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しおりを挟む「・・・今帰った」
「「「「お帰りなさいませ」」」」ローレン様」
駆けよろうとしたアンが止まります。
これから楽しい時間が始まるのに、前もって耳になんて入れさせません。
あら・・・ローレン様も目を見開いて私を見てらっしゃいます。
そうね、笑ってるからかしら。
久し振りにとてもいい気分だから。
「食事の前に少しお話があるのですがよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
本当にいい気分だわ。
食堂に向かう足まで軽くなったみたい。
「エレーナ、何かあったのか?」
「ええ!是非ローレン様に聞いて頂きたくて!」
噂話をしていた侍女達もアンも顔が固まっています。
その暗い顔がこの後の楽しい時間に花を添えてくれますわ。
「そうか、良かった」
ええ、本当に。
食堂は広い。
使い道がないせいか小さなテーブル。
前侯爵夫妻は早くに他界されたらしいです。
友人を呼んだのも見たこともありません。
手は届かないけど・・・いえローレン様なら届きそうね。
どんな風に怒るのかしら。
それを考えると胸がドキドキしてきます。
それとも開き直るかしら。
「ローレン様、面白い噂話を聞いたのです」
「どのような?」
「ローレン様が戦死した部下の妻を妾にされたとか」
「・・・どういう事だ?」
微笑んでいたかのようなお顔から、不愉快そうな顔になられました。
「どういう事も、屋敷から出して頂けない私の耳に入るほど通われていらっしゃるんでしょう?」
「違うんだ、それは「仰って下さればよろしかったですのに」
笑顔で私はそう言いました。
聞き分けの良い女でしょう?
ローレン様も安堵の表情に変わりました。
「ああそうだな、すまない」
「何でしたら私共の養女にして、ここで宜しくされても良いのですよ?」
「いや、そうじゃない!」
「大丈夫です、私は年上の品のない娘とも仲良くできますわ」
「待ってくれ!そうじゃないんだ!」
「それとも伯爵家で、その下賎な女を養女に致しましょうか?私と離縁してその女を妻にされたらどうでしょう?」
「な、なんだとっ!」
「ご安心下さい、どれほど卑しい市井の女でも父なら喜んで侯爵様に御協力致しますわ」
愛しい女性を侮蔑されて我慢が出来なくなったのか、テーブルに身を乗り出してきました。
「話を聞けっ!」
そう私に掴みかかります。
両肩を掴んだその大きな手なら、意図も簡単に握り潰せそうですね。
でも情けない事に私の身体が先に悲鳴をあげてしまいました。
骨が軋むような痛みに顔を歪めてしまいました。
「ああっ!」
「エ、エレーナ!あ、ああ・・・す、すまない・・・わ、私は・・・」
ローレン様は大きな身体を小さくして震えだしました。
・・・失敗しましたわ。
これじゃもう駄目ね。
小動物を傷つけた事に気がついた獣は牙をおさめてしまいました。
まあでも・・・いい退屈しのぎにはなったわ。
私だって死にたいわけじゃないもの。
あくまでも手段の一つなだけ。
でも明日からどうしましょうか。
本当に後妻か養女にでもしましょうか。
一度会ってみるのも面白そうね。
そんな事を考えているとアンが声をあげました。
「奥様!旦那様は本当に奥様を愛してらっしゃるのです!」
・・・やめて、折角の楽しい時間に水を差さないで。
この3年間の何処に愛があったというの?
苛立ちからつい口を開いてしまいました。
「アン、口を挟まないで!」
「坊っちゃま!ですからいつも申し上げたでしょう?奥様とお話しなさって下さいと!」
叱られた獣は身を震わせました。
・・・これは何なのでしょうか?
