囚われた姫騎士は熊将軍に愛される

ウサギ卿

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25 マリー

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ちらちらと雪が降っている。
その様子を馬車の中から眺めている。
やはり北領の雪とは違うな。
何せあの雪は優しかった。

そんな事を熊にひたすら髪を撫でられながら考えている。

馬車に乗り込んで直ぐ「蜂蜜の匂いがする」と言い出した。
どうやら髪を梳いた香油に少量の蜂蜜が入っていたようだ。
因みに私にはわからなかった。
熊の中で[蜂蜜(好物)×かける私(大好物)=凄く大好物]という図式が成り立つらしい。

・・・あの時のように。

しがみつく熊に「紅が伸びるっ!」「化粧が落ちるっ!」「本気で怒るぞ!」と恫喝した結果、シュンっとなった。
仕方なく妥協案として髪を撫でさせる事にした。
耳がピクピクしているので満足はしているようだ。

私は今日は壁の花だ。
鉄球を持って踊るわけには行かない。
浮かれ過ぎる訳にはいかない。
ウチの姫が舞踏会で私と踊りたいのは知っている。
熊には申し訳ないと思う気持ちが髪を撫でさせるという結果に至った。

熊が鼻をスンスンと髪に近寄らせ鳴らした。

「・・・濡らすなよ?」

顔を上げてコクコクと頷いてまたスンスンと鳴らした。
全く手の掛かる大きな子供だ。
溜息をつきながら思わず苦笑いを浮かべた。


馬車が王城に入りそのままぐるっと裏手にまわる。
その先の離宮で舞踏会が行われる。
小さな池と木々に囲まれ、辺りとは別の空間だと感じさせる。
私とてこの景色を見ればそれなりに思うものはある。
だが来年も再来年もまだまだ先があるんだ。

そう幼い王子様を横目に見た。

離宮の周りには既に沢山の馬車が並んでいた。
雪が降る中でも待つ御者達は歓談をしている。
寧ろ馬の方が寒そうに見えた。

獣人の天然の毛皮を羨ましく思う。

馬車が止まってから熊が鉄球を持ち先に降りた。
嬉しそうな顔で私にそっと手を差し出す。

「どうぞ儂の手を」

「ありがとう、ハッグ」

白い毛皮のケープを片手で抑え、その手を受け取り笑顔を返した。
馬車を降りる素足が冷たさを覚える。
・・・やはり下履きの方が良い。

離宮の前に絵物語のような長い階段がある。
その下で警備の兵が入場者の確認を行っている。
オレンジと黒の縞模様が見えた。
3番隊の虎人のようだ。

彼らの戦場での役割は重騎兵だ。
大きい盾と戦斧を持ち壁の役割をこなす。
騎馬隊の突撃すら受け止める隊長のトザは、帝国では[鈍鉄]と呼ばれていた。
役割が違うので彼らと戦場での面識は無い。
だがもしぶつかれば私の率いた魔法騎士団では相性が悪かっただろう。

・・・いかん戦脳が。

場違いな考えに首を振った。
丁度入場者の確認は隊長のトザのようだ。
そのトザから久し振りのあの視線を感じた。

「トザッ!!!」

その声に辺りにいた全ての者が身をビクつかせた。
当然真横にいる私もだ。
声の主の熊は牙を剥き唸っている。
宥めるように熊の手をポンポンと叩いた。
牙と唸り声は止めたが鋭い眼光はトザに向けられたままだ。

「ハッグ・ベアードだ・・・それと番のローズマリーだ」

「・・・確認しました、どうぞ」

三下のように睨みつける熊の視線から逃げるようにしてトザがそう言った。
階段を登りながらまだ興奮覚めやらぬ熊の手をもう一度ポンポンと叩いた。

「ハッグやりすぎだ、場所を考えろ」

私の言葉に眉を八の字にする。
そんな顔したって駄目だ。
アレはやり過ぎだ。

「し、しかしマリーを雌として狙う目だけは我慢ならんのだ」

「ん?・・・誰がだ?」

「トザだ・・・今そう見ていたではないか」

「・・・あれは元帝国兵の私に嫌悪感をぶつけていたのでは?」

熊が首を横にブルブルと振った。

「あれは雌を狙う雄の目だ・・・トザは目つきが悪いからな」

「・・・私は虎人じゃないが?」

はふぅーと深い息を吐き出した。

「番がいない雄から見れば・・・マリーは充分魅力的だ、美しく強い雌に種族は関係ないだろう?」

私が美しいかどうかは分からんが・・・
つまり性的な対象として見られていたのか。

「・・・妬いたのか?」

「あっ!当たり前だっ」

「ふふふっ、すまん、嬉しい」

「っ!?」

また思った事を口にしてしまった。
顔を赤くしてむくれる熊を見て・・・今日の夜が怖くなった。
屋敷に戻ったら忘れずに髪を洗っておこう。


待合室で名乗りを待つ。
王妃様との茶会で話した夫人達もいた。
お互いドレスを褒め合って世間話をした。
将軍という役職もあり最後まで顔見知りを見送った。
放置され横でむくれる熊を「忘れていない」と意味を込めて私の靴と熊の靴をコンコンとすると機嫌を直した。

