ドラゴンさんとスライムさん

ウサギ卿

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そして私達は日がな一日をかけて空の旅を楽しんだ。
時に鳥型の魔物の群れを追っかけ回した。
空を旋回したり錐揉みに飛んだり、木の葉のように揺れ落ちたりと、飛行も種類に富んだ。

『怒っておるのか、楽しんでおるのか、どっちだ?』

そう問えば肉体言語で半々だと答える。
もうやり慣れた予定調和だ。

そして幾つもの山を越え、川を渡り、森を越えた。
流れ移り変わった景色は、一面の青へと表情を変える。
漂う潮の香りは懐かしくもあり新鮮でもある。

何百年振りだろうか。

思えば久方振りだ。
若き頃は好奇心旺盛であった。
世界の果てまで飛び回ったものだ。

その分やらかした事も多々あったが。

海の底まで潜ろうとして溺れかけたのは、今となっては懐かしき思い出だ。
そしてここまで来てはたと気がついた。
これから何かを獲る為に私が潜るのは良い。

・・・此奴どうしよう。

陸に置いて行くのも不安だ。
宙に風で浮かせておくのも、空の魔物が襲って来ては危ない。
どうしたものかと悩み・・・

『うむ、では口の中に入れ』

素晴らしい妙案が浮かんだ。
これは間違いなくアレだ。
世界一安全な場所だ。

『・・・何だ、その反応は』

だが此奴は不満しかないようだ。

『其方を飲み込む訳があるまい』

ぷるぷるではなくブルブルと震える。

『私の唾液でも溶けぬだろうが』

魔物の返り血を浴びた時に、幾度か舐めてやった事はある。
何も問題はなかった筈だ。
だが気にしている点はそこではないようだ。

『仕方あるまい、其方が泳げぬのだから』

湖に入りたがらないのは、それが理由らしい。
ピシリと固まった後、肉体言語を展開する。
これは魔法で何とかならないのか、と言っているのだろう。

『・・・強風で包んで海に放り込めば、渦潮が出来るぞ?』

間違いなく此奴は呑まれるだろう。
そして藻屑になるところまで見えた。

『諦めろ、ホレ』

そして顎を大きく開けた。
うじうじとゴロゴロしておったが、閉じぬ口を見てようやく諦めたようだ。
鼻の端まで跳ねて、粘体を伸ばして舌の上に転がった。

『ふはんなら歯にふはまっておれはよい』

伝わったのか下生えの牙の所まで跳ねた。
口を閉じ鼻で息を吸い込み、勢い良く海中へと飛び込んだ。
辺りを小さい気泡が舞う。
大物の気配を探しながら、視界が落ち着くのを待った。

・・・落ち着かん。

いや、気泡は少しづつ落ち着いている。
落ち着かんのは私だ。
妙に鱗がザワザワとする。
これは早く獲物を獲った方が良い気がする。

だが辺りには気配がなく、潜りながら海中を泳ぐ。
尾と翼を推進力にして進んだ。

しかし・・・これは何であろうか?

口の中がとても甘い。
妙に唾液が湧き出て来る。
それを嚥下しようとして舌先が動いてしまった。
そして意図せず粘体を擦った。

ひんやりとしていながら、押せば返す感触が堪らない。
先で粘体を擽るように撫でてみると、動かす舌に、ピトッと吸いついたように離そうとしない。
わたしの唾液を吸収したのか、少し粘体が大きくなった。
気持ち大きく動かせば、伸びて纏わりつく感覚に舌が蕩けそうになる。

・・・いかん、怒りだした。

口の中でペシペシと跳ね回っておる。
何か言い訳を考えねばと頭を捻っておれば、真下より素早く動く気配を感じた。
下を向けば、仄暗い闇の中に赤い点が浮かび、その点が少しづつ大きさを増していく。

都合が良い。
海の中だが渡りに船だ。
全て此奴の所為に致そう。
何せ私より大きく、そして此処は海の中だ。
多少、梃子摺ったとして仕方あるまい。
その結果、舌が動いた。
良し、それでいこう。

赤と白の混ざったそれは、海中を突き刺すように泳ぐ勢いのまま体当たりをしてきた。
前脚でそれを受け止めるも、勢いはそのままに突き上げられる。
ここは寧ろ利用させてもらおう。
頭部に爪を刺し、加速の為に海中に風を起こす。

