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しおりを挟む「カーライル伯爵家令嬢リーナ嬢とカーク男爵家子息オーウェン殿の婚約を正式に発表致します!」
今日は恋人だったオーウェン様の誕生日です。
幼馴染みでもある彼が16歳を迎えるこの日に、私との婚約発表が行われる。
直前までそう聞いていました。
ですが発表された名前は一つ歳下の妹、リーナでした。
私は彼を愛していたわけじゃありません。
幼い頃から親同士で決められていた話だっただけです。
貴族の世界ではよくあることです。
彼も甘い顔でいつも愛を囁いていただけですわ。
ですが、今は勝ち誇った顔のリーナが気に入りません。
怒りに立ち尽くしていた私にダストン・カーライル伯爵、つまりお父様が声を掛けてきました。
「エレーナ、実はお前には結婚の申し出があってね」
慰めるような口調が私を余計に苛立たせます。
「・・・でしたらどうして事前に仰って下さらなかったのですか?!」
「お前が驚くと思って・・・言い出せなかったんだ」
確かに衝撃的ですわ。
誰だって自分の恋人と思っていた男が妹と婚約発表したら驚くに決まっています。
「当たり前です!驚かない方がおかしいですわ!」
「違うんだ、お前の相手がだな・・・」
つまり万が一にも私に断られる訳にはいかない、伯爵家より爵位の高いお相手ですか。
だから・・・恋人であった彼の婚約を先にして、逃げ道をなくそうとしたのね。
・・・馬鹿にしてる。
私だって伯爵家の長女です。
家のためだ、そう言われれば棺桶に片足を突っ込んだ狒々爺に嫁ぐ覚悟くらいあります。
それならそうと言ってくれれば・・・
そう思うと溜息が出ます。
怒ることを諦めたほうが良い気がします。
「はぁ、どちらの御方ですか?」
「・・・ローレン・ドニゴール侯爵様だ」
ドニゴール侯爵・・・確か王家主催の舞踏会で、一度だけお父様に紹介されて挨拶をした顔に傷のあるとても大きな身体をされて・・・そうです、第一印象はゴリラの人ですわ。
「わかりましたお受け致します」
そう聞いたお父様の顔がぱぁっと明るくなりました。
・・・我慢の限界です。
「今日は気分が優れません!お先に失礼させて頂いて宜しいですね!」
と返事も聞かないでその場を去ることにした。
私の覚悟の程も知らない。
私から婚約者を奪って勝ち誇る。
そんな家族に腹が立ちます!
ですから家族で乗ってきた馬車に一人で乗って、御者にお父様の許可はもらったと帰る様に命じました。
屋敷に帰ったら見送った時の満面の笑みではなく、泣きそうな表情の私付きの侍女、マリーが出迎えてくれました。
「エレーナ様・・・お帰りなさいませ」
その声と表情でマリーは聞かされていなかった事がわかります。
でも何で私がオーウェン様を愛している、とみんなが思っているのかがわかりません。
はっきり言って不愉快です。
彼の愛の囁きは薄っぺらいモノでした。
確かにお顔は何処に出しても恥ずかしくないモノでした。
幼馴染みとして気心も知れていました。
私にはそれだけです。
いつも一緒だったマリーもそう思ってたのよね。
誰もわかってくれていない、そう思うと溜息が出ます。
「はぁ、マリー・・・ローレン・ドニゴール侯爵様って知ってる?」
「いえ、存じません・・・ですがアルフレッド様ならご存知かと」
「では部屋にアルフを、あと温かい飲み物をお願い」
そう言って部屋に戻りました。
部屋でマリーに着替えの手伝いをしてもらいながらローレン様を思い出していました。
確か3年前にお父様に連れられて挨拶をしたのが最初です。
顔と体付きが特徴的だったからよく覚えています。
その後も何度か舞踏会で見た記憶がありますが声もかけられておりません。
何で私なんでしょう?
確かに女性として可愛らしい方だとは自覚はあります。
ただ可愛いのは背も胸もです。
・・・そういう趣味の殿方でしょうか?
