ドラゴンさんとスライムさん

ウサギ卿

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火口の近くまで寄ると、私でも流石に熱い。
粘体には堪えるだろうと『口の中に入っておるか?』と聞いてやれば、全力で拒否された。

至極残念である。

風で空気を遮断すれば多少はマシになるか。
そう思い鋭断な気流を下方に向け発生させ身に纏った。
ついでにイカを風で細かく切り刻み、錐揉みの如き気流で包んでおく。

そのままに錐揉みを火口へと降ろすと、溶岩からの熱で身に含ませていた海水が結晶化し、キラキラと光に反射する。
半透明であったイカが、きれいな白身へと変わって見目麗しくふんわりと仕上がった。

『焼き具合はこの程度で良いか?』

鼻の上から身を乗り出し、その様を眺める粘体に問う。
手があれば親指を立てたであろう程にお墨付きをもらった。
錐揉みの指向性をほんの少し変えてやれば、切り身が火口より舞い上がる。

おお、これは良き香りだ。

焼けた潮の香りが鼻腔を擽り食欲を煽る。
粘体もご機嫌の舞を踊った。
これをお預けにされるのは敵わん。
一切れだけ手元に寄せて九割程咬みちぎった。
肉感は見た目通りふっくらとしており、牙を立てればぷつんと切れた。
もっちりとした白身と海水の結晶が奏でる海の味に舌鼓を打った。

『これは美味いな・・・ほれ、其方も食せ』

鼻の上に置き、待ち侘びる粘体に与えた。
そのままニュルンと体内に取り込み、小躍りをし始める。

此奴の口は不思議だ。
栗鼠の如く体内に入れる時もあれば、体積不問で取り入れる事も出来る。
前者は食事で、後者は異空間収納と言ったところか?

それにダイオウイカの処置の件もそうだ。
此奴の頭には如何な知識が詰まっておるのだろうか?
頭は無いのだが。
共に暮らしておれば、時折深き知性を感じる。
やはりただの魔物ではない。

・・・止めだ。

考えても詮無き事だ。
此奴は私と同じで特別なのだ。
それで良いではないか。
私は既に此奴の存在に救われている。
手放す事など考えられない。

それが・・・あの駄女神オルティアーヌの思惑だったとしてもだ。


私達は火山から離れ地表に降りた。
錐揉みの風に熱も閉じ込めていたので、切り身が冷える事はない。

粘体はイカの下足と切り身の部位を、ニュルンと体内に取り込んだ。
表面積が膨らまない所を見るに、保管用なのだろう。

『・・・私の分は?』

ジト目で下足を数本掴み、粘体に押し付けた。
自分の分だけとは小狡かしかろう。
どちらにしても食べられん事はないが、一度に食すにはちと多いのだ。

だが粘体はそれをむにょんと押し返す。
舐め回した意趣返しであろうか?

・・・猪口才な。

グリグリと下足を押し込んでもぷるぷるとするだけだ。
これはこれで面白い。

『私の分も頼む』

そう頭を下げてみせれば、仕方無しと取り込み始めた。
そんな所も愛いと感じる。
だがそれは口にはしない。
臍を曲げられて吐き出されては困る。
臍は見当たらないが。
ついでに切り身の方も数切れ放り込んでおく。
それでもかなりの量の下足と切り身がある。

『よし、では食すか』

粘体はぷるんと返事をした。
下足を掴みブチッと噛みちぎる。
白身とは異なる食感がまた面白い。

『・・・酒が欲しくなるな』

そう呟けば粘体も同意を示しながら、ご機嫌に下足を頬張った。
これでは何かしらを疑うのも馬鹿らしくなる。
私と共に在って幾年も経つが、酒を飲んだ事などありはしないのだ。
そこには謀りも隠す意思も何もない。
であれば少なくとも此処に在るのは、此奴の意思だ。

そんな事を考える私を見て、粘体が首を傾げる。

『ん?・・・何故笑っておるのか、か?』

そうか、私は笑っているのか。

『・・・幸せだからだろう』

自分で出したその言葉が、胸に落ち着き沁み渡る。
私には縁遠い代物だと諦めていた。
望んではいけないと眺めていた。

『そうではない』

イカが口に合ったのか、と見当違いな粘体に頬擦りをしてやった。
粘体は下足を咥えたまま動きを止める。
ククッ、感情の許容を超えると此奴は固まるのだ。

『其方がいるからだ』

何が崇高なる使命だ。
何が万感たる義務だ。
ならば貴様らがやれば良いのだ。
言葉は悪いが、クソ喰らえと思っていた。
許諾も無く押し付けた駄女神を恨みさえした。

『其方がいるから』

仕方無いと思っていた。
世界は残酷で醜くて・・・それでも美しいから。

『・・・幸せなのだ』

感情を振り切った粘体に顔を寄せた。
今度は頬擦りではない。
そっと誓いの口付けをした。
其方が生きて行く世界の為に・・・喜んでこの命を使おう。

『・・・どうした?食わんのか?』

硬直する粘体にしてやったりと笑みを向けた。
ククッ、ただ只管に憤慨しておる。
だが、何を聞かれても答える気はない。
今の行動の理由を説明してやる気もない。
私はダイオウイカの切り身を頬張るだけだ。

『うむ、美味い、無くなっても知らんぞ』

粘体も慌て切り身を取り込み始めた。
ただ残念ながら咀嚼速度は私の方が上だ。
平らげるのに時間は要さなかった。
最後に残った下足は半分に切り分けた。

『下足は特に酒が欲しくなるな』

先程の喧騒は忘れているようだ。
同意しながら下足を取り込んでいる。
であれば畳み掛けて忘れさせるのが吉だろう。

『そうだ、其方、温泉は知っているか?』

知っていたようだ。
目があれば、期待に満ち溢れ輝いている事だろう。
目はないがな。

『この火山帯の奥にあるらしい・・・行ってみたいか?』

返事の確認は必要なかった。
既に私の尾から背へとよじ登っている。
背から頭へ。
そして鼻先へ辿り着き、ご機嫌の舞を踊る。

・・・共に入れぬのが残念だ。
































ぴろりん

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