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しおりを挟む態々ご苦労な事に敵意は徒歩で近寄って来た。
過剰とも呼べる能力はもう必要はない。
地面が揺れておる。
吐き出した諦めの鼻息と共に、微睡みから覚醒し始めた。
薄眼を開ければ赤き鱗を纏う竜が其処にいた。
相変わらず前脚が短足だな。
『テ・メ・エッ!何してくれてんだ!』
『・・・先触れもなく近寄るからだ・・・愚か者め』
あれは敵意に対して、無意識化で発動されたものだ。
私は悪くはない。
『何でこの俺がっ!この赤竜王がっ!先触れなんて出さなきゃならねぇんだよっ!』
私の方が強いからだ。
そう煽っても構わんのだが、些か面倒だ。
返事は大きな欠伸で返した。
『あんっ!?やんのか?!』
ん?これも煽った事になるのか?
『・・・貴様が要らぬ事を考えながら近寄って来たのが悪い』
どうせ上から火の吐息でも放ってやろうとか考えておったのだろう。
そう告げれば、図星だったようで喉の奥からぐもった声を呻かせた。
『それよりこんな所で道草を食って良いのか?貴様の翼では聖都の社までギリギリだろう?』
『だっ!誰のせいだと!女神様への献上品が風で飛び散ったんだよ!』
と、唾を飛び散らしながら喚く。
『・・・自分の所為だろう?』
成る程、引き連れていた子分共はそれを拾い集めておるのか。
どうせ供えた後、私達が食う物だ。
そういう意味では悪い事をした。
『ならば余計に急がねば、駄女神の言葉が聞けなくなるぞ?』
と言っても、聖のによる代弁だがな。
そして空気が変わった。
ひりつくような、焼け付くようなソレ。
明確な殺気が私に向けられる。
『テメエは・・・女神様と呼べと言ってるだろう?』
信仰心溢れる火のらしい反応だ。
だがアレに御丁寧に様付けなど御免被る。
『誰のお陰で・・・嵐竜王やれてると思ってんだ?!』
『別に頼んではおらん、それに・・・貴様こそ誰に殺気を向けているつもりだ?』
苛立ちの元に湯から立ち上がった。
私に向けるのは構わん。
どうせ私に敵う訳がないのだから。
だがここには粘体がおるのだ。
それ故に腹が立った。
『此度の会合・・・火の・・・欠席したいのか?』
『ぐっ!』
火竜はその言葉にたじろいだ。
違うな、私の殺気にだ。
そういえば普段は適当にあしらっておった。
明確に殺気を打つけた事はなかったな。
三下相手には過ぎたモノだ。
『とっとと行け、目障りだ』
『お、覚えてろよっ!』
まるで捨て台詞まで三下のソレだ。
無駄にデカイだけの翼を広げ、のそのそと飛んで行った。
どうせ会合で会うのだ。
何なら着いてからシメても良い。
遠慮なく覚えておこう。
『其方、大事ないか?』
私の鼻の上でぷるんと平然に答えた。
少しは此奴も強くなっているのだろうか?
ククッ、とはいえ彼奴の殺気もたかが知れておるな。
しかし・・・そうだな、供える気はないが手土産くらいはあっても良いかも知れん。
今まで他の奴のお供えを飲み食いしてばかりであったからな。
『・・・もう一匹くらい捕まえておくか』
持っていくのは粘体に頼めば良かろう。
そう思い見れば、何かを問いかける。
『・・・違う、私は王ではない』
余計な事を口走ってくれたものだ。
私の頭の上で器用に粘体を王冠に成している。
『彼奴らが勝手にそう呼ぶだけだ、それに・・・一人だけの王など何の価値がある?』
そうだ、ただの・・・贄にすぎん。
何の価値もない、感傷を誤魔化すただの称号だ。
ああ、火のは違うな。
あれはやっかみと嫉妬だ。
『・・・ん?・・・其方、駄女神を知っておるのか?』
・・・どうやら知っているようだ。
懸命に肉体言語で説明を始める。
前例に漏れず、複雑なものはやはり解らない。
『駄女神は・・・この世界を作った神だ』
どうやら此奴も駄に関しては承諾済みのようだ。
この驚きようはこの世界を作ったに関してだろう。
『世界とは私達のいる此処だけではない、神の数だけ世界が存在すると言われている』
私も聞き齧った話だ。
実際に見た訳ではない。
『その神々と生み出された世界は、神界に属すると聞く、その神々の親にして神界を作ったのが創造主と呼ばれる存在らしい・・・その娘なのだ、世界くらいは作れるだろう?』
訝しげな粘体にそう説いた。
私の話を聞いても訝しげな様子は変わらない。
・・・新しい疑問だろうか?
