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39 ハッグ
しおりを挟む土に埋まる生活は辛かった。
鼠人の8番隊が鼻が地面スレスレになるよう埋めてくれた。
体を斜めに寝かせて頭を上げて鼻を突き出す格好だ。
陣を後退させる時に「気にするな」とは伝えてあった。
変に動いて違和感を感じられては困るからな。
だから何度となく鼻を踏まれた。
帝国軍からも幾度となく踏まれた。
正直な所、思っていたよりもキツかった。
食事の面は問題なかった。
戦の日を前に食い溜めしておいたからな。
だから土に埋まる前の儂はぽっちゃりしておった。
排泄物に関しては聞かない方が良い。
世の中触れない方が良い事もある。
辛かったが儂は耐えた。
耐える事が出来た。
臭いを嗅ぐ以外はマリーの事を思い出していた。
戦場でマリーを感じた日から、戦場でマリーと踊ったあの日までを何度も繰り返していた。
これが終わればマリーに会える。
その想いが儂を支えた。
戦の後は王達の仕事だ。
儂の出る幕はない。
ここから約2年・・・予定通りだ。
予定通りだが長い。
それには回避出来ん理由がある。
まずは国民達に納得をしてもらわねばならん。
此度の戦で怪我人は出たが死者はいない。
だがそれ以前の戦では当然あった。
つまり人間に対しての憎しみの後始末だ。
マリーの言う贖罪だ。
帝国側にも思う事はあるだろう。
儂が殺した者の中にも番はおっただろう。
だから「お互い様だからこれからは仲良くしよう!」などそう上手くいかん。
その為の期間が約2年だ。
その間に帝国も王国も民への説得、調整をせねばならん。
ラグオス王は「ローズマリーのお陰で我が国の方はさしたる手間はない」と言った。
どうやらマリーは儂を救った聖雌的な扱いらしい。
番の為とはいえ生きたまま番と別れる決断をするなど、獣人には到底真似出来ない崇高な行為だ。
そんな人間もいるのだと受け入れられているらしい。
[足枷に繋がれた聖雌と英雄]という小説まで出版されていた。
ただしこれは成人指定本だ。
艶めかしい性描写がしかと書かれておる。
儂が何故知っているかといえば買ったからだ。
読む用と観賞用と保管用と布教用の4冊だ。
だが布教用は必要なかったかも知れん。
儂の周りは皆買っておったからな。
当然4冊だ。
マリーと別れてから終点まで約3年。
過去の戦の歴史を見れば僅かな期間だ。
だが儂にとっては一日千秋の思いだ。
それでも待てるのは必ず会えるからだ。
望む形で何の障害もなく。
必然的に、そして運命的に。
だが盲目的に思えない時もある。
・・・儂を忘れてはおらんだろうか?
・・・儂より良い雄を見つけてはおらんだろうか?
