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しおりを挟む聖都から温泉のある方へ真っ直ぐに飛ぶと、どうしても住処の近くを通る。
風のに留守番をさせているので、あまり宜しくはない。
『少し遠回りをするぞ』
もう出歩きたくないという理由はなくなった。
使命を果たせなくなると恐れる必要はない。
出逢いに怯える必要もないのだ。
愛する者が鼻の上にいるのだから。
これより北上すると寒さが増していく。
私は寒いのは好かん。
ならば南下してから大回りをしよう。
ついでに南の人族の諸国でも覗きに行くか。
翼を翻し南に進路を決めた。
風圧を強くこの身に浴びたくなった。
エキドナの周りだけ風圧の影響を消した。
速度はほぼ全開に近い。
翼と骨がミシッと軋む音がする。
風が鱗にに叩きつけられる。
それでも愉悦に歪む顔を止められない。
・・・自由。
若かった。
持て余す力に傍若無人と化した。
好き放題に気の向くままに暴れていた。
今なら分かる。
あれは自由などではなかった。
これこそが自由だ。
自分で決めた。
本能の赴くままに。
エキドナがいる。
それだけで心が躍る。
『あの辺りが闇竜達の住処だ』
顎で示せばエキドナもそちらを見た。
遠目に映る光も届かぬ深く切り立った崖。
その底に彼奴らの住処がある。
ジメジメしていそうで私には無理だ。
後は何処があっただろうか。
白銀龍の住処は北の方だ。
金竜や青龍は西方にある。
会合で聞いた黄竜の住処は、ここから南の辺りの筈だ。
他者に興味を持とうとしなかった反動だろうか?
今更ながら他の竜の営みが気になった。
どの様な物を食べているのだろう?
寝床は?
環境は?
全く興味が尽きない。
こうなれたのも、そう気づけたのもエキドナのお陰だ。
自棄を起こした訳ではない。
これまで自分を抑え殺していただけだ。
認めさえすれば何て事はない。
それだけ退屈を持て余していた。
それだけ寂しかった。
それを特別という言葉で覆い隠していたに過ぎなかった。
途中で川縁で休息と食事を済ませ、空の遊覧を続けた。
エキドナも風圧を浴びてみたいと、肉体言語で示したので試してやる。
案の定、私の額で平面体と化し貼り付いていた。
ただ何時もの予定調和と異なり、楽しかったと全身で表現するエキドナはやはり愛い。
その姿は野に咲く一輪の花を思い立たせる。
たが死んでしまわぬかあまりにも不安で、私の心臓に良くはない。
減圧して適度にやらせる事にする。
日が明ける前に聖都を出て、現在は昼過ぎ。
休憩を挟みながら私達は高速遊覧飛行を続けた。
高度はある程度保ち、速度は出せる本気を維持した。
このペースなら夕刻前には南の人族の国へ着くだろう。
何かの目的がある訳ではない。
ただの興味本位だ。
幼子の様にはしゃいでいる自覚はある。
楽しいのだから仕方あるまい。
エキドナが私を叩き下を示す。
太く長い河がある。
どうやら私を扱き使うつもりらしい。
良かろう、愛しい雌の要望だ。
応えてやらぬ訳には行くまい。
急滑降で河へと下り、スレスレで垂直に進路を変えてやる。
追い縋る風圧が水を叩き舞い上げた。
振り返れば巨大な水柱が上がる。
高度を元に戻せば、眼下に虹の橋が仕上がっていた。
エキドナもノリに乗ってご機嫌のようだ。
なら私も嬉しい。
黄竜らの住む丘陵地帯に着くのに、さしたる時間はかからなかった。
地の足ならここまで優に半月はかかるだろう。
上空から見れば分かるが、並ぶ丘陵が入り組んだ迷路のようになっている。
黄竜は脚が早い種ではない。
獲物を確実に捕らえる為に、このように地形を魔法で整えて狩場を作っているようだ。
だが今は人族を先に進めさせない為の自然の迷宮となっている。
入り口はあるが出口がないのだ。
勾配のある丘陵が行軍を困難に至らしめている。
徒歩で抜ける事はまず無理だろう。
・・・だからここから東にある私の住処の方に攻め入って来るのか?
『エキドナよ、あれを見よ』
その事を説明すれば心底感心してみせた。
『其方の毒で谷の道に沼でも作れば、人族は来なくなるのではないか?』
無理と言わんばかりにペシペシと叩かれた。
魔法で生み出した毒は時間で消える。
長時間の発動はエキドナの魔力が保たないらしい。
『ぬ?・・・絶えず突風を起こすのか?』
それなら私の風でやればと代替え案を示しす。
私であれば魔力に問題はない。
『だが・・・砂塵がなぁ』
目に入りそうだ。
そう言えば納得した。
いや、其方、目はないよな?
『・・・それは・・・』
次に谷を削って迷路を作ってみてはと無茶を言う。
出来なくはない。
出来なくはないのだが・・・
『今のお気に入りの風の道が無くなるのは・・・それに岩壁を崩せば迷宮に繋がってしまう』
魔物が崖下にまで溢れるのも、ちと面倒だ。
そう告げればエキドナの興味が迷宮に移った。
『探索の時に巨木があっただろう?あそこが入り口だ』
これは逆に面倒になった。
『・・・駄目だ、其方一匹では行かせられん』
何せ入り口から狭いのだ。
『何かあっても助けに行けん、駄目だ』
それにエキドナだけで楽しむというのも面白くはない。
『それよりも、だ・・・』
住処の話に切り替えた。
騙せてはいないが、渋々と付き合ってもらう。
こういう時は口が無い事に感謝せねばなるまい。
最終的には、人族が来る度に風で追い返すという、今までと同じ方法が手っ取り早いと結論付けられた。
もう一つの結論も『強くなったらな』という曖昧な答えに留めておいた。
私より強くなる事は無いのだから。
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