囚われた姫騎士は熊将軍に愛される

ウサギ卿

文字の大きさ
19 / 46

17 マリー

しおりを挟む


膝を曲げ筋を伸ばすと身体から淑女にあるまじき音がする。
・・・柄ではないが。

日が昇る前に目を覚まし準備運動をする。
鉄球を持ち屋敷の中で走り込みをする。
鎖から音がしないように手に巻きつけながら。

ここ数日で吐く息が白くなりだした。
じきに雪でも降るのだろうか?
帝国よりもやや早い気がする。

走り込みは何周するかは決めていない。
ウリナが呼びに来るまで続けるのが常だ。
筋トレはあの日からやらなくなった。
私が強くある必要がなくなったからな。
走り込みは運動不足解消の為だ。

「おーくーさーまー!朝餉の支度が整いましたー!」

「ああ!ありがとう!」

ウリナの耳がピクピクと動き真っ白い毛玉が頭を下げる。
今日も相変わらず安定の可愛さだ。
門前から屋敷の玄関までの道で走りを止める。

これも日課だが屋敷に向かって大声を上げる。
最初は普通の声だったがやけになってそうする事にした。

「・・・っ!」

あれから1ヶ月経ったが言葉にする事が出来ない。
私の所為ではないので問題はないが、また別の罪悪感も湧いてくる。
溜息をつき雑に片寄せで括った髪を解きながら今日も屋敷へと戻った。

熊を呼びに行くのは奥様である私の仕事だ。
別段甲斐甲斐しく熊の世話を焼いている訳ではない。
迎えに行くのは寝室ではなく書斎だ。
熊も日が昇る頃に起きて兵法書片手にペンを走らせている。

「ハッグ、入るぞ」

ドアをノックしてからそう告げ急いで開け入る。
早く入らなければならない理由がそこにはある。

「マリー、おはようっ」

ドタドタと満面の笑みで駆け寄って来る。
多少は自分が巨体である事を理解して欲しい。

「おはよう、ハッ、グゥッ!」

その勢いのまま抱きしめられる。
最初は何かの技かと思ったくらいだ。
返し技でもお見舞いしたい所だが、魔道具の制約で身体が固まってしまうので出来ないのだ。

返し技の代わりに抱きしめ返すのが精々だ。

それを合図に熊が軽く口を唇に落としてくる。
これを侍従達の前でやられるのは憚られるからな。

そして戦術案の質問と答え合わせが始まる。

はっきり言ってウチの熊は天才だ。
最初「理由はわからん」と展開した戦術案を見て鳥肌が立った。
独特であり異様で全く無駄がない。
これが私の評だ。
ただ無駄がなさ過ぎて死兵を生み出しかねないとも思った。
そこはヒードルと私で擦り合わせ中だ。
被害が少ないに越した事はないからな。

そして熊は絶賛生兵法中だ。
各所から折角覚えたし使ってみたい臭が漂う。
それをへし折るのが私の仕事だ。
大抵は「ぐぬっ」と折れるのだが3日に一度は「だが、しかし」と追い縋る。
そして「ならば戦争だ」と徹底的に論破する頃「いつまでやってるんですかっ!」とリズに2人共怒られる。

これが朝餉前の日課だ。

そして玄関から腕を組み馬車に乗り登城する。
休みの日であれば屋敷でノンビリとする。

私が街へ外出する事が出来ないからだ。
わざわざ石を投げられに行く事はない。
熊は姫だからそういう事に憧れていた筈だ。
だが灰色の事を思い出すのだろう。
何も言わずに了承してくれている。

最近屋敷では[奥様のドレスデザイン決定戦]なるものが熊とリズやウリナ、他の侍女らによって開催される。
ゲストは私だ。
私が着るのにゲストなのは解せん。

獣人の場合、毛並みの影響もあり似合う物が限られるのだとか。
私の場合は髪だけなので何でも似合うと喧々囂々の不毛な争いが繰り広げられる。

ゲストの要望でピンクだけは辛うじて回避した。
年齢的に勘弁願いたい。


登城した日は午前中は詰所に寄る事はない。
週に二度程ヒードルから呼び出しがあった時くらいだ。
軍部の者からの私への視線は相変わらず嫌悪感を伴う。
熊もその視線の意味と私の気持ちを理解したので口も手も出さない。
ただ堪えるように噛み締める牙と拳の所為で誰も彼もその視線を外してしまう。
だから人前では共にいない様に心掛けている。

