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18 ハッグ
しおりを挟む儂の物を奪われそうになった、とあの日暴れたのは番の本能だった。
儂の所為でこのままではマリーを不幸にしてしまう、と心から後悔したのは心の中の小さい儂だった。
そして小さい儂は本気でマリーを手放そうとした。
あの瞬間大きく番の本能を上回った。
追い出された本能は往生際が悪く腕に宿った。
だから小さな儂は審判の時を待った。
本能を断罪するつもりで。
「違う」
聞き方が悪かったのだ、そう思った。
だから今度は儂の罪をハッキリと口にした。
だが・・・マリーは首を横に振り優しく微笑んでくれた。
罪を償う為に生きる事を選んだと。
儂と共に生きる事を選んだと。
・・・不甲斐なく思った。
その心の強さを崇敬した。
だから儂に出来る事はないか考えた。
マリーの為に何かしてやれないかと無い知恵を絞った。
そしてこの無骨者の儂にも出来そうな事に思い至った。
マリーがなりたいと言った夢の続きを。
儂と共に歩んでくれるなら・・・
そんなあの日からマリーとの距離は縮まった気がする。
まだマリーから「愛している」は聞こえない。
それでも待つ事が出来る。
本能よりもマリーの方が大事だからだ。
そんな儂へのご褒美である接吻は欠かせんがな。
だがこのまま手をこまねいていても仕方ない。
何とかマリーのハートを鷲掴みにする方法はないかと思案する。
・・・儂では思い浮かばないので優秀な部下に聞いてみた。
「・・・やってから考えたらいいんじゃないすか?」
この狐人は駄目だ。
まるでわかっとらん。
「自分なら取り敢えずやりますねっ」
この犬人も駄目だ。
愛とは崇高なモノなのだ。
「目線を変えてみるのは如何ですか?・・・蜜月休暇も有りますし何処かへ出掛けてみるとか・・・(年末前に消化して頂きたいですし)」
さ、さすがヒードルだ。
さすが王国随一の参謀だっ!
では何処へ行くかだが・・・
やはり儂の産まれ育った町しかあるまい。
・・・手紙を出しておくか。
「ただジェリーには了承をもらって下さい、ローズマリーの直属の上司になりますから」
ぬ、ぬう・・・ジェリーの爺さんか。
入隊した頃から知られておるから苦手なのだが・・・仕方ない、これも愛のためだ。
だから執務を取り急ぎ済ませた。
休みを取るにしても仕事を残しておったらマリーが許してくれんからな。
王城の敷地は広い。
兵士詰所だけではなく訓練場や乗馬場もある。
魔道具工房もその中の一つだ。
詰所から工房までは歩いて10分程掛かる。
マリーを思うと心が逸り儂の足取りが軽くなる。
ドスドスがトストスと言ったところだ。
工房に着き、窓からコッソリと覗き見る。
折角だ、仕事をしているマリーが見たいではないか。
高さは儂の頭の天辺から腹下辺りなので屈むより横から覗く感じだ。
その窓を3つ4つと覗き変える。
5つ目の窓で漸くマリーを見つけた。
・・・休憩中か、残念、お茶をしておった。
だが・・・白衣姿のマリーも理知的で輝いておる。
そして笑いながらお茶・・・をっ?!
ぐぬぬっ!た、楽しそうにお喋りをっ!
あ、相手は・・・ジェリーの爺かっ!
怒気が漏れ出たのかマリーが鋭い視線を儂にキッと向けた。
・・・見つかった以上は隠れても無駄だ。
相手はマリーだ、逃げた方が男らしくないと後から叱られる。
正々堂々と怒気を無かったかのように笑顔で手を振った。
溜息をつきながらも「仕方ないな」という感じの顔で窓を開けてくれた。
「どうした、何か用か?」
少し前までは顔を見ると「執務は終わったのか?」や「仕事はちゃんとやってるのか?」と聞かれた事を思えば信用されて来たのかもしれん。
嬉しくて耳がピクピクと反応した。
「話があるなら中に入るか?お茶くらいなら淹れるが」
マ、マリーの淹れてくれたお茶っ?!の、飲む!飲むぞっ!
「いかん嬢ちゃん、ボンは直ぐに魔道具を壊すからな、工房へは立ち入り禁止だ」
じっ!爺っ!もう数年は魔道具を壊しておらんぞっ!
・・・誰かに使わせておるからな。
「爺さんがそう言うなら駄目だな、そこから用件を聞こうか」
ああ、そうだ本題の休暇の件を伝えねば。
蜜月休暇を使って領地視察に行くので着いて来て欲しいとお願いをした。
爺もそこにいたので丁度良い。
あとマリーの淹れたお茶が飲みたい。
「私は構わんが・・・ハッグには小さい私のカップしかないぞ?」
それで良い、というかそれが良い。
短く丸い儂の尻尾がブンブンと揺れた。
「ボンの領地って事は山向こうの北領だな、なら早い方がいいな」
うむ、明後日には王都を出たい。
「嬢ちゃんは初めて行くのか?準備はしっかりしておけよ」
ああ、抜かりなくさせておく。
儂の故郷を見て欲しいからな。
そして伝えたい言葉があるのだ。
「ん?何か準備がいるのか?」
ああ、マリーの分は大丈夫だ、ウリナも帯同させるしリズに準備させる。
魔獣も出るから念の為に武器を用意させるが、ショートソードとロングソードならどちらが良い?
「細身のロングソードが・・・いやショートソードが良いな、頼めるか?」
足元の鉄球を見てそう言い直した。
わかった、準備をさせておく。
そしてマリーからカップを受け取った。
儂が持つとチマっとしておる。
これは初めての手料理と言えるのだろうか?
そう思うと嬉し過ぎて尻尾と耳が連動して震える。
「料理は自信がないが、簡単な茶菓子なら作ってやれるぞ?」
ほ、本当かっ?是非っ是非頼むっ!
「嬢ちゃん、わしにもくれよ」
「構わんが喉に詰めても責任は取らんからな」
なっ!全部儂の物だ、やらんぞっ!
「嬢ちゃんの休みと交換だ、ボン諦めろ」
くっ、爺めっ!
・・・だが昔のようによく笑うな。
マリーのお陰だろうか?
まあマリーは儂の物だがな。
「明日はどうするんだ?」
ん?ああ、儂も引き継ぎがあるから出勤で良いぞ。
そうカップを返して、美味しかったご馳走様と伝えた。
「ボン、とっとと仕事に戻れ、わしらも始めようか」
「わかった、ハッグまた後でな」
くっ!名残惜しいが仕方ない。
窓越しに口付けなどもしてみたいがマリーは人前ではしてくれんからな。
マリーに手を振って詰所に戻る。
二人旅とはいかんが、明後日からの旅行を思うと足取りが軽くなる。
ドスドスがトストスと感じる程に。
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