前脚に込める力と体にかかる水圧で、舌が思わず動いているのは不可抗力だ。
一石二鳥・・・いや海の中だ。
漁父の利と言うべきか。
うむ、甘い。

海の色が明るくなってきた。
そう感じた瞬間に主導権が移る。
此処は私の領域だ。

爪を離し、発生させていた風を捻りながらダイオウイカに付与した。
このまま陸地まで運べば自然と目を回すだろう。
後はゆっくりと仕留めればいい。

口の中でペシペシがベシベシに変わった。
本格的に怒っておるのかも知れん。
口を開け前脚の上に粘体を転がした。
やはり少し大きくなっている。
その原因が私の唾液だと思うと、卑猥な如何わしさを感じなくはない。

『すまぬ、大物だった故、力が入り思わず舌が動いた』

やや棒読みになってしまった。
そして粘体に顔を向けられない。
明らかに後ろめたい。
だが目を見て詫びずに済んだのは有り難い。
目が無いからだ。

『う、嘘ではない・・・それに見よ、私より大きいのだ、その上に海の中だぞ?』

言い訳がましいとは思う。
実際にしっかりと舐め回したのだ。
それに舐め心地の良い此奴が悪いのだ。

しかしながら不思議だ。
妙に訝しげな視線を感じる。
目が無いくせに。

罪悪感から顔が正面から動かせないでいた。
その気になる視線も、ふと途切れた。
気になり顔を向けず目だけを粘体に向ける。
どうやらクルクルと回りながら宙を舞うダイオウイカにご執心のようで、その様に思わず胸を撫で下ろした。

・・・何とかしてまた舐め回したいものだ。

イカに纏わせていた風を解き、崖上に先に降ろしてから、私達もそれに続いた。
前脚からそっと粘体を降ろす。
目を回しているのか、イカはさした抵抗もせずに痙攣しているようだ。
とどめを刺そうと近寄る私を、肉体言語で粘体が阻んだ。

意図を汲み取ろうと眺めておると、イカの上で跳ね出した。
のそ、と歩み寄ると首を傾げる私に訴える。

『・・・ソコを刺せと?』

どうやら正解のようだ。
ダイオウイカの弱点なのだろうか?

『うむ、離れておれ』

緑竜の前脚は脚であり手でもある。
言われた所、目と目の間、そのやや上に抜き手を突き刺した。
その瞬間、私の手を包むイカの身が引き締まったのを感じた。
呻くように身を強張らせ、そのまま生き絶えた。
そして表皮の赤い色が失せ、半透明の白い色に変わった。

『・・・これは?』

そう問えば、粘体は何かを伝える。
何となく理解出来たのは、これで美味になるという事らしい。
ならば話は早い。

『そうか、では早速焼きに参ろうか』

見たことのない現象を前に、期待が私の口角を持ち上げた。
後脚から背へ、そして首から頭へよじ登る。
粘体も早速に異論はなかったようだ。

顔?を掴み翼を羽撃かせ舞い上がった。
そしてもう一度イカを海水に浸す。
味付け代わりだ。
先程の風で水気は全て飛んでしまっておるからな。

海も敢えてここを選んだのは、火山が直ぐ其処にあるからだ。
鼻の上で粘体が機嫌の良い時の踊りをする。
ぷるんと震えながら左右に粘体を揺するのだ。
思わず目尻が下がる。
だがらだろう。

『・・・もう怒ってはおらんようだな』

思わず口走ってしまった。

『態とではない、悪かった』

これは怒っていると主張しているのだろう。

『梃子摺ったのだ、すまない』

頭の上に二本の角を作ってみせる。
伊達に千年程生きている訳ではない。
こういう時の雌に口答えをしてはならんのだ。
倍になって返ってくる。
だから心あらずとも謝る姿勢をとった。

すると空気を取り込み、膨れてみせる。
別の不満もあるのか?

『・・・私が笑っていると言いたいのか?』

つまり反省の色が見えない、と言いたいのだろう。
目がない故に見えん筈だ。
それに事実、反省しておらんのだ。
だが口が緩むのは・・・

『そんな其方も可愛くて仕方ないからだろう?』

そこから火山までは、何がどう愛いのかを子細に説明してやった。
粘体は途中で慌てながら拒否した。
だが止めてやる気はない。
謝るより気が楽だ。
そして言葉に力も入るというものだ。

何せ事実だからな。


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