私から何もかも取り上げられては敵わないからな。

あまり移動の出来ない私の主な勤務先は魔道具工房になっていた。
ここでは軍服を脱いで白衣を着ている。
形としてはジェリーの助手という世話役になるのだろうか?
片手間で学んだ知識では足らず勉強を余儀なくされた。
新しい知識という好奇心のお陰で苦にもならんが。

ジェリーは私の事を「嬢ちゃん」と呼ぶ。
私が慣れない手つきで淹れた茶を「不味い」と面と向かって言われる程度の仲だ。
腹が立つので私は「爺さん」と呼んでいる。

お陰で肩も凝らずに済む。

工房の他の技師も当初は訝しげに私を見たが、爺さんのお陰で普通に会話出来る仲にはなった。

爺さんから回された仕事で帝国の魔道具に関する報告書を作った。
これは陛下に奏上する為の物だ。
[隷属の首輪]に関しては禁忌とされ魔石を取り出して処分する事になった。

日常生活に於いては[咎人の足枷]も充分非人道的だと私は思う。
先日も王妃様とのお茶会で猛威を振るった。
雌同士集まると番とのの話にもなる。
誰よりも格下な私は質問に答えない訳にはいかない。
帝国最強の将軍である熊の性活に興味を示さない令嬢はいない。
つまり赤裸々に話してしまったのだ。
熊が未経験だとか色々・・・

まあ、日常生活で[咎人の足枷]を嵌めているのは私くらいなものだが。

報告書を作成する中で知ったのだが[軽減結界器]は魔法の効果を軽減する物ではなく、各魔法にある波長を阻害する物だった。

自分で嫌になるが戦脳が働いた。
爺さんに「特定の魔法の波長だけ影響を受けさせない魔道具は作れないのか?」と聞いてみた。
合わせて使えばかなり有利に立てると思った。

私に平和利用の魔道具は開発出来ないだろう。

それを聞いてぶつぶつと呟いた後「特定の波長だけ影響を受けない」は無理だが「特定の波長を強める」のは可能な筈だと言った。
つまり同じ魔法の撃ち合いになった場合、こちらだけ格上の魔法を撃てるわけだ。
そして回復魔法の波長を強めれば[咎人の足枷]の封じる波長も通過出来るだろうと言う。

つまり私に装飾品アクセサリーが増えるという事だ。

因みに足枷といっても罪人に付ける様なネジで止めてあったり大きい物ではない。
足首に付いているのは幅2cm程の黒鉄の輪だ。
それが鎖と引っ付いている。
その黒鉄に暗号化された白い文字で効果が刻まれているのだが、その暗号化した文字が私には可愛いく見えるのだ。

肉球であったりうさ耳であったり。

足枷は制限で外せないが鎖は制限外なので引き千切る事は可能だ。
勿論素手で。

そんな工房での生活と詰所で軍議に参加させられたり、討論に参加させられたり、熊の執務を手伝ったりと忙しくも充実した日々を過ごした。


帰りの馬車の中ではあの時のように熊の膝の上に座らされる。
流れでそうしてしまった以上、今更出来ませんとは言えない。
屋敷に着くまでの30分程は抱き合いながら口付けを交わす事になる。

そこで罪悪感を感じてしまう。
つまりモノが当たるのだ。
熊が「構わない」と言うので私も構わないが、やはり「愛している」と言ってあげられない事に思う事はあったりする。

そういう関係から始まる愛もあるかも知れないと。
熊が拗らせているので仕方ないのだが・・・

そして侯爵家の御者は大変優秀で、雰囲気で屋敷を延長周回してくれる。
気にせず屋敷に帰るようにコッソリとお願いをした。
その翌々日にはまた延長周回が始まる。

・・・熊の命令に上書きされたようだ。


しかし不思議に思う。
一度目の時に心の何処かで思い描いた甘い生活があった。
それは叶う事なく心の底に沈めた。
二度目で願ってもいないのにそれが叶えられ浮き上がってきた。

この生活の中で私は確かに幸せを感じている。

それを咎める様な視線がまだある事に感謝をしている。

このまま本当に幸せになってしまいそうで・・・私は少し怖い・・・


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...