『神が世界を作る理由までは知らんぞ?』
何らかの使命なのか、趣味なのか。
考えた所で尊大な存在だ。
分かる訳もないが、粘体の知りたいのはそれではないようだ。
私の頭を気軽にポンポン叩き、首を傾げる。
短くあるのかも分からぬ可愛いらしい首だ。
『・・・何故知っているのか、か?』
ふむ、これが正解か。
『口伝だ、代々竜族に伝わる』
そう言えば、強請るような仕草をする。
どうせなら舐めてくれと強請ればいいのだが、恐らくは違うだろう。
つまりは聞きたい、という事か。
『・・・この世界を駄女神が作った時に最初に生み出されたのが一匹の竜だった』
この事であれば問題はない。
ただの口伝だ。
『母なる竜は八種の子を成した・・・火竜、風竜、水龍、地竜、雷龍、氷龍、聖竜、闇龍、そして我が子らに駄女神からの使命を伝えたとされている』
千年前の事は教える必要はない。
『駄女神は竜族に自分の代理という使命を与えた、裁定者にして審判者というな』
駄女神は幼き私に力を授けた。
振るえば自壊する程の力だ。
本来の肉体では収まり切らぬ程の力だ。
『元々が力の強い神ではないらしい』
女神に選ばれた英雄として誇った事もあった。
この美しき世界を守れると喜んだ。
『その上で責任を丸投げしておるのだ』
いずれ来たる厄災に備えて?
・・・それはいつだ?
世界の為に死ねと言われてから何年経った?
満たされる事のない発情を幾度迎えた?
何年孤独に耐えた?
だから・・・
『駄女神と呼ばれても仕方あるまい?』
此奴も物思う所があるらしい。
同意しつつ憤慨しておる。
何があったのか説明を肉体言語で披露する。
私はそれにうんうんと頷く。
・・・さっぱり分からん。
伝わらない事が分かった粘体は、困ったように首を傾げる。
すまんな、粘体よ。
裏切るようで申し訳ないが、私は一つだけ感謝しておるのだ。
『という訳でな、駄女神に供える気はないが、せめて手土産が欲しいのだ』
どういう訳だ、という心の声が見てとれる。
うむ、良き反応だ。
そして周りを見渡した。
既に海の上である。
『もう一匹、イカをだな?』
察しが良くて助かる。
『・・・口に入れ』
往生際が悪い。
『言ったであろう?其方に何かあれば私も生きてはおれんと』
ほれ、と顎を開き促せば、舌を動かすな、と念を押して入っていった。
それは承諾しかねる。
不可抗力なのだ。
致し方ないのだ。
舌触りの良い其方が悪い。
鼻から深く息を吸い込み、今一度海へと潜った。
そうだな。
どうせなら先程より大物が良い。
それでもまだ物足りぬだろう。
嵩を増した憤懣を忘れてもいいと思う。
心の底に溜まった澱を捨てても良いとさえ思えた。
不貞腐れた千年よりも、其方と共に過ごしたこの数年の方が私には大事なのだ。
それが駄女神の思し召しなのか、ただの偶然なのか・・・もうどちらでも良い。
其方に出逢えたという・・・感謝だけは・・・
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