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しおりを挟むその答えに粘体がペシペシと叩く。
誤魔化してなどおらん。
だが教えてやる気にはならん。
ガラガラと音がする。
人族が供えた品を運んで来たようだ。
辺りに酒精の香りが漂ってくる。
「ソコノヒトヨ、ブドウシュハアルカ?」
付け焼き刃だ。
片言なのは許せ。
[竜殺し]は粘体にはきついだろう。
『あ、嵐の・・・が人語を・・・』
『・・・いつの間に?』
喧しい。
粘体でさえ人語が分かるのだ。
私が話せん訳にはいかんだろう。
「は、はい、白と赤と御座いますが」
『其方、どちらが良い?』
後ろにズリっと下がった。
後者の意味だろう。
「デハ、タルデ、アカダ」
「はい、直ぐにお持ちします」
フンっと鼻息を鳴らした。
『どうだ?私もやれば出来るだろう?』
他の者が報告している間に、人族の言葉を風で拾い集めていたのだ。
素直に感心したようで頭を撫でてくれた。
うむ、気分が良い。
『今日は飲むぞ!聖都の[竜殺し]を空にしてくれる!』
『・・・程々にしてくれよ』
『なんだぁ、嵐の、やけ酒か?』
嘲るように火のが口角を上げた。
分かっておらん。
『かっかっ!一度振られたくらいで諦めるなら竜などやっておらん!』
それが竜というものだ。
粘体がピクリと反応を示した。
『気にするなと言っただろう?其方はただ覚えておけばそれで良い』
だから、私に振り回されてくれ。
それまでは共に在ってくれ。
最後を看取れとは言わん。
この想いと思い出があれば大丈夫だ。
其方を笑って見送れる。
そんな気がするのだ。
人の手で運ばれて来た葡萄酒の樽の前に降ろしてやる。
聞きたい事は山程あるだろう。
そのような仕草をしておる。
だが今回ばかりは答えてやれんのだ。
どうにもならんのだからな。
知って苦悩させるのか。
土壇場で苦悩させるのか。
それならばその時まで愉快に過ごす方が良いだろう?
私もそうして欲しいのだ。
それとも其方は・・・振り返らないだろうか?
立ち止まらないだろうか?
悩む事なく私を置いて行くのだろうか?
・・・それでもいい。
だからその時までは・・・逃さぬ。
その思いに粘体に視線を向ければ、酒樽を担ごうとプルプルしておった。
此奴・・・もしや乾杯でもする気だったのか?
流石に無茶だろう。
それを爪先で補助するように手伝ってやれば、軽くなった事で私に気付き、ペコリと折れた。
気にするなと笑顔で返す。
私も空いた前脚で[竜殺し]の樽を掴み音頭を待った。
『では、この世界と・・・』
『駄『女神様に乾杯!』』』
火のが睨んできたが知らぬ。
樽を掲げた後、粘体の樽と私の樽を重ねた。
『これからも宜しく頼む』
そして粘体は樽に飛び込んだ。
まるで葡萄酒風呂である。
私は[竜殺し]を一息に飲み干した。
長い喉を通るたびにひりつく感じが堪らん。
吐き出す息に混ざる酒精が鼻腔を焼く。
空の樽を横に置き、人族が用意した新しい樽を手に持つ。
「ワルイガセワシナクサセルゾ」
「「「はい!」」」
その返事に私の方が驚いてしまった。
揶揄うように笑って見せれば、人族は笑顔で返してきおったからだ。
そうか、此奴らは竜の世話が出来て喜んでおるのか。
ならば・・・喜ばせてやろう。
新しい樽を直ぐに空にしてやる。
まだ熱のあるイカに前脚を伸ばし頬張った。
淡白な味の白身が[竜殺し]によく合う。
おっと、忘れておった。
『ほれ、下足だ』
粘体も食べたかろう。
酒に合うと話しておったのだから。
待ってましたとばかりに、粘体を伸ばして下足を取り込んだ。
仄かに色付いているのは葡萄酒の色か、酔って紅潮しておるのか。
何にせよ、機嫌が良いようだ。
其方が楽しいなら私も楽しい。
次の新しい樽を半分程飲み干し、切り身を口に放り込んだ。
咀嚼してから[竜殺し]で飲み込む。
早々の四樽目にも、人族は笑顔で返してみせた。
中々にやりよる。
ならば仕事を増やしてやろう。
『果物もあるぞ?食うか?』
樽の中で浸っている粘体に問う。
外に顔を出してキョロキョロと見渡す。
物臭に指を刺すように粘体を伸ばし、アレコレと示す。
私では当然摘めん。
その様子を眺めていた人族を見やれば、頷き粘体が選んだ果物を抱えた。
その粘体は樽の中で葡萄酒をぱちゃぱちゃと叩いてみせる。
