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30 マリー
しおりを挟む確か昔は憧れた記憶がある。
見目麗しい殿方に手を引かれる姿に。
不思議なものだ。
特に何の感慨も湧かない。
私の手を取るジョンは子爵の次男坊だ。
その見目から愛玩部隊になった。
私の隊・・・いや、元隊はそういう人間が集められた。
民衆から軍の好感度を上げる為に男女問わず選り集められた部隊だ。
平時は街中の警邏と称して民衆の黄色い声と視線を浴びた。
時に貴族の見栄の為に茶会や舞踏会などの警護に当たった。
私の身分が侯爵家だったのもあったかも知れない。
望んではいないが横の繋がりというものだ。
とはいえ有事には戦場に駆り出される。
当然死と隣り合わせだ。
団長としてそれを許す事はない。
他の魔法騎士団に比べても練度の時間は少なかった。
だが私がそれを許す事はない。
時間がないなら密度を上げれば良いのだろう?
私達を見て憧れ軍に入った者もいるだろうが、彼らとて望んで愛玩部隊になった訳ではない。
帝国の、民衆の為に誓いを立てたのだ。
才を選り集めた集団ではない。
個として劣るかも知れないが、群として徹底的に鍛え上げた。
そんなジョンの手は顔に似合わず剣ダコでゴツゴツして分厚く力強い。
だが・・・困ったものだが私には物足りない。
やはりフカフカとした毛で覆われていないと落ち着かないな。
「・・・ロ、ドラグノフ嬢?」
「ん?どうした?」
「あの時同行していた者達は・・・深く反省しています、出来ればご容赦を・・・」
「ああ、あれは私も死んだと思ったからな・・・お陰で蝶よ花よと愛でられたんだ、何も言わんさ」
「ありがとうございます、足枷は外さなくて良かったのでしょうか?」
「ああ、忘れていた・・・フンッ、グッ!」
力を込めればバキンッと音を立てて足枷が弾け飛ぶ。
「「はっ?!」」
「鈍ったものだ・・・二度も力を込めさせられたな・・・脚も細くなったか?」
訝しげに脚を眺める私にジョンが目を白黒させた。
「クッ、フフ、相変わらずですね・・・ですが腕も細くなられて淑女らしいかと」
「似合わないと言いたいのだろう?・・・そういえば今の隊長は誰なんだ?」
「ええ、それは………」
他愛ない世間話だが情報戦は始まっている。
後ろの魔法師団の者は聞き耳を立てているだろう。
単に言えば軍部にとって役に立つか立たないかだ。
「マルコフ伯爵が?あの方は軍の経験など皆無だろう?」
「ええ、ですから平素の任務以外は私が取り仕切ってます」
「そうか、無茶はするなよ?・・・獣人は決して蛮族ではない、高い知識と戦力を有する種族だからな」
ジョンが不味いという顔を私に向けた。
・・・高々半年で舐められたものだな。
気づいているに決まっているだろう。
問題はない。
只の宣戦布告だ。
そう含む笑顔で返した。
具体的に言えば悪い顔だ。
後方で仄かに魔力を感じる。
練度が低過ぎる。
全く・・・バレないようにやらねば意味がないだろう?
まあ良い、将軍に伝えてくれ。
・・・この芋は毒だとな。
そして帝国の前線に差し掛かった。
視線が一斉に注がれるのが分かる。
救出劇の観客に挨拶をしなければいけない。
淑やかに慎ましく微笑む。
そして深くゆっくりと頭を下げた。
血に染まり隷属に身を落とした獣人と引き換えに戻ってきたのは、傷一つなく美しいドレスを身に纏う私だ。
その意味を考えろ。
そして悩め。
それがいずれ大きな楔になる。
そして前線が道のように別れた。
ふふっハッグが見ていたら怒るだろうな。
好奇の視線、邪な視線、訝しげな視線・・・
まあそれに怯えるような年ではないがな。
そしてその先に待機してあった馬車に案内され、その馬車は陣の奥へと進んで行く。
遠ざかる王国を懐かしく感じる。
右手で覆っていた左手の指輪をそっと外して、ドレスを着るために作られた胸の谷間に仕舞った。
案内されたのはさして大きくはない天幕だ。
恐らく第7魔法騎士団用の天幕だろう。
毎度だが大きい物は用意されないからな。
天幕の周りに見知った顔がいくつもある。
・・・全くどいつもこいつも・・・
確かに団長時代にドレス姿など見せた事はないがそんなに驚かなくても良いと思うんだが。
そしてジョンに手を引かれ天幕の中へ促され椅子に座った。
水を差し出されそれを一気に飲み干した。
緊張からか喉が凄く渇いていた。
その姿はきっと令嬢ではなかっただろう。
団員の中には「あ、隊長だ」と納得する者もいたかも知れないな。
そしていつの間にか集まっていた団員達に告げる。
「心配をかけた、ジョンにも言ったがあの時の事は気にするな・・・そしてもう除籍の身だ、以降は私を見て見ぬフリをしろ・・・そしてこれが最後の命令だと思え・・・命を決して粗末にするなっ!」
「「「「「はいっ!ありがとうございました!」」」」」
軍籍である以上仕方ないが・・・やはり仲間だった者に死んで欲しくはない。
叶う事なら獣人を傷つけて欲しくはない。
その為にも軍部の解体は必ずやらなくてはならない。
こいつらの為にも、そして獣人達の為にも・・・
女性団員達は私の格好を揶揄するように褒めた。
私を何だと思っていたのだろうか?