部屋着に着替え終わった頃、ドアがコンコンと鳴りました。
「失礼致します、アルフめに御座います」
執事のアルフレッドです。
侍女の持ってきたハーブティを飲みながらローレン様のことを聞きました。
10年前に東部戦線で名を挙げ、4年前に第四騎士団団長に、その後も指揮官として功を挙げ、今や将軍の座に一番近いとされている。
歳は32歳、離縁歴もない、犯罪歴も今まで浮いた話もなかったらしい。
そこまでスラスラと答えたアルフに質問しました。
「アルフは知っていたのね?」
「申し訳御座いません、マリー以外は知っております」
確かに、直ぐに顔に出るものね。
思わず含み笑いをしてしまいました。
「失礼に御座いますが・・・大変嬉しそうにお見受けいたします・・・」
「そう?少なくともオーウェン様より面白そうな方ですわ」
そう笑う私を不思議そうに見ます。
私の中には別の世界で生きていた記憶がいます。
その少女の名前は知りません。
ですが、煌びやかな見たこともない街並みで少女は春を売っていました。
友人や家族にも何の不満も抱いておりません。
今の自分と変わらない年格好で毎日が退屈だと。
何となくわかってしまったのです。
この少女は私だ、と。
オーウェン様に愛を囁かれても感動もありません。
周りの薄っぺらな者達に辟易していました。
私も毎日が退屈でした。
そのワタシの最後の記憶は、春を売った相手に首を絞められたところです。
その時の死の恐怖は覚えています。
そしてその瞬間、退屈を忘れていた事も。
ローレン様なら・・・退屈せずに済みそうです。
そう思うと部屋で一人笑みをこぼしていました。
その後、結婚式までは淡々と進みました。
残念ながらお父様曰く忙しいようだ、と侯爵様には式の直前まで会えませんでした。
お会いして思ってのは寡黙でやはりゴリラのような方だと思いました。
ローレン様の御希望で親族だけで式は執り行われました。
ご両親は早くに亡くなられて、後は遠縁の者しかいない、と聞きました。
ローレン様は見た目通り不器用な方で、結婚式の誓いのキスで歯をぶつけるような方でした。
あの時は痛みと笑いを思わず堪えてしまいました。
退屈せずに済みそうと思えたから。
でもその後、屋敷には案内されただけです。
初夜だというのに寝室は別でした。
その後もずっと。
食事は一緒なのに会話もありません。
最初の頃は話題を作ろうと色んな話をしました。
でも返ってくるのは返事だけ。
舞踏会はローレン様が出ないと言われます。
もう口を開くのは「おはようございます、いってらっしゃいませ、お帰りなさいませ、おやすみなさいませ」だけになりました。
それが・・・3年間続きました。
私も19歳になりました。
背は少し伸びましたが、全体的には可愛らしいままです。
実家で母に愚痴をこぼしても返ってくるのは「我慢しなさい」「努力が足りない」でした。
ローレン様の目的も一年を過ぎた辺りで考えるのをやめました。
退屈を我慢して我慢して我慢してたら、いつの間にか諦めになっていました。
今日はせめてハーブくらい選ばせてもらおう、そう思ってフラフラと部屋を出ました。
本当に偶然でした、階段の所で清掃をしていた侍女の噂話が聞こえてきます。
・・・ああなんだ、そんな理由だったんだ。
「貴女達!口を動かさずに働きなさい!」
と侍女頭のアンが飛んできます。
・・・貴女も知っていたの?
「お奥様っハーブティでしたらお部屋にお持ち致します」
目が合ったアンがそう言いました。
流石侯爵家の侍女頭、声が上ずったのは最初だけでした。
「アンも知っていたのよね?」
「何の事で御座いましょうか」
「ローレン様が戦死した部下の嫁によく会いに行かれてる事よ?」
「ただの噂で御座います!根も葉もない噂です!」
「あら・・・噂の割に強く否定するのね」
「ち、違うのです、奥様!」
「何が違うのかしら?」
「坊っちゃまは奥様を愛していらっしゃいます!」
「あらそうなの・・・侯爵家ではお手付けもされない嫁のことを愛していると言うのね」
面白すぎて笑いが止まらなくなりました。
駄目です、エレーナ、こんなに声を上げて笑うなんて・・・
ほら、アンが何か言ってます、違うとか何とか・・・
「・・・部屋に誰も近づかないで」
もう見たくもない、もう聞きたくもない、もう・・・退屈は嫌だ。
だから部屋で考える事にしました。
ローレン様が帰って来るまで時間はまだあります。
離縁は実家が許さないわ、自殺もダメね。
なら・・・どう言えば殺してもらえるかしら。
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