・・・儂といるより・・・幸せではないだろうか・・・
その想いに頭を横に振り、首から下げた鎖を握った。
そんな日々の中、帝国と書簡のやり取りをする王より呼び出された。
「思ったより早くなりそうだ」
「何がだ?」
「帝国との条約の承認だ」
「ほ、本当か?・・・そ、そのマリーはどうしておるか分からんか?」
「・・・大人しくお前を待っているさ、それ以上は・・・お前が待てなくなるだろ?」
ああ、そうだ。
今でさえ逸る気持ちを抑えるのに精一杯だ。
何かあったと聞けば止められる自信は儂にはない。
「あともう一つ帝国側から面白い条約の案が出ていてな、番条約というらしい」
そう言いニ枚の用紙を儂に渡した。
儂ら獣人の番の仕組みを優先する内容のようだ。
不可侵条約と合わせて、故意にチューバッカ王国へ足を踏み入れ、番と認定された者は帝国の手を離れ王国側により処遇を一任するというものらしい。
「・・・これは?」
「分からんか?ローズマリーもその条約に含まれるんだ・・・帝国側から法的にお前の番と認定されるようにな」
「ではマリーは・・・大手を振ってここに帰ってこれるのか?」
「そういう事だ、何の憂いもなくな・・・それと何故だか帝国民の中にも番になりたいという者がいるらしくてな、ちゃんと法整備したいらしい」
「ではマリーは・・・誰からも誹りを受けんで済むのだな・・・」
「そうだ、だから大人しく・・・はぁ、その用紙はハンカチじゃないんだぞ?」
コクコクと頷く儂に王が説明をしてくれた。
帝国による隷属の首輪の廃棄を求めている事や帝国にいる獣人達の引き渡し。
首輪の代わりに咎人の足枷の技術の提供、食糧の輸出や輸入など商業的な分野での話し合い。
その調停が済めば・・・マリーに会えるからと。
そして・・・儂がどでかい肉球を落としてから一年という短い月日を経て条約は結ばれる事になった。
あのオルガスの街でチューバッカ王国とラフラン帝国の名において魔法による誓約が交わされた。
儂もその場に同席した。
マリーから学んだような歴史の一場面に立ち会えた事を誇りに思えた。
そして・・・もうすぐ会えるのだと。
「貴方がハッグ・ベアード侯爵ですか?」
その後の挨拶の場でそう声をかけられた。
中年の男であったが、瞳の色と雰囲気がマリーを匂わせた。
「ダズウェル・ドラグノフと申します、ローズマリーの父です」
そう握手を交わした。
思わず碌でもない父親だと聞いた事を口にしてしまった。
「お恥ずかしい、仰る通りです・・・ですからハッグ殿、娘を・・・ローズマリーの事を宜しくお願いします」
話とは異なる紳士な態度にマリーと和解が成されたのかも知れない。
そう思った。
なら儂は安心して送り出してもらえるよう養父上殿にしっかりと誓った。
必ず幸せにしてみせますと。
「ああ、ハッグ、このままラフラン帝国に来賓として向かってくれ、式典に参加して欲しいそうだ」
そこでマリーと会えると聞き迷わず頷いた。
そして国王の代行として宰相殿と護衛として番が既にいる小隊を選抜し率いて帝国へと向かった。
先導は帝国側だ。
皇帝や宰相、マリーの父や兵士達に連れられて。
進む速度は速くもなく遅くもなく。
王国小隊は緊張感を伴った。
今まで争った歴史がある土地に向かうからだ。
王国にとっても未知の土地だ。
儂もランカスに跨り緊張しておった。
だが儂の緊張は違う意味を持った。
・・・ようやくだ、マリー・・・
時間は夕刻を迎え途中の街で一泊をした。
人々から向けられる視線が気になった。
やはりマリーは凄い雌だと思う。
動じずに受け止めたのだから。
だが儂らは寧ろ歓迎された。
手を振られながら「熊将軍ー!」と声をかけられた。
その街を管轄する領主にまで出迎えを受け「貴方が熊将軍ですか」と。
養父上に聞くと儂は有名なのだと言う。
とある小説の主人公なのだとか。
儂とマリーの物語の。
それを聞き大量に買って帰る事を決意した。
配らなくてはならんからな。
王に頼んで王国に輸入も頼まねばっ!。
「嫁入り道具に持たせますから」
そう意気込む儂に養父上が笑いながら言ってくれた。
有難くお願いをしておいた。
翌朝一団は街の人の見送りの中出発をした。
今日の昼には帝都に着きそのまま式典が執り行われるという。
マリーと会えるのはその場だろうか?
抱き締められるのはその後だろうか?
マリーを見て式典を台無しにしないで済む自信がない。
儂は迷わず駆け寄ってしまうだろう。
マリーは怒るだろうか?
ああ、怒られても良い。
マリーの怒る顔も素敵だからな。
だが待ったのだ。
我慢したのだ。
この日をずっと・・・ずっと・・・
そして昼前に帝都に着いた。
マリーの待つ帝都に。
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