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31 ハッグ
しおりを挟む帝国は長蛇(縦長)と魚鱗(三角形)の陣を合わせたような陣形だった。
儂は横陣から鶴翼(V字型)の陣へ移行する手筈を提案した。
横陣にしたのは前へと誘う為だ。
移行の機会と締める機会を誤れば儂まで刃は届くだろう。
だがワングとコーザンなら問題はなかった。
帝国の尖兵を誘い受け止めながら後退する役をトザに任せて儂は二列目に入った。
短期殲滅戦としてヒードルも納得をした。
儂が二列目に入ったのもあったろうが。
消耗戦なら同じく魚鱗の陣と左右に遊撃部隊を有して対するのが基本だ。
もしこの選択を選んでおったらと思うとゾッとする。
下手すれば被害は跳ね上がっていた筈だ。
だが伝令により策が覆った。
死兵による玉砕覚悟の特攻、そして殺した途端に爆発したと。
その報にヒードルは遠距離からの魔法による牽制を提案した。
だが帝国は負傷した3番隊を放置して死兵たる蛇の鎌首だけを伸ばした。
ヒードルの案であればまだ息のある3番隊を巻き込み見殺しにする事になる。
それを認める訳にはいかん。
こうなった今でさえそう思っておる。
ヒードルの策を実行する為には帝国の前線を押し下げてから負傷兵を回収る事が必須だ。
その爆発の対策は簡単だ。
斬り殺してから爆発する寸前に防御結界を全面に張れば良いだけだ。
先に張ると振った武器に結界が当たるからな。
その場でそれが確実に出来るのが儂だった。
他の者は二人一組または三人一組で事に当たらせた。
少しずつ前線を押し上げフォルグ隊に負傷者を掻っ攫わせた。
・・・儂が甘く愚かだったのだ。
死兵の中に未成年の者も混じっておった。
その姿を見て儂はマリーを思い出してしまった。
マリーと同じ種の子供を殺す事に躊躇いを感じてしまったのだ。
そしてその少女はマリーと全く似ていなかった。
ただ・・・ブロンドの髪の色だけが似ていた。
戸惑いながら振り下ろした槍はその少女の命を切り裂いた。
込み上げる罪悪感を前に防御結界が遅れた。
そしてマリーやヒードルが言っていた意味を身を以て知らされた。
儂が万が一にも討たれてはならん駒だという意味を。
その時まで替えがきかない駒という意味だと思っておった。
儂の失態を前に兵士達に動揺が走ったのだ。
薄れ行く意識の中で複数の爆発音が聞こえた。
そして儂の名を叫ぶ声と怒声や悲鳴が聞こえる中で意識を失った。
マリーとのダンスの中で現状を把握した。
不甲斐なく兵達に詫び泣いた。
マリーとの別れに泣いた。
そして儂はマリーを迎えに行く為の方法を考えた。
つまり帝国と条約を結ぶ方法を。
そしてマリーから教わった物がそれを10年と告げた。
そのままマリーを連れて王国へ帰りたかった。
あの楽しかった日々をまた共に過ごしたかった。
本能がそう叫んだ。
だがマリーは笑っていた。
泣いてくれ、そう願った。
泣いてくれれば儂は直ぐにそこに行く。
そして抱きしめて無理にでも連れ帰る。
だから泣いてくれと。
・・・だが何度振り返っても笑っておったのだ。
ワングもコーザンも歯を食いしばっておった。
ヒードルに頭を下げられた。
こんな方法しか取れなかったと。
出会う兵達に、そしてラグオス王にも。
誰一人として儂の帰還を「良かった」と言わなかった。
皆マリーが好きだったからな。
そしてジェリー爺さんだけが儂を殴ってくれた。
それが全く痛くなかった。
爺さんの手の方が痛かっただろう。
だが嬉しかったのだ。
儂が悪いと責められる事が。
・・・マリーの気持ちが少し分かった気がした。
そしてジェリー爺さんからマリーが儂に作った魔道具だとネックレスを渡してくれた。
ベアード家の紋を象ったような肉球の形をしたペンダントトップがついておった。
ネックレスの鎖はマリーの足枷を思い出させた。
爺さんから使い方を聞きながらまた泣いた。
戦線は両軍共少しづつ睨み合いながら後退を始める。
王からも「暫く休め」そう言われた。
だから儂はマリーのいない馬車に乗った。
そしてマリーのいない屋敷に帰った。
屋敷では侍従全員で出迎えてくれた。
マリーが「そうしてやってくれ」と言ってくれたそうだ。
リズが儂の毛に付いた血のカスや汚れを見て急ぎ湯浴みの準備を整えてくれた。
そう言われると不思議な物だ。
儂が臭いのが分かった。
そうして湯に浸かりながら思い出した。
今日マリーは「臭い」と言わなかった。
意識を取り戻した時に訝しげな表情で「臭い」と言われた事を思い出した。
今日儂の胸に顔を埋めてくれた事を思い出した。
・・・湯船の中でまた泣いた。
食事はあまり食べれんかった。
酒も遠慮した。
酔った勢いで単身帝国に突っ込みかねん。
そう思ったからだ。
ただ励まそうとしてくれる皆の気持ちが嬉しかった。
体の傷はマリーが癒してくれたらしい。
傷の跡が所々ハゲておる。
だが無性に疲れた。
皆に礼を言い早目に就寝する事にした。
リズが「奥様から今日は部屋を片さないように言われました」そう言った。
部屋に入って意味が分かった。
マリーの匂いがしたからだ。
横にマリーがいるようなそんな気がした。
ベッドの上に儂が初めての時にマリーが着ていたネグリジェが畳んで置いてあった。
色濃くマリーの匂いがした。
儂はそのネグリジェに甘えるように丸くなった。
マリーが良く儂を撫でてくれた手を思いだした。
そして丸まったまま眠りについた。
翌朝目が覚めると脳がスッキリとした。
恐らく儂の体内のマリー成分が満ち足りたのだと思う。
それが儂のすべき事を思い出させた。
10年?いや、5年・・・3年だ。
それ以上は儂が保たない。
儂が耐えられない。
その為には次の戦で帝国軍との因縁を終わらせる必要がある。
マリーが言った軍部の瓦解を待つ訳にはいかない。
戦場で上層部を壊滅させる。
しかも徹底的にだ。
だがこれは儂の我儘だ。
仲間を巻き込むわけにはいかん。
全面衝突に持ち込む手もある。
当然王国側の被害も軽微では済まない。
侵略戦争を仕掛ける手段もある。
王が許さんだろう。
それにマリーが儂を助け出しながらも築き上げた物を壊す事になる。
つまり正々堂々と大義名分を掲げ、且つ王国側の被害を出さないように立ち回り、いつも陣の奥深くの安全な所にいる帝国本隊を叩き潰す。
マリーから教わった物がそれを不可能だと告げる。
ならば・・・儂がそれを成そう。
その日から書斎に籠りペンを握った。
気が滅入ったら庭で槍を振るった。
その方法が見つからずただ繰り返した。
軍に復帰してからは意見を求めた。
そして知恵を借りた。
寝所にはもうマリーの匂いはもう無い。
だがマリーとの日々を思い出せば匂いさえ感じさせた。
甘い記憶と蜂蜜が儂を奮い立たせた。
後は右手があれば良い。
首から下げた肉球のペンダントをそっと握った。
待っていてくれ、マリー・・・必ず迎えに行くからな・・・
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