その輪の周りの団員達も輪に加わり歓談する。
雰囲気が変わったとか何とか。
もし変わったのなら・・・ハッグのお陰だろうな。
そして王国の皆と。
その歓談の輪を一つの声が切った。
「失礼しますっ!第7魔法騎士団ローズマリー・ドラグノフ団長に本隊天幕への出向命令ですっ!」
声の通り道が出来るよう人垣が別れた。
「・・・誰からだ?」
「はっ!サザーランド将軍閣下ですっ!」
「そうか、では伝えてくれ、除籍の身である私はドラグノフ侯爵家のローズマリーだ、疲れているので急用であればサザーランド伯爵様に足を運んで頂きたいと」
「で、ですがっ!」
「軍籍ではない侯爵家の令嬢に命令はないだろう?伯爵様にそう伝えてくれ」
「は、はい・・・」
一兵卒には嫌な仕事だろう。
椅子に腰掛けたままその兵に向き直り深く礼をした。
「すまないな・・・よろしく頼む」
「っ!?は、はい」
微笑みも追加したので少しは詫びになったかな?
そして団員達のそんな私を見る目・・・
目を見開くな、目を。
そしてもう一度念を押しておいた。
私を見て見ぬフリをしろと。
とばっちりがあると申し訳ないからな。
後は時を待つ。
そんなには掛からないだろう。
何せ同じ敷地内だ。
これはあくまで戦いだ。
敵の本拠地に乗り込む必要はない。
だから私は令嬢らしく紅茶を頂く。
そして天幕の入り口が揺れた。
わざわざ後ろに取巻きを引き連れて。
紳士然とした笑顔だが、片側だけ釣り上った口が怒りを露わにしている。
「お疲れの所申し訳無いが急用なんでね・・・いいかな?ローズ」
さて親玉の登場だ。
足を運ばせた以上は私が接待側だ。
椅子から立ち上がり深く頭を下げた。
「わざわざ足を運んで頂き申し訳ない・・・ああ、将軍閣下にお茶を・・・」
「いや、結構だ、幾つか質問があるだけだ」
鼻息荒くヅカヅカと進む。
表情から考えている事が手に取るように分かる。
「・・・それで質問とは?」
「その前に私に言う事はないのか?」
「さあ?特に思い当たりませんが」
「蛮族から助けて出してやったんだぞ?」
「それは勿論、陛下には臣下としてしっかりと礼を述べるつもりです・・・親切な獣人がわざわざ二通も書簡を出してくれましたから」
「・・・余計な事は口にしない方が利口だ・・・そういえばあの蛮族と踊ったらしいな、あの獣に誑し込まれたのか?」
「敵国の士官である私を淑女として扱ってくれた紳士へのただのお礼です・・・まさか無理やり寝かしつけた小娘の所有権を御主張されているのですか?」
「誰もそんな事はっ!・・・ちっ・・・蛮族共の国で何を見た?軍の構成はっ?!」
「そうですね、山脈向こうで作物も育たない雪原地帯を見たくらいでしょうか?」
「・・・そのつもりだと受け取って良いんだな?」
「後は心優しい獣人から古い玩具が使われたと聞きました・・・取り扱いが難しいらしいですね?」
「貴様っ!」
「何でも偉い人の首が飛ぶ玩具だとか、私も時間があればこの辺りを探してみようかと・・・将軍閣下、あと何か言う事は?」
「こっ、これから直ぐ帝都に出立してもらう!文句はないなっ?!」
「そうですか、残念ですが私を救ってくれた民に御礼を言わねばなりませんからね」
「っ!・・・貴様らっ!帝都までそいつを連れて行けっ!凱旋中も余計な真似はさせるなっ!いいなっ!」
怒りで顔を真っ赤に染め唾を撒き散らしている。
これは折角の紅茶に入ってしまったな、残念。
そして椅子からガタンッと勢い良く立ち上がった。
「将軍閣下」
おっと忘れていた。
この男にはそれなりに恨みが無いわけではない。
捨て台詞の一つくらい構わないだろう?
「育った芋の芽には毒が有るそうですよ?・・・精々気をつけて下さい」
「っ!?」
思わず悪い笑みを浮かべてしまった。
舌打ちをしながら慌てて飛び出して行った。
恐らくこれから[生命喰らい]の処分に精を出すだろう。
足元がぐらついている事に今更気がついても遅いのだがな。
後は貴族達の根回し・・・その前に父上が相手か。
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