囲んだ。
マリーも騎士団歴が長いせいか気にしないようだ。
この中で一番酒が強いのはウリナだろう。
先程からワインを湯水の様に腹に収めている。
その次にワグルだな。
多分これくらいが普通なのだろう。
儂もマリーも酒はあまり得意ではない。
屋敷で飲む時は二人共ワイン一杯が精々だ。
後を思い緊張から少し飲み過ぎた。
ウリナに釣られたのもあると思う。
マリーから「飲み過ぎだ」と言われた気がする。
儂は「大丈夫だ」と言った気がした。
気がつけばマリーの良い匂いが鼻の先についた。
髪が鼻の先をくすぐった。
もっと嗅ぎたくて鼻をスンスンとした。
「ば、馬鹿者っ首筋に冷たいものを当てるなっ」
「お、奥様、大丈夫ですか?」
「ああ、悪いが鉄球をこの手に乗せてくれ」
「旦那様は無理ですがそれなら・・・」
耳に言葉が入るが頭には入りそうもなかった。
ただマリーの匂いに顔を埋めていた。
「・・・階段で落としても知らんぞ」
甘い声がより夢見心地に誘う。
「奥様、ドア閉めておきますね」
「ああ、ありがとう、お休み」
何処かに捨てられた気がした。
離れるマリーの匂いに慌ててしがみついた。
「ふぅ・・・こ、こら、服が皺になるだろうが」
儂の匂いも擦りつけたくなった。
「や・・・い、いきなりは、無理・・・んっ」
蜂蜜と桃が混ざったようなマリーの匂いと声に・・・
「・・・ハッグ?・・・はぁ・・・ヘタレが」
夢の中に沈んだ・・・
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