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28 マリー
しおりを挟む本陣の天幕の前まで馬車は進んだ。
姿を見られないに越したことはない。
「これなら持てます」
とヒードルが頼りない鉄球を持ってくれた。
負荷がなさ過ぎて着けている事を忘れそうだ。
天幕の中にはワングとコーザンがいた。
今日の付き添い役だ。
後の隊長格は既に戦線の配置に付いている。
帝国とは距離を取り横陣同士で向き合う形だ。
3番隊は元々混成部隊である1番隊に合流している。
最前線中央には攻守のバランスの取れたワング率いる2番隊が代わりに陣取っている。
「すまない」
顔を合わせて直ぐにワングとコーザンが頭を下げた。
私は昨日から散々気の毒な、または殊勝な雌扱いを受けて辟易していた。
コーザンは昨日何も言わなかったので、てっきり分かっていると思っていたんだがな。
「何がだ?」
だから思わずイラっとしてしまった。
昨日は「問題ない」「大丈夫だ」で切り抜けたのだが、こいつらにまで頭を下げられるのは我慢出来なかった。
「作戦の立案から実働までローズマリーに任せっきりだったんだろ?」
変な事言ったか?と言う困り顔でワングがそう言った。
くっ、コーザンの目が私の勘違いを嘲笑っている。
・・・こいつワザとやらせたな。
「・・・構わんさ、私の姫のためだからな」
「姫?ハッグ将軍が?・・・いいなそれっ!」
そう言い腹を抱えて笑いだした。
・・・ああ見えて案外可愛いんだぞ?
「はぁ、姫の護衛は抜かりないんだろうな?」
「あ?ああ、俺達が側に張り付く・・・2度目は無い」
そして戦場で私に恐怖を与えた目をした。
頷いたコーザンもだ。
その目が不甲斐ない自分に怒っているのが伝わる。
・・・味方だと頼もしく感じるのだな。
「さ、時間もありません、会議を始めましょう」
早く鉄球を下ろしたそうなヒードルが先を促した。
大まかな頭からの流れをヒードルが説明した。
そして補足説明を始める。
「ハッグ将軍の状態に関してはローズマリーに一任します、二人は帝国側の付き添いの動きに目を光らせて下さい」
「・・・これ二人とも連れて帰ったらダメなのかい?」
疑問を呈するワングにヒードルが首を振る。
それは私も同意見だ。
その行為の愚行は戦争の歴史にも反映されている。
熊にもしっかり教えてあるしな。
「それが帝国の思惑である可能性もあるのですよね?ローズマリー」
「ああ、そういう男だ、あの将軍は・・・餓死寸前のケモノに餌をやる必要は無い」
ここで獣人が蛮族だというネタを与えると軍部に勢いを与えかねない。
人質交換を無視したとすれば、貴族も帝国民も軍部につくだろう。
伏線としてそれを考えない男ではない。
そう、何の問題もない。
私の予想では戦争の終結と協定の交渉も含めて10年といった所だろう。
熊なら・・・ふふっ、5年でやってくれるかも知れないな。
2度と会えないわけではないんだ。
再開した時、少し老けた私を熊はどう思うかな・・・
きっと変わらないだろう。
不足なら私から蜂蜜でも何でも被ってやる。
問題は私の身体が持つかどうかだ。
熊も少しは落ち着くだろうか?
そんな事を考えながら時を待った。
そして時間は指定された正午を迎える。
戦争開始から11日目。
平地と森林地帯のみで隔たる国境の小競り合いは、長くても10日程度で終結する事が殆どだった。
恐らく今日の人質交換で自然と休戦を迎えるはずだ。
明日の夕方には帝都で凱旋をさせられるだろう。
ああ、笑顔で手を振ってやる。
軍部の餌としてしっかりとな。
・・・報酬はその首だ。
「良しっ行くぞ!・・・後は頼んだ」
「ああっ!」「へーい」
そうして観衆という名の兵が観る舞台に上がる。
怯まず、身動がず、堂々と。
背筋を伸ばし淑女然としてみせよう。
その視線を一身に浴び虜にしてみせよう。
1日でも早く・・・熊と再開する日の糧にする為に。
そうして私達は天幕を後にした。
不思議と心残りは無い。
満ち足りている。
だがまだ欲しいと心が求める。
その気持ちには栓をした。
方法は簡単だ。
左手の薬指にあるマスコットの熊にそっと唇を落とすだけだ。
目の前には平地が広がる。
先に帝国の戦線が長く伸びる。
そこに一つの粒が見えた。
私の胸が高鳴る。
駆け寄りたい衝動を懸命に抑えた。
今の私は淑女だ。
遠目にも分かるように微笑むだけだ。
いつものように手を振り歩く事はならない。
前に手を組み静かに歩く。
ただその衝動を握る手に任せて。
近くなるにつれ粒が大きくなる。
粒が山なりをしているのが分かる。
心が安堵に満ちる。
その想いが口角に伝わる。
粒が個に別れた。
灰色の個だけが私の目に映った。
また駆け寄りたい衝動を抑え手に託した。
ギリッと握る手から音がする。
そして私は奥歯を噛み締める。
笑顔が崩れないよう気をつけながら。
意思のない熊の表情から[隷属の首輪]を着けられている事は間違いない。
でなければ熊が私を見て笑顔にならない訳がない。
こみ上げた感情を全て握った手に託した。
握られた手の骨が軋む音がする。
熊のきれいな灰色の毛にこびり付いた血の跡が見えた。
離れても分かる程の裂傷が見受けられた。
毛と皮膚が剥がれ肉が見えた。
目を閉じた。
懸命に怒気を隠した。
必死に殺気を抑えた。
わかっている、助けるためだ・・・必ず私が助けてやる、だから・・・もう少し、もう少しだけ・・・
そして荒ぶる心を抑えた。
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