単純で良い。

「ベアード侯爵、ベアード夫人、ご入場です」

その案内に合わせて両開きのドアが開く。
私もこういう場は初めてだが小説のシーンを充分に重ねられた。
煌びやかで荘厳ながらも歴史を感じさせる。

前に進み熊は鉄球を置き胸に拳を当て深く一礼を、私はカーテシーで一礼をした。

「今日はよく来たっ!楽しんで行ってくれ」

「「ありがとうございます、陛下」」

良し、キレイに息は揃った。
横目で熊を見ると向こうもこちらを見ていた。
口角を上げニヤッとしている。
多分私もだ。
顔を上げてから端に移動した。

そうしてオープニングダンスが始まった。
狸人の宰相殿と番の夫人が軽やかにクイックステップを披露した。
広い会場を丸く小さい身体で所狭しと駆け回る。
王城で見る時は眉間に皺がいつも寄っているイメージだが夫人の前ではああなるのかと眺めていた。

そして情熱的な音楽に変わり、いつの間にか下に降りていた陛下と王妃がパソドブレを披露された。
お互いをしっかりと見つめ合って激しく踊る様は、二人の世界を見せつけられた気分になる。

そんな私の横目には、熊が羨ましそうに眺めている姿が見えた。


陛下のダンスが終わり会場が解放される。
曲がスローな物に変わった。
踊る為に前へ進む者と眺める者に別れる。
私達は後者だ。
ボーッとする熊の尻を叩いて知己の関係にある者を紹介してもらった。

この場において私を直接腐す者はいない。
番を貶す事は熊を貶す事と同じだからだ。
だが帝国に恨みが有る者がいないとは限らない。
熊は「儂を介せばいい」と言ってくれた。
だがそれに甘えて驕ってはいけない。
だからこの場で踊ってはしゃぐ訳にはいかない。
そして卑屈過ぎてもならない。

嘘を付けない事を利用して私を信用をもらう。

真っ直ぐにぶつかって私を気に入ってもらう。

熊が純粋なら私は嘘つきの腹黒で良い。

それが熊色に染まった純然たる私だ。


挨拶を一通り終えて壁の花になった。
二人で果実水をカチンと傾ける。
時折、熊は仲良く踊る者に目を向ける。
「どうかしたか?」そう聞けば「な、何でもない」そう答える。

熊には嘘をつく才能はない。
まあ待て、もう直ぐだ。
挨拶周りの中で曲目は確認してある。
ラストはワルツなんだ。
熊の好きそうな舞台で踊ろう。
演目は[ラストダンスは貴方と踊りたい]

「ハッグ、少し風に当たらないか?」

知っている。
熊は私のお強請りは断らない。
それに口に出さなくていい。
暑いフリをするだけだ。
だからテラスへ誘うのも簡単だ。

丁度残り三曲を切った。
外は雪がチラついている。
少し脚が冷たく感じる。
だが問題はない。
寒くないフリをするだけだ。

「良い景色だな・・・」

そう言えば熊は同じ景色を見る。
離宮からの明かりが木々と雪と池を照らす。
冬の精が舞っているようだ。
・・・小説の舞台のようだろ?

熊が私の肩をそっと抱いた。

残り二曲。
ここにはもう人はいない。
鉄球を預かりテラスの中心に置いた。
その様子に熊が首を傾げる。

すまないな・・・これが私がしてあげられる精一杯だ。


[仮面舞踏会で恋に落ちた二人。
一年後の同じ日の同じ場所で再開を約束する。
だが偶然にも再会を果たす。
気づいた男と気づかなかった女。
騙しているような罪悪感を感じる男。
二人の男に惹かれた罪悪感を感じる女。
そんなすれ違いの物語]

[一年後の仮面舞踏会。
男が決心をしたのは最後の曲の前だった。
仮面を外して懸命に詫びる]

「すまなかった・・・だが君を愛しているのは本当なんだ・・・信じてくれ」

こんな場所でしか熊の気持ちに応えられない私を許して欲しい。
その気持ちを台詞に込めた。

・・・ふふっ慌てている。
意味は分からなくて良い。
だからせめて最後の曲は私と・・・

[許された彼は一年前と同じ言葉で彼女を誘う]

「壁の花にしておくには勿体無い、麗しの姫よ、最後の曲を私と踊って頂けませんか?」

そして会場からワルツの曲が始まる。
熊は戸惑いながらも私の手を取った。

誰もいない月明かりの下、二人で踊った。
流れる曲と鎖の音の中で。
熊の耳がピクピクしている。
顔も嬉しそうだ。

ああ、姫が喜んでくれて私も嬉しい。

そして曲が静かに終わった。
会場から拍手が聞こえる。

「・・・こういうのも好きだろう?」

熊の顔が真っ赤になった。


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