これじゃ私の三文芝居より酷いわ。
「興が冷めました、部屋に戻ります」
思わず本音をこぼして獣に背を向けます。
「エ、エレーナ!」
獣が立ち上がり手を伸ばしました。
まだ肩の痛みが残っていたせいか、思わず身体を震わせてしまいます。
今度は掴む事なく手を彷徨わせ懇願するように手を前に組みました。
「り、離縁は・・・い、いや、嫌だ」
「・・・ですから養女にでもされたらいいじゃありませんか」
大型の犬が涙ぐんで鼻を啜ります。
絵にもならない姿に嫌気がします。
「た、頼む・・・話す、ち、ちゃんとは、話す、話を聞いて、くれ」
「「奥様、何卒お願い致します」」
アンと執事のセバスまで頭を下げます。
これじゃ私が悪役みたいではありませんか。
・・・面白くない事になってしまいました。
仕方なく席についてローレン様の言葉を待ちます。
アンがカモミールを入れてくれました。
「奥様、ありがとうございます」
と小声で礼を言われました。
あの状況でどう断れるというのでしょうか。
一口飲んで心を落ち着かせます。
ローレン様も一口飲んでから息を吐きました。
「ナシャ、そ、その噂の者だがアラン、いや友が死ぬ前に後を頼む、と言われて・・・だから決してやましい事などない、信じて欲しい!」
・・・何が「だから」なのか私にはわかりません。
ローレン様に私は嫉妬も何もないのですから、疑っても仕方ありませんし。
ですが私と同じ様に考えていそうなアンとセバスが、その様子に慌てふためく姿は・・・愉快です。
「わかりました、信じます」
「ほ、本当か!すまない」
・・・何でしょうか。
大型犬が尻尾を振り回しているように見えます。
「ですが、アラン様が後を頼む、と仰ったのはローレン様の妻に、という意味ではないのですね?」
「ああ、それはない」
「ではナシャさんにローレン様がお気持ちがあられるという事は?」
「ない!本当にない!」
「でしたら今後ナシャさんの元を訪れるのなら女性の騎士の方も帯同させて下さい」
「わかった!エレーナがそう言うならそうする」
「ローレン様・・・私の為ではありません、ナシャさんのためですよ?」
ああ、この駄犬は本当にわかっていないのですね。
困り顔で首を傾げてられます。
「私の耳にまで噂が届いたと言うことは市井の方にも広まっている、という事ですよ?」
私の言葉にアンが頷きました。
噂話をしていた侍女が顔を伏せてます。
「噂とはいえ、侯爵様がお手付きになられている女性に、想いを寄せた殿方が現れるとお思いですか?」
「・・・そこまで考えが至らなかった、アンにも行かないように言われたのだが・・・」
「本当にナシャさんの心配をなさるなら・・・未婚の役職のある騎士の方に様子を見に行かせてはいかがでしょうか?・・・お見合いにもなるでしょう?」
「ああ!そうしよう、そうさせてもらう!」
本当にあの軍歴の団長様なのでしょうか?
機微に疎すぎます。
「・・・私も女の身で口を挟み申し訳ありませんでした」
「そんな事はない!噂が広まったのなら迷惑をかけたのは私だ!本当にすまなかった」
「それで・・・お話しは以上ですか?」
「いや・・・聞いて欲しい」
そう言うともう一度息を深く吐き出しました。
「6年前だ、初めてエレーナに会ったのは」
あら、覚えておいででしたか。
「私と同じ人間だとは思えない華奢で可憐な笑みを浮かべる少女だと思った」
私はローレン様をゴリラだと思いました。
「だが、その可憐な笑みが・・・時折りつまらなさそうな表情に変わったり、寂しそうな顔をするのが気になった」
・・・私とあろう者が油断しておりましたわ。
「気になって・・・その、いつも目で追うようになった、舞踏会にも・・・その為に参加した」
・・・そんなに見られていたの?!
気がつきませんでした、私もまだまだですわ。
「3年前に正式に婚約をすると聞いて・・・エレーナが人の物になると思うと、そ、その我慢が出来なくなった、思わず伯爵殿に結婚を申し込んでしまった」
はぁ、アンの言っていたのはこの事でしたのね。
「・・・でしたらこの夫婦になってからの仕打ちはどう言う事なのでしょう?」
「こんな形で昔から女性の扱いが苦手だった・・・若い頃に見合いもしたのだが・・・手の骨を折ってしまったり酷い目に合わせてしまった」
・・・私の両肩大丈夫でしょうか?
「それにエレーナはまだ若く小さい、もう少し大きくなれば・・・そ、その、触れられるようになるかと・・・」
いえいえ私はもう大きくなりませんよ?
確かにそこの侍女のどの方より慎ましいですが?
その発言にアンとセバスまで目を見開いています。
一体何を教えてきたんでしょうか?!
口を挟みたくなりますが私は淑女です、少女ではありません!
殿方の口を遮るわけには行きません、ええ、そうですとも。
「エレーナの婚約者だった者と比べても・・・私はこんなだ、素晴らしい若者だと聞いた・・・だから、その恨まれているかと」
耳の伏せた駄犬に色々とお伝えしなければなりませんね。
「寧ろ私としては・・・この3年間何もなかった事を恨んでおります」
私は退屈が嫌いなのだから。
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