「イレテヤッテクレ」
「は、はい、し、失礼します」
恐る恐る果物を樽に入れる人族。
粘体がにょんと体を伸ばせば驚き、体を折り曲げ礼をすれば、慌てふためき御辞儀で返していた。
何と面白いものか。
此処の人族は、竜より魔物の方が恐ろしいらしい。
思わず声を上げて笑ってしまった。
うむ、誰かと共に飲む酒の方が美味い。
五つ目の樽に前脚を伸ばす。
『なんだ?火の、まだ一樽目ではないか』
『ちっ!これから飲むんだよ!』
煽るように樽を呷ってみせる。
ひっくり返して空を強調すれば、簡単に乗ってきた。
短い前脚でドンと空樽を置き、噫気と酒精を吐き出せば、焼ける喉に涙目になっている。
新しい樽を掴み火のを見やれば、ひくつきながらも新しい樽を掴んだ。
くっくっ、まだまだ若いな。
『これ!嵐の!儂の分が無くなるじゃろうが!』
『・・・本当に程々にしてくれよ』
早々に火のを酔い潰し、日が暮れ夜も更けていく。
土産に用意したダイオウイカは、酒に合うと好評だった。
前に参加した時よりも、空樽が積み上げられているのは気の所為ではないだろう。
粘体も赤の樽を空にして白の葡萄酒をお代わりしていた。
どうも、聖のを酔い潰した辺りから記憶がない。
他の奴らは誘いに乗って来なかった。
闇のは酒を飲まないので、腹が膨れたら何処ぞの影で眠っておったようだが。
いつの間にか私も眠っていたようで、目を覚ませば粘体は空の樽の中で眠っておった。
体の大きさを考えれば、此奴が一番の蟒蛇かも知れんな。
大きく欠伸をして、体に残った酒精を吐き出す。
見渡せば彼方此方で竜が寝そべっている。
別れの挨拶も億劫だ。
人族に先に帰る旨を伝えてから、粘体を樽から掴み上げ案内の元、出口へと歩いた。
『・・・帰る?』
私の影の中から声がした。
此処におったのか。
『ああ』
『・・・また会えるよね?』
『さてな』
プツンと影が離れた。
『・・・次は僕も飲むから』
『そうか、楽しみにしておこう』
約束は出来ん。
竜である以上、分かっている事だ。
長きを生きる種族。
それ故に子孫繁栄に執着はあまり無い。
だからこそ強制的に訪れる発情期。
番のいない発情期と、番のいる発情期では重さが異なる。
愛しき番を得た竜は、発情期になると陰茎に強い熱を持つ。
雄の竜は番に触れ合わなければ、陰茎が体外に出る事はない。
放出されない熱は私を内から焼くだろう。
だから私は群れを出た。
惚れた雌を潰して殺してしまわぬように。
鼻の上で眠る粘体を見る。
まさか・・・更に小柄な此奴に惚れるとはな。
だが悪くない。
ただの竜として死ねるのだ。
一匹の雌を思う雄として生を終えられるのだ。
「セワニナッタ」
人族にそう告げ翼を広げた。
風圧を消してから空へ翔んだ。
ゆっくりと高度を上げて行く。
慌てる事はない。
その時はまだ先だ。
高度の限界まで登った。
太陽の欠片が大地の端に手を掛けている。
遠目に映る朝焼けが世界を照らし出す。
・・・難しく考え過ぎていたのかも知れない。
私が成さねばならん。
そう思い込んでいたのだ。
特別な竜など、何処にもおらんのだ。
自然の摂理に合わせて死ねばよい。
鉾の役目は譲れるのだから。
だが駄女神は駄女神だ。
これは譲らん。
鼻の上でモソモソと動き出す。
どうやら目が覚めたようだ。
『起きたか?』
ぷるんと震える反応が鈍い。
まだ寝惚けておる。
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残酷に感じたのは、醜く思ったのは己のありようだ。
受け入れてしまえば、この世界は・・・ただ美しい。
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少し悩んだ後、粘体を震わせ是とした。
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そう言えば、渋々と納得してみせる。
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その声を聞くことは叶わない。
せめて心の中でそう呼んでくれ。
『さて、温泉にでも浸かってから帰るか?』
我が愛しのエキドナよ。
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