ドラゴンさんとスライムさん

ウサギ卿

文字の大きさ
14 / 18

14

しおりを挟む


聖都から温泉のある方へ真っ直ぐに飛ぶと、どうしても住処の近くを通る。
風のに留守番をさせているので、あまり宜しくはない。

『少し遠回りをするぞ』

もう出歩きたくないという理由はなくなった。
使命を果たせなくなると恐れる必要はない。
出逢いに怯える必要もないのだ。
愛する者が鼻の上にいるのだから。

これより北上すると寒さが増していく。
私は寒いのは好かん。
ならば南下してから大回りをしよう。
ついでに南の人族の諸国でも覗きに行くか。
翼を翻し南に進路を決めた。

風圧を強くこの身に浴びたくなった。
エキドナの周りだけ風圧の影響を消した。
速度はほぼ全開に近い。
翼と骨がミシッと軋む音がする。
風が鱗にに叩きつけられる。
それでも愉悦に歪む顔を止められない。

・・・自由。

若かった。
持て余す力に傍若無人と化した。
好き放題に気の向くままに暴れていた。
今なら分かる。
あれは自由などではなかった。

これこそが自由だ。

自分で決めた。
本能の赴くままに。
エキドナがいる。
それだけで心が躍る。

『あの辺りが闇竜達の住処だ』

顎で示せばエキドナもそちらを見た。
遠目に映る光も届かぬ深く切り立った崖。
その底に彼奴らの住処がある。
ジメジメしていそうで私には無理だ。

後は何処があっただろうか。
白銀龍の住処は北の方だ。
金竜や青龍は西方にある。
会合で聞いた黄竜の住処は、ここから南の辺りの筈だ。

他者に興味を持とうとしなかった反動だろうか?
今更ながら他の竜の営みが気になった。
どの様な物を食べているのだろう?
寝床は?
環境は?
全く興味が尽きない。

こうなれたのも、そう気づけたのもエキドナのお陰だ。
自棄を起こした訳ではない。
これまで自分を抑え殺していただけだ。
認めさえすれば何て事はない。
それだけ退屈を持て余していた。
それだけ寂しかった。

それを特別という言葉で覆い隠していたに過ぎなかった。

途中で川縁で休息と食事を済ませ、空の遊覧を続けた。
エキドナも風圧を浴びてみたいと、肉体言語で示したので試してやる。
案の定、私の額で平面体と化し貼り付いていた。

ただ何時もの予定調和と異なり、楽しかったと全身で表現するエキドナはやはり愛い。
その姿は野に咲く一輪の花を思い立たせる。
たが死んでしまわぬかあまりにも不安で、私の心臓に良くはない。
減圧して適度にやらせる事にする。

日が明ける前に聖都を出て、現在は昼過ぎ。
休憩を挟みながら私達は高速遊覧飛行を続けた。
高度はある程度保ち、速度は出せる本気を維持した。
このペースなら夕刻前には南の人族の国へ着くだろう。

何かの目的がある訳ではない。
ただの興味本位だ。
幼子の様にはしゃいでいる自覚はある。
楽しいのだから仕方あるまい。

エキドナが私を叩き下を示す。
太く長い河がある。
どうやら私を扱き使うつもりらしい。
良かろう、愛しい雌の要望だ。
応えてやらぬ訳には行くまい。

急滑降で河へと下り、スレスレで垂直に進路を変えてやる。
追い縋る風圧が水を叩き舞い上げた。
振り返れば巨大な水柱が上がる。
高度を元に戻せば、眼下に虹の橋が仕上がっていた。
エキドナもノリに乗ってご機嫌のようだ。
なら私も嬉しい。

黄竜らの住む丘陵地帯に着くのに、さしたる時間はかからなかった。
地の足ならここまで優に半月はかかるだろう。
上空から見れば分かるが、並ぶ丘陵が入り組んだ迷路のようになっている。
黄竜は脚が早い種ではない。
獲物を確実に捕らえる為に、このように地形を魔法で整えて狩場を作っているようだ。

だが今は人族を先に進めさせない為の自然の迷宮となっている。
入り口はあるが出口がないのだ。
勾配のある丘陵が行軍を困難に至らしめている。
徒歩で抜ける事はまず無理だろう。

・・・だからここから東にある私の住処の方に攻め入って来るのか?

『エキドナよ、あれを見よ』

その事を説明すれば心底感心してみせた。

『其方の毒で谷の道に沼でも作れば、人族は来なくなるのではないか?』

無理と言わんばかりにペシペシと叩かれた。
魔法で生み出した毒は時間で消える。
長時間の発動はエキドナの魔力が保たないらしい。

『ぬ?・・・絶えず突風を起こすのか?』

それなら私の風でやればと代替え案を示しす。
私であれば魔力に問題はない。

『だが・・・砂塵がなぁ』

目に入りそうだ。
そう言えば納得した。
いや、其方、目はないよな?

『・・・それは・・・』

次に谷を削って迷路を作ってみてはと無茶を言う。
出来なくはない。
出来なくはないのだが・・・

『今のお気に入りの風の道が無くなるのは・・・それに岩壁を崩せば迷宮ダンジョンに繋がってしまう』

魔物が崖下にまで溢れるのも、ちと面倒だ。
そう告げればエキドナの興味が迷宮に移った。

『探索の時に巨木があっただろう?あそこが入り口だ』

これは逆に面倒になった。

『・・・駄目だ、其方一匹では行かせられん』

何せ入り口から狭いのだ。

『何かあっても助けに行けん、駄目だ』

それにエキドナだけで楽しむというのも面白くはない。

『それよりも、だ・・・』

住処の話に切り替えた。
騙せてはいないが、渋々と付き合ってもらう。
こういう時は口が無い事に感謝せねばなるまい。
最終的には、人族が来る度に風で追い返すという、今までと同じ方法が手っ取り早いと結論付けられた。
もう一つの結論も『強くなったらな』という曖昧な答えに留めておいた。

私より強くなる事は無いのだから。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

放課後の保健室

一条凛子
恋愛
はじめまして。 数ある中から、この保健室を見つけてくださって、本当にありがとうございます。 わたくし、ここの主(あるじ)であり、夜間専門のカウンセラー、**一条 凛子(いちじょう りんこ)**と申します。 ここは、昼間の喧騒から逃れてきた、頑張り屋の大人たちのためだけの秘密の聖域(サンクチュアリ)。 あなたが、ようやく重たい鎧を脱いで、ありのままの姿で羽を休めることができる——夜だけ開く、特別な保健室です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...